9.不仲の家族
なにやら勘違いして下さった伯爵夫人が去っていき、ミシェルが当然のようにつっこんできた。
「リーシャ様、今完全にクロード様の事悪者にしましたね?」
「仕方ないでしょう。あそこで、違いますって言えば話は延々に平行線だったわよ」
「空気というものを少しは読んでほしいものですわね」
それ、ロザリモンド嬢が言う事かな? まあ、いいけどさ。
「巻き込んでしまったみたいで申し訳ありません」
身の置き場がないような三人に謝罪すると、三人はすぐに問題ありませんと返してくれた。問題あってもないとしか言いようがないよね、この場合。
他家のお家騒動に首つっこんでもいい事ないし。むしろ、場合によっては巻き込まれて被害を受ける可能性だってあるしね。
でも、彼女達はわたしのお友達認定をされているだろうから、わたしの家の人間――特に姉が絡んでこないか心配になった。
あの人、本当に性格悪いから。
「もしわたくしの実家の者がご迷惑をおかけすることになりましたら、すぐにお知らせください。ミシェルに知らせていただいても構いませんので」
「気を使っていただいてありがとうございます。何かありましたらご連絡いたしますわ」
三人の代表でリース嬢がにこりと微笑みながら言う。
「では、わたくしはそろそろお暇しようと思います。まだお茶会は続くようですが、皆様はどうされますか?」
「わたくしたちは他の方とも少しお話してから帰ります」
「まだ、食べていないお茶菓子もありますし!」
穏やかなマチルダ嬢と微笑ましい若手アマンダ嬢にほっこりする。
「それに、何かあってもきっちり撃退しますから! きっと皇女殿下よりは楽でしょうし!」
アマンダ嬢……相変わらず可愛い顔して言っていることが可愛くない気がするよ。お姉様はかなしい……。
好戦的なミシェルのお友達はみんなたくましくて、公爵夫人として下位のものを守るべき立場のわたしの方が逆に守られているのは気にしたら負けだと思う。
三人の令嬢と別れて、わたしはとりあえず聞きたい事は聞けたし、伯爵夫人とはこれ以上顔を合わせたくないのでお茶会を辞することにする。
本来ならば主催者に帰宅の挨拶をするのが礼儀だ。いやだけど挨拶ぐらいはしないと、相手に対して思うところがあると言っているようなものだ。
特にわたしは注目されているリンドベルド公爵夫人だし、伯爵家と揉めたいわけではないのでグッと我慢して伯爵夫人を探すも、その姿はどこにも見当たらない。
広い庭園だし、わたしたちがいたところも陰になっているような場所だったので、もしかしたら見つけにくいところで話し込んでいるのかもしれない。
「ミシェル、どこにいるか分かる?」
「さぁ? ここには何度も来ましたけど、結構広いですし、穴場的な憩いの場もありますからね。諦めて帰ります?」
「クロード様もどちらにいらっしゃるのでしょう? さすがに夫婦が別に帰りますと噂が立ちそうですが」
「具合が悪くなったとでも言えばいいかな?」
「無難でしょうね。その辺にいる侍女か侍従でも捕まえて事情を話しましょう。話が長くなるようでしたら、先に帰ればいいですし。馬車二台で来て正解ですね」
わたしと旦那様が乗ってきた馬車もミシェルたちが乗ってきた馬車も四人乗りだ。
はじめは一台かと思ったけど、旦那様が四人で乗ると狭くなるから嫌だったらしい。あの人無駄に足長いし、背も大きいからその分体つきも一回り平均より大きいからね。
ミシェルは手際よく近くを通りかかった侍従を捕まえて、旦那様の居場所を聞いている。そしてこちらの事情を話していた。
「せっかくのお茶会でしたが、申し訳ありません。早々と帰ることになりそうで」
「別にいいんですのよ。はじめから目的はありましたし、その目的は達成されたのですから。嫌な場所に居続けることはありません」
嫌な場所ではなかったんだけどなぁ。
だけど、この敷地内にベルディゴ伯爵家の関係者がいると思うと即座に帰りたいと思うくらい位は嫌な場所に変わってしまった。
「わたくしも実家とは色々ありましたが、何も知らない他人から口を出されるのは気持ちが良いものではありません」
きっぱりと言い切ったロザリモンド嬢。
そうだよなぁ、わたしの家族も大概だけど、彼女の家はもっと非道だと思う。ミシェルもミシェルであれだし、なんか家族にいい思い出なくない? わたしたち。ミシェルは一応味方になってくれる人がいたけど、ちょっと生まれがあれだしね。
旦那様は父親が微妙だけど、先々代の公爵様である旦那様のおじい様はいい人らしいからそれなりに良い思い出があるみたいなのはちょっとうらやましいかも。
わたしだって母親が亡くなるまでは幸せな子供時代を過ごしていたとは思うけど。その後がちょっとね。
ラグナートいなかったら確実に終わってた気がする。いろんな意味で。
「何のお話ですか?」
侍従を捕まえて事情を話していたミシェルがわたしとロザリモンド嬢の話に入ってくる。
「うーん、お互い家族に恵まれませんねって話」
「ああ……」
なんとも言えない微妙な顔になって、ミシェルが苦笑した。何を話していたか伝わったようだ。
「ところで、ここで待ってた方がいいの?」
「いえ、馬車の方で待つと伝えたのでそちらに移動しましょう。クロード様の用事がすんでもすんでなくても帰るんですから、そちらの方が気が休まりますし」
気が休まると言うか、絶対に会いたくない人に会わない安心感というのかな? とにかくその方がありがたい。
ミシェルが歩き出すと、正面から厳格そうなご婦人が背筋正しくやって来た。
どこかで見た事あるなぁと思っていると、向こうが軽く会釈してくる。すれ違いざまで目があったのでわたしも軽く頭を下げると、ぎろりと鋭く返された。
あ、あれ? 何かしたかな? と思っていると、どうやらその視線はわたしではなくミシェルの方へと飛んでいた。
知り合いかなと考えながら様子を見ていたけど、向こうもミシェルをお互い何も言わずに離れていく。
姿が見えなくなると、ミシェルが一瞬振り返った。
「変な汗かきましたよ」
「知り合い?」
「知り合いというか、アンドレット侯爵夫人です。一応書類上の母親で、血縁上の祖母です。そろそろ次代交代の頃だから、こういう場には兄の嫁が来たりするんですけど。まさか広い庭園でばったり会うとは思いませんでした」
どうやら苦手らしい。
ミシェルにとってみれば頭が上がらない人物の一人で、厳格そうだと思っていたら本当に厳格なお人だとの事。
礼儀作法にはうるさいので、その辺は厳しくしつけられたとか。
すでに家を出て男に戻ると言っていたのにも関わらず女装していたのだから、何を思ったのか分からない。
まさか女装趣味を見とがめられたとか?
「いやー、別に他人の趣味にあれやこれやと口を挟む人ではないですけど、リーシャ様と一緒にいるのにみっともない恰好をするなという事でしょうね、今のは」
「似合ってるから、よくない? それに女性が主体のお茶会に男の姿で参加する方がやりにくくない?」
「そう思ってくれるのならいいんですけど、半分くらいは楽しんで着ている事がバレると不真面目だと怒られそうです。実際、今そういう雰囲気になってましたけど、リーシャ様がいたので助かりました」
一応わたしの護衛だから声もかけずに立ち去ってくれたと。
盾にされました。わたしが旦那様を盾にしたように。ちょっと違うけど。
「会いに来たんでしょうか? わたくしはそのように見えました」
その答えは誰も持っていないけど、おそらくそうなんだろうな。
元気でやっているか姿を見たかったのかもしれない。そう考えると、ミシェルも少しは恵まれているのかなと思う。
こうして心配してくれている家族がいるからね。
「行きましょう」
ロザリモンド嬢の言葉に照れ隠しのように笑って、ミシェルはわたしとロザリモンド嬢を促した。
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