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13.理想と現実

本日二話目

「いいですか? あなたは公爵夫人なのですから、リンドベルド公爵領の守るべき民の事をしっかり知らねばなりません。そこの所理解していますか? あなたはまだまだこのリンドベルド公爵領の事を知りません。つまり実際に民がどのような生活をしているのか知らねばなりません」


 言っていることは一理あっても、ちょっと前のめりになって、自分の言い分が絶対的に正しいと思って語っているロザリモンド嬢の勢いに待ったをかけた。


「あの……、ちょっとよろしいでしょうか?」

「なんですの? ここからが良い所でしたのに」

「いえ、あの……ロザリモンド様は結局わたくしに何が言いたいのでしょうか? リンドベルド公爵領の貧困層の事を知ってほしいという事でしょうか?」


 ロザリモンド嬢は目をぱちぱちさせて、唇に弧を描いた。


「なかなか察しの良い方ですね。家の歴史を知り、女主人として当主に尽くす事こそ妻として正しい姿と思っている古い人間が多くいます。しかし、今は女性でも世間に進出しだしている時。ただ唯々諾々と従う人形は必要ありません。特にこの広大なリンドベルド公爵領では、妻として采配を振るうには領主並の知見が必要になります」


 うん、旦那様もお人形はほしいとは思っていなかったようですよ。


「つまり、歴史のお勉強よりも民に近づき、民の事を学ぶことが一番必要な事だと思っております。しかし、わたくしの考えはクロード様には軽くあしらわれてしまいました。どれほど訴えてもわたくしの言葉は他領の人間の言葉としてしか受け止めてもらえませんでした。しかしそれですませてはいけません。困窮している彼らもこの領の領民なのですからね」


 なんだろう、正論っぽいけど個人的には歴史って大事だと思うんだよね。どういう道を歩み、どういう決断をしてきたか、それを理解してこそこの領地や民の事を知る手掛かりになるし、今後どうするかはその発展系だと思ってる。

 基礎を疎かにしてはいけないよね。


「ですから、わたくしがあなたに知恵を授けたいと思います。そして賢く当主であるクロード様を止める事こそ、あなたの重要な役割の一つです」


 完全にいい人――……ではないかもしれないけど、少なくとも悪意の塊という人でもないという事は分かる。

 ちょっとずれてはいるけど、領民の事を思っての発言というのは伝わってきた。

 ただ、なぜそこまでリンドベルド公爵領の事を気にかけているのかと不思議に思う。

 彼女は領主貴族の娘で、一番に気にかけるのは自分の出身領地だ。結婚、もしくは婚約していたのなら分かるけど、今の現段階ではそこまで深く心を痛めている必要性はない気がした。


「あの、少しお聞きしたいことがあるのですが……ロザリモンド様は旦那様の事がお好きだったのでしょうか?」


 本気で旦那様が好きだから、少しでも役に立ちたいと言う強い気持ちがそうさせているのか。それとも、いずれ結婚して外に出るのだから、自領の事よりも生涯にわたって長く暮らすであろう婚家の方が重要と思っているのか。

 親族というだけでは、ちょっと説明がつかないロザリモンド嬢の行動に疑問がわいた。


「好きか嫌いかと問われれば、当然好きとなりますが、そこに恋愛感情があるかどうかと問われれば、ないとしか言いようがないですね」

「はい?」

「身分もお金もお持ちで、容姿だって素晴らしいと思いますけれど、性格がひねくれているではありませんか。わたくしの――いえ、人の話も聞かない方ですし」


 ふんっと鼻で笑うロザリモンド嬢。


 報告も連絡も相談もない、という意味なら大いに同意しますよ、ロザリモンド嬢。

 ただ、人の話を聞かないというのは違う気がする。少なくとも、わたしの話はそれなりに真面目に聞いてくれるし、駄目なら駄目、いいならいい。改善すべきところはここだと的確に指示をくれる。


「それでも、わたくし以上に公爵夫人としてふさわしい者はいないと思っておりました。クロード様の身分やお金や容姿だけしか見ていない頭の軽い貴族令嬢にこの地の女主人が務まるとでもお思いですか?」


 えーと?


「わたくし、これでも子供の頃から才女として名をはせております。昔から、わたくしの知能は国の発展のために使われるべきだと思っておりました。しかし、結婚相手として皇族の皇子はあの我儘女を肯定ばかりしている能無し。唯一まともなのは皇太子殿下ですが、わたくしが生まれた頃にはすでに婚約者は決まっておりました」


 うん、ミシェル。

 あなたの顔見てるとわたしの耳がおかしいわけじゃなかったみたいだわ。

 えっと、すっごい自信過剰ですよね? 彼女。


「ですから次に必要とされるべきなのは、この国の守護者である公爵家だと思いました。むしろ皇族に嫁ぐよりも民を守る役割を担うにはこれほど素晴らしい地位はないと思いなおしましたわ。わたくしの考えた政策はきっとこの領地、ひいては国のためになると考えております」


 ……あれ、これってもしかして――……。


「クロード様は、わたくしが余計なことをあなたに言うのではないかと思っているようでしたが、違います。弱き者を助ける事こそ上に立つ者の務め。あなたは、わたくしや後ろにいた令嬢にもひるまなかったのですから、それなりに覚悟を持ってクロード様と結婚したのだと理解しました。ですので、足りないところはわたくしが年長者として教え導くのもこのリンドベルド公爵家の親族としての務めだと思っています」


 あの登場は試されていたのかと理解した。


 そしてロザリモンド嬢のありがたいようなありがたくないようなお言葉。

 なんとなく、ロザリモンド嬢の言っていることは正しくても、それを実際に行うには無理がある。

 全員が平等――とはいわなくてもそれなりに豊かである事。

 それが理想なのは分かっていても、とてもじゃないがそれは現実的ではない。

 どれだけ素晴らしい政策だったとしても、どこかで割を食う人はいるし、そういう人に限って権力やお金をもっている人がほとんどだ。

 少なくとも、きちんと根回ししなければ。


「他国には我が国にないような、面白い政策がたくさんあります。革新的なものもありましたし、柔軟に新しい知識を得ていかねばなりません。わたくしよりも若いのだから、しっかり新しい事を学んでください」


 きっぱりと言い切る彼女に、どうしたものかと考える。

 断るべきか、一応聞いておくべきか。

 一応、聞くのが流儀かな……


「その、例えば?」

「他国には国民の生活を知るために、皇族や貴族が市井で一定年齢まで暮らすと言う政策があります。それにより、民の事を詳しく知り、何を今必要としているのか、今後どういう事が必要か、何に苦労しているのか、どういう所に苦労するのかを学ぶのです」


 あ、それ聞いたことありますよ。ラグナートから。

 でもその続きを聞いて、がっかりしたけど。


「えっと、その政策の裏事情的な事はご存じですか?」

「裏事情? ええ、もちろんです。多少の優遇措置はあるという事でしょう?」


 多少の優遇措置とは、貴族の令息令嬢を受け入れるのだから、将来優遇してくださいねという事だ。

 受け入れると言うのはそれだけ信用も余裕もあるという事だし、コネに繋がるのはしょうがない。

 ただし、本当はちょっと違う。

 いわゆる、癒着につながるのだ。

 その政策を導入している国では、ガッチガチに貴族と商人の間で癒着しているし、なんなら、実際に市井で暮らしていなくてもそう見せかけていたりする。

 代わりに、甘い汁を啜っているのが癒着している商人や上流層の人間たち。

 導入当時はまだ国ができてすぐだと聞いた。

 その当時は、ロザリモンド嬢の言った通りの事がきちんとできていたので、市井でも支持を受けていた政策だけど、今では一部でその政策への反発も起きていると聞いている。

 どうやらロザリモンド嬢はその本当の裏事情は知らないようだった。


「えっと、その政策すでに破綻しているんですよ? 貴族と受け入れている側で癒着が発生して、新規で何かをしようとしてもつぶされると言いますか……」

「まあ、でもそれは単純に力不足だけでしょう? 自分の力不足を癒着しているからと結び付けるのはおかしいと思います」

「いえ、実際民の間でもあまり歓迎されていなかったはずです」

「そのような事はありません。わたくしはその国に留学して、きちんと調査したのですから。あなたはその国に行ったこともないのに、人の話だけ信じるのですか?」


 それを言われるとその通り。

 噂でひどい目に遭ってきたわたしは押し黙るしかできない。

 だけど……その調査ってきっと都合がいい人間だけを紹介されたんだろうなぁって思うのは私だけ?

 おそらく、同じことを旦那様にも言ったんだと思う。それで相手にされなかったと。

 そう考えると、旦那様もわたしと同じ事を考えていそうだ。

 ふと、先々代の公爵様が旦那様を子供の頃に領地の子供たちと遊ばせていたのは、この政策に近いのではないかと思った。

 守るべき民を知る事に繋がるし、領地の暮らしを知る事にもなる。


「もし、あなたのいう事が真実だったとしても、少なくとも困窮している民の生活を知り、どういう苦労があるのか学び、そこからどうすれば困窮層が消えるのか考え、彼らの生産活動を活発にできれば、きっと領地は発展するという考えは正しいと思っております。収入が増えれば、それだけ困っている人への支援だってできますからね」


 ロザリモンド嬢の言う事は正論でもある。もちろん、正論が常に正義であるという事ではない。 

 それに、理想を現実にするのは難しいけど、理想に近づけるために努力するというのは間違いではないと思っている。

 ロザリモンド嬢は、大人しく聞いているわたしに少し得意げになりながら続けた。


「そのためにはわたくしたちも民に混ざって生活をしてみるべきだという事です。という訳ですので、行きますよ」


 さっと立ち上がってわたしを見下ろす。

 

 え、どこに?

 わたしはロザリモンド嬢の言葉に一瞬反応が遅れた。


「準備は整えております。ですので、あなたはその身一つでついてきてください。リンドベルド公爵領の民がどのように暮らしているのか、体験しましょう」


 うん、待って。

 なんだか色々おかしいよ、ロザリモンド嬢。

 急展開すぎるよ?

 他国の政策に感銘を受けるのはいいけど、ちょっと待ってください!

 わたしもミシェルも突然の提案についていけずに、固まっていますので!


「わたくしも初めての試みですが、三人もいればきっと良い知恵が浮かぶことでしょう」


 は、初めての試み?

 しかも、三人って……もしかして後ろに立ってるミシェルも入ってる?


「民の生活はどういうものか、いい経験になります。リンドベルド公爵領を知るにはきっと一番いい事です。民に受け入れてもらってこそ、女主人として認められるのですから」


 いや、

 これ、単純に自分が興味あっただけでは?

 そう言いたくても、ロザリモンド嬢の勢いが凄すぎて開いた口が塞がらない。


 というか、旦那様が天敵と言った意味が分かった気がした。

 こちらに口を挟ませない勢いと圧。

 むしろ、この女性の話を聞かないで流せる旦那様が凄いかもしれないと、変なところで感心した。




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