6.結婚の真意と本心
出るわ出るわ、罵詈雑言。
この程度の茶で持て成しているとは、面白い冗談だやら、貧乏舌でうらやましいやら、察しが悪すぎるやら、あの程度で美人だと誇っている自惚れているやら他多数。
少し言いたい。
確かにその通りだけど、一応あなたは伯爵家のご令嬢――というかわたしに求婚しに来たのですよね? と。
まさか、わたしの前でそこまで家族批判するのはどうかと思いますけど、と。
まあ、リンドベルド公爵様が言っていることは間違ってはいないし、家族のわたしが一番分かっているけど。
色々吐き出して少しは満足したのか、リンドベルド公爵様は落ち着かせるように彼にとっては安物のお茶を口に含み喉を潤す。
「さて、そろそろ本題に入ろう。君はあの家族の中で唯一話が通じそうだからな」
「ぜひ、お願いします」
愚痴に付き合うだけで終わりでなくてよかったよかった。
「はっきり言うが、私は別に結婚したくてするわけじゃない。結婚していない方が不利になると判断して結婚するだけだ」
はっきり言いますね。
でもこれくらいはっきり言われた方が逆に安心する。
それに、わたしも多少なりともリンドベルド公爵様の結婚事情については噂程度で聞いていた。
「周りがついにうるさくなりましたか?」
わたしの口ぶりに、片眉を上げてふんっと鼻で笑う。
「うるさいどころの話じゃないな。鬱陶しい。最近では仕事にまで支障をきたしてきている。それに、このままでは最も望まない結果になりそうだからな」
よく分からないけど、結婚したくない相手との縁談がまとまる可能性があると。
むしろ、その縁談相手は一人しか考えられない。
深くは聞かないけど。
「厄介な相手を退けるには、それなりの理由が必要だ」
「あー……つまり、それが結婚と?」
「少なくとも、その相手が向こうよりも何かに優れていないと納得させることは不可能だ。だから、君だ」
「理解いたしました」
「理解が早くて助かるな」
厄介なお相手がどこの誰かはあえて聞かないけど、わたしにはたとえ皇族でさえも納得させられるものがある。
さっきからリンドベルド公爵様が言っている、古い一族の血筋。
皇室以前から続くその血筋の記録が残っているあたり、我が一族はそれだけで歴史的価値がある一族だ。
一族の誇りなのかは知らないけど、そのせいか血族婚が今でも行われている。
結果的に、わたしの母はなかなか子供に恵まれなかったという事実があるのだけど。
つまり、リンドベルド公爵様が言いたいのは、誰からも文句の言われない理由になり得る存在という事だ。
「君が伯爵家の後継者から外されたと公表されて、頭が悪い一族だなとは思ったが、そのおかげでこうして私に運が巡ってきた」
その頭が悪い一族と姻戚関係になる事に関しては、なんとも思っていないのかなと口元が引きつる。
「で、君の返事を聞きたい。出来れば今すぐに。悪いが、私は忙しいし、何度もここに足を運ぶほど暇じゃない。ちなみに、君に仕事場に来られても迷惑だ」
上から下まで見られて、その意図を正確に知る。
失礼極まりない理由だけど、その自覚があるので何も言わない。
そして、少し考える。
このままここに居れば、便利な使用人のような扱いで一生を終える可能性は高い。
もしくは、それこそ望まない結婚をするハメになる。
お金で売られていく自分が目に浮かぶのは、この先の未来がないと分かっているからだ。
それを考えると、それほど悪い事じゃない気がした。
結婚することによる、付属の面倒事は起こりそうだけど。
「ちなみに、わたしに公爵夫人としての役割は求めているのでしょうか?」
「特別求めてない。公爵家の事は、執事と侍女長で回っている。私はそもそも社交が面倒だから参加することが少ないしな。子供の事を言っているのなら、別に産まなくてもいい」
「そうですか……それじゃあわたしは何をしていればいいですか?」
「特別何もしなくていい。好きにしろ。一応公爵夫人には年間社交費と言うものが割り当てられるから、その範囲でなら好きなように金も使っていい」
なんだか、わたしにとってはかなり都合がいい条件な気がした。
何か裏がありそうな……そんな気配だ。
疑り深くわたしがリンドベルド公爵様を見ていると、そうだ、と思い出したかのように言った。
「君には何かあるか? もし結婚するのならこれだけは叶えてほしい希望のようなものは」
「できれば、ではなく絶対に叶えてほしい事が一つあります」
「なんだ?」
「三食昼寝付きの最低限な生活です」
わたしが考えもせず言った姿を見て、リンドベルド公爵様はなるほど、と意味ありげにわたしに返した。
「その心は?」
「堕落生活を満喫したいんです」
「面白い意見だな」
きっぱりはっきりそう言った。
その率直な物言いが、リンドベルド公爵様に酷く気に入られたようだ。
「堕落生活を望みながら、特別金品を要求しないところがまたいい。それぐらいなら、普通に叶えられるだろう」
むしろ、貴族令嬢にとってみたら当たり前の生活が、ここ近年できていなかった。
当たり前だと思っていても、それは実際には難しかった。
「それで、君の答えは?」
最終決定はわたしにある。
しかし、わたしの心はもう決まっていた。
「結婚します」
夢に見た堕落生活のために。
わたしは、リンドベルド公爵様と向き合って初めて彼に微笑んだ。
すると、リンドベルド公爵様は一瞬はっとしたように目を見開きわたしを見て、あからさまに視線を逸らした。
失礼な男だなと、改めてそう思ったけど、わたし程度が微笑んだところで不気味がられただけかと、すぐにその笑みは引っ込めた。
お時間ありましたら、ブックマークと広告下の☆☆☆☆☆で応援よろしくお願いします。