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17.現場の事実は大体違う

「着いたぞ」


 マードックとカルナークが案内してくれた先、そこは森の奥の開けた場所だった。

 炭鉱入り口はしっかりとした作りで、広さもある。そして、その炭鉱入り口の周辺は森が切り開かれ、小さいながらも小屋も立っていた。

 実は、旦那様の口ぶり的にそこまでの規模ではないと思っていたが、実際は思っていたよりも規模が大きい気がした。考えてみれば一応領主主導で行っていた事業なのだから、当然と言えば当然。

 ただなんというか、旦那様の基準とわたしの基準が違うんだなぁと思ってしまった。

 そして、紙での情報と実際の情報はかなり違うのだと再認識させられる。

 つまり、何が言いたいのかと言うと――。


「これ、一般的にどれくらいの規模?」

「うーん……一応小規模から中規模に入るのではないでしょうか? ほら、炭坑入り口は一つだし……」

「ずいぶん立派な、ね。大人が手を繋いで優に十人は並んで入れそうだけど」

「僕も詳しくはないですけど、大規模でやってるところはもっとすごいらしいですよ。山を削る勢いらしいですし」


 山を削るって、そんな事して大丈夫なのか心配だわ。

 だって、ほら地盤がおかしくなるわけだし、土砂崩れとか落石被害とかすごそう……。もちろんそういう事にならないために専門家を招いたりするんだけど、それでも山を削るって事はそれ相応のリスクも伴うわけで……。


「でも表層に石炭がある場合は不正採掘も止められないから、大々的にやった方が良いのかも知れませんね」


 治安的な意味合いも兼ねてって事ですね。

 それに、むやみやたらと勝手に採掘されれば、それこそ事故の元。それを思うと大々的にやって警備もしっかりしておいた方がいい。


「昔は領主主導だったから、ここまでしっかりした造りになっているんでしょうけど、今は奥がどうなっているのかちょっと怖いですね」


 立派な炭坑入り口とその周辺の開発。入り口そばには、休憩できるようなところもあるし、色々道具も揃っている。

 しかし、それも結構使い古されているような道具ばかりに見えた。手入れがされているとはいっても限度がある。

 少なくとも、今ならばもっと機能的な道具も開発されている。

 奥から採掘したものを運ぶ手押し車もガタがきているようだった。


「古い道具ばかりですね」


 マードックの少し後ろに立っていたロザリモンド嬢が辺りを見回しながら言った。

 カルナークはロザリモンド嬢が嫌いなのか、彼女が何か言うたびに睨んでいるが、マードックは静かに肯定した。


「そうだ。もう十年以上も前のものだ」

「そんなに古い物を使って、効率が悪いですわ」


 ロザリモンド嬢――……。

 はっきりと物をいう所は長所だけど、短所でもある。好ましい時もあれば、好ましくない時もある。

 わたしも古い道具ばかりだって思ったけど、事情があるだろう事だからなかなか指摘しづらい事をはっきりと口にした。


「本当に何も知らないやつだな」

「カーク」


 カルナークが噛みつくように反応した。

 しかし、マードックにたしなめられるように名を呼ばれ、ふいっとそっぽを向く。

 カルナークの苛々とした様子に、わたしは少し距離をとった方が良いかと思った。

 ロザリモンド嬢が余計な事を言わないか気になるけど、マードックは随分と落ち着いた大人のようなので、悪いとは思いつつもお任せする。

 少し歩きながら、カルナークに話しかけた。


「十年前と言いますと、あなたが子供の頃の話でしょうか?」

「そうだよ」


 カルナークが片付けられていた道具に触れる。


「俺もまだ小せーガキの頃の話だからどこまで本当か知らねーけどさ。でも古いのは俺にだって分かるよ。これとか車輪の部分も自分達で直してるんだぜ」


 随分と使い込まれているなとは思っていたけど、十年も前ならば買い替えてもいいはず。それが毎日使っているようなものならば。

 新しいものは確かに高いけど、高いなりに機能は向上しているし、長い目で見れば新しいものに変えるほうがいい。


「なんでもかんでも直して使えって言うのが上の指示なんだよ。仕事道具位自分で買えって事だけどさ、シャベルとか各自で使う者ならともかく、運搬用の道具も自分たち持ちって言うのはおかしいだろ?」

「それは、そうですね……」

「俺たちはここ以外行く場所もないから、嫌でもここに居るしかない」


 立場が弱い者を強い者が搾取する、そんなことがまかり通っているという事だ。

 なんだか、聞いていたのとだいぶ違う気がする。


「イリーガルさんは、ここの領主は他よりましだみたいなこと言ってたけど、俺はそう思えない。だから、外から来て視察だなんだと言ってるやつらは敵にしか思えないんだよ」


 カルナークはわたしたちを睨んできた。

 彼にとってここは故郷だ。そして、その故郷をどうにかしようとするような人間は敵でしかない。

 良くしてくれるのならともかく、そうでない可能性の方が高いのだから、歓迎できないという事だ。

 領主批判の言葉だけど、本当の事を知らなければ悪だと思うのは仕方がない。

 それを否定する材料は今は持っていないし、わたしが言葉で納得させるのは難しかった。


「イリーガルさんと言うのは、酒場の店主の方ですか?」

「そうだよ、あの人頭いいからいつだっていい考えを教えてくれる」


 頭が良さそう――というか切れ者の雰囲気。

 油断ならない目つきは、人の真偽を見抜くような鋭さも持っていた。


「そのイリーガルさんはいつからこの村にいらっしゃるのでしょうか?」

「知らねー。俺が産まれる前の事だし、俺の親父もすげー世話になったっておふくろから聞いてる。俺もガキの頃から世話になってるし」

「ちなみに、カルナークさんは――」

「カルナークでいい、さんとか言われると変な気分になる」

「――ではカルナークと……あなたは産まれた時からこちらの村にいらっしゃるんですか?」

「そうだよ。俺は産まれた時からこの村しか知らねー。でも、ガキの頃は今よりもっと暮らしは良かった。親父だって炭鉱夫なんてしてなくて、暮らして行けたし……」

「炭鉱夫をしていなかったんですか?」


 あれ? 確か炭鉱が廃鉱になった時に村人はみんな他の仕事を紹介されたけど、一部の人が炭鉱の方が稼げるからって騙されて連れてこられたんじゃなかったっけ……? あ、そういう可能性があるって事だったかも?


 しかし、カルナークの言葉では炭鉱夫以前にこの村は廃村にならずに人が暮らしていた模様。


「えっと……すみません。この村の人たちは外から炭鉱夫として来たのではないのですか?」

「ここの連中のほとんどは村で家畜飼って、その肉を売ったりしてたよ。でも動物の疫病が流行ってから一気に借金が増えたんだ」

「えっ……」


 思わずミシェルと顔を合わせる。なんだか本当に様子がおかしい。

 借金とは……、それは――まさか?


「その、失礼ですけどご領主様には訴えたんですか? そういう疫病とかの場合はむしろ積極的に領主が動かなければならないと思うのですけど……」


 それが真実ならばと付く。

 でも、カルナークは嘘を言っている様子はない。当時彼は子供だから真相は分からないかもしれないけど、大人たちの話は嫌でも聞こえてくるだろうし、物心がついていれば色々自分なりに理解することもある。


「親父がおふくろに愚痴ってたの聞いたけど、領主様に訴えても駄目だったみたいだ。少しくらいはなんとかしてくれるって思ってたのに……。結局、何もしてもらえなくて――」


 カルナークの言葉尻が最後は悔し気に小さくなった。

 この村を少し歩いただけでも分かる暮らしぶりは、裕福とは言えない。どちらかと言えば苦しい生活を連想させた。

 それが借金のせいだとは思いもよらなかったけど。

 しかし、その借金だって正当なモノかどうか、分からない。

 ふと、十年前はまだ旦那様のお義父様の時代だったなと思い出す。しかも、ロックデルが関わっているという事は分かっている。

 そう考えると嫌な方向にしか考えがまとまらない。


 この村自体は、隔離されているように他の地区とは離れている。

 それでも、疫病となると話は違う。

 隔離されていると言っても、他の地区でも起こり得ることだし調べて対策をとるのが普通だ。

 それをしないのは、まず領主に話が行っていない可能性ともみ消された可能性。そもそも疫病なんて流行っていなかった可能性が思い浮かぶ。


「その家畜にしかかからないやつが解決できない限りは、ここでは家畜が飼えないだろ。それで肉を卸せなくて商人との契約不履行で……」

「契約違約金が発生したって事ですか……」


 やっぱりおかしい。

 商人が関わっているのに、その疫病の事が広まらないわけがない。

 それに、旦那様だって当時はすでに結構領主としての仕事を代行できる位にはなっていたはず。

 その旦那様からは、そんな事聞いていない。

 隠す必要性もないから、旦那様は本当にこの事実を知らないのだ。




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※【確信犯】という言葉について

誤用であると教えていただきありがとうございます。

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