26.何も出来ない現状
もの凄く不本意でも領主としてやるべきことがある。
つまり、旦那様は嫌でも宿にしている仮寝床に戻る必要があった。
絶対に危険な事はするなと再度命じられて、わたしって信用ないなと思いながら見送る。
「話はまとまったようだな」
店からイリーガルが顔を出してきた。
旦那様がいなくなってから出てきたという事は、あまり何度も顔を合わせたいわけではないようだ。
「カルナークは?」
「不貞腐れてるが、まあ大丈夫だ」
「そうですか」
「聞き出せたんですか?」
ミシェルが聞くと、イリーガルが店の中に入れと扉を開けた。
今度はミシェルと中に入ると、カルナークはぽつりと座っている。
「今行っても邪魔なだけだ。ここに居ろと言ってある」
まあ、興奮してたしイリーガルの言いたいことは分かる気がした。
下手に変な事を言われても困るし。
「あまり、動揺していないんですね」
「俺か?」
動揺というか、心配していないように見える。
突き放した様子とでも言おうか。
確かにマードックが旦那様側の人間だと知ったけど、かなりの年月を共に過ごしてきた相手でもある。それに、お互いそれなりに認めあっていたとも思う。
自分側でないとあっさりと気持ちを切り離すことができるのだろうかと疑問だった。
旦那様だったらできそうだけど。
多少悩みながらも、自分のやるべきことはしっかりとやる人だ。
「実際、あまり心配してないかもな。すでにいつああなってもおかしくないと言われていた。だからと言って、村人が巻き込まれたら落ち着いてもいられないが、カルナークが言うには、中にいるのはマードックとあのお嬢様だけらしい。よくも悪くも俺はマードックと炭鉱のことは分かっているつもりだ」
若干棘のある言い方だった。
やはり多少は思うところがあるようだ。
「どの範囲で崩落が起きたのかは分からないが、少なくとも入り口が塞がれている。ただし、中は無事かもしれない。意外と頑丈に作られているからな。それに、いくつか緊急避難用に出口もある。ただし、中は迷路のようだがな」
少しほっとしたが、まだ確認できるまでは油断できないというところ。
「マードックは道の全てを記憶している。炭鉱の中には閉じ込められても何日か食いつないでいけるだけのものも点在しておいてあるし、生きているなら助かる可能性は飛躍的にあがるだろうな。逆に、下手に手を出す方が危険かもしれない」
二次被害が起こる可能性があるという事か。
「一度は耐えても、二度目はもっと中の重圧がかかる。生きていると信じるのなら一日様子を見てから動いた方がいい」
その頃には旦那様も動いて人手が来るはずだ。
「救いだったのは、村人に被害が出なかったってことかもな。そっちからしたらそうは言ってられないか」
「マードックさんも村人ではないのですか?」
「さあな、それはあいつから聞くことにする。カルナーク、全員戻るように伝えに言ってくれ。話を聞いていたのならな」
「分かった」
カルナークはすべてに納得したわけではなかったけど、伝令で戻ってきたのなら、指示を持って戻るのも仕事だ。
「生きているって信じているんですか?」
「信じてるというか、生きてないのなら何もしない方がいい。ただ二人死んだだけで、二次被害で甚大な被害を出すよりは、無かった事にして隠ぺいしたほうがよっぽど楽だな」
「旦那様みたいな言い方ですね」
「そういう選択もあるという事だが、別に進んで見捨てたいわけじゃない。俺はこの村に対し責任がある。大を守るために小を切り捨てる事も仕事の内なんだよ」
冷たく言い放つ姿は、上に立つ人物なのだと感じた。
小さな隔離された世界でも、その決断はいつだって人を苦しめる。
「全員戻ってきたら、話を聞けばいいさ」
そう言って、店の奥に入って行く。
「どうします、リーシャ様」
「少なくとも、わたしたちに出来る事は何もないという事だけど、ロザリモンド嬢が心配ね」
「どうでしょう。なんだか、ケロッとして戻って来そうですけど。大変貴重な体験が出来ましたとか言って」
その軽口に非難の視線を送ると、ミシェルはぴたりと口を閉じて謝罪した。
「すみません、不謹慎でした」
「元気づけるためとは言っても、あまり口にしない方がいいでしょうね」
わたしはロザリモンド嬢の親兄弟じゃない。だから軽く受け流せるけど、ミシェルの発言は聞く人によっては不快にもなる。
「ところで、話は変わりますけど大型の野生獣の存在も気になりますが、そっちはどうなんでしょうか?」
「調べてる最中としか聞いてないわ。その途中で崩落が起きたのだから、それどころじゃなくなったと思うけど」
「クロード様が人を送ってくれたらその辺も調査しておかないとですね。ここで何か産業をおこすにしても、危険は少しでも減らしておきたいですから」
イリーガルが次から次に問題が起こると言っていたけど、確かにこう頻繁になにかあると気持ちも昂るかも知れない。
村人の生活がかかっているのだから。
それに現金収入が途絶えているから、余計に気がかりだったと思う。
「誰が悪いかと問われると、結局旦那様にも責任追及がおよびそうだよね」
「自業自得な面もあると思いますけどね。性格的に味方を作るより、敵作る方が速そうだし」
「悪い人ではないけど」
「リーシャ様、それいい人ではないって事でもありますよ?」
笑って指摘するミシェルに、わたしは沈黙で返した。
それが答えでもある。
しばらくすると、奥に入って行ったイリーガルは、荷物を持って戻ってきた。
「悪いが、俺はちょっと出てくる」
「どちらに?」
「カルナークの言葉だけじゃ不十分だ。現場を見てくる」
「村人には戻るように伝えてお一人で?」
「周辺を探る程度だ」
「大型の獣が出没しているのに、一人は止めた方がいいと思いますけどね。せめて大人数で動いた方が、近寄ってきませんよ。それとも幾人かお貸ししましょうか?」
ミシェルが提案するも、イリーガルは首をふった。
「まだ日も高い。それに借りはなるべく作りたくないんでね」
「そうですか」
押し付けることはせず、あっさりとミシェルが引き下がる。
「じゃあ勝手にしますよ」
引き下がった直後にその宣言。
イリーガルがじろりと睨むがミシェルは我関せず。
彼はやめろとも勝手にしろとも何も言わず、店を出て行く。
「ちょっと、外の方々に指示出してきます」
ミシェルがそばを離れ、静まり返る店の中に一人残される。
なんとなく、さっきまで座っていたカウンターの席に座った。
落石崩落、いつか起こるとマードックは言っていた。
そしておこるべくしておこったのに、どこか村は静かだ。
もちろん、男手が全員出払っている事もあるけど、もっと騒いでもおかしくない。
カルナークが慌てて飛び込んできたけど、思えば初めて村に来た時から熱くなっていたのはカルナークだけだったような気がした。
閉塞した諦めた空気。
子供が少ないからという事だけじゃなく、きっと村全体が疲弊しているのだ。
なんとかしたいと思うけど、自分の考えが歓迎されるとは思えなくなってきた。
何もできないもどかしさ。
一人になると色んな事が悶々としだす。
ふうと息を吐いたその瞬間、ひょこりとミシェルが顔を出した。
「あー、リーシャ様。申し訳ないんですけど、ちょっといいですか?」
困惑したような、いや困ったような、とにかく形容しがたい顔でミシェルがわたしを呼んだ。
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