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22.客でない者

「あの……ロザリモンド嬢はよろしかったんですか?」

「あいつがいるとややこしくなる」


 うん、まあそれはわかりますけどね? だからと言って、黙って来るのは後々彼女が知った時、また面倒な事になりそうですけど? もちろんその対処は旦那様がしてくれるんですよね?


 昨日の今日で再び村まで赴くわたしとお話し合いに行く旦那様。ここにはロザリモンド嬢はいない。

 一応、声かけなくていいのか聞いたけど、旦那様は必要ないと一刀両断。

 重要な話し合いの場にロザリモンド嬢がいると問題が急拡大しそうだという事はわたしにも分かるので、何も言えない。


「あまり時間もかけていられないし、今日中に決着を付けたいところなのは分かっているだろう?」


 旦那様も暇ではないですからね。


「話し合い――で終わるんですよね?」

「終わる、あっちが冷静であるならば」


 わめきたてるような相手ではなさそうなので、その辺は心配していない。

 どんな風に決着がつくのかは分からないけど。

 個人的にはその話を聞くであろう村の人たちの反応が心配だ。


「結局のところ、全員が納得する形で話し合いが終わるわけがない。ただ、聞くところによると、上役的存在がこうだと言えば全員が従うようなところもみられるから、一人納得させればすむ話でもある」


 そんな話をしていると、馬車は炭鉱村に到着する。

 しかし、中に入ってすぐ、昨日とは違うなと感じた。それが何かは良く分からないが、少なくとも人影がない。

 昨日は小さい村ながらも多少人の気配はあったし、なんなら井戸端会議しているような女性たちはいた。

 それがいないとはかなり不審だ。

 旦那様も眉をひそめながらわたしに聞いてくる。


「まだ昼前だぞ、こんな寂れているのか?」

「いえ、少なからず村の女性陣は外で家事を行っていたように思えます。立ち話だってしていました」


 おかしいと思いながら原因が分からない。

 でも、その原因もこれから行く場所で何か聞けると思う。


「もしかして、一同勢ぞろい――とかですかね?」

「それはないんじゃないか? 近いうちに何かあると思われても、流石に昨日の今日でやって来るとは思わないだろう?」


 視察の結果を領主に伝えたところで、普通時間をとるのに数日かかる。

 じゃあ、次の日行きましょう――とはよっぽど暇な領主だ。もしくはフットワークが軽いか。旦那様はさっさと片づけたい気持ちだろうけど。

 車輪の回る音が止まって、馬車が酒場の前についても、静かなものだ。

 旦那様がわたしの手を取って二人で中に入ると、閑散とした酒場には昨日と同じ位置に酒場の店主であるイリーガルが座っていた。

 扉が開く音でこちらを見た彼の瞳が呆れたように見えた。


「近々来るんじゃないかと思っていたが、次の日とはな」


 暇人なのか? と問うような視線を無視して、堂々と足を進める旦那様。まるで、この店の主かのようだ。


「お一人ですか?」


 昨日の状況から考えれば、一人でいるなど少し考えられなかった。

 何も対策が練られていない筈の村の現状。少なからず人はいると思っていたのだけど。


「次から次へと問題が起きてな。全く、どうしてこの村ばかりが……」

「問題が起きるのは別にこの村だけじゃないが」

「客観的意見か? なるほど、流石はご領主様だ。そのご領主様が、末端の寂れたこの村に一体どんな用事だ? 今さら何かしていただけるんですかね?」


 イリーガルの方は、入って来た瞬間から旦那様の事が分かっていた。彼が、この領地の領主である事を。

 しかし、相手が誰か分かっていても取り繕う事はしない。口角を上げて、睨むように旦那様を見る瞳に、返してきた言葉が嫌味だというのはすぐわかる。旦那様に視線を向ければ、こちらは特別何も思っていないようだ。

 それくらい言われるだろうな、と思っていたのかも知れない。


「寂れた酒場ですが、何か飲むなら注文どうぞ。希望がないのならお帰りはあちらだ。それとも何か聞きたい事でも? あいにくと面白い話題は提供できそうにないほど小さな村なんで、大した暇つぶしにはならないだろうな」

「暇つぶしになるかどうかは、私が判断する。この店に来るのは初めてだから、店主のおススメでももらおうか?」


 営業妨害ではない客である。

 旦那様がそんな態度でわたしを伴ってイリーガルの正面に座ると、彼は面白くなさそうに奥に引っ込み、すぐに飲み物を注いだグラスを出してきた。

 表には多種多様な酒瓶などが鎮座しているのに、わざわざ店の奥から持って来るとは、どうやらオススメらしい。

 濃い琥珀色は、明かに度数の高そうなアルコールの匂いがしていた。


「悪いですが、ここにはあなたがたが飲むような高級品は置いていませんので」


 飲まなくちゃだめですかねぇ……。礼儀としては飲むのが普通ですけど。

 アルコールの類は多少飲めるけど、これは度数が高すぎて、すでに匂いだけで酔いそうだった。毒入りではなくても、ちょっと遠慮したい。

 普通に考えれば嫌がらせだ。

 飲まないなら飲まないで何か言われそうだし、飲んだら飲んだで意識が暗転しそう。

 どうしようかと考えていると、隣に座っている旦那様は顔色一つ変えずにそのグラスを持って一気に煽った。


 おお! 旦那様すご! イリーガルも驚いたように目を見張ってますよ!


「たいしたことない安酒だな。多少(・・)辛口だが……まあ、若気の至りで飲んだ時の酒よりましだな」

「……の、喉焼けません?」

「慣れだ。若い頃は少なからず度数の高い酒をどこまで飲めるか飲み比べくらいはやるものだ」


 な、慣れ? 慣れでぐっとイケちゃうものなんですか? 男性の世界はちょっと難しい世界ですね……。


「嫌がらせならもっと喉が焼けるほどのものでも出すんだな」

「どうせ飲めるんだろう?」

知って(・・・)の通り、我が公爵家の人間は基本的に全員酒に強い。有難い事にな」


 旦那様はなんとなく強そうなイメージがあったけど、本当に強いらしい。ちなみに、わたしは一般的女性と大して変わらないか、ちょっと弱いくらい。

 晩餐の席でも一杯か二杯くらいしか飲まない。

 男性がお酒に強いのはある種の武器になる。ただ、八十以上とかなると、いくらなんでも普通に喉焼けて死ねる気が……。中毒死しそうなんですけどね。

 イリーガルの方は何か思い出す様に嫌そうに眉をひそめた。


「ああ、そう(・・)だった。あの取り柄のない先代様も酒にはやたらと強かった」

「逆に、味がほとんどない酒の方が飲みにくい」


 旦那様が飲んだものはほとんど味が無かったらしい。遠回しに不味いと言っていた。

 そう言いながらも、一向にグラスに口付けないわたしの方も飲み干した。

 見ているだけで酔いそうだ。

 飲み終わった直後に、一瞬旦那様の眉が寄った。


「こっちの方が度数が低い、それにそれなりの味だ」

「女に出すものを男と同じように出せるはずがない」


 基本的にこの国では男性の方がアルコールに強い傾向がある。当然、女性の中でも男顔負けの人もいるけど、それは少数だ。度数の高い酒で死ぬことだってある。

 なので、一般的には女性に出す酒は弱いもの、もしくは他のもので割ったものが主流だ。

 つまり、旦那様に出したものは本当にいやがらせだったわけだ。

 味のないアルコール度数の高い酒。考えただけで飲みにくそう。


 しかし……この二人――知り合いだったのか……。


 まあ、あの報告書を読んだ時から疑っていたけど、詳しくは聞かなかった。

 なにせ、先入観なしで判断してほしいと言ったのは旦那様の方だったので。


「次はどうしますか? お客様?」

「酒を飲みに来たわけじゃないのは分かっているだろう?」

「商売の邪魔をするのなら、出て行ってほしいところだ」

「誰もいないのに、邪魔とは面白い言葉だな。わざわざ忙しい最中に会いにきてやったのに追い出すのが流儀か?」

「俺には高貴なお方の知り合いはいない。顔見知り位なら知っているがな」

「顔見知り程度の人間にそこまで噛みつく理由を知りたいものだ」

「旦那様」


 不毛な言い合いが続きそうな気配に、わたしが旦那様の袖を引っ張る。

 こんな事を話しに来たわけじゃないでしょうに。

 相手の思惑にのるような旦那様ではないけど、言い負かしたくてしょうがない、そんな気配が伝わってきた。

 お互い、いい感情はなさそうだ。

 不満そうにしながらも、一応わたしが袖を引っ張ったことで言い返すのをやめた。

 その様子をイリーガルが面白い物を見たとでも言いたげに片眉を上げた。


「結婚して多少丸くなったのか……それとも、若い奥方にゾッコンなのか、興味深いところだな」


 いや、どっちも違いますけど? 旦那様はいつでも唯我独尊男ですけど? 報告連絡相談もなく、色々決めますけど? お仕事増やしてきますけど?

 言いたいことはいっぱいあったけど、言いだすとキリがないし、そんな事を話しに来たのでもない。


「これならいいんだろう?」


 旦那様がカウンターに数枚の硬貨を置いた。

 カウンターに並べられた硬貨を無感情でイリーガルが眺める。


「これで、営業妨害ではなくなるな。客の一人となったわけだ。では店主、次はもっと飲みやすいものをもらえるか? それと、知りたい情報も。それだけの対価は支払おう」

「対価? 金、金、金。結局金で人は動かせると思っている訳か」


 イリーガルは嘲笑うように顔を歪め、カウンターに置かれた硬貨に触れることはしなかった。 




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