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閑話0.秘書官の受難

「結婚することになった」


 すでに仕事にとりかかっていた僕に、上司であり尊敬し敬愛しながらも死ねばいいのにとか思っている、クロード・リンドベルド公爵閣下が執務室に入った途端、恐ろしく淡白に爆弾発言を投下した。


「えっと……おめでとうございます?」

「なぜ疑問形なんだ?」

「え!? いやぁ、忙しすぎたせいか幻聴かと思いまして」


 じろりと睨まれ、僕はへらへら誤魔化すように笑う。

 僕の言葉を不機嫌そうに聞きながら、相変わらず我が道を行く仕事熱心(ちゅうどく)で切れ者なリンドベルド公爵閣下は、僕の机にドンと未決裁書類を積み上げた。


「あのー、これは?」

「お前でも出来るようなことをなぜ私がしなければならない。お前がやれ。それから、明日と明後日は休む」


 愕然とした量と同時に降ってきた休むの言葉に、天変地異の前触れでは? とぽかーんと上司を見てしまうのは仕方がない気がした。


 そもそも、リンドベルド公爵閣下は仕事人間だ。

 仕事中は不機嫌そうに眉間にしわが寄っているし、一つのミスも許されない、そんな雰囲気を醸し出している。

 実際、機嫌が悪いと些細なミスで嫌味の嵐。

 見た目が超ド級の美形なだけに、その睨みは天下一品。

 なんと皇帝陛下でさえも逆らえないと噂になっている。

 

 ちなみに、それが噂だけでないことを僕は知っている。

 なにせ、恐る恐るご機嫌伺いに来る皇帝陛下や皇太子殿下を時々見かけるから。


 まあ、とにかくそんな仕事人間のお方から“結婚”なんていうパワーワードが飛び出たら、そりゃあ驚愕飛び越えて呆然ですとも。

 仕方なくない?


「その、一応聞いておきますが、明日と明後日のお休みは一体何用でしょうか?」


 まるで下等生物と会話しているかのような視線に、若干ひきつりつつも、ここで引いては秘書官の名折れだ。

 それに、こんな対応いつもの事。

 しかし、いつもにもまして辛辣なのは否定できない。


「流石に結婚式当日と翌日くらいは休む」


 再びポカーンですよ。

 ええ? まじですか?

 いきなり常識的な発言に、僕は一体どう反応したら?


 絶対結婚式当日も式だけ出て、翌日は新妻ほっぽって泊まり込みして仕事するもんだと思っていた僕は、真剣にこの目の前の上司が本物かどうか考えた。

 そして、はたと、重要な事を聞く。


「えーと、つまり結婚相手は皇女様ではないという事ですよね? そもそもいつの間にそんな相手と親交を深めていたんですか? 全く噂になっていませんでしたけど?」

「昨日だ」

「昨日?」

「昨日初めて正面から会って、結婚を申し込んだ。横やりが面倒だから結婚特別許可書を発行してもらい、明日には結婚できる」

「……」


 超スピード婚……って! 

 一応この国きっての権力者であるリンドベルド家の現当主がそんな結婚式でいいのかどうなのか。

 というか、お相手の人も良くこんな人間に嫁ごうと思ったな……やっぱり顔か、それとも金か、権力か?

 全部持っている人に結婚申し込まれたら、どんな条件だろうと結婚するだろうな。


 ため息が出そうだ。

 万年使い潰されている僕には、恋人一人できないのに、結婚なんて夢のまた夢なのに、上司が声をかければすぐに結婚できるなんて、なんて不条理な世界。


「僕ごときが知る必要がないと思いますけど、お相手はどなたで? ()の人間に問われたら、正直に答えていいんですか?」

 

 リンドベルド公爵閣下は少し考えて、僕に言った。


「相手は、ベルディゴ伯爵の次女だ。それから、明日の結婚式が終われば、話しても構わん。結婚さえして入籍すれば、誰にも邪魔されない。ちなみに、お前の参列は決定している」

「はいぃぃ!?」

「親族だけだが、私の方に誰もいないのはそれはそれで問題だろう。もし本当に結婚したのか問い合わせがあったら、お前が証人になれ」


 証人って……。

 というか、せめて父君くらい呼ぶのが礼儀では?

 今、どこにいるのか知らないけど。


 僕には決定事項を覆すことはできず、ただただ言われた通りにするしかない。


「しかし、ベルディゴ伯爵の次女ですか――……大丈夫なんですか?」

「何が?」

「流石に少しくらいは調べたんでしょう? 噂ですよ。悪評と言ってもいいやつです。僕は全部は信じていませんけど、多少信じたくなる気持ちも分かると言うか――」


 正直見た目がああでは、誰も近寄りたくないし、噂の信用性も上がる。

 僕は、先ほど天高く積まれた書類を手に取りながら、ベルディゴ伯爵の次女について思い出しながら、話題に出す。


「噂は当てにならなかった。ずいぶんとまともだった」

「へー、そうなんですか」


 噂は噂だ。

 でも、実際に見た姿はあまりにも酷かったので、この上司の隣に立つ姿を想像するとあまりの釣り合いのとれなさに、思うところがないわけではない。

 やはり国の顔とも言うべき、貴族の長の隣に立つ正妻は、それなりじゃないと、と思ってしまう。


「でも、少し残念ですね。ベルディゴ伯爵の次女はつまり前妻で直系一族の娘ですよね? たしかベルディゴの一族はみんなかなり優れた容姿を持っていたと思います。ただ、現伯爵だけはあまりですけど……。まあ、その辺はもしかしたら皇后陛下が関与しているのかもしれませんけど」

「どういうことだ?」


 なにやら興味深げに聞いてきた。

 少し意外だ。

 どうせ政略結婚。相手のことなど、大して調べもしていないと思っていたが、興味はあるようだった。

 僕は少し得意げに話す。

 なにせ、噂集めは大好きなのでたくさん持っている。


「ベルディゴ伯爵の直系である前妻は、なんでも絶世の美女だったらしいですよ。そのせいで現皇后――当時は皇太子妃に相当睨まれていたとか。なにせ、その美貌は当時の皇太子も鼻の下を伸ばすほどだったらしいです。皇后さまも大層な美女ですけど、まあ、美女の好みは人それぞれですしね。白百合の君なんて呼ばれていたらしいです」


 そのせいで、あんまり見た目のよろしくない現伯爵が選ばれたとも伝えると、何やら納得気味だった。


「なるほどな、面白い話だった」


 珍しく、褒められて少し気持ちが上昇する。

 しかし、すぐに絶望に叩きつけられた。


「面白い話をしてくれた礼に、これもくれてやる」


 ドン!

 さらに書類が積み上げられた。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! お礼言いながらこれって――……」

「部下を鍛える上司からの有難い仕事だ。礼はいいぞ」


 ……こういう時たまにちらっと不遜な事を思うのもしかたないと思いませんか?


 上司であるリンドベルド公爵閣下は、素晴らしい速さで仕事をこなしていっている。

 しかし、その口元は何やら緩んでいる。


 こういう時の上司は、碌な事を考えていないのだ。

 あえて墓穴を掘りたくないので、何も見ざる聞かざるが一番いい。


 そして僕はため息を吐きながら、これ、今日中に終わるのかなぁと思いながら、結局、一睡もしないで目の下に隈を携えて、リンドベルド公爵閣下の結婚式に参列するのだった。


 


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