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15/28

15:一ヶ月の変化

 クライヴとの初めてのランデブーから一ヶ月近くが経過した。

 その間、ついにハンナが侍女を辞めて屋敷を去っていった。


 とはいえ、フィオナの専属であるアリシアの業務内容が変わることはなく、一抹の寂しさを覚えるぐらいで日々に変化はなかった。

 しかし、それ以外のことで変化は起きていた。


「どうかな、この菓子は」


 ハトルストーン公爵邸の庭園。

 フィオナの誕生日パーティーの時にも利用したガゼボでアリシアとクライヴはお茶をしていた。

 白の丸テーブルに並べられた焼き菓子を一枚手に取り、口に運ぶとクライヴがワクワクを隠せない様子で訊ねてくる。


 ――そう。この一月、アリシアは頻繁にクライヴと会っていた。


 アリシアから会っているのではなく、クライヴの方から会いに来るのだ。

 最初のランデブーのような遠出は週に一日あるかないかだが、それ以外はこうしてハトルストーン公爵邸でお茶をしたり、近くの草原へ出かけたり、街で買い物をしたりしている。


 アリシアは口内に広がる小麦の香りと上品な甘みに舌鼓を打ちながらゆっくりと咀嚼した。

 飲み込み終え、一口紅茶を口に含んでからクライヴを見返す。


「普通ですわ」

「本当は?」

「……とても美味しいですわ」

「それはよかった」


 にこやかに、本当に嬉しそうに微笑むクライヴに反して、アリシアは苦々しさを覚えていた。

 この一月、アリシアはめげずに素っ気なく振舞おうと頑張っているが、最早意味をなしていなかった。

 素っ気なくしても今みたいにニコニコと訊ねられ、結局アリシアの方が折れてしまっている。


 憂鬱な気持ちになりながらも、アリシアはもう一枚焼き菓子を手に取った。

 それを見て、クライヴは一層嬉しそうにする。


 今日のお茶菓子はクライヴが手土産に持ってきたものだった。

 この一月でクライヴとアリシアはお互いのことを少しずつだが知っていった。


 例えば今日クライヴが持ってきた菓子がアリシアの好みであることを彼は知っている。

 そしてアリシアもまた、クライヴがあまり甘いものが得意ではないことも知っていた。

 現に、先程からクライヴは菓子に手を付けていない。


(わたしの好みに合わせなくても大丈夫なのに……)


 クライヴのその姿を見てアリシアは密かに思う。

 異性にこれほどまでに大事にされたことがないから、いつも戸惑ってしまう。


「――っと、そろそろお暇を」

「もうお帰りになられるのですか?」


 お茶会を始めて一時間ほど経った時、不意にクライヴが解散を切り出した。

 そんなにすぐに帰ると思っていなかったアリシアは反射的に訊ね返す。


「もしかして寂しかったり?」

「~~っ、早くお帰りになられたらどうかしらっ」


 クライヴの意地悪な笑みにアリシアは顔を真っ赤にしてそっぽを向く。

 そんなアリシアの反応が可笑しかったのか、クライヴは「失礼、つい悪戯心が」と謝罪しながらも嬉しそうに笑っていた。


 突発的な時でもフィオナの口調が崩れなくなったのは、この一か月での成長だった。


「では、また」


 ハトルストーン公爵邸を後にするクライヴを見送ってから、アリシアはフィオナとしての髪型や服装を解いていつものメイド服を着て、染料を落として亜麻色に戻った髪を後ろで一纏めにした。

 それから日が沈むまでの間、フィオナの専属侍女としての仕事に従事する。


 フィオナが夕食を摂る世話をした後自分の部屋へ戻ったアリシアは、早速大きな革鞄に荷物を纏め始めた。

 明後日にはアリシアの社交界デビューを兼ねたレーン侯爵主催のパーティーがある。

 実家まで半日かかることもあり、今日の夜に出立する手筈になっている。


(手紙には二日前に帰ってくるようにって書かれていたけど)


 今日のお茶会の約束もあって、着くのは前日の朝になってしまう。

 慌ただしい帰省だが、建国祭が終わればゆっくりできるだろう。

 帰省のための荷造りといっても必要なものはほとんど実家にある。


 ものの数分で荷物を纏め終えたアリシアは、出立の挨拶をするために革鞄を携えてフィオナの部屋へ足を向けた。


「フィオナ様、いらっしゃいますか?」


 コンコンと扉をノックする。

 しかし返事はなかった。


 もう一度ノックして室内に呼び掛けてから、アリシアはゆっくりと扉を開ける。

 一見したところ室内にフィオナの姿はなかった。

 どこかへ出かけられたのかと思ってアリシアが部屋を出ようとしたとき、どこからともなく「コホコホッ」と咳き込む音が発せられた。


 もしやと思ってベッドへ近付くと、布団がこんもりと盛り上がっている。


「コホッ、コホッ」

「……何されてるんですか、フィオナ様」


 ゆっくりと布団をめくると、フィオナは口に手を当ててわざとらしく咳き込んでいた。

 アリシアが呆れの目を向けると、フィオナは起き上がりながら得意げに胸を張る。


「見てわからないかしら。演技よ、演技。アリシアが留守の間わたくしは病床に伏していることにするんだもの」

「な、なるほど……」


 クライヴが屋敷に訪問してきたとき、アリシアがいる時は事情を知っている者以外に見られないよう人払いをした上でフィオナに扮したアリシアが応対していた。

 その間、フィオナは私室から一歩も出ないで息を潜めている。

 しかし、アリシアが不在の時にクライヴが訪問した場合、フィオナが応対しないでいると他の者から不審に思われる。


 この問題について話し合った結果、フィオナが風邪を引いていることにしようとなったのだ。

 これなら屋敷の人間から不審に思われることも、フィオナがクライヴと会わない口実もできる。


 若干調子が狂ったが、アリシアは革鞄を一度置いてからベッドの上のフィオナに向けてカーテシーをとる。


「フィオナ様。アリシア・プリムローズ、実家へ帰省いたします」

「ええ。久しぶりのご実家、楽しんできなさい」

「はいっ。……フィオナ様はくれぐれも他の侍女を困らせないでくださいね」

「む、迎えが来ているようですわよ。早くお行きなさいな」

「誤魔化しましたね」


 顔を背けるフィオナに苦笑いしながら、アリシアは部屋を後にする。

 公爵邸の玄関ホールから表に出ると、迎えの馬車が停まっていた。


「さて、帰りますかっ」


 なんだかんだで自分の社交界デビュー、そして久しぶりの実家。

 アリシアはワクワクとした気持ちで馬車に乗り込んだ。

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