28:そうして二人は
陽が沈み――ホール内の燭台に明かりが灯される。
燭台のぼんやりとした灯りを壁や天井に張られている鏡が反射してより明るい光へと増幅させる。
建国祭の夜会。
紳士淑女が音楽に乗って踊り合う、貴族の社交場。
アリシアはそんなホール内から抜け出して、建物の外で小さくため息を零した。
「疲れたぁ……」
クライヴの婚約破棄と突然の求婚騒動。
国王であるブレントはなぜか愉快そうに笑い、ハトルストーン公爵家とレイモンド公爵家の当主同士は事態の収拾にてんやわんやになっていた。
結局、フィオナも婚約破棄を受け入れていたので両家の婚約は解消されたわけだが、それにしても――。
「どうして突然わたしに求婚を……」
騒ぎになったため結局返事はできず終いで、周囲の注目に耐えられずにアリシアはホールを抜け出した。
そんなアリシアの下へ歩み寄ってくる気配がする。
視線を向ければ、そこには穏やかな笑みを浮かべたクライヴの姿があった。
「クライヴ様……」
「もしかして怒ってるかい?」
「怒っては、いません。今まで騙し続けていたわたしがクライヴ様を怒るなんて、そんな資格はありませんから。……ですが、どうしてあんなことを?」
「まあ色々と考えた上だよ。僕だって今回は衝動的に行ったわけじゃないよ」
「その色々、を知りたいのですが」
ジト目で見上げると、クライヴは肩を竦めた。
「なし崩し的に婚約関係になったハトルストーン公爵家とレイモンド公爵家だけど、王家としては面白くないんだ。両家が結ばれれば、王家の権力に匹敵する大公が生まれるかもしれないからね。だから陛下もあの場で鎌をかけてきたんだ」
わざわざ建国祭の衆人環視の前で訊ねてきたのは、仮に両家が結ばれても王家の方が上であるとアピールするため。
クライヴはそう語った。
「ただ、僕もフィオナ嬢も婚約する気なんてさらさらない。フィオナ嬢は元より、彼女が想い人ではないと知った僕もね。だからここで変な反感を買うよりもサッサと婚約を破棄してしまった方がよかった」
「……そこまでは理解できます。そこまでは、ですけど」
その先――どうしてその後すぐにアリシアに求婚したのか。
問題はそこだ。
クライヴは至って真面目に答えた。
「――貴方を手に入れるため、っていうのは些か失礼すぎるかな」
「はぇっ!?」
「公爵家同士の婚約が破棄されたことで、僕の婚約者を狙っていた家が動き出す。その中で子爵家の人間である君と婚約するのは中々難しい。余計な軋轢を生みかねないからね。だから彼らが動き出す前に、即座に貴方に求婚する必要があった」
貴族同士の婚約というのは、嫌であれば断ればいいというものでもない。
最初、クライヴに求婚された時にハトルストーン公爵家が断らなかったように、断るにしても相手を尊重する態度を見せる必要がある。
そんなことをしながら子爵令嬢であるアリシアに求婚するのは確かに難しいだろう。
クライヴの説明に納得したアリシアはその場で黙り込む。
そんな彼女の前で、クライヴはまたしても跪いた。
「クライヴ様、何を」
「まだ返事を貰っていないからね」
「……ぁ」
返事が何を指しているのかわかった瞬間に顔が熱くなる。
そんなアリシアへ、クライヴはゆっくりと右手を差し出す。
「アリシア嬢、貴方を心から愛している。――どうか、僕と婚約してくれないだろうか」
月光の下。ホールの中から聞こえてくる音楽が遠くのことのように感じられる。
ジッと見つめてくる青い瞳を見つめ返して、アリシアは顔を真っ赤にしながらその手を取った。
「――喜んで」
◆ ◆ ◆
「ところで、約束は覚えているかな」
「約束ですか?」
「建国祭の夜に僕と踊ってくれるっていう約束だよ」
「も、もちろん覚えています」
最後のランデブーだと思っていた日の別れ際。
確かにクライヴと約束した。
アリシアが頷くと、クライヴは胸に手を当てて穏やかな笑みと共に右手を差し出してくる。
建物の曲が丁度切り替わったタイミングで、アリシアはその手を取った。
ホールから漏れ出す明かりと星と月の輝きに照らされて、二人は踊る。
そんな二人の踊りに気付いた者たちは、自分たちが踊るのを止めて見入っていた。
「っ、……ぁ、ごめんなさい!」
不意に、編み込んでいた前髪が解けてアリシアは手を離した。
(よりによってこんな時に……っ、フィオナ様の時に飛び跳ねたから解けたの?)
ぴょこんと癖が露わになって、それを隠そうとアリシアはクライヴに背を向けた。
なんとか編みなおそうとしていると、クライヴに背中から抱きしめられた。
「クライヴ、様……?」
「どうして隠そうとするんだい?」
「そ、それは」
「黒髪の時の貴方も素敵だったけど、亜麻色の髪の方がよく似合っている。少し癖のあるところもアリシア嬢の可憐さを強めて僕は好きだよ」
「~~~~っ」
いつの間にか正面に回ったクライヴに前髪を撫でまわされて、アリシアは顔を真っ赤にした。
整った鼻梁が間近に見えて心臓が落ち着かない。
何より、自分の髪を好きだと言ってくれことが何よりも嬉しかった。
「クライヴ様も、素敵です」
せめてもの感謝に、辛うじてアリシアはその言葉を絞り出した。
それを聞いたクライヴは一瞬顔を背けると、「もう無理だ」と零してアリシアに向き直る。
「アリシア嬢、いいかな」
何を、とは訊かなくてもわかった。
アリシアは小さく頷き、目を閉じる。
クライヴはアリシアの髪を撫でながら、その小さな唇にそっとキスをした。
~Fin~




