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01:子爵令嬢アリシアの後悔

 子爵令嬢、アリシア・プリムローズには地位や権力といったものにまったくと言っていいほど関心がなかった。


 貴族の令嬢は自分よりも上位の爵位を持つ家の長子と婚約することで自分の格を上げようとするし、女を生んだ貴族たちは娘にそのように立ち回らせることで一族の繁栄を築こうとしてきた。

 しかし、アリシアの両親は一族の繁栄にまったく興味がなかった。

 何せアリシアの母は平民の出だ。

 昔聞いた話によるとアリシアの父が家を抜け出して遊びに行った場末の酒場で彼女と出会い、一目惚れをしたらしい。


 アリシアが大きくなっても彼女の前で平然と惚気て見せる両親の姿に、彼女は市井の少女が抱くような恋に対する憧憬を持つようになった。

 しかし、貴族社会に興味がなくても貴族である以上避けては通れない。


 アリシアが十五になると、ハトルストーン公爵家へ行儀見習いも兼ねて侍女として奉公に出ることとなった。

 屋敷を出立する折、寂しそうにする両親と可愛い弟や妹たちが涙ぐむ姿が今でも目に浮かぶ。

 ハトルストーン公爵家へ侍女として仕えることとなったアリシアは、何故か公爵家の一人娘であるフィオナの御側付きになることとなった。


 公爵家にはアリシアと同じように貴族令嬢たちが何人も奉公に来ている。

 ぽっと出の子爵令嬢がいきなり御側付きになったことで嫉妬の目が絶えず、公爵邸に来て暫くは息の休まらない日々が続いた。


 そんな日々を送るうちに、やっぱり地位とか権力なんて碌でもないとアリシアは自論を固めることになる。

 奉公に出て二年が経った頃にはアリシアも公爵邸の侍女の中では古株になり、比較的平穏に過ごせていた。

 ある問題を除いて。


 ――ともかくアリシアは、自分のことを心から想ってくれる人と結婚して、平穏に暮らすという将来の夢を持つようになった。

 そう、思っていたのに。


「――どうか、僕と婚約してくれないだろうか」


 目の前で跪き、絹糸のようにサラサラとした金色の髪を揺らし、碧眼を宝石のように輝かせてこちらに手を差し出してくる貴公子を見下ろして、アリシアは「どうしてこんなことに」と心の中で頭を抱えていた。



     ◆ ◆ ◆



 ハトルストーン公爵家の趨勢を物語る広い本邸の敷地内。

 丁寧に整えられた庭園の先に建つパーティーホールは大勢の人で賑わっていた。

 ホール内にいる人はいずれも伯爵以上の爵位を持つ家の当主と夫人、そしてその家族たち。

 煌びやかなアクセサリーを身に着け、上等な衣装で身を包んでいる彼らの視線が今は一様にホールの最奥――ゆっくりと開かれた扉へと向けられていた。


 今日はハトルストーン公爵家の一人娘であるフィオナ・ハトルストーンの誕生パーティーである。

 十七を迎え、社交界デビューを果たすべく二か月遅れで開かれた場に、大勢の貴族が押しかけていた。

 病弱ということもあってこれまでパーティーへ出席することが極端に少なかった彼女と接する機会は貴重だ。

 加えて公爵家の一人娘ともなれば、逆玉の輿に乗ろうとする者も多い。


 開かれた扉の奥から、フィオナ・ハトルストーンが現れた。

 ホール内の多種多様な色彩の中にあっても目立つ黒髪を揺らし、どこか憂いを帯びた青い瞳を不安げに揺らすその姿に、男たちからほぅと声が零れる。


 すらりとした体躯を深い赤と黒を基調としたドレスに身を包み、公爵令嬢でありながらどこかか弱さを感じさせる彼女は会場の視線を一身に集めていた。

 彼女は付き添いの侍女と共に壇上へ上がると、ホールに集った人々へ向けて優雅な仕草でカーテシーをすると、鈴のように透き通る声で軽い挨拶をした。


 その後、ホールの隅で準備していた音楽団による演奏が始まり、人々は酒や料理を手に、思い思いに談笑を始める。

 しかし、彼らがそれぞれに会話を弾ませながらも意識がフィオナに向いていることは明白だった。

 これまで繋がりを持てなかった令嬢に対して、どのように声をかけようかと、誰もが思考を巡らせていた。


 そんな中、フィオナに近付く男が一人。

 窓から差し込む陽光を透かして輝く金色の髪に、深みを持つ碧眼を真っ直ぐにフィオナへ向けて優雅な所作で突き進んでいる。

 彼の接近にフィオナが気付くのと同時に、ホール内の視線も再び集まっていく。


「あの方、公爵家の」

「クライヴ・レイモンド公爵だ。早速挨拶というわけか」


 公爵家の人間同士の会話に割って入れる者はいない。

 一同が二人の会話に注目する中、フィオナに前に辿り着いたクライヴはすっとその場に片膝をついた。


「お初にお目にかかります、フィオナ嬢。僕はレイモンド公爵が長子、クライヴと申します」

「ハトルストーン公爵が長子、フィオナです。今日はご出席いただきありがとうございます、クライヴ卿」


 いきなり片膝をついたクライヴに驚きながらも、フィオナは挨拶を返す。

 すると、彼女の声を聞いたクライヴがふわりと嬉しそうに笑った。


「ああ、やはり貴方はあの時の」


 頭を下げて何やらひとり言を呟くクライヴを訝しんでいると、彼はパッと顔を上げた。


「フィオナ嬢」

「はい」

「どうか、僕と婚約してくれないだろうか」

「はい。……はい?」


 耳朶に甘さの残る柔らかな声と共に差し出された右手。

 その右手を見下ろして、フィオナはパチパチと目を瞬かせる。


 少しの間を置いて事態を飲み込んだフィオナは頬を紅潮させて、何かを忘れるように頭をぶんぶんと横に振る。

 そして、柔らかな笑顔と共に見上げてくるクライヴの顔を見返して、フィオナは胸中で叫んだ。


(こ、婚約って……わたし、ただの侍女なんですけどぉ!)


 フィオナ――改め、アリシア・プリムローズはこんなことになるぐらいならやっぱり断るべきだったと、こうなるに至った経緯をまるで走馬灯のように思い返しながら後悔していた。

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