23.疫病の正体
嫌悪感を隠すことなくカウンターに並べられたお金を睨みつけ毒を吐くと、椅子にどさりと座り頬杖をつく。
客にする態度ではないけど、彼の中ではわたしも旦那様も客ではない。
イリーガルが深々とあからさますぎるため息を吐いた。
「で、一体何を聞きたいんで?」
「全てだ」
「それはまた強欲で」
「その中でも一番聞きたいことは、ロックデルの事を心から嫌っているであろうお前がなぜここにいるのか、という事だ」
イリーガルは頬杖をついたままちらりと視線を旦那様に投げかけた。
「俺の事調べたのか?」
「ある程度は。ロックデルとは似てないなとは思った」
「異母兄弟だからな」
さらりとイリーガルが口にした。
そう、このイリーガルとロックデルは実は血の繋がった兄弟だ。
前妻との間の子供と後妻の子供、それが二人の関係性。
イリーガルが産まれた時にはすでに、ロックデルは成人して公爵家の執事見習いとして旦那様のお父様についていた。そのため接点などほとんどないに等しい間柄。
「実は、仲良しでしたって言って信じるのか?」
「全く」
「即答だな」
「何度となく言い合いしている姿を見ていれば、自然と仲が悪い事くらい分かる」
「……坊ちゃん。俺はあんたの目の前であいつと口論した記憶はないんですがね?」
「子供は隠れて大人のすることを見るのが意外と好きだと知っているか?」
いえ、知りませんが? と突っ込みたいのはわたしの方だった。
むしろ、そんな行儀の悪いことしていたらラグナートににこやかな説教を食らいそうですけど?
「つまり、隠れて聞いていたという事ですかね? それが公爵家の跡取りのやる事かは疑問ですけど」
「実は、偶然だ」
あの、全く信用ない言葉なんですけど? 隠れて大人の話を聞いていましたって暴露したのに、実は偶然でしたってどんな言い訳?
イリーガルも、口元がピクピク引きつっている。
「これからは気を付けることにしますよ。子供の特性を教えて下さりありがとうございます、坊ちゃん。そんな、坊ちゃんにいい事を教えてあげましょうか? 俺の一族はあんたの爺様に疎まれて没落させられそうになっていたって事を」
淡々とした返しに、旦那様がなるほどと頷いた。
怒りも憎しみも感じないそのイリーガルの口調には、ただ事実だけを客観的に伝えただけのようだ。
「先々代は、自分の息子を早々と見限っていた。で、その使えない息子を使ってこの際だからと大々的に粛清しようとしたのさ。その粛清対象に俺の家――つまり、あいつも含まれていた。兄貴――ロックデルも」
「不穏分子になり得ると思われたという事か」
「分家の分家の分家ぐらいの家柄が、どんな不穏分子になるのかはさっぱりだが、俺の知らないなにかがあったんだろうな。まあ、想像はつくが。どうせくだらない栄華を夢見てたんだろうな」
吐き捨てる様な言葉から、どうやら自分の家族の事をあまり好いていないようだ。
血が繋がっているからといって、仲がいいわけではないので驚くことはない。
「俺の家は、執事家系とは言っても末端で、本来なら本家に仕える事ができるような家柄じゃない。それなのに突然本家の、しかも次期跡取りの執事候補とか胡散臭いだろう? 物心つく頃にはおかしいと思っていた」
「なかなか勘が良い子供だったんだな」
おかしい。
わたしは旦那様から年周りと適任者がそろっていなかったから選ばれたって聞いているんだけど、実はそれだけじゃない模様。
口を挟んで話の腰を折りたくないから黙っている。まあ、冷静に考えればおかしい事この上ない人材配置だけど。
「あんた、実の父親が切り捨てられるために利用されているのをなんとも思わないのか?」
「実際、アレを父親と思っていない。私を育てたのは祖父だ」
殺伐としてますね、公爵家。わたしの家も大概だけど、旦那様の家も色々と厄介な家柄ですね。
でも、少なくとも先々代の公爵様は旦那様を愛情持って育てたようなので、それだけでも良かったのかとも思う。
だけど、イリーガルの方は先々代――つまり旦那様のおじい様に多少思うところがあるようだった。
「中途半端なまま急死するから、今こんな事になっている」
あ、そういえば死因は心臓発作だったっけ? 突然の死で当時は結構ニュースになっていた気がする。
「中途半端に権力を持った男の野心を増長するような、駄目当主が就任。やりたい放題とはこの事だな」
はっと馬鹿にした笑い。
何の感情も表に出さない旦那様に、イリーガルが先に視線を逸らした。
「話が脱線しすぎたか……。俺がここにいる理由だったな? ありていに言えば、ここで結婚したからだな」
「はい?」
思いもよらない返答に、声を出してしまった。
「ここは、昔は長閑な田舎だったんだ。炭鉱が廃鉱になっても、ここで育った人間にとってはここが生まれ故郷で、細々とやってたんだ。俺は色々と嫌気がさして領外に出て行ったが、この村出身のやつと知り合って、それが今の妻だ」
「偶然か?」
ありがちと言えばそうかもしれないけど、偶然が過ぎると疑いたくもなる気持ちは同意見。
それには答えず、イリーガルは以前の村の様子を語って聞かせてきた。
「何にもない田舎だが、居心地は良かった。殺伐とした家庭を味わっているとなおさらに」
炭鉱村としてそれなりに栄えていた時にはあった商店もなく、今では自給自足。
足りないものは隣の町に買い付けに行って、そんな生活だったそうだ。
「領主様、あんた本当はこんなド田舎村どうでもいいと思ってるだろ?」
急に話が切り替わり、どういう意味だろうかとイリーガルを訝し気に見ると、顔を歪ませて笑っていた。
「周辺の村や町に被害が出始めたか? それが動く理由になってそうだな」
「なるほど。近隣の村や町に対する復讐か? ただ一つ言うなら違うな。それにそんな事になる前に対処しているから問題ない」
「何だって?」
「近隣に被害が出る前に食い止めていた。被害が大きくなれば、こちらも叩かれるからな」
「一体何の話しているのですか?」
わたしがどういうことか旦那様に説明を要求すると、それより先にイリーガルはようやく理解したと言わんばかりに旦那様を睨みつけた。
「マードックはあんたの手先だったか」
「話が早くて助かるな。おかげで比較的安全に採掘できていただろう?」
炭鉱は基本的に危険が伴う。
専門家が側で助言していたとしてもだ。全く事故が無かったかと言われれば、きっと小さな危険はたくさんあったに違いない。
しかし、そんなことまで手配していたとなると、旦那様は――。
「全部知っていて放置したのか」
そうなるよね。
わたしだって今そう思った。
そして、そろそろ全貌を説明してほしい。
「リーシャ、先に言っておくが別に隠していたわけじゃない。今回調べて知った事だが……、あの炭鉱が廃鉱になった大きな理由は有害物質を多量に含んでいたからだ」
「有害物質……」
「長年体内に取り込めば、危険な状態になる。私は専門家じゃないが、祖父が短期間でやめた理由はそれだな。おそらく、リーシャの聞いた疫病は、そこから来るものと思われる。病ではなく、毒の摂取ではないかと推測している」
口を引き結ぶイリーガルの様子は後悔しているようにも見えた。
「俺は、不正採掘しているとは知らなかった。一部の村の人間が、やっていたんだ。しかし、有毒物質が川に流れだし、一番はじめに川の水を飲み水にしていた家畜がやられた」
村人は少し離れた井戸水を使っているおかげで、大した被害ではなかったらしい。
しかし、その弱みに付け込んだのが、ロックデルだった。
「はじめは疫病だと思われたが、それが実は炭鉱からの有毒物質。しかも、不正採掘していたという事実。知られれば、一部の人間だけでなく、この村全体の存亡にかかわる事態だ」
イリーガルはやはり知っていた。
廃鉱になった炭鉱の採掘も犯罪だという事を。
そして、そんな不正を行って有害物質を川に流していたという事実は、相当大きな問題になる。
人体に影響がないレベルでも、下流の人間にとっては揉める事になる。少なくとも賠償問題に発展する可能性がある上、この小さな村では払うことなどできない。
「あ、借金問題って――」
「正確には借金ではないな。これは私の想像だが、近隣への賠償金で借金地獄になるか、もしくは炭鉱に手を貸すか、どちらかを迫られたのだろう」
たぶん、旦那様の言う通りなんだと思う。
そしてカルナークはその借金の話を聞いて、色々勘違いしていた。
「これも私の想像だが、一部の人間と言っていたが事実は違うだろう? おそらくすでにロックデルの手の人間が先に始めていた。ただ、大勢の人間を村に来させればすぐにバレてしまう。それで、村の人間を使い始めた」
「その通りだ。長閑な村だが、それでもガラの悪い奴が少なからずいるもんだからな」
村の爪はじき者。
彼らに関わる事は、ほとんどの村人がしていなかった。
そのせいで、イリーガルも何が行われていたのか把握が遅れたという事だ。
「どうするか脅された。俺は、正義感がある訳じゃない。ただ、この村を守りたかっただけだ。犯罪と知っていながらも、多くのやつらは賛同してくれた。毒をまき散らしていた村の住人ともなれば、子供たちだって苦労する。故郷や子供たち、家族のために、何度も話し合って決めた。でも、実は近隣の村や町までグルだったとは思わないだろう?」
イリーガルがくくくと低く笑った。
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