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14.理解の出来ない人

「勝手に連れ出されてはこちらが困る、相変わらず自分の考えしか押し通す気がないんだな」


 ガチャリと扉が突然開けられて、中に入って来たのは旦那様だった。

 若干、目つきが鋭いのは気のせいではない筈。


「女性のお茶会に突然乱入するなど、マナーがなっていないですわよ。それに盗み聞きですか。これがリンドベルド公爵家の当主とは嘆かわしい限りです」

「お前は得意げに話していると段々声高になっていく事を知らないのか? 外に丸聞こえだったぞ」

「それこそ、聞かないふりをするのが紳士。しかも、ここは執務室から離れていますけど? 今のお時間、執務ではございませんか? 仕事を放り投げだすなど、あってはならない事です」

「お茶の時間というのは何も女性の特権ではない。それに部下や使用人のために上の人間が率先して休むのも気遣いの一つだ」

「ものは言いようです事」

「何も考えていないお前よりもずいぶんとマシだと思っている」

「何も考えていないですって? わたくしは常に貴族として民の事を考え動いております! 何も考えていないのはそちらなのでは?」

「あ、あの!」


 二人の言い合いにわたしが思わず声をかけて遮った。

 揃って二対の目がこちらを向き、二人の目が怖すぎて何を言っていいのか言葉に詰まる。


「え、えっと――な、仲がよろしいんですね?」

「どうやら君の目は少し曇っている様だな」

「ええ、そうなんです」

「……」


 温度差! 温度差が凄いんですけど!?


「恥ずかしがりやなところはお変わりないんですね」


 ふふふっとロザリモンド嬢が笑う。

 旦那様より年下なのに、年上の姉のようないさめ方に旦那様の方が口を引き結んだ。

 何を言っても無駄だと判断した様子。


「でも、ちょうどいいところにおいで下さいました。やはりご夫君であるクロード様の許可がないと彼女を連れ出すのは申し訳ないかとも思っておりましたの」


 申し訳ないどころか、すごく必要です!


「お話は盗み聞きしていたようなので、もちろん許可してくださいますよね?」


 むしろ許可が下りないとは考えていないようだった。

 民の生活を知ると言うのは大事な事だとは思うけど、私的にはそれは今じゃないとも思っている。

 少なくとも、今はもっと他の事をしたい。

 この領地に重要な家臣との面談とか、この城の家政の事とか……それにせっかく領地に来ているのだから、詳しい歴史家絶対いるだろうから、そっちの方が知りたい。


「さっきも言ったが許可できない。それに明日には北の炭鉱跡に向かう予定だ、今から市井の体験はとてもじゃないが時間が足りないだろう」

「あら! それならむしろ良いタイミングです。わたくしたちが向かう先も北の炭鉱村なんですから」


 わたしたち? 

 いや、すでにわたしも仲間入りですか……。


「ロザリモンド、余計なことはするな。そもそも、そんなに自分の知識を世のために使いたいなら、王宮文官の試験でも受けて文官にでもなれ。以前から言っているだろう」

「あら、あそこは実力主義ではありませんもの。女というだけで見下されて、意見など聞いてもらえませんわ」


 旦那様がそこでため息。


「公務で行くのなら、ぜひともわたくしも一緒に行かせてください。そしてクロード様に現実を分からせて差し上げます」


 わぉ、自信満々!

 でも旦那様なら論破しそうなものだけど……。


 ちらりと見ると頭を指でとんとん叩く旦那様。

 ああ、やられてる。なんかすごく疲れてる。


「ロザリモンド、お前に何を言っても無駄な事を忘れていた」

「心外ですわ。わたくしはきちんと人の意見を聞いております」


 旦那様がロザリモンド嬢に向かって睨むように見ながら手を振る。

 出て行けという合図だ。

 一応主催者なのはわたしなんだけど、と思いながらも旦那様を止めることは出来なかった。

 できれば、わたしも旦那様と少し話をしたかったので。


 ロザリモンド嬢は旦那様のその態度に気分を害した様子を見せず、わたしに向き直った。


「この城の主に命じられたらわたくしは従うしかありませんわ。では失礼します、リーシャ様。ぜひ明日はご一緒しましょう」


 昨日とは打って変わって、満足そうにロザリモンド嬢は綺麗に頭を下げて退室していった。

 そのロザリモンド嬢が座っていたところに代わって旦那様が座る。


「……ロザリモンドは子供の頃からあんな感じだ」


 唐突に旦那様が話し出す。


「周りの意見を聞いていると言ったが、実際は都合のいい事しか鵜呑みにしない。確かに勉強はできるんだが、思い込みが激しくそれによって祖父にも知見を広めろと言われていたが……」


 やっぱりそういう理由かぁ。

 目をかけられていたみたいなこと言っていたけど、実際はもっと人の話を聞いて学ぶようにって事を言われていた訳ね。

 そして、それを旦那様の嫁候補として期待していると思ったわけか。


「ちょっと思ったのですが、彼女だったら二人の事を追い出せそうだし、行動力もありそうだから公爵夫人もまあまあ務まりそうですが……」

「まあ、さっきの演説を聞いて分かったと思うが、弱者を守る事こそが正しいと思っているような性格。領主貴族としてあながち間違いではないから否定しづらい。それに世間に認められるのが彼女の根本的夢なんだ」

「認められる――ですか?」

「自分の能力に疑いさえ抱いていない。周囲にはロザリモンドと張り合えるような同年代の人間が私以外にいなかったのも問題だったが、そのせいで周りは全員無能と思っている様だ。特に、自分以外の女は格下だと思っている節がある。自分の言っていることが一番正しいのだと信じて疑っていない」

「つまり?」

「きっかけは知らないが、昔からいつか自分は名を残すのだと言っていたな。まあ、そのための努力はそれなりにしていたが、そのせいでますます人の話を聞かなくなった」


 どこにでもいるだろう話を聞かない奴は、と諦め顔の旦那様はすでにロザリモンド嬢の事を考えることを放棄している。

 到底ロザリモンド嬢の考えは理解できないらしい。

 というか、旦那様も大概だけど彼女も相当だと知った。しかも、面倒臭い感じが割り増しだ。

 これなら彼女の言う所の身の程知らず(エリーゼ)我儘女(皇女殿下)の方がよっぽど楽な気がした。

 権力者が下の言葉を聞かないのは往々にしてあるけど、そのひどくした存在がロザリモンド嬢らしい。

 今のところ下手な権力がないからまだ安全と旦那様が言う。

 むしろ下手に権力持たせたら駄目な気がした。

 そして、なぜこんなにリンドベルド公爵領に固執しているのかも良く分かった。

 この領地以上に名を広められるところはないからだ。ここで彼女の理想が現実になった場合、どこよりもその名を轟かせることが出来る。


「わたしを下に見ているのは、あれわざとなんでしょうか?」

「基本的に自分以外の女は取るにたらないと思っているからな――わざとというか、無意識というか……ただし、自分の話を聞き肯定してくれる存在は同格としてみなすようだ」


 なるほど。あの時目を細めていたのはロザリモンド嬢の言葉を信じるなら、とりあえず及第点と思われていたと。そして使用人として話し相手にしようとした時不満げに見えたのは、自分をそんな扱いにする事への苛立ち。しかし、わたしが向こうを持ち上げる発言をしたので、同時に見る目があると思われていたようだ。

 わたしが自分自身を卑下するように言ったのも関係しているのかも知れない。

 

「公爵夫人の座は手段であって目的でないという事や自分を認めさせるためにより高い地位が必要と思っているような相手を妻にしたくない。しかも、彼女が信じる理想論は、現実にやろうとすれば相当難しい」


 やっぱり旦那様もそう思いますよね……。

 旦那様だって貧困層をなんとかしたいとは思っているだろうけど、難しい問題なのもまた事実。

 だから収入が増える安全な事業を企画中なわけで。

 ロザリモンド嬢はその辺のことは何も知らないけど、安易にお金になる炭鉱事業を推進させるのはちょっとと思ってしまう。


「平等とは素晴らしい言葉だが、そうなれば自分が受けてきた特権階級の権利もなくなるが、どう思っているんだろうな? 自分はその権利を甘受しているのに、本気で市井の民と同じように暮らしていけるとでも思っているのか?」


 皮肉気に笑い、旦那様が背もたれに背を預けた。

 

「嫌っていますね……」

「嫌う? 心底呆れているだけだ。いいか、自分に耳当たりの良い事しか聞かない相手には何を言っても無駄だ。こっちが理路整然と説明してもそれを破綻させて来るんだからな。最後は、話が平行線で終わりだ。聞く価値もない。絶対にこっちの言い分を認めようとはしないのだからな」

「すみません、さっきやり込められましたが……」

「聞いていた。実際に現地に行ったこともないのに――というやつだろう? 正論ではあるが、ロザリモンドの事を知っていると、どうせ紹介された人としか話した事ないんだろうと言いたくなる」


 知見を広めるどころか狭めていませんか、それ?

 あ、そういえば――……。


「話は変わりますが、炭鉱関係者がロザリモンド嬢のお父様に相談しに行ったそうですよ」

「正確には、ロザリモンド嬢の兄君だな。その時知ったのだが、どうやら炭鉱で掘られた石炭は南に流れていたようだ。

 彼らは不法な採掘で掘り出されたものを購入していたと知って、すぐに私のところにやってきた。購入先を決めているのは、部下だったようだが、どうやら北部の人間は領主が当然知っていると思っていたようだ。採掘量が減るのは困るだろうと言われたそうだ」


 それをロザリモンド嬢が聞いたという訳か。

 しかし、理由を知って蒼褪めたのはロザリモンド嬢の兄君だったようだ。

 公爵領からの不法採掘されたものを買い取っていたのだから。


「部下が横領していることも知り、向こうは向こうで大変な事態になっていたな。原因がこちらにもあるから、流石に罪には問えん」


 旦那様が肩をすくめてそう言った。

 すでに終わっている事ならこれ以上聞くことはない。


「ところで、明日はご一緒するんですか?」

「むしろ、いい機会なのかもしれないと少し思った。市井の暮らしを知れば、多少馬鹿な発言は無くなるんじゃないかとな――まあ、労働の対価は支払おう」

 

 どうしてこっちを見るんでしょうか、旦那様。

 もう、話をうんうん聞いて肯定だけするお人形さんになってもいいですか?



 


【5.その顔は毒】をちょっと書き直しました。


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