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23/28

23:露見

 早めの夕食を摂り終えたアリシアは自室で少し過ごした後、薄暗い中庭へと繰り出した。


 明日の建国祭に向けて準備をしているからか、人の気配はない。

 手紙には、『今夜、中庭に出て来るように』としか書かれていなかった。


 アリシアは辺りを彷徨いながら、やがて中庭のベンチに腰を下ろした。


 秋から冬へ移ろう季節。

 夜になるとすっかり冷え込んでいて、アリシアは身を寄せた。


 空に浮かぶ月が雲の裏に隠れ、また顔を出す。

 それを三度ほど繰り返すのを眺めていると、アリシアが聞きたくもない声が背後から飛んできた。


「待たせたな」

「っ、やっぱりこの手紙は貴方からだったんですね」


 ベンチから立ち上がって現れた人物を睨みつける。

 スコットはアリシアの眼差しを意に介さず、飄々とした態度を見せた。


「差出人はちゃんと書いてただろ? 未来の婚約者より、ってな」

「……わたしは、まだスコット様からの求婚を受け入れたわけではありません」

「まだ、な。往生際が悪いな、お前も」

「一体何のご用ですか」


 のらりくらりとしたスコットの態度に苛立ちながら、アリシアは問い質す。

 すると、スコットは嫌味な笑みを刻んでわざとらしく肩を竦めて見せた。


「ちょっと、お前の絶望する顔でも見ときたいと思ってね」

「……?」

「聞いたぜ。今日、フィオナ公爵令嬢も来てるんだろ?」

「っ、当たり前です。公爵家の人間が建国祭に欠席するなんて余程の理由がなければ許されません」


 あくまでも自分はフィオナに扮していなかったという態度を貫く。

 その弁に、スコットは一層笑みを深くした。


「はいはい。ま、大方お前とフィオナ公爵令嬢が共に出れば、俺も追及できないだろうって考えてるんだろう。確かにその考えは正しい。完璧な計画だ。実行不可能ってことを除けばな」

「――ッ」


 音を立てない、パフォーマンスだけの拍手と共にスコットは語る。


 彼の言葉にアリシアは瞠目した。

 自分たちの計画が見抜かれていたことに驚いたのではない。

 彼がそれを知ってなお揺るぎない自信を持っていることに驚いたのだ。


(実行不可能って、どういうこと……?)


 スコットの言葉が引っかかる。

 だけど、アリシアの立場でそこを追及することはできない。


 そんなアリシアの葛藤を見透かしたようにスコットは「知りたいか?」と挑発するような眼差しを向けた後、もったいづけた仕草でそれを口にした。


「――フィオナ公爵令嬢は五年前、社交界の場で倒れたって話だぜ。それから二年前に至るまで、一度も社交界に顔を出してねえ。二年前……そう、丁度お前が侍女として公爵家に現れるまで」

「……っ」

「俺のことを話したのか知らねえが、そもそもまともに社交界に出れる人間がわざわざ代役を頼むなんてことしねえだろ。美しい友情か、はたまた尊い主従関係か知らねえが、そんなもんで克服できると思ってるのか? いいか、お前はもう詰んでんだ」

「……ぁ、っ」


 何か否定の言葉を返そうと口を開くが、言葉が喉元で引っかかって出てこない。


(フィオナ様が、倒れた……?)


 その事実はすんなりと腑に落ちた。

 なぜフィオナがあれほどまでに社交界を嫌っていたのか、避けていたのか。


 ――フィオナ・ハトルストーンが社交界の場に出ると倒れてしまう。


 その仮定が恐ろしいほどにしっくりと来た。

 沈黙し、俯くアリシアを見下ろして、スコットは嗤う。


「そうだよ、俺はお前のその顔が見たかったんだ。くくくっ、くははっ、精々明日を楽しみにしとくんだな」


 哄笑と共に、スコットが立ち去る音だけがアリシアの耳朶を震わせる。


 どれだけ立ち尽くしてたのか。

 アリシアは気が付くとベンチに座り直していた。


 明日への不安が再び湧き上がり、重く圧し掛かってくる。

 もしスコットの語ったことが事実であり、たった今脳裏をよぎった仮定が真実なら、フィオナはパーティーに参加することができない。


「でもフィオナ様、そんなことは一言も……」


 言っていなかった――。

 ……違う。言えなかったのだ。


 アリシアがスコットとの出来事を隠そうとしたように、フィオナもまたアリシアのことを思って。


(っ、フィオナ様の変化に気付けなかったのは、わたしのせいだ)


 もしかしたらスコットとの婚約をなかったことにできる。

 そう思って、一人喜んでいたせいだ。


「わたし、フィオナ様に物凄い負担を……っ」


 今すぐにでも彼女の下へ行って事実を確認するべきだ。

 そうするべきだとわかっているのに、アリシアはベンチで俯いていた。


「――失礼。気分が優れないようだけど大丈夫かい?」

「っ、ぁっ」


 顔を上げた瞬間、アリシアは運命を呪った。

 目の前に立ち、こちらを気遣うように覗き込んでいた人物は――クライヴ・レイモンドその人だった。


 月と星の輝きが透かして、彼の金色の髪がキラキラと揺れる。

 アリシアは一瞬頭が真っ白になったが、すぐに口を引き結んだ。


(大丈夫、今のわたしはただのアリシア。声さえ出さなければ気付かれないはずっ)


 クライヴは意中の相手がアリシアに変わっていても気付かなかった。

 声を出すと勘付かれるかもしれないが、ここは気弱な令嬢を装って愛想笑いを浮かべながら離脱しよう。


 アリシアが考えを纏めた時、クライヴは「ん?」と何かが引っかかるような声と共に眉を寄せた。


「どうして髪を染めているんだ、フィオナ嬢」

「――っ」


 なぜわかったのか。

 それを聞くよりも先に、アリシアはベンチから飛び跳ねるようにして駆け出した。


 ――しかし、


「今度は逃がさないよ」


 アリシアの手を、クライヴの温かくて大きな手が掴み取る。

 こちらを気遣ってかそれほど強い力で握られていない。

 振りほどこうと思えば振りほどける。


 その事実が、アリシアから抵抗する気を削いだ。


「……なさい、ごめんなさい」


 気が付くと、アリシアはその場にへたり込むようにしてクライヴに謝り続けていた。

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