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17/28

17:家族

 朝食を摂り終えたアリシアは、二階の自室のベッドに潜り込んだ。

 半年間空けていたのに隅々まで掃除されていて、まるで今日までずっと暮らしていたかのようだった。


 久しぶりの天井をぼんやりと眺めているうちにいつの間にか眠りにつく。

 目が覚めた時には昼下がりになっていて、自分の部屋でマーガレットが用意してくれた昼食をとった。


「なんだか落ち着かないなぁ……」


 食後のお茶を飲みながらアリシアはぼんやりと零す。


 ハトルストーン公爵邸にいる間、ずっとフィオナの身の回りのお世話をしている。

 こうして実家に帰ってくると、メイドのマーガレットがすべてやってくれるので暇を持て余していた。

 というよりも、なんだか落ち着かない。


「アリシア様、よろしいですか?」

「大丈夫よ。どうかしたの?」

「パーティードレスのご試着を。万が一サイズが合いませんでしたら今夜のうちに直しませんと。本当でしたら昨日のうちに試したかったのですけど」

「ご、ごめんなさい」


 手紙に書かれていた期日は、ドレスの確認の確認のための予備日でもあったわけだ。

 アリシアは罰が悪くなって目を逸らしつつ、立ち上がる。


 マーガレットはその腕に一着のドレスを携えていた。

 深い青を主体として、すらりとしたオフショルダーのドレス。

 十数年前はふんわりとしたボリュームのあるドレスが流行だったようだが、最近は体にフィットしたドレスが主流になりつつある。


 マーガレットの手を借りてドレスの試着を行う。


(この色、クライヴ様の瞳みたいね)


「何かおかしいところでも?」

「い、いいえっ、なんでもないの!」


 くすりと笑うと、マーガレットが不思議そうに訊ねてきた。

 アリシアは慌てて否定しつつ、壁際の鏡台で自分の姿を確かめる。


「お似合いですよ。寸法の修正も必要なさそうですね」

「……そうね」


 マーガレットが手を叩いて褒めてくれる。

 一方でアリシアの表情は浮かない。


(寸法の修正も必要ない、かぁ……)


 すっかり成長が止まってしまった胸元を抑えつつ、ため息を零す。

 周りの人はスレンダーだとか、スタイルがいいとか言葉を尽くしてくれるけど、アリシアとしては不満があった。


 実際、フィオナとして社交界に何度も出席しているうちに自分が見劣りしているような意識に苛まれることもある。

 けれど、公爵令嬢であるフィオナという立場がアリシアを強く保ってくれる。


(明日はアリシアとしてパーティーに行くのよね)


 ふと、朝の両親との会話が蘇る。


「結婚、ね」


 ドレスを脱ぎ、マーガレットが部屋を退室してからアリシアはため息を零す。


 いい相手を探さないと、と言われてもあまりピンと来ない。

 社交界デビューをすれば貴族の令息との出会いの場も増えるだろうから、あまり深く考えることもないかもしれない。

 だけど、貴族の中でもイレギュラーな結婚を遂げた両親を持つアリシアの恋愛観は、一般的な貴族令嬢とは少しずれてもいた。


 市井の女性同様に、愛し愛される関係を築きたい。

 そんな理想を胸の奥底で抱くアリシアだが、貴族令息の中に自分と同様の価値観を持って、そして何より自分自身のことを愛してくれる人がいるというのがあまり想像できなかった。


 自分自身のことを愛してくれる男性――例えるなら、母を愛する父、サイラスのような。

 そして、フィオナを愛するクライヴのような。


(フィオナ様はクライヴ様とお会いになられてないから疑われるのよ)


 彼女はすっかりクライヴが自分の地位を求めて求婚してきたと思っているようだが、アリシアはとてもそうは思わない。

 今さら考えても詮無いことだけど、もしフィオナがクライヴから直接求婚されていたなら、二人は円満な関係を築いて結婚していたはずだ。


(…………?)


 胸の内でその光景を想像してみる。

 が、なぜかモヤモヤとしてアリシアは首を横に振った。


「姉さま、今入ってもいい?」

「姉貴、入るぞ!」


 その時、アリシアの返事を待たずに元気のいい声が投げかけられて扉が開かれた。

 現れたアーロンとソフィーが部屋に入ってすぐのところで何やら言い合っているのを苦笑交じりに眺めながら二人の下へ歩み寄る。


「どうしたの、二人して」

「姉さま、明日のパーティーまで予定がないってマーガレットに聞いて遊びに来たの。そうしたらアーロン兄さままでついてきて」

「はぁ? 俺が先にマーガレットに聞いたんだろ?」

「嘘!」

「嘘じゃねえ!」


 相変わらずの弟妹の仲の良さに自然と笑みを浮かべる。


「まぁまぁ二人とも。一緒に遊ぼ」

「……ちぇっ」

「ふーんだ」


 そっぽを向き合う二人だが、ふとソフィーが思い出したように近付いてきた。

 不思議に思っていると、ソフィーはアリシアの前に立って貴族令嬢の礼であるカーテシーをとる。


「姉さま、どう? ソフィー、できてる?」

「完璧よ。これでいつパーティーに出ることになっても大丈夫ね」


 まだ十三歳のソフィーは貴族のパーティーに出席したことがない。

 明日のパーティーもアーロンと一緒にお留守番だが、来年には仮面付きで出席することになるだろう。


 大人の作法を身に着けて得意がる妹の姿を可愛らしく思っていると、それに張り合うようにアーロンも詰め寄ってくる。

 アーロンもまたアリシアの前に立つと、胸に手を当てて軽くお辞儀をする。

 貴族令息の作法の一つだ。


「はいはい、アーロンも立派立派」

「なんかソフィーと態度違う」

「だってアーロンはもう十五だもの。厳しくいくよ」

「ちぇーっ」


 不満そうに拗ねるアーロンと得意げに胸を張っているソフィーの頭を軽く撫でながら、アリシアは二人に提案する。


「天気もいいし、少し出かける?」

「賛成!」

「俺も!」


 返ってきた賑やかな声に頬を緩めながら、アリシアは思った。


 自分にはこんなにも温かい家族がいるんだ。

 そんなに焦らないでいこうと。

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