20.炭鉱村の現状
「早く戻って来たな、てっきり向こうに泊るのだと思っていたが?」
「色々とあったのです。色々と……」
わたしの言葉で何か思うところがあったのか、くつくつと笑う旦那様の瞳がさも愉快気だったので、わたしは思わずぎろりと睨みつけてしまった。
色々とあったうちの一つはロザリモンド嬢だけど、その世話をわたしにまんまと押し付けたのだからこちらが何を言いたいのか良く分かっている事だろう。
現在の旦那様は、出かけた時よりも随分と楽そうな部屋着になっていて、それがさらにわたしの怒りを誘った。
一人で、随分と有意義な時間を過ごしていた様ですけど? うらやましい限りですねぇ。
表にまで出迎えに出てきたところはちょっと評価しますけど? でも、それだけですけどね!
ソファにどさりと行儀悪く勢いよく座り、その隣にリヒトが飛び乗ってきた。
「仕事の邪魔をするこいつの面倒を見ていたんだから、おあいこだろう?」
ごろごろとわたしに懐いてくるリヒトを一撫でする。
君、いつでも元気一杯なんだねぇ。
疲れを知らないのかな?
でも旦那様、わたしはこっちの子の世話のほうが好きですので、ぜひ明日はロザリモンド嬢の事をよろしくお願いします。
「ところで、どうしてこんなに早く戻ってきたんだ? ロザリモンドだったら誰が何と言おうと泊って来そうなものだが?」
「少しは思うところがあったようですよ、たぶんですけど」
旦那様が一瞬驚いたようにこちらを見た。
「ロザリモンドが? それはずいぶん成長したものだ」
散々な言い方は、分からなくない。
「今日一緒に行動して思ったのは、空気を読まないというよりも、ロザリモンド嬢の中で自分がやられて嫌な事がとても少ないということでしょうか? そういう所が空気が読めないと思う所なのかもしれません」
普通、自分がやられて嫌な事は人にしない。もちろん、積極的にそんな事をする人もいるけど、そんな人は一部の嫌味な人だ。
しかし、人に嫌われる事というのは、主観の問題でもあると思う。
自分だったらこれくらいなんとも思わないような事でも、相手にとっては違ったりする。そして、ロザリモンド嬢の場合、嫌な事という範囲がとても少ないのではないかと旦那様に伝えると、旦那様は少し考えてため息をつく。
「たとえそうだとしても人は経験によって擦り合わせていくものだ」
「苦手な人もいますから、ロザリモンド嬢もそうだとしか言えませんね。でも、そのおかげで色々話は聞けましたけどね」
現在この部屋にはわたしと旦那様の二人きり。
いや――二人と二匹が正解か。
リヒトはお腹出して撫でて撫でてって言って来ているけど、レーツェルは大人しくしている。
ロザリモンド嬢は、晩餐の時間まで休むと部屋に戻っていた。
「こちらも、色々聞けたから擦り合わせといこうか? せっかく君の考えてくれた事業が成功するかどうかはこの話し合いにかかっているからな」
旦那様がわたしに数枚の書類を渡してくる。
どうやら出発前にわたしが渡した草案――にもならない思いつく限り書きだして、とりあえずこんな感じと旦那様に投げ出した食肉事業の件だった。
それをざっと見る。時間がなかったのでほとんど箇条書きに近かったものをきちんとした企画書の形にしてある。
うん、仕事の早い人だなぁ。一体いつの間にやったんだろう……。
「私の方で少し書き直しておいた。領地ごとに色々事情は異なってくるからな。何か気になる事があったら言ってくれ――それで? 実際に行ってみてどうだった?」
旦那様に問われて、書類から顔を上げる。
面白がるような雰囲気から一変して真面目な顔つきに、わたしは書類を置いて口を開いた。
内容はそのままわたしが聞いた事。
それに、そこで出会った人の事だ。
一部は旦那様も報告を受けていたのか、知っているようだったけど、家畜の疫病と借金の話になると深くため息をついた。
「それ、本当だと思うか?」
「いえ……実のところは良く分かりませんが嘘だったのではないかと思っています」
「私もそういう認識だ。いくら無能な父であっても、まわりが黙っていないと思う。特に近隣の村や町なんかは。いくらあの炭鉱村が辺鄙なところにあると言っても、人の流れを完全に絶つことは不可能だからな」
「騒ぎにならなかったのは、どうしてなのでしょうか?」
「色々考えられるが、そもそも公爵家のトップが関わっていたら、どうにでもなるだろうな」
ロックデルが関わっていることは分かっているけど、旦那様は自分の父親も疑っていた。
「しかし話を聞く限りだと、ほとんどの住民は炭鉱夫を好きでやっている――という感じではないんだな」
「稼げるからというか、家族を養うため――そして借金の形に家族を取られないため、そんな感じですね」
「理解はできる。それに認めたくはないが、公爵家の過失もあるから、できるだけ外には知られず穏便に済ませたい」
旦那様の立場ならそうなりますよね。
わたしでも、できるだけ穏便に済ませたいと思う。
ただし、すでに拗れた関係を修復するには相当な苦労を要する。
それに普通だったら予算だって割かなければならないわけだし。そうなると、周りに知られてしまう可能性もある。ただ、これに関してはすでにほとんど解決しているので問題はない。
完全に偶然だけど、お互いの利害が一致したというところだ。
「もし話をするのでしたら、まずは酒場の店主のイリーガルという方にお会いしたほうがいいと思います」
「村の中心人物だな」
「そうですね。かなりみんなから慕われているようですけど」
「気になるな。リーシャの印象から考えるとやっている事は犯罪であると知っている可能性が高いが……、それにもっと違う方法があったようにも思える」
カルナークは彼を信じているのは間違いない。
それに、あの場に集まっていた人たちも。
旦那様の言う通り、村人を騙すような事をしているとは思えない。もちろん、裏の顔というのは持っている可能性もあるけど。
「そういえば、ロザリモンドは何を聞いていた?」
「主に炭鉱について聞いていたようですね。どのくらいの採掘量なのか、誰が管理していたのかとか、それに給金の事も聞いていました」
「いくらだ?」
わたしが聞いた値段を口にすると、再びため息をつく。
「それだけ? 炭鉱事業を行っていた時は、その倍以上は出していた。もし借金が天引きされて支払われていたとしても、少なすぎる。家族を養うにしてもぎりぎりだろう」
「村全体が困窮している、そんな印象は足を踏み入れた瞬間から感じてました」
それにどちらかと言えば村全体の年齢は高めだ。
そのせいで、なんというか若さが足りない。勢いがなく、このまま廃れていくのが感じられた。
「もともと廃村にする予定だったが、あそこで暮らしていくうちにそれぞれが家庭を持ち生まれた子供はあの村が故郷だ。結局廃村になることなく、今も住んでいるのはそういった人たちなんだろう」
「一度外に出て戻ってきている人も少なからずいるようですし」
「大領地になると小さな村の現状にまで目が行き届きにくいというのはある。そのための一帯を取り仕切る人物を選出するのだが、そこが不正を行っていれば領主にまで届くことはほぼない。その不正自体を正さなければな」
で、その不正を行っていた人を首にして新しく据え置いた人だけではどうにもならないから旦那様が出張ってきたわけと。
旦那様から見れば、先々代が色々補償までしたのだからもういいだろうという事でもあったけど、公爵家の汚点が関わっているとなると事情が違う。
「ところで、旦那様はどんな報告を受けていたのですか?」
旦那様がああ、と一つ頷き話してくれた。
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