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斎月千早の受難なる学生生活 2

   序章



 セミは、相変わらず元気に鳴いている。照り付ける太陽と雲ひとつ無い青空。遠くから、賑わう声が風に乗って聞こえて来る。夏休みも半ば。毎年、夏休みは、錦原神社で修行と称した手伝いをしている。宮司は、従兄の唐琴・唐兄。唐兄のパシリが、中心な日常。日々のお勤めを済まして、社務所に戻る。私の肩には、神社の祭神・錦原女神が乗っている。実体はないから、重たくはない。

人懐っこい、というより、私のみに、こうしてくる。

 社務所に入ると、エアコンが快適に利いている。唐兄は、何時も涼しい室内で、私に、あれこれ指示してくる。珍しく来客があった。普段は、観光案内所も兼ねているので、客がいても不思議ではない。でも、観光客では、なさそう。

唐兄は、その客と何か話している。

「千早、お前に、お客だぞ」

奥の部屋から声がする。誰だ? 知人なら連絡が、あるはず。と考えながら部屋へ。部屋に入るなり、私は思わず顔を引きつらせた。

「おう。斎月。巫女装束、よく似合っているじゃないか」

片手を挙げて笑っている。年齢不詳の男性。民俗学部・秋葉ゼミの主、秋葉教授。何故、ここに? 先日の事を思い出す。

―本気だったのか。

「久しぶりだな。お前に手伝ってもらいたい事があってな」

「無理です。神社の、お勤めがありますから」

内容を言われる前に断る。

「千早。大学の事を優先してください」

さらりと、言う。何故? と思った。

「と、いうわけで。私が調べたいのは、極々限られた集落に古くから伝わっている“秘祭”があってな、手掛かりも資料も少なくてな、斎月が来てくれれば、調査が進むと思うから、来てもらおうと」

お茶を啜り、言う。

“秘祭” 潮上島での事が頭を過る。

「単位をプラスする。調査に掛かる費用は全て予算から出すし。お前の書いた、あの論文が『裏』業界で評価が良かったんだ。お前には『力』がある。だから、業界の者達が注目しているんだ」

それは、褒めているのか?

「教授の手伝いをするのは、上級生や院生の方でも、いいのでは?」

「いや、そっちは別の件をやっている。一人、助手を捕まえているけど、手が足りないんだ。だから、こうして」

不敵な笑みを浮べる。なにか企んでいる時の顔。

「千早、協力してあげなさい」

錦原女神が言う。私の学業に口を出すのは珍しい。何故?

「御挨拶、遅れて申し訳ありません。御際神様」

秋葉教授は、私の肩に乗っている、錦原女神を視る。教授は、視える人なのか?

「千早が師事している人物だけあるわ。―なるほどね。教授、千早をよろしく。しっかり鍛えて下さいね」

ふわりと、私の肩から降りて、教授の前で一礼した。

「わかりました。後継者に出来るまで、御借りします」

教授も一礼する。―後継者って、なんだ?

「はぁ。交通費とか出してくださいね」

潮上島の時は、すべて自費だった。教授は

「すべて、ゼミの経費から出すぞ。そこは気にしなくていい」

と、満面の笑みで言った。




   一章 


 山に囲まれた、とある地方都市。その町から更に離れた、山間の小さな村。人口は千人に満たない。五つの集落からなる、星来村。教授が調査したいのは、その集落の一つに伝わっているモノらしい。その集落だけで行われているという。教授の同行者は、根本という院生だけ。つまり、二人だけ。根本さんは、秋葉ゼミの学生ではないが、手伝いを頼まれたから来たらしい。レンタカーで、この村へ。地方都市までは、鉄道があるので、そこまでは電車で来た。その駅から村まで、根本さんが一人で運転してきた。駅から村まで、約三時間。地方都市の駅までのバスは、三か所で乗り換えが必要。しかも、星来村までは一日一便だという。陸の孤島の様な場所だ。根本さんは、雑用を手伝うそうだ。教授から、良いバイトとして誘われたそうだ。

 山々に囲まれ、水田には穂をつけた稲が風に揺れている。辺りは、水田や畑ばかり。昔ながらの民家が建っている。日本の原風景と、いった感じ。

星来村に、ある宿。寂れた村にしては大きな旅館。宿から少し北に行った所には、小さなスキー場がある。スキー客が来る冬が、書き入れ時。夏は、閑古鳥と思っていたが、田舎体験をしたい客が来るという。部屋は個室。旅館というより、ビジネスホテルの様だ。エアコンもテレビもある。これ、経費で落ちるのかな。私達以外は、作業員風の人達。宿の人の話によると、どこかの開発会社の人達らしい。

 教授が調査したいのは、この村の集落のひとつ、星水集落で行われている神事。『見るなの祭』というものらしい。祭の事は口伝のみでしか伝えられていない資料しかなく、まだ誰も調査に入ってないとか。教授は、ずっと機会を狙っていて、祭が行われる次期に、ここへ来たのだった。『見るな』と付くからには“秘祭”であり、そこに“禁忌”が存在する。私が、潮上島の秘祭を論文にした事が、踏み出す切っ掛けになったらしい。


 私は、部屋に荷物を置く。『見るなの祭』が行われている集落は、宿から離れた場所だ。歩くとかなり時間が掛かるらしい。だけど時間はあるので、散歩を兼ねて行ってみる事にした。教授は部屋で仮眠中。根本さんは、資料の整理をしていた。

 宿の人は、愛想が良い。観光宿だからか。これが、二回目となる大がかりな調査・フィールドワークになる。資料として貰っていた地図、祭を行っている星水集落に大きな神社があるみたいだ。

「箱神神社?」

聞いた事の無い名前。土地神系なのかな。神事の関連の祭だから、この神社が関係しているのは間違いなさそう。まずは、そこを目指す事にし、歩きだす。

私が、ひとつ大切にしている事は、何かの調査や旅行で、ある土地を訪れたら、その土地の神様に挨拶をする事。そうする事で、避けられるコトもあるから。


 田園風景の中、辻ごとに道祖神が安置されている。それぞれ違う姿なのは、石を手彫りして造られているから。時代も様々。風化したり欠けたりしているけれど、信仰が今も続いているのを感じる。この様な土地は好きだ。目的の神社がある集落は、地図で見ると、そのエリアだけ孤立している。川によって隔たれ、山に囲まれて隔たれている。星水集落への道は一本で、川に架かる橋だけが、集落の出入口になっている。地形的なモノなのか、別の意味があるのかは判らないが、気になる。そのことを考えながら歩いていると、田畑の中に数本の樹があり根元には、小さな祠がある。そこも、きちんと祀られている。

この様なモノが、日本古来の信仰のカタチ。この先も伝え残したいモノだ。

川の側まで来ると、橋の袂に賽の神が祀られている。なんて言えばいいのか、集落の境の結界、その様な感じを受けた。

 橋を渡ると、道路の突き当りに大きな鳥居が見えた。山裾に構えている鳥居。石段が山の中へと続いている。大きな鳥居の手前に、これまた大きな屋敷が建っている。白壁の塀に囲まれた、かなり大きな屋敷。あの山にある、箱神社を代々祀っている家系なのか? 外観は旧家の古民家みたいだ。

他の家とは、まったく違い異彩を放っていた。


 近くまでくると、より大きく立派な屋敷だと感心する。山裾の大鳥居も石造りで立派な物だと判る。余程、由緒ある歴史と信仰があるのか。石段が山へと続いている。その先は、木々に隠れて見えない。雰囲気的に社も立派なのを感じる。

―山の神・大山津見神などの神様かな? 山神系の信仰に似ているけれど、なんだか―

山神様はいる気配はするけれど、別の存在の気配を強く感じる。箱神社は、ここのはず。扁額には、何も書かれていない。気になるけれど、時間が遅い。明日、出直してお参りしようか、と考えていた時だった。

「どうかされましたか?」

背後から声を、かけられた。振り返ると、神職の束帯姿の老人が立っていた。

どうやら、そこの屋敷から出てきたらしい。ひょっとして、箱神社の宮司?

「あ、こんにちは」

私は作り笑みで、挨拶する。

「この辺りの方では、ないですね?」

と、問われる。

「私、大学で民俗学を専攻している者で、色々な神社の調査研究をしている、斎月千早と申します」

挨拶や自己紹介は、苦手だ。

「ほう。その様な、学問があるとは。私は、杜山。この辺りの神社の管理をしている者です」

と、一礼したので、私もお辞儀をする。

「箱神社とは変わった名前ですね。よろしければ、御際神を教えていただけませんか?」

「山の神様ですよ」

愛想笑いで答える。こういう場合、さしさわりの無い神様で答える場合が多い。

私がそう思っていた時だった。

何処からか、若い女の笑い声が風に乗って聞こえてきた。鳥や獣の声ではない。風が揺らす木々のざわめきでもない。確かに、笑い声だ。それと同時に、大きな気配が近づいてくる。すると、杜山と名乗った老宮司の顔が、みるみる青ざめていった。解る人らしい。その顔色からすると、彼は気配の主を知っている。

―この人は。と、思っていたら。

『くすくす』

女の笑い声は、冷やかす様な、また挑発するかの様だった。

「は、箱神様」

怯えた声で言い、神社の方を見た。

『学生さん、あなた達は、この集落で行われている神事を調べに来たのでしょう? ふふ、私には解るの。いいわ、明日、神社に来て。あなたと話したいわ。いいでしょう? 杜山』

挑発なのか? 見透かされている感じ。杜山老宮司は、驚くより怯えていた。

「あの、箱神様って?」

私の問いに、びっくとする。

「箱神社の御祭神です。私の口からは、それ以上は言えません。あなた、聴こえていたのでしょう。そ、それなら、明日の朝、神社でお待ちしていますから。失礼します」

と、動揺した口調で言うと、神社の石段を駆け上がって行く。老人に見えたが、もしかしたら若いのか、単に運動神経がいいのか。

―なるほど。教授が言っていた“秘祭”は、畏れられているモノなのか。

神社の方を見つめる。潮神島の時の様な、邪悪なモノでは無い。それでも、杜山という宮司の様子から、畏れられている神様だと思われる。

 私は来た道を、辿って帰る。日が落ちるのが少し早くなっている。ヒグラシやカエルが鳴いている。近くにスキー場がある地域だから、夕方になると風が涼しい。夏の終わりの風。田畑の中に、石造りの小さな祠がある。少なくても、昔ながらの信仰が残っている。私が探し求めているモノは、その様なコトだ。


 宿に帰ると、すでに夕食の時間だった。教授と根本さんは、既に食堂に来ていて席に座っていた。

「遅いぞ」

と、教授。一応、待っていてくれたようだ。

「すみません。星水集落まで行っていたもので」

答えると

「歩きでは不便でしょう? 自転車を借りたので、使ってください」

根本さんが言った。

「ありがとうございます」

「で、どうだった?」

教授が問う。

「一見したところ、昔ながらの信仰が残っている土地みたいです。あと、明日、箱神社へ、朝一で行きます。そこの御祭神と思われるモノから、来るように言われてしまいました」

と、出会った宮司と、聴こえた声の話をした。

「なるほどな。秘祭について、何か情報は?」

食事をしながら、これからの事を話す。

「そのコトは、また。明日、神社に行ってからに。神社へは、私一人で行きます。かなり気難しそうな感じを受けましたから」

神様側から何か言ってくる場合、警告や不満が多い。それにしても、あの怯え様は。

「教授と根本さんは、何か計画でも?」

「私は、役所の者と話をする。一応、大学としての調査だしな……」

なんだか言葉を濁す。

「僕は、周辺の土地の歴史などを調べます」

と答える。教授は何か別の考えも、あるようだが、話してはくれないだろう。


 自分の部屋へ戻る。潮上島の時の様な事は、無いだろうけれど、用心に越した事はない。スマホの電波も入るし。特に不安要素は、無い。今のところは。

朝食を食べてからでは、遅くなるか。朝食前に、宿を出て自転車で向かえば、いいくらいの時間になるかな。明日の予定を立てると、少し早めに床に入った。


 翌朝、五時に宿を出る。借りて貰った自転車で、星水集落を目指す。自転車でも距離はあるが、歩くよりは速い。でも自転車だと、田畑の中にある様な小さな祠は見落してしまうな、と思いながら自転車を走らせた。

橋を渡ると、大鳥居の下で昨日会った、杜山という老宮司が待っていた。おそらく、あの存在・御祭神に言われたのだろう。

「おはようございます」

私は自転車を降りて、言う。老宮司は、どこかホッとした感じで

「おはようございます。―お待ちしておりました。自転車は、そこの門扉のところに停めておいて結構です」

私は、言われた通りに自転車を停める。

「では、こちらへ」

そう言って、大鳥居に一礼する。私も一礼して、石段を登る。

石段を登るにつれ、気配が強くなる。山神系の神社というより、山神の力を借りて、ナニかを祀っているといった感じ。石段は思っていたより長い。木々が生い茂りトンネルの様になっている。石段を登り切った所にも、鳥居がある。

その奥に、立派な社が建っていた。

 その社の中に案内される。社の中に小さな社務所のスペースがあり、その奥が、拝殿になっている。社務所の中ではなく、拝殿の方へ案内される。

大きな祭壇の中央には、錦の布で包まれているモノがあった。箱神社と呼ばれる、御神体なのか。祭壇には、季節の物が神饌が並んでいる。

『いらっしゃい、学生さん。いや、見習い神職で巫女、どれかしら? 色々と変わった方ね』

声の主は、錦の布で包まれている箱のようだ。

「斎月千早と申します。様々な場所の神様に奉じている者です。今日は、ご挨拶に」

神様などに語りかけるのは、私にとって日常な事だけど、その場にいた神職達は不思議そうにしていた。杜山老宮司は、他の神職達に説明をしていた。

「これは、箱神様と言葉を交わせる者が他にもいるとは」

と、驚いていた。他にもと、いうのは誰かいるのだな。

『千早は、何しに此処へ来たの?』

箱神様が問う。

「この集落に伝わっている、神事に“秘祭”の様なモノがあると聞き、調べに来ました」

私の言葉に、神職達が固まる。そういう“モノ”なのか。神職達の様子を、箱神様は、面白いものみたかのように笑う。

『なるほどね。まあ、その様な研究をしている学者は、以前にも来ていたけれど、御断りしていたわ。我は構わぬが、そちらの者達は、堪ったものではないだろうなぁ』

面白がっているのか、別の意図があるのか。

「箱神様!」

杜山老宮司が言う。

『数日すれば、その神事。この星水に古より伝わる“見るなの祭”が始まる。時期を狙って来たようだな』

他に別の気配が幽かにするが、気のせいかな。

「しかし“祭”は」

と、杜山老宮司。

『まあ、良いではないか。爺や話の通じない者より、話が通じて我を視る事の出来る巫女と話す方が楽しめそうだし』

―姿は、視えないというより、見せていない。何か、私に要件でもあるのか?

『警戒しなくても、取って喰う事はしないわよ。たまには、年頃の娘と話したいだけよ』

くすくす笑って、言う。

「箱神様は、どのような事を、お話が?」

『ふむ。色恋沙汰は、そなたとは無縁か……。色気より食い気という感じでもなさそうね』

じっと、私の事を探る気配。これは、山神系の気配より、人間に近い気配。

『人間以外のモノに対しては敏感なクセに、人間同士となると鈍感なタイプか。面白いな。千早が、あの娘の友にでもなってくれれば、あの娘も少しは救われるかもしれぬ』

「箱神様、その様なことは」

杜山老宮司が会話を遮る様に言った。

『まあ、良いではないか。祭までは少し時間がある。千早は“祭”の事を知りたいのだろう?』

「ええ、そうですけれど。でも外部の者が関わるのは禁忌では?」

『話だけなら構わないわ。お茶でもしながら、福子と話してみるといいよ。我から、福子には伝えておく』

その口調が、妙に悲しそうに感じたのは、何故?

「―解りました。箱神様。福子様には、こちらからも、お伝えします」

祭壇の錦の布に覆われた箱に向かい、深々と頭をさげ、杜山老宮司は言った。


 私は、その後、麓にある大きな屋敷へと案内された。自転車を停めさせてもらっている家だ。歴史を感じさせる造り。門には注連縄が張られている。神社と関係しているのか。

「福子様は、病を患っておられます。それ故に、他人の視線に対して拒否的なところもありますので、その辺りの事を、お気遣いお願いします」

杜山老宮司の息子だという男、若宮司が耳打ちする。

なんだか、複雑なモノを感じた。

宮造りの様な造りをしている屋敷。玄関の扉は、重そうな木造の引き戸。開くと思ったよりも、軽そうに音も無く開いた。

「伊根さん。福子様に、お客様です」

玄関で、杜山老宮司が言うと、老宮司と歳の変わらない老婆が姿をあらわし、玄関へと来る。廊下は黒光りする木の床。和装に割烹着を着た老婆。テレビとかで見る、シーンだ。

「これは、まあ。では、この方が、箱神様が言っておられた」

私の事を、じっと見つめる。何かに納得したように頷き

「どうぞ、福子様がお待ちです、こちらに」

と、黒光りのする長い廊下の先、注連縄の張られた襖の前で止まり

「例の方を、お連れしました」

言って、伊根さんは襖をゆっくりと開いた。

大広間というのだろうか、上座に神棚というより、神社並の祭壇がある。

つまり、この部屋は神域なのか。その祭壇の前に、巫女装束の女性が座っている。左目だけを出して、あとは白い布で頭から顔を覆っている。肌が出る部分は全て包帯が巻かれていた。長い黒髪を垂髪にしている。

出来るだけ、普通に接しないといけない。

「始めまして、民俗学を学んでいる、斎月千早と申します」

私は、彼女の正面に正座をして、自己紹介をした。私の緊張を気にもせず

「私は、二木福子。二木家の当主で、箱神様に仕える者です。先ほど、箱神様から、お話をいただきました。星水集落に伝わる神事と祭について、お話するように、仰せ使っております」

視線を合さず、福子さんは言った。

「そうですね。簡単に云うと、箱神様の御神体である“箱”を年に一度、新しい衣と交換する為の神事。箱神社から集落の関係者の家を巡り、各家で箱神様をもてなす。家から家に箱神様を渡す時に、関係者以外に見られてはいけない。見たり見られたりすると、禍が起ると云われている神事です。それが『見るなの祭』です」

こうして答えてくれるのは、当主としてだろうか。

「では、その起源を、教えてくれますか?」

私が問うと、祭壇に置かれている小さな箱、そこから箱神様の気配を強くかんじ、私の真意を探る感じがした。

「―福子信仰をご存じで?」

躊躇うように言った。私は頷く。

「蛭子様が、始りですね。―私を見て、お解りいただけると思いますが、二木家には何代かに一人、私の様な姿の者が生まれます。初代二木家が、富と引き換えた呪いとか伝わっています。その姿の子を大切に育てる事で、二木家は、その信仰を元に繁栄しました」

丁寧な説明。でも、哀しみや虚しさが伝わってくる。

福子信仰は、蛭子―恵比寿信仰の起原。なんらかの障碍を持って生まれた子供を、大切に育てる事で家が繁栄するといい、蔑ろにすれば家は廃れる。と、いうもの。その様な子供は、神仏の化身という信仰だから。子供の為に頑張るから、家は繁栄する。そういうモノかな。福子さんも、その様な存在?

「あなたは、それでいいの?」

思わず、口に出てしまった。

「―そうですね。どちらでもあって、どちらでもない。天命とか血筋とかね。少なくても受け入れてはいるわ」

左目だけで、表情は見えないが声からして、悲しげだった。

「その様なコト、あなたも似た様なモノでしょう? 他人には無い、自分の力が悩みだったこと」

ああ、この人、読める人なんだ。立場は違え、他人には無い力。他人とは違うから、居場所が無い。

「ごめんなさい、気を悪くしたのなら」

「いいの。こんな話、誰かに話した事なかったから、あなたと話せた事が嬉しかったわ。もう少し早く、あなたに会って色々話したかったわ」

幽かに左目が笑っている。彼女の圧倒的な孤独感を、その瞳の奥に視た。

「もう少し、あなたと話したかったけど、この後、あなたの教授先生と会う予定なの。本当は、御断りするつもりだったけれど、箱神様が、そうしろと言われたので」

彼女の背後に、箱神様の気配。教授、そんな話をつけていたんだ。それにしても、箱神様は私達に何かを伝えたいのかな?

「もし、祭のあとに時間が残っていたら、また話たいわ」

そう言って、その後、二木福子は、私を玄関先まで見送ってくれた。

箱神様という、星水集落で崇められている神。山神の気配もあったけれど、祀られてはいない。別の場所に神社があるのか。

『見るなの祭』箱神様、正体が不明の神。あるいは、正体を知っていて“神”として、祀る事で存在を鎮める。どっちのタイプなのか。探れないのは、相手の力が強すぎるから。

私は、二木家を後にし宿に戻る。その途中、橋の所で教授と、すれ違った。

「お前、色々文句言っていたクセに、走り廻っているな。また、ナニかに呼ばれたりしたのか?」

「そんなところですかね。教授も、二木家に行くのですか?」

「まあな。調査が神事だし、祭主の家に挨拶ついでに、話しを聞こうと思ってな。二木家は、星水集落の地主でもあるからな」

と言って、自転車をこいで二木家へ向かった。私は少し気になったが、今かんがえても仕方が無いので、一度、宿に戻る事にした。


 宿に戻ると、根本さんの姿は無かった。私の部屋のドアに、メモが挟まれていた。

「僕は、周辺の地理を調べに行きます」

と書かれていた。

私は、これから何をしよう。目的の祭までは日数があるし。宿から星水集落までは、昨日、ざっと調べたし。あの辺りの社や祠は、特に気になるモノはなかったし。一つ気になるとすれば、星水集落と土丘集落との境である橋の袂にある、賽の神だけが念入りに造られていたのは気になるが。星水集落の話を、村人に聞いて回る事も考えたけれど、なんだか気乗りしない。

―箱神様。正体不明の神様。かなり大きな力を持っている神様か。

“見るなの祭”箱神様の御神体である箱の、錦の布を新しくする為の神事。

箱・箱の伝説と言えば、パンドラの匣。箱の中身が……。つまり、箱神様は。

いや、これ以上は触れてはいけない領域のコトだ。

私は、気を取り直し、村にある神社や祠などの調査をする事にした。

食堂で遅い朝食を食べると、資料用の地図を手に宿を出る。宿から北の方面へ行けばスキー場がある。山々は確かに、雪の多い地域の樹が生えている。宿より北の集落は、役所や公共施設が集まっている。まずは、そこへ向かう。


 小さな図書館で、郷土史を調べる事にした。思っていたより、郷土史関係の資料が揃っている。そして、村の広報紙にあった、地元向けの地図を見つけた。

手書き風のその地図は、私が持っている地図ともアプリ地図とも違っていた。旧式の地図というか、地域の人向けの地図で、細かく集落や地区会が記されていた。その地図をコピーさせて貰う。地図の比較をすると、ある事に気付いた。

箱神社のある星水集落、そこだけ境界線が太く記されている。まるで、そこだけが違う様な。

宿や公共施設のある場所が、川中集落。スキー場のある場所が、雪下集落。田んぼや畑のあった場所が、土丘集落となっていて、星水集落の北側にあるのが、北石集落という場所らしい。星水集落は、村の中で忌む様な集落なのか?

賽の神といい、この地図といい。何かが違う。それ以上の資料は無く、自転車で村を回ってみる事にした。星水集落の北側にある、北石集落を目指す事にした。

 川中集落から、橋を渡り北石集落へ。ここにも、賽の神は祀られていたけれど、普通の賽の神だ。結界の様なモノは無い。北石集落に入ると、田畑の中や住宅の空地、道沿いに、たくさんの「開発反対」「ソーラーいらない」などの看板が設置されていた。こういう場合、反対派だけでなく賛成派も看板を出すが、全部が反対だった。田舎も色々あるんだなと思いならが、自転車で辺りを散策していると、山裾に沿って巨大な有刺鉄線の柵が張り巡らされている場所を見つけた。地図アプリで現在地で確認すると、星水集落にある山・箱神社のある山から繋がる山だと判った。つまり、この柵は山が神社の私有地という事なのか? まるで、近づく事すら拒む感じがした。また、別の場所へと移動する。隣町と唯一繋がっている道路に沿って走る。田畑で作業をしている人以外、人と会う事は無い。隣町に抜ける道路は、交通量もまばら。川中集落は、それなりに人はいたけれど。やはりここも、限界集落なのか。

そう思いながら自転車で走っていると、どこにでも出店しているファミレスを見つけたので、そこで昼食を摂る事にした。

客といえば、運送業の人や、工事でもしているのか作業員風の人。そういえば、宿にも同じ服を着た作業員がいたな。そう思いながら、食事をしていると、聞えてきたのが

「―もう少ししたら、二木家の土地が全て……」

「ああ、アイツも、うまいことやったな」

とか、二木家に関する話だった。

今頃、教授は福子さんと話しているのだろう。予め約束していたという事は、二木家が関係者だと知っていたからか。根本さんは、土地を調べるとか書いていたけれど、反対看板や作業員の話を、二人に話すべきか?


 また自転車で、村を散策して廻る。箱神社まではいかないものの、他の神社も立派な造りで手入れも良くされている。挨拶を兼ねて神社を参拝。そこで、氏子と思われる老婆に会った。老婆に二木家の事を訪ねてみると。箱神社は、二木家の氏神的なモノで、一族親族が管理し祭事を行っているという。

「今は、御役目様が、いらっしゃるから、その方にも、お仕えしないといけないから、宮司さん達は忙しいみたいね」

と言う。

「御役目様?」

「二木家のお嬢様の事。福子様よ」

にこやかに笑て答える。

「御役目様が生まれた代には、村が発展すると言われているの。まあ、その逆もあってか、畏れ多い方ね」

「今朝、その、福子さんに、お会いしました。なんだか、お躰がよろしく無いようでした」

「だから、御役目様。私も詳しくは、ないけれど。昔からの言い伝え。大切にされれば、繁栄すると。こんな言い方は失礼だけど、可哀想な方よ。学生さん、あまり深く関わらない方がいいわよ」

と、何か言いたげに私を見て、立ち去って行った。

―御役目様。いったい何の、御役目なんだろう?

それとなく、今いる神社の御祭神に聴いてみるけど『彼女の宿命』としか答えてくれず、これ以上その事で、関わるなという感じだった。

御役目に見るなの祭。謎の御祭神・箱神様。これ以上の情報は難しいか。取りあえず、宿に戻る事にした。


 宿に戻った頃には、夕日が空を染めていた。ヒグラシの声が響いている。雰囲気が、どことなく生まれた町と似ている。

夕食の時、根本さんは、私に資料の束を渡してきた。

「この村の地質と歴史を簡単にまとめました」

と、渡された資料を捲ると細かく書かれていた。

「鉱山があったの?」

「―らしいな」

根本さんに代わり、教授が答えた。

「そういえば、教授。福子さんと何を話したのです? あの祭には、部外者は参加は出来ませんよ」

「違う。どちらかというと、祭神の事だ。箱神社で、箱が御神体。気になるではないか」

食事をしながらの、会話。

「箱神様のことですか」

「ん、まあな。ちょっと気になる事もあったし」

何かを隠している感じがするけど。

「たまたま、参拝した神社で氏子のお婆さんに会って、福子さんは、現在の“御役目様”だと話していました。二木家って、地主的存在だけではない感じが、するのですが?」

色々と、引っかかる事や気になる事が多い。探りも遠見も、やりにくいし。

「二木家は……根本の資料にあるように、星水辺りは昔、鉱山だった。上質の鉄鉱石や金や銀などの鉱石も採れたとか。その鉱山を取り仕切っていたのが、代々の二木家だ。それと、例の神事・祭が関係しているのではと、考えているのだが―」

教授は言葉を濁す。行き詰っているのかな?

「で、福子さんから、話しを?」

「ああ。氏子の婆さんが言っていた“御役目様”という存在と、福子さんの……姿からすると、福子福助信仰や蛭子信仰に繋がるのが、一つのワード。蛭子のことヒルコは、その姿から海に流された。それを流れ着いた地の者が、祀った事で、商売繁盛の神の祖・恵比寿様になっている。つまり、福子さん自身が現人神的存在にして、祭主なんだよ。ここまでが、私の師匠が掴んだ、二木家の事。福子さんの様な存在は、何代かに一人生まれてくる。例えが悪いが、異形・奇形みたいな姿で。そして、必ず女だということ。その謎を、私は追っている」

力説なうえ、不敵な笑み。教授にも師がいたのか。それにしても、福子さんは、箱神様に仕えている祭主だけでは、ないような気もするし。箱神様も、別の存在と一緒になっている感じもする。物凄く力の強い存在。気配だけしか、私には解らない。もう少し、この村にある他の神社の神様に聴いてみる必要があるかもしれない。




  福子


 二木家・大広間の祭壇の前に座り、福子はボンヤリと虚空を見つめていた。

神事・祭まで、あと二日。父が死んで一年近く。最後は、枯木の様になって死んだ。二木家本家は、ろくな死に方をしない。枯木の様に、朽ちた布の様になって死ぬ。二木家に伝わる呪い。

二木家の初代が、箱神様と交わしたという契約では、箱神様を神として祀る事で、一族と集落の繁栄を約束した。その契約を忘れない為に始まった祭が、二木家関係の家々に、箱神様を迎えてもてなす。箱神様が、家と家の行き来するのを見てはいけない。結束の意味だと伝えられている。二木家と神職の家系には。だけど……。福子は、溜息を吐く。真実は違う。

御役目様は、箱神様の使いであり仕える者。御役目様だから、あの場所『御山』へ行く事が出来る。美しい、あの場所へ。

家々を廻った箱神様は、最後に、ここの祭壇にて衣の交換がなされる。祭壇には、その為に織られた錦の布が安置されている。箱神様が箱神社を出ている間に、神社の祭壇は、新しく造り直される。そして、新しい衣で包まれた箱神様は、再び、箱神社の祭壇に安置される。その後、御役目様である私は『御山』へ向かい、そこでの神事。普段からソコに祀られている祠には参拝しているが、神事として向かうのは“見るなの祭”の後だけ。初代から受け継がれてきたこと。他の者では代理が利かない。御役目だから出来る事、行ける場所。

何度目かの、溜息が出る。

 翌朝。星水集落では、神事と祭の準備が行われていた。と、言っても賑やかな祭ではなく、厳かなモノ。だから、幟なども無い。祭の前後は、集落への立ち入りが制限される。星水集落と土丘集落との境の橋は、封鎖される。星水集落は孤立する事になる。

二木家では、既に神事と祭の準備が終わっていた。

「今年も、美貴さんと雪子さんは、帰って来ないのですか?」

杜山老宮司が、伊根に問う。

「はい。そのようで」

困った表情で答えると、溜息。

「満春様が、ご存命の頃は、仕事の合間を見て帰って来てはいたが。祭には一度も立ち会った事すらない。どうしたものか。二木家の婿養子、福子様の婿であるのに。東京での仕事を優先して、たまたま成功した起業だからと……。それは、福子様との縁談が決まったから成功しただけのこと。その恩も知らず。もとは、スキー場の雇われ経営者だったくせに」

杜山老宮司も溜息混じりに言う。

「おそらく、二木家の財が目的だったのでは。満春様も、遠縁にあたる村の重役からの縁談だからといって、無理に縁談をまとめることもなかったのに。箱神様の、お怒りに触れなければ良いが……」


 宿の前にある、庭園内のベンチに座り、私はフィールドワークの計画を練っていた。今日から数日間は、星水集落への立入りは出来ない。村の神社巡りを兼ねた散策か。ぼーっと、宿の玄関を見ていると、親子連れや作業員風の男達が出て行くのが見えた。これといった観光も無いのに、親子連れ。作業員風の男達は、あの『開発反対』に関係している者か。出入している人間を観察していると、根本さんが私のもとへ来た。

「探していました」

ぶっきらぼうに言い

「今、暇ですか?」

と、問う。私が頷くと。

「実は僕、教授の手伝いを引き受けたのは、この土地に埋蔵金の言い伝えがあると、そのスジの本で読んだからです」

言って、隣に座る。そして、PCやタブレットなどが入っている大きな布製の鞄から、昭和の半ば頃に出版された様な表装の本を取り出した。著者名は、埋蔵金研究で有名な人物だった。予備知識程度で、興味も無いので放置している分野。一時期、テレビなどで特番が組まれる程のブームがあった。最近は、殆ど見かけない。

「根本さんは、埋蔵金の研究をしているのですか?」

「趣味半分で。オカルトは解らないし興味も無いです。でも、埋蔵金や古墳などの遺跡は、リアルで証明出来そうなモノだしカタチもある。それに、未発見の物を発見すれば、名前が残せるかな、と」

照れ臭そうに言った。マニアックな趣味の延長の学問か。

「それで、地質調査がどうのとか、鉱山の話なの」

「はい。その様なところです。―それじゃあ、僕はこれで」

言って、大きな鞄を背負い駐輪場の方へと歩いて行った。

―埋蔵金と鉱山。山神系の気配と箱神様。それに、地主の二木家。それらを、まとめて考えていると『ナニか』が、引っかかってしまう。

その『ナニか』が、怖い感じがして、どうしても探る気にはなれなかった。


 私は、スキー場を見に行く事にした。緩やかな上り坂が続く、静かな田舎道。

雪下集落は、隣町のベットタウンなのか家が密集している。スーパーや病院などもある。川向うの北石集落には『開発反対』の看板があったけれど、この辺りにはない。田畑だけのしかも休耕田が多い方に開発を誘致したのか。住宅地を抜けると、さらに長い上り坂となる。山沿いの道だけあって、鳥や虫の声ばかり聞こえる。鍛えていないと自転車で登りきるのは無理。自転車を押しながら坂を登る。道路脇に開けた場所があった。そこで一休み。村が見渡せる。山の方を見ると、リフトが見えた。あと少しか。そう思っていると、田舎には似つかわしくない、スモークガラスの成金仕様の車がスキー場の方から降りてきた。かなりのスピード。開発業者風の関係者だろうか。

 スキー場に着くと、営業している。人工雪でもと思って見ていたら、斜面を利用した草滑りをやっていて、親子連れが複数来ていた。あの親子連れもここに来ているのか。昆虫採取や森林浴などのコースが、看板に書いてあった。夏にもこうして、営業努力をしないと、やっていけないのか。

しばらく、スキー場の様子を見ていたけれど、これといった発見もなかった。スキー場周辺を散策したけれど、この辺りには神社などはなく、空っぽな感じの場所だった。箱神社と繋がりのあるモノは無い。星水集落だけの信仰なのか、その辺りが不明。少なくても、関わりたくないというのを感じた。



  二章   


 星水集落は、静けさに包まれていた。厳かな雰囲気というより、ナニかを畏れている空気。日付が変わった深夜、箱神社から御神体である箱神様が、白い布を被せられて運びだされる。始めは、神職関係の家から氏子の家々へと箱神様は家を廻っていく。箱神様の受け渡しは、決して見てはいけない。運ぶ神職と家以外は。その神事は見てはいけない。だから、祭の間は住民は家に籠る。箱神様の受け渡しが“神事”で、各家で箱神様をもてなすのが“祭”。略して『見るなの祭』と呼ばれている。見れば、呪いや禍が降りかかると云う。

 二木家は、その祭の中心。当主と家の者で行う。神職は、箱神様を運ぶだけで、二木家内で行われる、神事と祭には関与しない。 “御役目様”が存在している在位の時は。


 福子は一人、祭壇の前に座っていた。今年も、婿である美貴は帰って来ていない。半ばなりゆき的、強引にまとまった縁談。夫婦らしい事は無い。カタチだけ。父は二木家を守る為とか言っていたが、気の弱いところを遠縁にむりじいされた。後継ぎの事を心配はしていたものの、仮面夫婦だというのを理解していなかった。美貴は、今年も帰って来ていない。この祭に参加した事は一度もない。妹の、雪子も家を出て帰って来ていない。母は、雪子が家を出る前に、枯木の様に朽ちて死んでいる。自分を支えてくれるのは、代々、二木家に仕えている伊根と、神職達だけ。その伊根も昨日の夜から姿が見えない。毎年、祭の手伝いをしてくれていたのだが。歳も歳だから具合でも悪いのか、連絡も無いのが気になったが、時間が迫っている。

ぼーっと、祭壇を見つめていると、玄関の開く音がした。箱神様が来るのは、明日のはず。そう思っていると、近づいてくる足音がする。伊根の者とは違う。突然、襖が開かれる。

「今、帰った」

そこにいたのは、ブランド物で身を飾った婿の美貴だった。

「美貴さん」

福子は、驚く。まさか、帰って来るとは思っていなかったから。美貴は、ズカズカと広間に入ってくる。

「箱は、明日?」

福子は、黙って頷く。

「じゃ、俺、少し寝る。さずがに、東京から一人で車とばして来たから、疲れたわ」

と言い、広間を出て行く。

福子は無言で、その背中を見つめる。自分にフツウの夫婦の様な事を望めるとは、思ったコトは無い。それなら、独り身でいた方が良かったと。夫と呼ぶべき者と一緒に、箱神様をお迎えする事を、一瞬でも思ったコト。それを、美貴に伝える事は出来なかった。

 二木家を継ぐ者に口伝のみで、伝えられる『秘密の中の秘密』

それを知っているのは、福子だけ。ソレは、禁忌。そして、代々、二木家が秘かに護ってきたモノ。二木家一族でも、当主と後継ぎが、知っているだけ。他に知っているのは、箱神社の神職達。二木家親族や村の権力者は、ソレが金目の物だと思っているが、ソレは禁忌。決して触れてはいけない口外してはいけないモノだ。

ソレに近づく為に、結婚した。させられたと言っていいかもしれない。

福子は、祭壇を見つめる。そこには、新しい錦の衣。それで、着物を仕立てれば数百万は下らない物だ。自分の七五三や成人祝いに着物を仕立てて貰ったけれど、袖を通した事はない。父や神職達は、自分を大切にしてくれていた。それは”御役目様“だから。

―二木家は絶える。

初代が交わした契約と禁忌によって。あの『禁忌』は、何があっても、他者に触れさせても、表に出してもいけない。

私に、ソレを護りきれるのだろうか?

そう思いながら、福子は祭の準備を進めた。


 神事は、滞りなく進んでいた。

二木家に、箱神様が運ばれてくる。それを、玄関にて迎える。何時もの年は、福子と伊根で。だけど、今年は、婿の美貴と。

この受け渡しの時は、無言でなくてはならない。美貴が出てきた事に、神職達は驚いたが、それを押さえ何事も無かった様に振る舞う。箱神様を、祭壇の前へ運び入れると、神職達は二木家を後に箱神社へ戻る。明日の朝、新しい衣で包まれた箱神様が神社の祭壇に、再び安置されれば、一連の神事と祭は終わり、この先、一年は安心できる。

“御役目様”の代は、何かとあるので、気を抜けない。神職達は、ただ無事に御神体である箱神様が戻って来る事を願うしかなかった。


 福子は、祭壇の前に安置された箱神様を見つめる。時計をチラッと見る。時間には余裕はある。独りでも出来る、そろそろ始めなければ。そこへ、

「なあ、その箱の中って何が入っているんだ?」

美貴が不躾に襖を開けて入ってくる。

「存じません。誰も中を見た事はありません。決して開けてはいけないと、伝わっています」

「ふーん」

つまらなそうに言いう。

「―中を見たら、どうなるの?」

と、女の声がする。その声に、福子は驚いて振り返る。

「ゆ、雪子」

「その名前で呼ばないでよ、今は、せつか・雪華よ。お姉さん」

ヒステリックに言う。派手な化粧に流行の服。

「如何いう事」

「改名したのよ。それに……」

と、美貴の腕に抱き着く。

「後は、私達が二木家を上手くやっていくから。お姉さん、家族だとは思っていないけど、御役目ゴメンだね。皆、あんたを担いで“御役目様”とか言われて、私は面白くなかった、ずっと。代々、箱神様を護る役目、なにそれ、バカみたい」

雪華は、吐き棄てるように言う。福子は黙ったまま、二人を見ていた。

「二木の財や山を売り払って、俺達は東京で楽しくやっていく」

雪華の肩を抱き美貴は、言った。

「だから、死んで頂戴」

二人して、福子に襲い掛かる。福子は、ソレに抵抗する事なく

「黄泉津大神さ、ま」

と言い、そのまま息絶え、福子は箱神様の前に倒れる。


「あっけない、人ってすぐ死んじゃうんだ」

雪華は言う。

「死体、どうするんだ?」

「―この箱の中に入れれば、いいじゃん」

雪華が言う。

「バラして、入れるのか。早くしないと、神社の奴らが受け取りに来るぞ。その時、福子がいないと怪しまれる……雪華、フリをしな。あいつは、何時も布を被っていたし。具合が悪いとかで誤魔化すしか」

二人は、この先の話をしながら、箱に入る様に五体に解体する。箱神様の布を剥がす。桐の箱、その箱を開くと中には、古く変色した木箱が入っていて、その中には

「なんだ、コレ。ミイラか?」

黒ビニールに、五つのカケラを放り込む。そして、何重にした黒ビニールに、福子の躯を入れて、内側の箱に押し込み封をし外側の箱の封もして、新しい錦の布を巻き、なんとか元のようにした。それらの作業を終える頃、空は明るくなっていた。神職達が箱神様を引き取りに来る。雪華は、福子のフリをして神職達の前に出る。

 箱神様を受っとった神職達は、互いに顔を見合わせて息を飲んだ。無言で行う為、何も言わず、二木家を後にした。

「気付かれなかったな」

二人は言う。

「暫く、この恰好ってのも、ね」

二人は、神職達が去った後、今後の話を始めた。

 神社に戻った神職達は、社の祭壇の前に、箱神様を置くと

「大変な事に、なってしまった」

と、お互い怯える。

「け、警察に言うべきでは?」

「ダメだ。この神事は、御箱の事は如何なる事があっても、口外してはならぬ。あの婿の仕業だと判っている。それよりも、御箱の中に納められていた『巫女神様』のお躰を捜さないと……既に処分されているか」

杜山老宮司が言う。恐れていた事が起きてしまった。口調は冷静を保っていたが、内心は畏れ慄いていた。

「このままでは、福子様自身が」

この先、どうするべきか話し合っていると

―くすくす

「何事も、無かったかの様に振る舞えばいい」

忍び笑いと共に、女の声がする。普段は、聴こえない神職達にも聴こえたのか、社の中は、騒然とする。

「これで、何度目かしら。この様な目に遭うのは。私は、腐る事はない。箱の中で、朽ち果てるのを待つだけの存在。あの躯も腐る事はない。二木家の呪いの源であると同時に、贖罪」

「―福子様、それとも、巫女神様?」

やっと絞り出した声で、杜山老宮司が言った。

「どちらでもあって、どちらでもない。初代とも云われた時代もあったが」

淡々と話す声が、返って恐ろしさを感じさせた。

「あなた達は、気付かないフリをして、今まで通りの事をすればいい。そう、何も無かった、何も知らないと」

「に、二木家は」

「少し休んでから、如何するか考える。精々、束の間の財に溺れるが良いわ」

そう言い残し、声は、無かったかの様に消える。

神職達は、震えるしかなかった。禁忌が破られた時の教えを嫌という程、聞かされてきたから。

「言われた通りだ。そうするしか、術は無い」

震える声で、杜山老宮司が言った。



 闇の中に、響く金属音の様なもの。時々、その闇の中に小さな光る物が見えていた。水が滴る音。金属音がグルグルと響き感覚を狂わせている感じがして、不安になる。辺りをよく見回してみると、手掘りのトンネルみたいな場所。

―夢なのか。そう思って、進める方へ歩いて行く。トンネル、手掘りの鉱山の様な場所。古い時代の鉱山なのだろうか? 人と荷物がすれ違うのが、やっとの様な坑道、所々に枝道があり、その先は闇が深すぎて見えない。おそらく、採掘跡なのだろう。私は、坑道を下へ下へと進んで行く。夢だと判っているが、これは明晰夢。その様な夢には意味がある。だから、進む。そして、地下深くに辿り着く。そこは、あるアニメの一シーンみないな場所。暗闇の中で、幽かに光る小さな物があちらこちらに、ある。辺りを見回すと、地底湖があるのが判った。その地底湖は幽かな光を湛えていて、その畔には石造りの鳥居。そして祠。何故、この様な処にと思っていると、何者かの気配を感じた。

―イザナミノミコト? いや、それよりも……。と思った時だった。

全身に激痛が走り、まるで五体がバラバラにされる様な、恐怖を覚え意識は闇に沈んだ。

『同じコトを、何度も何度も繰り返された』

哀しみと苦しみを、露わにした声を聴いた気がした。


 スマホが鳴っていた。意識が明瞭になる。

私は目を覚ました。全身に痛みがあり、暫く動けなかった。明晰夢、時には何者かの意識が入り込んで来る事もある、そちらの方か。たまに、リアルに影響があるが。うーんと、伸びをしてスマホを取る。

「いつまで、寝ているんだ」

教授からだった。時間は、九時を過ぎていた。寝過ごしたようだ。

慌てて用意して、部屋を出る。食堂へ行くと、二人は私を待っていた。

「珍しいな」

教授が、お茶を啜りながら言う。

「すみません、ちょっと妙な夢を見てしまって」

お茶漬けを頼んで、夢の内容を二人に話す。イザナミノミコトとバラバラにされるとことは省いて。

「鉱山と地底湖」

根本さんが食いついた。こっちが本性なのか。なんだか、テンションを上げている。

「夢ですよ。でも、不思議な地底湖。暗闇の中で光ってたし。某アニメみたいな感じ」

お茶漬けを、かき込んで、答えた。今日は、二木家へ行く事になっていた。

「―光る地底湖か」

ふむと、根本さんは、思い当たる事があるのか、考え込む。

「お前、予知夢とかも出来るのか?」

教授が問う。

「いえ、たまにそうなのかなって。どちらかと言えば、明晰夢に近いモノかもしれません。何者かの意識が入り込んでくると、いった感じに近いモノかと」

教授は、納得しきれない目で、私を見ていた。


 その後、根本さんは埋蔵金の情報集めへ、教授と私は星水集落へ向かう。教授は、福子さんと話に、私は箱神社へ向かう。

それぞれ自転車で向かう。私は、夢の中のコトが嫌な予感に変わっていくのを感じていた。村の空気が今までのとは違う、気も乱れている。神事や祭の翌日だからなのかと思ったけど、そういうのとは違う。

『異変』と言ってもいいくらいだった。

星水集落への橋を渡りかけた時、私は丁度境目の辺りで、自転車を降りた。

橋を渡ろうとした瞬間、凄まじいナニかの気配と感情が、ぶつかって来た。先日とは、まるで違う星水集落の空気。

 あの神事と祭が、箱神様の衣替えとか祭壇を新しくするモノだとしたなら、空気は清浄になっているはず。でも、そうではなくて、負の感情を剥き出しにした気配。なにかトラブルがあり、禁忌でも犯してしまったのか?

直接、心の中に入り込んで来る感じが、キツイ。教授は、コレを感じないのか?

「どうした。顔色、悪いぞ」

私が、立ち止まっているのに気付いたのか、教授が振り返る。

「―空気が重いです。それに、ナニかとても大きな気配もします」

答えて、自転車を支えに歩く。

「どういう意味だ。神事と祭は、箱神様の一年の穢れを祓い禊をするモノではなかったのか?」

「その様なモノですが。禁忌に触れたのか、別のコトが起っているのか。とりあえず、神社に行って聞いてみないと」

歩く足が重かった。

 二木家の庭先に自転車を停め、重い足どりで箱神社へと向かう。石段を登るにつれて重くなるし、気配が以前より強く感じる。ソレが、気配のモノなのか、感情のモノなのかは解らない。夢の中で感じた気配と、似た気配がソコに在る。そちら側に属する存在が? 本当の意味での『禁忌』があるのでは、と。

やっとの思いで神社へ辿り着く。先日来た時と、まったく違う空気。苦しみと哀しみを剥き出しにした感情で満ちている。手水舎で清め、拝殿の方へ向かう。すると中から、杜山老宮司が出てくる。私を見るなり、縋るような目で見て中へ入るように言った。拝殿の祭壇は新しくなっていた。箱神様の錦の衣も新しい衣になっていた。だけど、気配が違う。

「お連れしました」

祭壇に向かって言った。神職達の視線が私に集まる。

「―くすくす。気付いているけど、まだ見極めるコトが難しいようね。修行が必要なようね」

箱神様の声、その声に重なる様に別の声がする。何処かで、聞いた声。

まさか

「福子さん?」

なんていうか、嫌な予感が当たったと同時に、言い難い気持ちになる。

「そう、福子。でも福子であって福子でない」

忍び笑いと、悲しげな啜り泣きが聴こえる。途端、全身に激痛が走り、その場へ倒れる。杜山老宮司が何か言っていたが、耳に入らなかった。

―あの夢。そういうことなの?

「も、もしかして、福子さんは」

呼吸を整え、丹田に力を入れて身体を起した。物理的な痛みでは無い、痛みは続いていた。

「そう、その通りよ。あなたが見た夢は、私の身に起きた事の追体験。私は、今、箱神様の中。二木家の呪いと伝わっている事の一つ“福子なるモノの宿命”

初代から、何度も繰り返されてきたコト。そういう、呪いと宿命」

二つの声が混ざり、一つの声となる。

「巫女神様、如何すれば」

杜山老宮司が懇願する。神職達は、縋る視線を私に向ける。

私に、如何しろと。

「無理よ。また、ここから新たな“二木家の呪地と贖罪”が始まる。現・福子で終れたかもしれない“呪い”を、再び蘇らせた」

怒りと憎しみに満ちた声。

「私は、初代・福子にして、代々の福子。福子は私であり、私は福子。そして、箱神というカタチで眠っていた。その『箱』が、開かれた今、神の名を持つ『箱』も、その力は失せた」

つまり、代々の福子は『役』名みたいなモノで“御役目様”と言う事なのか? そして、福子さんは、ソレを人間のカタチとして存在しているモノ?

「少し違う。福子は福子。すべての福子は福子なの。つまり、初代から続いている存在。それが、二木家の呪い。何度も、利用だけされ殺された。だけど、ソレも充分。『箱』を暴いたのは、今の二木家が始めて。だから、契約は終わった。これから、私は復讐の為だけに在る。私は、地の底にて、欲に塗れた者達に、禍を。死よりも恐ろしく苦しみに満ちた呪いを、味わせるコトにする。あなたに、私を鎮めるコトが出来るかしら」

挑戦的な言葉とは、裏腹に、云い様のない哀しみと憎しみに満ちていた。

福子さんが『御役目様』と呼ばれているのは、現世にて存在している現人神に近い存在だったから? そして『箱神様』は、代々の福子さんを封じていた?

座り込んだまま、考える。すでに、福子さんも、巫女神様と呼ばれていた存在の気配も消えていた。

 ふと、拝殿の外で気配がする。神職の一人が外へ出る。

「斎月は、来ていますか?」

教授の声だった。すると、杜山老宮司が

「入ってもらいなさい」

と、言った。

「民俗学を研究している、秋葉です」

と、名乗る。

「教授。二木家の方は、どうなっていました?」

「どうって、どういう意味だ」

「福子さんは?」

問うと、教授は難しい顔をして

「いなかった。って、何者かが福子さんのフリをしていた様に見えたが。体調が悪いと、すぐ引っ込んだ。あの男は、婿なのか? これ以上、協力できないとか言った。それに、伊根さんも姿が見えなかったし」

珍しく、言葉を濁す言い方。

福子さんは、殺されている。伊根さんが行方不明なのも気になるが、おそらく。

では、福子さんのフリをしているのは、誰で婿は何を……。

「教授先生。口外しない事を約束して下さい」

杜山老宮司が言う。教授が頷くと、老宮司は話し始めた。

「―福子様は、殺されました。そして、『箱神様』の中に眠っておられた『巫女神様』と入れ替えられています」

と。

「……」

さすがの教授も、言葉を失う。

「それで、箱の中は」

なんとか声を、絞り出す。

「巫女神様。初代・福子様の躯が入っていました。何百年も前のモノですから、ミイラと言った方が解りやすいでしょう。その躯を『神』として祀り、箱をさらに『神』とする事で、封じておりました」

言って、老宮司は祭壇の箱を見る。

「今、箱の中にあるのは、現・福子様の躯。これらのコトは、司法の様なモノが及ばぬコト。我々で、なんとかするしかない。あるいは、巫女神様が、されるがままで、いくしかありません」

老宮司も神職達も、諦め悟った感じを漂わせる。

「それで、いいのか?」

教授の問いに。

「それが、二木家の呪いであり、我等神職達への戒め。代々の『御役目様』が受けてしまう、非常なるコト。欲は、全てを滅ぼす。初代の呪いなのか……。

そうですね、二木家の歴史について解る範囲で話しましょう。巫女神様を、沈めて頂くには必要な話ですし」

老宮司は、私を見る。巫女神様から、何か聴いていたのか?


 

 二木家の歴史は、星水を中心とした星来村の歴史と関係している。もともとは、二木家が星水の長であった。数百年前、林業と農業が収入源だったが、ある時、山肌に開いた穴が見つかり、そこに鉱脈がある事が判ると、鉱山から出る、鉄鉱石や銅鉱石など、金や銀、量こそ少ないが、一山当てると言った感じで、財を成した。鉱山の全ては、二木家が牛耳り支配していた。それが、初代より前の二木家。息子夫婦は、長年子宝に恵まれなかった。山の神を祀っている神社に参拝しては祈願していたが、なかなか子宝は来ない。ある時、鉱山を掘り進めていた時に、地下深くで地底湖が発見された。その地底湖は、闇の中で幽かな光を湛えていた事で、神の在る場所だとされた。息子夫婦は、その地底湖に子宝を祈願した。闇の中で、幽かに光を放つ岩肌などが神秘的な場所だとし、二木家以外の者の立入りを禁じた。何度か、そこへ参拝をした為なのか、息子夫婦は子宝に恵まれた。ようやく授かった子供、しかし、その子供は、いわゆる奇形な姿で生まれてきた。異形な姿の娘だったが、ようやく授かった子供なので大切に育てた。その子が生まれてから、鉱山からは上質な鉄などが採れる様になり、二木家は星来村を仕切るまでに力と財を手にした。

その娘は、新たな鉱脈を発見したり、事故を予見したりした。その力は、神様からの授かりモノだとし重宝された。二木家に『福』を、もたらしてくれる子『福子』と呼ぶようになった。

「その時の子供が、初代・福子様です」

と、杜山老宮司が語る。

「その光る、地底湖は何処にあるのです」

教授が問う。

「それは、言えません。禁足地であり、禁忌そのモノですので」

杜山老宮司の言葉に、教授はそれ以上追及せずに

「それで、初代に何が起こったんだ? 呪いの源となるには、それなりの理由があるはずでは?」

と、問う。

「はい。初代が誕生したのは、室町時代後期だとされています」

ふう、と息を吐くと続きを話始めた。


 初代・福子は、いわゆる先天性奇形だった。その姿は見るも無残だったと伝えられている。しかし、彼女には不思議な力があった。新たな鉱脈を発見したり、事故や災害、天気などを予知した。それらは全て的中し、福子は神の子として、崇められていた。二木家は、役人や公家、幕府との繋がりを持つまでに力と財を手にしていた。だけど、二木家に新たに子供が生まれると、福子の扱いは一変した。生れた妹は、人の姿をしており器量も良かった。やがて妹が年頃になると、福子は疎まれるようになり、掌を返したように扱われる様になった。福子自身、自分の事は理解していたし、他人とは違う事に疑問を持ちつづけていた。それでも、頭に浮かぶ事を伝えると、その通りになっていた。自分は、その様な存在と思っていたが、やはり他人とは違う事は悩みであった。そんな自分を『神の使い』として、崇めていた周りの人達の為に色々と伝えていた。でも、妹の誕生で自分の居場所は無くなり、年頃の妹に、嫌と言う程、フツウの姿を見せつけられた。福子は、何時しか座敷牢の様な部屋に幽閉された。その頃には、二木家は有り余る財を成していて権力も手にしていたから、福子の存在は既に不要となっていた。それでも時折、抜け出しては、地底湖へと言っていた。その場所は、禁足地。福子以外は、入ってはいけないとされている場所だから一人になれた。その場に他の者が入ると、神域を穢した罪で死ぬとされ、度胸試しに行った者は、死んでいた。何故、福子だけが平気なのか、その事もあり、畏れる存在から恐れられる存在になっていた。二木家は、福子が抜け出せない様に、屋敷の地下に閉じ込めた。

そして、ある日、福子は殺された。福子を疎ましく思っていた妹が、自分と結婚し二木家を継ぎたいのならと言う理由で、求婚者に殺させた。そして、福子の持つ力を利用したいと考えいた二木家は、五体に別けると『箱』に封じた。

「それが、箱神社の縁記」

老宮司が語った内容では、色々抜けている気がするが、真実は伝えられていないのだろう。

「他に何か伝わっていないのですか?」

私は、問い詰めたかった。

「私が知る限り、それだけです。何代かおきに『福子様』が生まれるのが、二木家の呪い、初代・福子様が、二木家にかけた呪いとしか」

大きな溜息は、絶望なのか。それとも、呪いを畏れているからなのか?

『福子』の集合体でもある『巫女神様』を、畏れているのか。多分、一部しか伝わっていないのだろう。当たり障りのない話として。

詳しく聞きたいが“本人”は、話してはくれないだろう。今の私に、そこまでの力は無い。それに、相手を知らな過ぎる。

重苦しい空気が、拝殿の中を漂っていた。


 口外無用。二木家に対しては今まで通りに、振舞う。もともとの箱の中身『巫女神様』の躯を探す。でもそれは、不可能に近いと。幾ら、燃える事も腐る事も無いと言っても、埋められてしまっていれば、無理だ。巫女神様は、例え躯が集まっても、新たな躰である現・福子さんが在る以上。力はより強くなっている。そちらは、神職達が何とかするの事。私達は、これまで通り調査を続ける。二木婿には、注意する。神職と私達は口裏を合わせる。

そう決める。でも、私は、その必要性を感じなかったけど。

 教授は寄る処があると言うので、二木家の前で別れた。私は、宿へ帰る道ながら、この土地の神様達に何か聴けないかと、探ってみたけれど、神様達は皆口を閉ざしていた。どちらかといえば、関わりたくはない、報いは当然と言った感じで協力を得るのは、難しいだろう。

このまま、この調査は終わるのだろうか? あの夢が関係しているのなら、まだ先がある。巫女神様が福子さん自身を神格化した存在なら、彼女は必ず復讐に動くだろう。それだけが、存在理由の神ならば、哀しすぎる。私に彼女を救うだけの力は無い。

 気持ちが沈んだまま宿へ。村全体の空気も不安定、巫女神様と関係しているのだろう。潮上島の様な空気感では無いけれど、心地の良いモノではない。虫や動物は、その様なモノに対して敏感だ。そのせいなのか、セミもカエルの声もあまり聞こえない。鳥も飛んでいないし。巫女神様が、私の呼びかけに応じるとは、思えない。部屋へ戻る。気配からして、教授も根本さんも留守だ。まだ昼過ぎ。呼びかけるなら夜の方が良い。錦原女神にでも聴いてみようかと思ったけれど、今は余計な力を使いたくは無い。根本さんのくれた資料の束も呼んだが関連は見つけられない。自分で調べるしかな。

―杜山老宮司も神職達も、何か重要な事を隠している。光る地底湖は存在しているが禁足地にて最大の禁忌だと言う。もしかすると、その場所が『見るな』と関係しているのかもしれない。そして、鉱山や福子さんに関係する、本来の御際神が祀られている場所・奥宮的な場所。禁忌・禁足地、ソコに在るモノが、二木家の呪いの確信なのかもしれない。


 色々と考えているうちに、寝落ちしていたらしく、気付けば夕方。夕食より少し前だった。自分が考えている以上に体力や気力を消耗していたらしい。私は顔を洗い、食堂へ向かった。丁度、教授が食堂へ向かっているの

に出くわす。

「教授は、何を調べているのです?」

問うと、

「二木家の家系。ちょっと、別の手を使って、二木家の戸籍を手に入れた。家系を調べれば、福子信仰との関わりも掴めそうな気がしてな」

と、答える。

「まあ。戸籍謄本といっても、正しい事が記されているとは限らないからな」

皮肉を込めて言った。それだけ、二木家は権力を持っていた事と、いう事か?

 食堂には、先に根本さんが来ていた。私達が座るなり、根本さんは

「結果が出ました」

と言って、PCの画面を私達に見せる。

「出たのか?」

教授がPCの画面を見る。

「はい。村の数か所の土や石のサンプルを大学のラボに送って解析してもらいました。結果、極微量ですが隕鉄と思われる成分が検出されました」

嬉しそうに言う。

「埋蔵金と関係しているの?」

「いえ、埋蔵金は別の話です。まあ、隕鉄そのモノが埋蔵金という可能性もありますけれど」

PCの画面には、グラフが表示されている。私には、それが何のグラフかは、よく解らない。―物理は苦手だ。

「箱神社とかの土も調べたかったけれど、さすがに神社に手を出すのは、気が引けます」

一応、そういった礼儀はあるのか。

「おそらく、箱神社のある山が一番怪しい」

教授が言った。

「それって、昔、鉱山があった場所ですか?」

「そうだ。この辺りで二木家の山と言えば、箱神社のある山が中心だろう。だから、山裾に屋敷を構えている。坑道も何処かに出入り口が残っているだろうし。地底湖の話も気になる。神職達は、知っていて隠している、まあ禁忌となれば、仕方のない話だが……」

教授は、私を見る。

「光る地底湖の夢が、何か?」

「隕鉄との関係。それに、ナニか絶対に隠し通したいモノがある。珍しい鉱石が採れていたという話を考えるとな」

教授は、PC画面を見つめる。

「―例えば、ウラン鉱石とかですか?」

根本さんが言った。

「ああ。かもしれないな。用意をしておくべきだな」

「は、はい。伝えておきます」

と、根本さんは目を輝かせて言った。私は、何の話か解らずいると

「二木家が代々、抱えて来た本当の秘密だよ。神職達を含めてな。まあ、私の勘が当たれば、かなり大がかりな事になるかもしれんが」

「福子さん・巫女神様の呪いの事ですか?」

「まあな。その正体だな」

意味深げな答え。それは、ナニを指しているのか?

福子さんは、祭の後、話したいと言っていた。それは、予期していたから、そう言ったのかな? なら、尚更、私は彼女を救いたい。


 深夜になるのを待って、私は、福子さん・巫女神様に呼びかけてみた。

福子さん・箱神様・巫女神様。呼び名は三つあるが、おそらく存在は一つ。

すべて、福子さんを神格化したモノだと思う。それとは、別の気配、夢の中の地底湖で感じた気配の主。

―福子さん、巫女神様、どうか私の声に応えてください。

何度も心の中で呼び続けていると

「―私を呼び出そうなんて、向こう見ずな巫女だこと。まあ、いいわ。私も貴女に話があったから」

現れた姿は、あの日の福子さん。

「私は、巫女神という名で神格化された、初代・福子や代々の福子。まあ、巫女神様は、初代を指しているのが正しいけれど。もともと、初代は、地底湖の畔に、黄泉津大神を祀り信仰していた。何故、ソコに黄泉津大神を祀っていたのかは、福子にしか立ち入れない場所だったからなのか。だから、自分を蔑ろにしてきた人達や妹と妹婿に復讐を願った。地の底深くに存在する、黄泉津大神力を借り、呪いを撒き散らした。それは、妹婿の血族まで広がった。初代の遺体は屋敷の地下に放置されていたが、腐る事すらなかったし、燃える事もなかった。恐れた家の者は、箱に封じた。しかし、村の者は、私が殺された事に、気付いていながら、二木家怖さに口を閉ざしていた。だから、呪い崇りは、鉱山で働く村人から村中へ広がっていった。村人さえ赦せなかった私は、村に天変地異を引き起こした。作物は採れず、疫病が村で流行った。私は、何時しか神に・崇り神になっていた。幾ら、私が異形に生まれていても、あの様な仕打ちは、赦せなかった。もともとは、神に祈願し授かった子であるのに。神から授かったから『力』もあった。畏れをなした、二木家の血族や妹婿の血族は、山神に祈り助けを求めた。神話を知るなら話は、早い。山神私に同情し、黄泉津大神と共に、私に『箱』の中で眠る様に提案した。それと同時に、二つの家系にも、お告げをした。

―『箱』の中の躯が、完全に朽ち果てて塵になる日まで、神として祀り、それぞれの家が、年に一回、神で在る『箱』を家へと迎え入れ、もてなし、その箱を包む錦の布を一新する祭を行い、家々を廻る『箱』を決して誰にも見られる事なく引き渡す神事を執り行う―と。それが“見るなの祭”の創まり」

淡々と語ってくれる。つまり、初代から現代まで、その約束は神事と祭として続いてはいたが、何度も福子さんは同じ目に遭ってきた。そして、現代・福子さんの時に、その誓は破られたということ。

「その、お告げを二神から託されたのが、流浪の巫女」

と、付け加える。―流浪の巫女? 何処かで聞いた事のあるモノ。

「まあ。そうする事で、罪の意識の共有と贖罪を監視させる意味もあったのね。で、私を、黄泉津大神に仕える巫女神として、祀り讃える事で、封じる意味や心をなだめる意味があった。無論、二神が私を慰めてくれたから、私は二神に従い眠る事にした。流浪の巫女は、再び、二木家に異形の子が生まれたなら、神の子として育てる事を約束させた。そして、流浪の巫女は、再び度に戻った」

それから、何代かに一度、異形の娘は生まれてきたが、大切に育てられて、子を授かり天寿を全うした娘は、至極稀だった。殆どが同じ様な結末を強いられた。親・兄弟姉妹・その嫁や婿によって。そうして命を奪われた福子たちは、あの『箱』の中で、二木家や関係する血筋を呪い続けた。それでも、初代の躯が朽ち果てていくにしたがい、その力は弱まっていった。私自身が、その輪から解放される時が来るのを、ずっと待っていた。―だけど、今回の事で、全てが終わった。二神と交わした契約も、私が解放される事も。私は、フツウの娘と変わらない生き方がしたかった。だから、あの二人を、その血筋を全てを赦しはしない。私は、新たな力を得た。二神も力を貸してくれる。だから、この村を滅ぼす。貴女に私を鎮める事が出来るかしら、流浪の巫女の末裔よ!」

凄まじい憎悪と恨みを、剥き出しにした感情が、ぶつかってくる。この感情は、佐山野神をも超えるモノ。私は、その感情に苦しくなった。姿を消して、尚、感情の塊は残っていた。身動きすら取れない程、強く押しかかっていた。

―流浪の巫女。末裔……。まさか。もし、そうなら、少なくても『私』も、その血筋において関わっているのか? もしかして、今回も『呼ばれた』のか?

動ける様になり、私は大きく息を吐くと、別の意味で溜息が零れた。

 私は、色々と考えている間に、朝を迎えた。


 食堂には、既に二人が座っていた。

「斎月さん、顔色、悪いですよ。大丈夫ですか?」

私の顔を見るなり、根本さんが言った。自分で思っているより、酷いのか?

「―何か、探っていたのか?」

教授が問う。

「はい。福子さんのこと、巫女神様の事を」

答えて、昨夜の事を話した。

「なるほど、福子信仰だな。それは。福子信仰が正しくない方向へいったが為に、起こる崇り禍。でも、そこまでされたら、誰だって、そうするだろ。にしても、地の底に祀られているのが、黄泉津大神とは。山神とイザナミノミコトが、手を貸しているとは」

「その様です。気力が回復したら、そちらの二神にも呼びかけてみます」

私は、そう答えたが、向こうから応えを貰えるとは思ってはいなかった。

「私達は、神社に山へ入れるよう、交渉してみる。恐らく、神職達は隠している。鉱山があった歴史があるのに、その坑道出入り口とか跡が無い。それがあるとしたら、神社のある山か二木家の敷地内。でも、神社の方が確立として高い」

「地底湖を探すのですか?」

「まあな。あるのは確実だし。禁足地とか禁忌と言っていたのが、ある事を認めた事だ。ただ、近づけたくない理由があるはず。それに、隕鉄について調べたいし。隕鉄と鉄工」

「―明日には、来れるそうです」

根本さんが言った。

「何が、来るのです?」

「地学部の調査チーム。隕鉄を探しているって言ってたから、協力する事にした。まあ、神社の許可が出ればの話だが」

教授は、そう答えたが別の意図を感じた。


 それから、教授と根本さんは、私を同行して箱神社へ向かった。私を同行させたのは、おそらく神職達を説得させる為か。

神社には、杜山老宮司をはじめとした神職達が揃っていた。そして、私を見るなり、縋る様に

「これから、如何すればいいですか?」

と、問う。そんな事を、私に言われても。

「えーっと、代々の”御役目様“が、信仰していたという、黄泉津大神を祀っている場所に行きたいのですが」

そういうと、一気に顔色が変わる。血の気が引くって感じなのか、それだけの禁忌?

「そこは、禁足地の中でも特別な場所。私達でも、余程の事が無い限り行きません。だから、普段のお勤めは、福子様だけで行かれてました。あの場所は、福子様だけしか、行けれなかった場所ですし」

歯切れの悪い言い方は、杜山若宮司。禁足地と禁忌なのは、判っている。

「あの、その話を誰から?」

若手神職の一人が言った。

「巫女神様からです」

私の答えに、一同絶句する。なるほど、ここの神職は、婿の血筋の末裔にあたるのか。反応からすると、今尚、畏れているのか。そして、私が、巫女神様を鎮めた巫女の末裔。因果なモノだ。

「―あなたがたの、本当の目的を教えてください」

杜山老宮司が、教授に問う。

「目的は“見るなの祭”だが。あと、この鉱山で珍しい鉱石が採れていたと言う伝承かな。その鉱石が、隕鉄ではないかと」

「隕鉄?」

「太古、地表に落ちた隕石に含まれているもので、とても貴重な鉄鉱石の一つです。本物であれば、学術的価値があるし、鉄工の歴史も関わってくるから」

根本さんが、説明した。

宮司親子と、神職達は顔を見合わせる。老宮司は、目を閉じ難しい顔をする。

「お身体と命の保証は出来ません。その覚悟があるのなら、ご案内します」

「―それは承知。装備や道具は自分達で用意しますので。学術的な事以外は、口外はしません。でも、後世へ伝え残すべき事はカタチにします。それは『表』には出ない事だとしても」

あの不敵な笑みで、教授は答えていた。教授は、ナニを探しているのだろう。隕鉄だけではないような、気がする。

「あの、黄泉津大神の祀られている場所は?」

「あなたが、巫女神様から聞いておられる通りですよ。坑道の本線を枝道に入らず、地の底へと進めば、そこに。ただ、命の保証は出来ません」

念を押す様に老宮司は、言った。

「解っています。こちらの準備が整ったら、案内出来るところまで、願おう」

と、教授。

「解りました。今のところ、二木家には動きはありませんが、そちらの方も、気を付けて下さい」

深い溜息混じりに、老宮司は言った。


 福子さんを殺したのは、婿・美貴に間違いない。村の重役とかで、二木家の遠縁にあたるらしい男も絡んでいるだろう。そいつらが、救い様の無い人間だとしても、私は祟り神である巫女神様を鎮めるのか、それとも放置して、気のすむまで祟らせてから鎮めるのか? 私は、どうするべきなのだろう。



   三章  



 翌昼過ぎになり、地学部の人達が多くの荷物を持って来た。それらは、鉱山に入る為の装備や道具。

「一応、そういう装備です。やはり、そうなのですか? ここは」

体格の良い大男は、地学部の教授で、水谷教授。

「伝説が本当なら、用心に越した事はないからな」

と、秋葉教授。会話から、知り合いの様に見えるが。一見、真逆のタイプに見えるが、同類なのか。

「根本は、見つけたのか?」

水谷教授が問う。

「いえ、埋蔵金は。でも、もしかしたら、関係しているかもと」

複雑な顔をして、答えている。

「ここは、当たりだと思っていたのですが」

苦笑いをする、根本さん。

「根本さんは、地学部の院生だったの?」

「専攻はね。秋葉教授が、調査のバイトを探していて、それが星来村だったから。地質に詳しい学生がいいって聞いて。で、埋蔵金の噂もあって、ついでに探せるかなと、思って」

答える根本さん。余程、埋蔵金を見つけたいらしい。その為に、地学部を選んだとか。


 それから、鉱山に入るメンバーを決める。秋葉教授と水谷教授を始めとし、

根本さんと私。地学部の鉱石学者の中でも、水谷教授は鉱石コレクターにしてマニアだという。つまり、手伝いに来たのは、水谷ゼミの学生達。しばらく、教授達は話し込んでいた。

「河本、覚悟はあるか?」

機材をチェックしていた、細身のメガネの男に問う。

「そのつもりで、来ましたから」

「じゃあ、決まりだ。私達と斎月、根本・河本で行く」

秋葉教授が言う。

「大人数で行っても危険なだけだ。残りの者は、自由にしていていいぞ。サンプル採取もいいが、妙な連中が動いているみたいだから、気を付ける事」

水谷教授が言う。―二木家の関係者か?

「妙な奴ら?」

学生が問う。

「ああ。土建屋か工事作業員の様な。ちょっと普通の業者とは違った感じの連中だ。ほら、北石集落の看板。アレに関係している連中かもしれないが。関わるな。まあ、フィールドワークしてたら、ヤバい系な連中と遭遇する事もあるが、気を付けろよ」

水谷教授が学生達に言い聞かせていた。この人も、色々場数を踏んでいるんだろうな。


 私達は二手に別れた。坑道へ入るのは、私達五人。待機組も五人。待機組は、自由行動となっている。車に色々積み込んで、神社へ向かう。二木家は、門を閉ざしている。それでも様子を伺いつつ荷物を、神社に運び入れる。それに、周囲の家も閉じ籠っているのか、怯えている気配を感じる。福子さんの件も、うすうす気づいているのだろう。

 時刻は夕方。少し日が沈みかけている。神社で、清め祓いと安全祈願をしてもらい、社の裏へ向かう。そこは、山の岩壁に沿って、乗り越えられない高さの分厚いコンクリートの壁があり、その手前に有刺鉄線のフェンスが張り巡らされていた。そして、扉は二重にあり大きな錠前がある。

その前で、装備を整える。例の物は事前に飲んでいる。教授二人の予想と、杜山老宮司が言っている事が、そうならば『禁忌』は、物理的なモノ。

夏に、この装備はキツイ。だけど、仕方がないな。

「本当に行くのですか?」

若宮司が、不安そうに問う。

「私達でさえ、福子様に御付として行くのは年に一回。手入れに行くのも、年に一回だけ。それも、行く人物は別々です。その装備からして、判っていると思われますが、別の意味で表には出さないでください」

と、老宮司。

「無理は、しませんよ」

秋葉教授がいう。

「伝説を実証する為です。その為の装備ですし。地学的にも、大切な調査ですし」

水谷教授が言う。

「―そうですか。どうか、巫女神様をよろしく頼みます」

老宮司は、私を見ていう。私は、頷く。


 私達は、開けられた扉を一列になって坑道へ。二時間、それが安全を保てる時間らしい。水谷教授の推測が正しいければ、この鉱山には―。

崩落防止のコンクリートが塗られていて柱もある。出入口は最近、手入れした感じだった。坑道は人一人が通れるくらい。少し奥に進むと、柱はあるものの手掘りの跡がハッキリと残っている。電線が引かれていて、小さなライトが数メートルおきに一個ある。

「中は、思ったより涼しいですね」

私が言うと

「鍾乳洞に似ている感じだ。鉱山っていっていたが、空気の流れがある。別の出入口が何処かにあるかもしれないな。でも、それが目的ではない」

水谷教授が答えた。

鉱山が廃山になっても、この通路だけは手入れされているし、照明まである。利用しているということだ。坑道を下るにつれて、枝道が所々にあり、助手の河本さんが、枝道に少し入ってサンプルを採取している。狭い坑道の中を、風が吹いている感じがした。

「思ったより、空気の流れがあるな」

水谷教授が言った時だった。前方の闇の中に、木造の鳥居と注連縄が見えた。

「ここが、あの」

秋葉教授が言うのと同時に、電子音がする。

「おお、線量が。あまり壁とかに触るなよ」

水谷教授が計器をチェックする。

「と、いうとここは、やはり?」

河本さんが言う。

「おそらくな」

水谷教授のテンションが上がる。

私は一礼して、鳥居をくぐると、少し開けた空間と証明に沿って、紙垂がつるされている。

「ここは、天然の洞窟だな。坑道を掘っていて、偶然繋がったってパターンか」

言って、水谷教授は周辺の土や石、水滴などをサンプリングする。

「ここは、神域ですね。禁足地というのも解ります」

そうは言ってみたものの、何かが引っ掛かっていた。おそらく、水谷教授や根本さんが探している物と深く関係しているのではと。

 それから暫く進むと、ドーム状の空間に出た。ライトの光に何かが反射する。また、電子音が鳴る。なるほど、そういう事か。そう思っていると

「地底湖です」

根本さんの声がした。

そこには、テニスコート程の広さを円形にしたサイズの地底湖があり、石造りの鳥居と小さな祠が畔にあった。

―夢で見た、場所だ。

水谷教授が辺りを調査する前に、私は、老宮司から預かって来た、御神酒を捧げて柏手を打った。御際神は、黄泉津大神。その名に相応しい場所。代々の福子さんが信仰していた神様。私が、祭神の気配を探っていると

「禁断の地へ、揃いも揃って来るとはね。まあ、いいわ。福子の事を聞きたいのでしょう?」

淡々と言いながら、酒を飲む。他の人には視えていない。ここは、一時的な、祭神と私だけの空間。

「あの娘は、呪いでも祟りから生まれたワケではない。その話は、そこの学者にでも聞けば良い。ここは、生きた者が迂闊に立入ってはならない場所。だから、あなた達は、そんな物を着込んでまで来たのでしょう。初代夫婦が、偶然この場所を見つけた。闇の中で、幽かに光る地底湖は、神秘的に感じたのでしょうね。子を望む余り、時々来ては、湖の水に浸かったり、水を飲んだりした。そうして、生まれた子は、異形だった。まあ、その者によって、私は、ここの祭神として祀られた」

殆ど、酒を飲み干しっている。

「本来は、ここへ酒を届けてくれるのは、福子だった。あの子だけは、ここへ来ても、何とも無かった。この場所に適応している存在だから」

と、話す。―この場所に適応していた?

「ところで、初代・福子が、私をここへ祀った理由は解るかしら?」

と、問われる。祀られた理由。地底だから?

黄泉津大神・別名、イザナミノミコト。カグツチを生んだことで命を落とし、黄泉へ。そこでの姿は。ああ、そういうこと、か。それは―悲しい理由。

「そういうこと」

哀しげに答えた。

代々の福子さんが、縋り拠り所にしていたのは、山神と黄泉津大神。

その二神なら、自分を受け入れてくれるだろうと。

「私は、あの娘に力を貸し、復讐を成就させる。ここで終らせて、全てが終われば、私が共に黄泉に連れて行く」

そう言い残すと、気配は消え、作られていた空間も消える。

「大丈夫か。斎月」

秋葉教授の声で、現実に戻る。

「―黄泉津大神と話していました」

私は、端折って話す。

「なるほどな。ここは、黄泉に近い場所だし。その意味も込められているのかもな」

光源は、私達の持っているライトだけなのに。湖や周囲の壁や天井に、光源不明の光が浮かんでいる。もしそうなら、生身ではいられらない場所。高度な防護服でさえ、安全を考えれば二時間。福子さんは、生身で来ていた。しかも、体調が良ければ毎日の様に。その様な存在、特別な存在。と考えていると

「帰るぞー。サンプルも集まったし」

水谷教授の大きな声が、空間に響いた。私は祠に一礼し、後に続いた。色々と気持ちの良い事では無い。でも、福子さんの事が気になっていた。


 鉱山、坑道から出ると夜の帳が降りていた。戻って来た私達を見て、ホッとした顔をして、老宮司は扉の鍵を閉める。

「黄泉津大神様は、なんと仰っていましたか?」

「福子さんの、復讐に手を貸すそうです」

答えると、私はどっとした疲れを感じた。私の答えに、老宮司は絶望的な表情をした。

 その後、採取したサンプルをジュラルミンケースの様な金属製の重そうなケースに入れて、荷物をまとめる。

「詳しく分析してみないと、ハッキリはしないが、おそらく、隕石で出来た洞窟かもしれん」

と、水谷教授はウキウキだった。まあ、それはそれで、地球のロマンなのかもしれないが。私は、ソコに在るモノと人間の心の繋がりを求めている。

 福子さんは、祟り神として祀られ巫女神と呼ばれる存在になった。でも、代々の福子さんといっても魂は別なのか、それとも同じなのかは解らない。同じ魂なら、輪廻に縛られているのなら、福子さんにとっての救いはなんであるのか?

それは、今の私には、まだ解らない事だ。

 

 元気の良い地学部の人達を見ていると、そのギャップを感じる。

―私は、どちら側の存在に立っているのかと。福子さんは、あちら側の存在。人間の側より、カミやモノの立場で生きるのか? かつて、祟り神となった福子さんを鎮めたのが、私の先祖であったのも、何かの宿命なのかもしれないと。


 宿へ戻り、私達用の機材と防護服を除き、撤収準備が始まる。私達の防護服は「念の為」らしい。本当は、もっと調査をしたかったらしいが、どうも業者がヤバそうな人達なので、翌朝帰るということ。水谷教授達も、サンプルの解析を急ぎたいのもあり、そう決めたらしい。

秋葉教授と水谷教授が、二人で何か話し込んでいたが、なんだったんだろう。

直ぐ来て、あっという間に帰って行った、地学部の人達。いったい何があったのかと考えていたら

「まあ、おとり作戦だな」

と、教授が言った。

「二木家や業者に悟られる事なく、地底湖の調査が出来ましたし、ほぼ予想通りでしょう」

根本さんが、PC画面を見つめる。そこには、鉱山や坑道、地底湖などの写真がある。

「どういうことです?」

教授に問う。

「ヤバそうな業者は、おそらく二木家の婿か、婿の親戚とかいう村議の関係者だろう」

と、言い

「あの祭を利用して、殺す事は、奴らの計画だったかもしれん」

苛立ちを見せる。

「婿と、村議がグルって事ですか?」

「だろうな。鉱山の伝説をレアメタルとか思っていたとしたら、メガソーラーは仮の開発だ。本命は鉱山の再開発。婿が企業した会社も裏では、その方面に手を出している噂もあるからな」

教授は、何を何処まで知っているのだろうか。

「奴の身辺を知人に探らせていたんだが、胡散臭い奴さ。お前の式神とかでは、調べれないのか?」

「―私の式神は、連絡用です。まだ高度なモノは創れません」

「ま、その事はいいとして、お前は、この先、どうしたい?」

「私は、福子さんの行く末を見届けます」

そう答えると、教授は

「解った。無理はするな。相手は生きた人間の外道だ」

と、少し笑って言った。

 私達は、暫く様子を見る為に、星来村に留まる事にした。

生きた人間を相手にするのは、私の分野ではない。私は、福子さん・巫女神様が、何をどうするのかを見届けないといけない。

教授は、福子さんをフリをしている者の正体を探る為、二木家へ行っている。

「―何度も言っている様に、福子は具合が悪いと」

婿・美貴が玄関先で言う。

「そうですか? 福子さんは、どちらの目が見えなかったのですか?」

秋葉は、美貴に向かい不敵な笑みを浮べて問う。

「あ、左だろ。そんな事、聞いてどうすんだ」

「あれ、おかしいですね」

と、詰め寄る秋葉。

「何が言いたい」

キレる美貴。

「福子さんは、右目が不自由だった。だから、何時も右側を布で覆っていた。でも、今いる福子さんは左側。如何いう事ですか。まあ、もう本人には会え無いですし、もうこちらには関わりませんよ。ただ、福子さんからの伝言で『私に何かあれば、二木家も村も関係者も、全てが滅ぶ』だそうですよ」

秋葉は冷笑して、言う。一瞬、美貴は凍り付く。

「では、失礼」

そう言い残し、秋葉は二木家を後にする。

暫く、美貴は動けないでいた。嫌な汗が噴き出る。

―バレたのか? と

「美貴、どうかしたの?」

廊下の奥から、雪華が呼ぶ声がする。美貴は何事も無かった様に、廊下の奥へと向かった。

屋敷の広間には、色々な物が散乱している。

「高価で売れそうな物を探しているんだけど。アイツの物ばかり。けど、売れば、それりの値段にはなりそうだし。一族の“御役目様”か何か知らないけれど、外見に似合わず飾り物ばかり、ホント、ムカつく」

雪華は言いがら、祭壇の中に納められている物まで、引っ張り出す。

「凄い数だな。年代物の希少品とかまで」

散乱している物を手に取る。

「あ、コレ」

雪華が言って、取り出したのは、大きな勾玉が一つに小さな勾玉が幾つも付いている首飾りだった。

 緑の石。表面には光沢があり光を反射する。小さな勾玉も緑か黄緑の光沢のある石で造られている。ずっしりと重い。

「神事の時に、アイツが着けていた物。ずっと、私が欲しいと思っていた物。やっと、手に出来た」

雪華、その緑色の石で造られた勾玉の首飾りを手にし、はしゃいでいた。

「それ、なんの石だ?」

美貴が問う。

「さあ、翡翠かな」

雪華は、その首飾りを身に着ける。

その後も、色々と物色を続けた。

「結構な数ね。どこで売ろうかしら」

「まあ、この屋敷ごと売ろうとも考えたが、それば面倒だしな。神職達は気付いていないし、ウザい学者も、もう帰るだろう。思った以上に、上手くいった」

と、美貴は言う。

「後は、二木家の鉱山だ。あそこには、レアメタルがある。再開させれば、儲けになる筈だ」

言い、何処かへ電話を掛ける。

 雪華は、鏡台の前で、首飾りをかけた自分の姿を見つめ、満面の笑みを浮べる。

「あとは、神社の何処かにある、光る湖。そこへ、行く」

そう言い残し、首飾りをかけたまま、神社へと向かった。

美貴は既に見つけていた、別の鉱山入口を下請業者を集めて、入る準備をさせていた。その様子を、巫女神は静かに見つめていた。


 村の空気が澱みだしている。小さな祠などの神様は、何かに怯える様にし社の中へ閉じ籠っている。

―私は、どうするべきか?

考えていると、スマホが鳴った。潤玲からだ。

「久しぶり、毎日、暑いね」

その声に、ホッとする。

「何か、あったの?」

何時もは、メールでやり取りをしているのに、何か察しってくれたのか。

私は、一連の出来事を説明する。

「私は、どちらに力を貸すべきだと、思う?」

潤玲に問う。長い沈黙の後

「例え司法に任せても、佐山野神の時みたいな人の欲によって、神様の領域が侵され壊された結果なら、神様を護る方を選ぶ。それが、祟り神としても。そこに、神様と人間の約束があり、それを人間が破ったなら、その報いは受けるべき。その後、神様と話してみる。だって、水龍は、私が傷つけられたら、その時は力になるって言ってくれたから。だから、私は神様側の人間で在りたい」

潤玲の話で、私の心は決まった。

「ありがとう、潤玲」

お礼を言い、通話を終える。私は、教授のもとへ向かった。


 教授は難しい顔をして、庭園の池にいる鯉に餌をあげていた。私に気がつくと顔を上げて私を見る。

「なんだ。何か見つけたのか?」

ふてくされた様に言う。

「いえ、もうこれ以上、この村にいる必要は無いと」

「見届けなくても、良いのか?」

「その必要はありません。もしあるとすれば“全て”が、終わった後に、改めて向き合います」

私の言葉に、教授は今まで見せた事の無い様な、鋭い視線で

「―そっちを選ぶんだな」

と言って、クスっと笑った。

「良いだろう。実は、お前の答えを待っていたんだ。胸糞悪い連中と関わるのも面倒だ。それなりの調査も出来たし、見たいモノも見れた。帰るか」

ふうと、息を吐き、教授は言った。


 私達は、翌朝、帰路に着いた。

二木家の一族・婿の一族、神職達がどうなろうとも、今の私には関係の無い事。福子さんの事・巫女神様が納得したら、その時に、私が応じればいい。

 帰宅して数日、教諭から呼び出しがあり、大学へ行く。まだ夏休み中だけど、あの鉱山で採取した物を分析結果が判明したので、説明を聞く事にした。結果は、秋葉教授と水谷教授の予想通りだった。再開発を目論んでいる、二木婿と業者は知っているのだろうか? 知らないし、あえて知らせ無いのだろう。まあ、『口外無用』の条件だし、プロが調査したんだろう、二木婿側も。それをしないで、入ったとしても、私達は関係無い。水谷教授は、研究が進むと喜んでいた。本当は、もっと詳しく調べたかったけれど、大学レベルでは難しいという結論で諦めたらしい。もう少し詳しい分析結果が出れば、政府に報告するらしい。そういう決まりが、あるとか。

―あとは、行末を見届けるだけ。それは、ここからでも出来る事だ。せめて、最低限、福子さんの件に関わった人間だけで済む事を願うしかない。

   四章 



 二木雪子は、雪華に改名した。ダサい名前は、気に入らなかった。家は、常に姉・福子を中心として回っていた。何故、あの様な姿のアイツを皆で、讃えるのかも。何代かに一人生まれる“御役目様”だか知らないけれど。その様な者が生まれたら、その代は繁栄するとか伝えられているが、そんなことは昔話だ。雪華は、そんなモノは信じていなかった。

二木家にあった物は、全て、美貴が知り合いの古物商に売りに行っている。ここへ、帰って来たのは数年振り。

 よく、福子や神職達が言っていた、美しい地底湖の話。そこは、神社から行けるらしい。私は一度も行かせてもらえなかった。何時も、福子が中心。

でも、もういない。その事もバレていないし。

その地底湖へ、今度こそ行ってみせる。

神社の神職を、ゴリ押しして案内させる。二木家には逆らえない立場だから、案内させる。雪華は、勾玉の首飾りを着けて、考えていた。

突然、現れた雪華に、神職達は驚いた。一度も、帰って来なかった娘に。

「雪子さん」

若宮司が、顔色を変えて怯えた声で、言った。

「その名前で呼ばないで。今は、雪華よ。ダサい名前だったから、改名したのだから」

ヒステリックに言う。

「それより、姉さんが何時も行っていた場所って、何処? すごく綺麗な地底湖があるんでしょう? 案内してよ」

と、上から目線。

「あの場所は、禁足地ですから。無理です」

「いいじゃない。私は信じていない」

その言葉と共に、その場の空気が変わる。それに、一斉に神職達は凍る。

―いいから、行かせてあげなさいよ。くすくす―

「巫女神様」

杜山老宮司は、心底震えた。

「解りました雪華さん。何があっても、決して後悔しない他言しないと、一筆書いてくれるのであれば、入口までならご案内します」

言って、老宮司は筆と紙を雪華に渡した。不貞腐れながら、しぶしぶ書くと

「さっさと、案内してよ」

と、紙を渡した。

 神社の裏、そこの扉の前で、ライトを雪華に渡すと

「地底湖までは、一本道です。枝道に入ると迷いますので、お気を付けて。戻られたら、一言お願いします。知らずに鍵を掛けてしまうといけませんので」

若宮司の話を聞いているのかいないのか、雪華はライトを受け取り

「わかってる」

と言い残して、中へと入っていった。

―くすくす。これは、復讐の始り。あの子にも、私の苦しみを味あわせてあげるの―

その声は、宮司親子と神職達に聴こえる。雪華に聴こえる事はない。

お互いに顔を見合わせ、ただ怯えるしかなかった。代々の福子を手に掛けた者は、苦しみ抜いて死ぬ。そう伝わっている。そして、それは村にも影響する事もあった。

「福子様が、自ら復讐をなされる。その為に、あの場所へ行かせたのだろう。それに、あの勾玉の首飾りは。知っていて、身に着けているのか、雪子さんは」

若宮司が言う。

「知らないから身に着けられる。福子様以外が触れる事の出来ない物、福子様だから身に着けても構わない物だ」

老宮司が言う。時折聴こえて来る、福子巫女神の笑う声。その声を聴いているだけで生きている心地がしなかった。

婿・美貴や、結婚をさせた村議も、復讐対象。自分達の保身、そんなモノは無い。契約が破られた今。


 地底湖に着いた雪華は、思わず声をあげた。

「うそ、キレイ。映画みたい」

ライトの光ではない光が浮かんでいる、湖は暗闇の中で幽かに光を湛えている。

「プラネタリウムじゃん。凄い―こんなものを、アイツだけが楽しんでいたっていうの」

雪華は、そこで福子の悪口をブツブツ言う。

「なんで、アイツばかり、キレイなモノを持っているの。私には、その様な物を買ってくれた事は無かった。でも、もうすぐ、二木家の財産は私の物になる」

と、言いながら、湖に指先をつける。心地の良い水温。底が見える程、水は澄んでいて、底には光を湛える石が、転がっているのが見えた。

「どうせ、誰も来ないし。あの石、持って帰るかな」

下着姿になると雪華は、湖に入った。水面が揺れると光も揺れる。少し泳いだ雪華、光る石を拾う。掌サイズの丸い石。こっそり持っていれば、分からない。

―明日も来ようかな。二木の財を継いだら、ここを解放すれば儲かるかな。

鼻歌を歌いながら、来た道を帰っていく。面倒だったが、出た事を伝え

「明日も来るから」

と言う。

「お好きになさってください。出入だけは管理させてもらいますけど」

老宮司は言う。

「わかってる」

雪華は言って、乱暴に扉を閉めた。

「いいのですか? 彼女、絶対、泳いでいましたよ。時間も時間ですし」

神職の一人が言った。

「すべては、福子巫女神様の言う通りでよい。どうなろうとも、それが福子様を手に掛けた者の『業』だから」

諦めた口調で、老宮司は言った。

 それから、数日間、雪華は勾玉の首飾りを着けたまま、地底湖に通った。中に入れば、数時間近く出てこない。そんな日々。


 美貴は、裏で色々と手を回し、鉱山への道を造らせて、下請業者を送り込んでいた。坑道の出入口は封鎖されていたので、新たに開いた。数十年前に閉山となってからは、誰も入っていない。その坑道の場所を知っていたのは、村議の黒木。遠縁にあたる人物で、結婚を押し勧めた本人。再開発案は、黒木の提案でもあった。

 下請の下請業者が入る事になったのだが、あまり気の進まない仕事だった。目的は、坑道がまだ使えるか、ガスは出ていないかだった。迷わない様にロープを張りながら進む。かつて、トロッコで運んでいた形跡が地面に残っていた。そこを中心として、あちらこちらに枝道がある。手掘りの跡がくっきりと残っている。鉱山と言っても、エレベータなど無い。ひたすら手掘りで掘った坑道。

その調査を始めて一週間、奥深くまで作業員達は進んでいた。そこで行止まりになっていて、そこを掘るには、かなり大きな作業になり重機も必要だということで、別の業者に引き継いだ。



 八月も終わりとなったある日。

雪華は、肌荒れに悩んでいた。肌の手入れは欠かした事は無かったし、あらゆるケアをしているのに、何故? 地底湖で泳いだのがいけなかったのか。福子だって行っていたのに、平気だった。水質が自分に合わなかっただけ。そう自分に言い聞かせる。呪いや崇り、二木家に伝わっている事なんて信じない。そんな古臭いものなんて。姿見の前で、赤くなっている肌に薬を塗りながら、何度も「信じない」を、繰り返す。

 明日、東京へ戻って、大きな病院へ行こう。肌が露出する服はやめて、長袖長ズボンを着る。衣が擦れて、肌がチクチク痛む。―ただの肌荒れ。もしくは皮膚炎。鏡に映る自分の姿を見て、

―私は、ミス大学生に選ばれたのに。あの女とは、まったく別の。その辺の女より、私は美しいのだから―

と、何度も自分に言い聞かせた。


 星来村議会では、鉱山の再開発について議論されていた。殆ど議員が反対するなか、黒木だけは「レアメタル」があるからと、村の活性化にもなると、強引に話を進めていた。反対の意見は、昔から伝わっている『曰く』だった。そを信じている者は皆反対していた。

「鉱山を再び開いたら、取り返しのつかない事になる。禍が村を襲う」

と言う。

「迷信に捕らわれているから、村は寂れるんだ。メガソーラーだって、使っていない土地や田畑に置けば、金になるんだ」

と、言ったかんじで。

村議会の裏で、鉱山調査は続けられていた。岩盤を重機で掘り進めていた。美貴は、何度か鉱山の現場を見に行っていたが、自分が指揮をとるより、黒木に任せる事にした。なにせ、汚れる仕事は軽蔑していたから。

―鉱山よりも、あの地底湖も開発に入れるか。

美貴は雪華と行った、禁足地の地底湖の事を考えていた。見物料だけでも、それなりの額は取れるか、と。


 肌荒れで悩んでいた雪華は、一人先に東京へ戻っていた。薬を塗っても酷くなる一方だった。一緒に行った、美貴は如何なんだろう。彼も、あの湖で泳いだし。水が原因なら、美貴も? 雪華は自分でも解らない恐怖に取りつかれていた。

 一方、先行調査で鉱山に入っていた人達にも異変が現れ始めていた。殆どが日雇いの星来村人だった。伝説や曰くを知っていながらも、高収入に釣られた者達。彼らは、曰くを畏れて怯えていた。

そんな作業員の一人が、鉱山で見つけた、ある鉱石を専門家である、水谷教授のもとに、持って来たのは九月に入ってすぐの事だった。

根本さんの話によると、ソレを持って来た時、既に、その人には症状が出ていて、普段は大雑把な水谷教授が恐ろしく顔色を変えると、学生達を部屋から遠ざけると同時に、その鉱石を近くにあった鉄の箱の中に入れた。男は、水谷教授が懇意にしてある、総合病院に搬送された。余りの教授の様子に学生達は

「ヤバい物」だと察して、遠巻きに部屋を見ていた。

その鉱石の正体は『ウラン鉱石』だった。その後、水谷教授は関係機関や国に連絡を入れて回った。その場にいた学生達も、病院で検査となった。

 つまり、星来村に行った学生は全員検査で、坑道内に入っていた私達は、検査入院となった。薄々、気付いてはいたが、やはりそうだった。苦手な分野なので、確証が持てなかったけれど、あの装備を考えたり錠剤の事を考えたら、判るが。

男が持って来た『ウラン鉱石』は、質が良く純度の高い物だった。

あの光る地底湖や、岸壁や天井にはウラン成分が含まれていたらしい。ウラン鉱石の中には光る物があるらしい。時にはライトの光を受け、その光を蓄光して光る。松明などで掘っていた時代も、そうだったのかもしれない。

幸いにも、私達を含め、誰にも異常は見つからず被曝もしていなかった。

秋葉教授も水谷教授も、あの鉱山内に『ウラン鉱石』があるかもしれないと、始めから踏んでいたらしい。珍しい鉱石の正体。だから、あんな高放射線防護服など用意したのだろう。あれは、核施設などで使われる物だと、後に教えられた。禁足地・禁忌の場所。その意味は、物理的な意味でもあった。


 雪華は美貴に連れられて、都内の総合病院へと来た。その頃には、雪華は一人で歩けない程、悪化していた。美貴もまた、体調不良が続いていて二人揃って検査を受ける事になった。

「なんで、こんな」

雪華は、火傷の様な肌を見て言う。血膿がガーゼから滲んでいる。雪華と美貴の検査結果を持って来た医師は、白衣ではなく医療用のガウンとフェースシールドをしていた。そして、雪華の首飾りを見るなり、部屋から後ずさると

「その首飾り」

と驚愕の表情を浮かべて、指差した。

「え、家に伝わっている物ですが」

雪華は、医師の反応に驚く。

「それを、直ぐ外して机の上に置いたら、それから離れて」

と言い残し、医師は何処かへ駆けていく。雪華は首飾りを外して、机に置くと、少し離れた所に座る。

「いったいなんなの?」

美貴の顔を見る。

「さあ、アレルギーとか」

答えて、美貴は頭を掻いた。指先に妙な感覚を感じて、指先を見ると、ゴッソリと髪の毛が抜け、指先には血が付いていた。

「な、なんだよ、コレ」

驚き、鏡の前に立つと、そこに映った自分の姿に驚愕した。頭皮が腫れて出血していた。その部分は毛が抜けかけていた。

―オレの顔って、こんな色だったのか?

顔全体が、赤っぽく腫れていた。

「まさか、アイツの……」

美貴が雪華に何か言おうとした時だった。バタバタと廊下を走る複数の足音が聞え、特殊な防護服を着た者達が部屋へ入るなり、首飾りを金属製の箱へ入れると素早く蓋を閉じた。それを何処かへ持って行く。

二人は防護服姿の医師達に囲まれて

「あなた方は、急性放射性障害です」

と、告げた。

「は、なにソレ。放射能なんて知らな―」

雪華は、ヒステリックに言おうとしたが、言葉を発する事も、上手く出来なかった。

「あなたが、身に着けていたのは『ウラン鉱石』ですよ。アレ」

冷静な口調で言う。

「うら、ん。ウランって、あの」

雪華は血の気が引くのを感じた。

「でも、それは都市伝説では?」

と、美貴。

「いえ本物です。ガイガーが反応していました。恐らく純度のウラン鉱石を加工した物かと。少し前にも、気になる鉱石を見つけた人が、被曝していたのを診ましたが、軽度でしたよ。他にも、鉱山の調査に入っていた学生さん達も見ましたが、そちらは大丈夫でしたよ。あなた方は、星来村の人?」

冷静というか冷酷に問う。

「家があって、最近、そっちに行ってた。オレは、首飾りには触っていないぞ」

美貴は強気に言う。

「星来村の二木さん、か」

医師は、ジッと二人を見る。

「隔離ですね。無菌室に」

と、一緒に来ていた医師に言った。

「もしかして、鉱山の中、入りました? そこの鉱山で、ウラン鉱石が出た者で政府の調査団が入りました。もちろん、完璧な防護服を着てね。首飾りだけでは、ここまでの被曝はしないでしょう。鉱山の中に、生身で長時間いたら、こうなるかもしれませんが」

その言葉に、二人は凍り付く。

―禁足地、立入れば、命亡し―

伝わっている言葉が、頭を過った。その事を伝えるべきか、考えているうちに、雪華の意識は、闇へと沈んだ。

「雪華」

倒れた雪華を支え様とした美貴だったが、自分も脱力し倒れ、床に転がる。側にた医師や看護師に抱えられ、ストレッチャーに二人は乗せられた。

「一円先生、どうします?」

「無菌室に隔離。あとは、専門医に任せた方が良いね」

「先生が、診るんじゃないのですか?」

「僕は無理だよ。明日で終わりで次に行かないと。引き継ぎの資料と政府に出す資料の一部は仕上げておくから」

と、溜息混じりに言う。

「色々な分野の診療や、病院の在り方を勉強するのも、疲れるよ」

と、愚痴っぽく言う。

「でも、何故、ウラン鉱石だと判ったのです?」

「子供の頃、一時期、鉱石集めにハマっていてね。それで……。じゃなくて、少し前に来た患者について聞いていたら、色々話しをしてくれた教授先生がいてね。それで、ああ、この人達の事だったのかと」

防護服を脱ぎながら一円は言う。

「都市伝説を知っていても、まさか自分が本物を身に着けているなんて、思いもよらない事もある。意外と身近な危険物かもよ、ネットでなんでも買える時代になって」

「あーなるほど。パワーストーンとか、劣化宝石とかフリマサイトにあるのは、危険なんですね」

看護師の一人が言う。一円は頷く。

「助かると、思いますか?」

「ギリギリのライン? 医師としては助けたいけれど―」

「ひとまる先生の、オカルト話?」

看護師が言う。

「まあ。専門は精神科系だけどね。そっちだとオカルトで片づけられる事もあるから。機械に繋いで無理矢理生かす方法は、好きでは無い。でも、決めるのは僕でも、君達でも無い。政府だろうね。それに、彼等は『禁忌』を侵した」

一円は、誰に言う訳でも無く、最後にそう付け加えた。

「禁忌、鉱山の中の事ですか?」

「そういったことかな」

と、言い残して、部屋を出て行く。

一円には、少しだけ視る力がある。だからこそ、あの二人の後にいる存在を視る事が出来た。

―学生の名簿の中に、千早ちゃんの名前があった。つまり、千早ちゃんが絡んでいる一件。そのうち、唐琴にでも聞くか。

内心そう考えながら廊下を、歩く。

現代医学では証明できない事が、時に疾患としてある。それには、極稀に怪異が絡んでいる。呪い・崇りなどが。それは、医師である自分には、如何する事も出来ないモノ。でも、知識と経験は力になる。

あの二人の結末を見届けたいが、自分にはやるべき事はたくさんある。

最終的には、千早ちゃんが、なんとかするだろう。

一円は、廊下の突き当たりにある窓から、空を見上げた。




   五章  


 夏休み前半は、錦原神社。後半は、教授の手伝い兼でのフィールドワーク。その調査が最悪だった。人間の業。生きている人間が一番恐ろしい。

救われないままの、福子巫女神様。私に彼女を如何にか出来るかは、解らない。

 ニュースは連日、廃鉱山で見つかったという、ウラン鉱脈と作業員の被曝の話を取り上げている。名前は伏せてあるが、私達の大学名などを報道している処もあった。そんなコトあってか、潤玲や唐兄、婆さんから、心配の電話やメールが何度もあった。唐兄の電話で、一円さんの話があった。唐兄の幼馴染の性格に少し問題アリな人。幼い私が視えない存在に怯えていたのを、よくからかわれた。佐山野神の事件の時は、友人の主治医として当時は、精神科医をしていて『呪いが人間に与える影響』を研究していた。その後は、色々な分野の知識と技術を身に付ける為に、武者修行をしているらしい。そんな中、今回の被曝事件の担当になったらしい。偶々、急患で来たカップルが、極度の被曝状態だった事、ウラン鉱石の勾玉の首飾りをしていた事を話した。その二人が星来村の二木家の者だということも。―医者の守秘義務は? とツッコミたいが、キーワードしか言っていないとか、直接話したら言われそうだが、それも微妙だ。私は、会わなかったけど、向こうはリストに私の名前を見つけていたそうだ。念の為に検査を受けた病院に、一円兄ちゃんが、いたとは。会わなくて良かった。だ

だから、唐兄の処に電話したのだと。今回は、別のコトで、皆に心配をかけた。

でも、まだ、この件は終わっていない。

―二木家・神職達・星来村を。なにより、福子さんを。それらの結末を見届ける事が残っている。

カップルというのは、二木家の婿と福子さんの妹だろう。老宮司の話では、二人して地底湖で泳いでいたという。それでは、被曝して当たり前だ。

ソレを踏まえた上の『禁足地と禁忌』だ。


 ひとつ疑問がある。二木家に代々伝わっていた、勾玉の首飾り。暗闇で光を湛える不思議な石で造られたという。その正体は、ウラン鉱石。

でも、何故、福子さんは平気でいられたのか?

地底湖にも、生身で行っていた。

「放射線に対しての、耐性があった」

急に背後で声がして、資料の山を崩すところだった。

「そう考えれば、全ての説明は着くが」

そう言って、秋葉教授は、資料の山の中から、水谷教授の報告書を取り出す。

「地底湖は、あの防護服無しでは危険だったし。湖の水にも、少なからず放射性物質が溶け込んでいた。湖底には、ウラン結晶がたくさん転がっていた。隕鉄は確かにあった。それよりも、あの地底湖の天井にあたる付近に、ウラン鉱脈があると、結論付けている」

教授は、封筒に入っていた資料を取り出す。

『星来村における、ウラン鉱床と地質調査及び、村民の被曝状況についての中間報告書』と書いてある。後は、難しくて解らないデータが記載されていた。

「政府のものですか?」

「ああ、村民で鉱山に入らなかった人間は大丈夫だ。二木家の二人は別として。神職達も、軽度の被曝。まあ、微弱だけどな。長年、福子に付き添って、地底湖まで行ったり、出入り口の番人をしていたんだ、そこは仕方ないし覚悟の上だ」

教授が資料を要約してくれる。この様な資料も理解出来れば、見識は広がるのかな?

「あの二人は、もう、この世の法では裁けないな」

と付け加えた。村民のリストの中に、あの二人の名前があった。

「これは、福子さんの祟りとかより、自業自得ですね」

思わず言ってしまった。福子さんは、何を今、思っているのだろうか?

「さっき、福子さんには耐性があるとか、言ってませんでした? SF映画じゃああるまいし、そんなコト」

「いや、ある。彼女は毎日と言っていいほど、生身のまま地底湖に行っていた。それも何年も。それなのに持病以外、何も無かった」

また、力説が始まる。

「代々の福子のみに受け継がれた、遺伝要素。放射線が発見される遥昔から、地底湖に数百年も、参拝していた。その中で身体が変化して、福子のみに、その力が継承されていた。その行き付いた先が、現代の福子だった」

「でも、それなら、少なからず二木家には、その力があったのでは?」

「それが発揮されるのが、福子だけ。二木家の血筋の末路は、屍が枯木か朽木の様だと伝わっている。それが、二木家の呪い。こんな言い方はよくないが、福子は姿と引き換えに、その力を手にした。そして、二木家の血筋は朽ちて死ぬ。ググってはいけない単語で検索すれば、同じ様な写真が見つかるだろうけれど」

―その仮説に、生物学者は、なんと答えるのだろう。と、思っていると

「放射性物質を食べる、バクテリアもいるんだ。数十億人いる人間の中に、一人くらいは、そんな人間がいても不思議ではない」

こうなってくると、否定も肯定も出来ない。

「そう言えば、唐兄の幼馴染が医師なんですが、二木家の二人を救急で受入れたらしいのです。この報告書より、症状は酷いそうですよ」

無理矢理、話しを反らす。

「どういう症状なんだ?」

「無菌室で、カテーテルだらけ。皮膚は人工皮膚だとか。それでもまだ、人工呼吸器をつけるまではいってないとか。でも、時間の問題だとか」

「他の情報は?」

「いえ、その医師は、その翌日には別の病院に変わっています。私達が検査入院していた病院で、他にも星来村の被曝した作業員を診たとか」

「―お前の従兄妹、唐琴さん、謎人物だな」

いや、教授の方が謎だ。

「気になっていたから、彼はコッソリ情報を貰って、唐兄に伝えて来たそうです。まあ、私が絡んでいるからでしょうけど。その二人も、今は別の病院で専門的な治療が始まっているのでは? 政府の管轄の」

私は、二木家の二人には会っていないが、キライな人間だと思う。

「お前は、コレを福子の復讐だと思うか?」

教授は改めて、私に問う。

「違うと思いますよ。二人は単に『禁忌』を破った。ソレが、科学的に証明されただけです。福子さんや関係する神様も、何処かに隠れていますし」

「妙な処だけ、現実的だな、お前」

教授は溜息を吐く。

「もし、呪い崇りなら、あの場所へ行ってしまったコトですかね。二人を、その様な行動へ導いた力―でも、二人は自分達の意思で行ってしまった」

私の答えに、教授は、つまらなそうにしていた。




 探ってみても、星来村の神様達に話を聞こうとしても、応じて貰えない。むしろ、諦めて土地を棄てた感じを受けた。

山神や黄泉津大神の気配はあるものの、呼びかけには応じてくれない。

福子さんの気配もまた、感じられなかった。


 政府は、星来村の一部地域を避難区域にして、詳しい調査を始めていて、関係者以外は立入禁止。星水集落は、その中心。神社を守らなければということで、杜山老宮司だけは特別に残っている。現地に行けば、何か解るかもしれないが、無理だ。そう思いながらも、ここ数日、そうして探っている。

突然、強烈な大きな気配というか、力を感じて、意識を戻す。

この感覚は―

その直後、アパートの部屋を大きな揺れが、襲った。本棚が崩れ、食器が割れる音がする。数秒もしない揺れだったけど、部屋の中が散乱する程だ。テレビをつけると、地震速報が流れていた。震源地は、星来村の近く。あれは、地震の気配だったのか?

それにしても、震源の場所が気になる。

福子巫女神の言っていた事。それが、現実になったのか。

偶然か必然か。福子巫女神の宣言を考えれば。伝承と重なり、謎の疫病は、ウラン鉱石による被曝からくるモノだとしたら、全てが繋がる。

 とても嫌な予感。鉱山一帯は、今調査中。スマホが鳴る、教授からだった。

メールで、URLの先にあるサイトを見ろの事。IDとパスワードが書いてある。スマホからでは、アクセス出来なかったので、PCを起動させて、アクセスする。IDとパスワードを入力しクリックする。そのサイトは、完全会員制で、紹介がなければ入れないサイトだった。画面には、教授からの紹介と表示されている。画面に沿って、手続きをすると。

「極秘情報」と、中二臭い見出しが表示された。驚いたのは、非公表な星来村の情報が細かく載っていた事。『地底湖』の話まで。さすがに信仰の事は載っていなかったが。他にも色々な情報が載せてある。また、スマホが鳴る。教授からの電話。

「登録出来たようだな。そこの情報は、一般的なニュースになる前の情報や、ニュースに出来ない内容の情報が集まっているサイトだ。そのサイトは、公表出来ない情報もあるので、チェックしていて損は無い。もう、出るんじゃないか」

と、言い電話が切れた。

―情報屋。そんな言葉が浮かんだ。政府内を始めとした機関に、その様な存在がいるという話。リークする存在。ソレが、情報を共有するサイト?

数分も経たないうちに、ライブ映像が始まる。ドローンで空撮しているのか、俯瞰な映像だった。画面には、山体崩壊をしている映像。

―調査中の鉱山で、大規模落盤発生。休憩中だったためか、今の所、被害者情報は無し。放射線量に変化無し―

これは、ニュースに流れていない事。部屋の片づけをしながら、それを見ていた。幸い、余震も無く、部屋の片付けが終わる頃、テレビ番組が臨時ニュースに変わり、見た事のある風景が映し出される。星来村の星水集落にある、例の鉱山。

―学術調査中の鉱山跡で、落盤事故。地震との関係は?

一方、情報サイトでは、星来村の鉱山や坑道の図面が公開されていた。それらは、私達が入手出来なかった資料。坑道は村一帯に通っている。これは、予兆なのか? 地震で山体崩壊する程ならば、余震が大きければ星来村は。

必然なのか。祟り神のこと、福子巫女神の仕業。それに力を貸している神様二神。どちらも『地』に関係する神様。これは、復讐。必然的なモノだけど、そう考えられる。潮上島で起こった様に。

同じ様な出来事で、佐山野神の件がある。彼女は復讐を果たした後、消えるコトを選んだが、それを私達は説得し再び祀る事で鎮めた。

これが、復讐であれば、今回の事は始りに過ぎない。


 さすがに事が大きすぎたのか、公表せざる負えなくなったのか『極秘情報』サイトに載っていた、情報の殆どが、一般公開される。廃鉱山に眠っていた、ウラン鉱脈や、それがあるとは知らずに鉱山に入って、被曝した人がいる話も。

その中に、伏せられていたが、うちの大学も入っていた。

政府傘下の核事業が、これから叩かれるのだろう。


 これで、終わるのか。私は、力無く虚空を見つめる。

私に、もっと知識や力があれば、止める事や救う事が出来たのでは。そう思うと、やりきれない思いと悔しさがあった。


 ニュースは連日、政府が調査していて崩落事故を起こした鉱山の事を伝えている。そこには、ウラン鉱脈があり、それを利用しようという政府の考えが、叩かれていた。ウラン鉱脈で有名なのは『人形峠』だ。そして、人形峠は、心霊スポットでも有名で、不思議な伝承のある場所。

その考えからすれば、星水も同じなのかもしれない。鉱石は時として『力』を持つ。そのひとつが、パワーストーンや宝石。そして、ウラン鉱石などの物理的危険な石だ。

 あのサイトには、二木家の二人の事が細かく書かれていた。二人が重度の被曝をしている事も、福子さん殺害の事も。

リークしたのは、一円兄ちゃんと、教授だろう。

二木家の二人の事は、私には関係の無い事だし。私は、おそらく、どちらを支持するかと言われたら「神々の方」と答えるだろう。

カミとモノ。それと、関わる人間。その間に立ち、伝える存在。


 私は、迷いを振り切る為、論文をまとめる。

『星来村は、太古の昔、隕石が飛来してクレータを造った。その後、その場所は地殻変動で洞窟となり、地底湖となった。その洞窟の外側は山で鉱山として採掘された。掘り進んだ結果、その洞窟に辿り着き、ウラン鉱石を含む岩盤が光を湛えている事に、当時の人は不思議に思い、その『不思議な鉱石』を集めていた。また、隕鉄も埋蔵されていて、良質の鉄鉱石として高値で取引された。

それを仕切っていたのが、二木家。二木家には子供に恵まれない夫婦がいて、山神や地底湖に存在するナニかに、子宝を願った。それで、生まれたのが、先天的疾患を持つ奇形の娘だった。その子は、福子と呼ばれた。初代・福子。二木家は、その様な子供が福を授ける伝承を知っていたから、福子と名付けたのでは? しかし、やがて疎ましくなった福子を、妹婿に殺させて、五体に別け箱に封印した。箱の中の躯・福子を巫女神様と呼び、その箱を箱神様と呼ぶ事で、祟り神となった福子を封印した。箱の中の初代・福子の躯が朽ち果て塵になるまで、祀り続ける事が一つの条件だったが、現代・福子を殺害し箱を暴き、中身を入れ替えた事により、契約は破棄され、福子の復讐が始った。

福子=巫女神、それを納めていた箱が『箱神』すべて、同じ存在。つまり、福子自身が、代々の福子を祀っていた。地底湖においては、黄泉津大神を祀り、心の拠り所としていた。地底湖は、ウラン鉱脈の影響で放射線量が高く、装備無しでは入る事の出来ない場所だったがら、何故か福子だけは、生身で平気だった。そこは、神の子のなせるコトなのか、生物学的には不可解な謎は残ったまま』

そんな感じで書いてはみたものの、納得出来ないコトが多い。

これは『裏』の論文だけど、私自身の問題は解決していない。

でも、簡単にまとめれば、こんな感じなのか?

論文では触れていないが、二木家の二人が残っている。でも、それは論文に書くまでも無い。


 かつて、崇り神となってしまった福子さんを鎮めた、流浪の巫女が、私の祖先だと言っていた。福子さんは、末裔である私に、何を求めていたのか?

私は、無力だった。

 その事を、婆さんに話したら

「ひとつ、成長したな」と言われただけで、なにも話してはくれなかった。

私は、カミやモノと人間が共存できる様な、在り方を求めている。それを自分で何とかできるのは、何時の事だろうか?



 星来村は、村ごと移住する事となった。ウラン鉱脈の事や、村一帯の地下には廃坑が張り巡らされている事で、崩壊の危険もあるから。

その後は、高レベル放射線廃棄物の地下処分の実験場になるらしい。放射線廃棄物は人類の負の遺産だ。日本は地震国なので難しいとされていたが、その候補として決まった。この先、それに対して反対意見が多く出される事だろう。

だけど、それは仕方が無い事だ。




  終章



 折からのゲリラ豪雨。傘を持っていなかった私は、たまたま通りがかった、公園の端にある神社で雨宿りさせて貰う事にした。お参りと、雨宿りの挨拶をする。神社の御際神は、イザナギノミコトとイザナミノミコトの二柱。

イザナミノミコト。別名・黄泉津大神。福子さんが、信仰していた神様。

あの時、黄泉津大神は、全て終われば、福子さんを黄泉へ連れていくと言っていた。言葉通り、福子さんの魂は、今、黄泉に在るのだろうか? その場所で、福子さんは安らいでいるのだろうか? 視る事も探る事も出来ない。

―もし、福子さんが黄泉で、安らかに眠っているのなら、私に向かって、風を吹かせてください。私は、心の中で、イザナミノミコトに祈った。


 一陣の強い雨風が、私に向かい吹き付けた。

そうですか。ありがとうございます。私は、心に痞えていたモノが取れた気がした。

やがて、雨は上がり、珍しい二重虹が、空に架かっていた。


                   了


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