31.飼い主の大変さ
何だかんだと色々あったこの数日間。
一段落した後は、旦那様は方々で睨みを利かせて時には脅しながら、穏便に――うん、たぶん穏便に粛清――というか敵対勢力の手の者だったであろう人物たちの首を切っていた。
いや、物理的じゃないよ? 比喩的表現だからね!
そしてわたしはと言うと……
「これ、すっごく無理ですけど」
「飼い主なんだから責任もって飼ってくれ」
公爵家本邸の庭園で寝そべる十頭ほどの白い毛の塊たち。大きさはレーツェル程。
みんなのんびりしてるけど、この子たち分かっているのかね? 君たちの食費にいくらかかっているかって!
「一つ言いますけど、わたしが一応名前をつけて飼ってるのは二匹だけであって、この子たちは勝手に居座っている訳でして――……」
「なるほど……つまり公爵家の資産を食いつぶしている害獣だから、殺して毛皮でも取れという事か? きっと相当な値段がつきそうだな。同時に相当恨まれそうだが」
「そこまで言っていませんよ!」
大人しくしてるだけだし、別にこの子たちご飯強請ってきてないし!
ただし、そこはやはり野生獣。何もあげないと庭園を荒らして自分たちの食い扶持を勝手に探し始めそうだ。
色々ありますからね、食用となりそうなものが。
レーツェルはやらないけど、リヒトはまだ物事の分別というものが分かっていないのか、皇都で勝手におやつにしてた時があった。
それを考えると、この子たちがやらないとはいえない。
「リーシャの命令には従うみたいだから、結局飼い主だろう?」
「わたしは何もしてません!」
そうなのだ。
なぜかここの居座っているリヒトとレーツェルのお仲間と思われる子たちは、わたしの事を飼い主だとでも思っているのか、わたしの言葉には従ってくれる。
庭園で大人しくしているのもわたしがここで大人しくしているように言ったからだ。
「リーシャ様、認めた方が楽になると思いますよ」
「ミシェル、だからわたしは――」
「飼い主に立候補しないと、クロード様はきっとえげつない手を使って追い出しますよ。お金ばっかりかかって得るものなかったら容赦ないと思います」
否定できない……。
「むしろ、この子たちの毛を売った方がよっぽど利益になりますよ」
ミシェルは窓から見下ろしながら言った。
すでに、この子たちがヴァンクーリだと調べはついている。なにせ、毛を調べればなんの毛かはすぐ分かるのだから。
当然、リヒトとレーツェルも。
しかも今年は毛刈りの年で、レーツェルもそうだけど下の面々ももこもこ度が増していた。
ふわふわと抱きご心地のいい毛は、ずっと顔を埋めていたいほどだ。
「隣国ではどれくらい生息してるんでしたっけ?」
「さあ? 正確には知らないが十~十五万匹くらいはいるんじゃないか? 山岳国家だし、住むところは多そうだな。それにそれくらいいないと産業として成り立たないぞ。一匹あたりの取れる毛の量だってたかが知れてるからな」
「二年に一回しか毛を刈らないですしね」
「食べ物はヴァクイを食べているんだろうが、こことは違って山岳地帯になればそれこそこっちが何とかしなくとも雑草のようにそこら中に生ってるだろうしな」
維持費の問題は、彼らの住む場所と食料事情だ。
隣国は人の住まないような場所で彼らは勝手に生活してるし、食べる物も同じだ。つまり、国としてはほとんどお金がかかっていない。
密猟者に対して警戒する事はあっても、ヴァンクーリは自ら自分を守る術を知っているのでほぼ問題なかったりする。
「めちゃくちゃうはうはですよね、維持費がかからないのに、体毛は高級品として売れるって。毛を刈るときや加工に手間暇かかるだろうけど、それだって大した問題ではないでしょうし」
「だよねー。そんな事業を起こしてみたいわ」
「人の手の介入しない事業など運任せすぎるからやめておけ。実際、こっちにヴァンクーリが流れ込んできているんだから、この先他のやつらが来ないともいいきれない。もしこっちに来た場合、損害は相当だろうな。でも文句も言えない。なにせ、やつらは勝手に生息している野生動物なんだからな」
「たしかに……」
そうなんだよね。
人の手が介入していない事業なんてない。だからこそ何かあっても主張できるわけで。
ただの野生動物がこっちに流れてきても、こちらだってどうすることもできない。もし飼っていると正当な理由があるのなら、むしろこちらが被害を受けているのだから、被害額を請求しつつあの子たちを返すこともできるんだけど。
「とりあえず、毛……刈ってあげたほうがいいんですよね?」
「長すぎると毛が絡まるからな」
レーツェルも最近綺麗にくしで整えても結構絡まっている。
どういう原理かしらないけど、普通に歩いている分には毛は落ちないのに、櫛を通すと抜け毛がすごい。
いや、もしかしたら切れ毛なのかもしれないけど。
「でもどうやって?」
「ヴァンクーリは自ら人の手を選ぶそうだ。道具は――とりあえず羊用の毛刈り道具でいいんじゃないか?」
「適当ですね」
「そもそも、専門外だ。ヴァンクーリに至っては隣国の動物だぞ。知ってる方がおかしい」
それもそうですね。でも旦那様は博識でいらっしゃるので聞けばなんでも答えてくれる気がしましてね?
調べろと言わないあたりが優しさなのかもしれない。
「でも、誰がやればいいんでしょうか?」
やはりここは羊とか他の動物の毛を刈っているような人に頼むべきかと悩んでいると、旦那様とミシェルがじっとわたしを見ていた。旦那様に至っては若干呆れたよう様子。ミシェルはお手上げとでも言うように。
「なんですか?」
「私の話を聞いてたか?」
「聞いていましたけど……」
「ヴァンクーリは人の手を自分で選ぶんだぞ?」
「……まさか」
え、まさか? え、本当に? いや旦那様はそう言ってたけど?
嫌な予感にわたしは口元が引きつりそうになった。
「リーシャ様がやらないで、誰がやるんですか? そもそもどういう人がヴァンクーリに選ばれるかも分かっていないんですからね。少なくとも、しばらくはリーシャ様に頑張っていただくしかないかと思いますよ?」
「ま、待ってください! だっていくら大人しいとは言っても、結構な重労働じゃないんですか?」
「人の言葉を理解しないような動物に比べたらまだ楽じゃないか? 動くなと言えば動かないだろうし」
いやいやいや! そういう問題じゃないんですけど!? そもそもわたしはやったことないし、下手したら毛だけじゃないところまでなんか剃りそうだし!?
「まあ、とりあえず触れなければ大丈夫なら隣で指導してもらいながらって感じでしょうか?」
「毛刈りをするならそうなるな。念のため、側には騎士も配置しておこう。もしもの時のために。上手く刈れたら商品になる上、食費の心配も多少は軽減されるだろう? あれらの家賃は取らないでおこう」
「わたしの腕にかかってるって、無理ですよ! しかも、絶対大変ですよね!?」
「慣れればいける。はじめにレーツェルにやらせてもらえばいいんじゃないか?」
ちらりと寝そべっているレーツェルを見れば、耳をピクピク動かしながらなんとなく嫌そうだった。うん、たぶん。きっと。
だって、側にいるリヒトを押し出してきたんだから。
「小さいのからという事らしいな」
あ、ひどい! 子供を身代わりにする親っている!?
リヒトは何も分かっていないのか、遊んでもらっていると思ってレーツェルにじゃれついた。
「まあ、とりあえずがんばってくれ」
動物飼うのって大変ですね。
涙目になりそうですよ、旦那様……。
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