1.騒動の予感はいりません
ついに来てしまった、この日が。
ずーんと落ち込んでいると、隣にいたレーツェルが手を舐めてきた。
いつも思うけど賢くて優しい子だ。
わたしが見つけて買ってきたリヒトは、相変わらず楽しそうにレーツェルの尻尾にじゃれついているけど。
レーツェル、後でいっぱい毛づくろいしてあげるからね!
「準備は出来ているか?」
「はい」
旦那様が旅装束姿で現れた――とは言っても、普段着よりももっと動きやすい服ってだけで、それなりの服だけど。
わたしも同様で、室内ドレスよりも簡素で楽な服装だ。
「では出発しよう」
その号令に、皇都邸から馬車がぞろぞろと出発する。
馬車の中からこっそり外を眺めると、道行く人が立ち止まってこの一行を眺めていた。
それはそうだよね。
皇族とまではいかないけど、皇族の御親族であらせられるリンドベルド公爵家ご一行様が通ってるんだからさ。
馬車が何台も連なっていたら、見るよね。
興味津々だよね。
かく言うわたしも絶対見るよ。
今回はそのご一行様の一員――むしろ主要メンバーの一人だけど!
さて、この一行はどこへ行くのかと、きっと噂になっているに違いない。
数日前から準備しているから、どこに向かっているのかはきっと知っている。
そう、その目的地とはリンドベルド公爵家の本拠地ともいえる領地。
普通は婚約式も結婚式も当主の領地で行うのが普通。
しかし、わたしと旦那様の始まりはとてもじゃないけど普通じゃなかった。
結果、なんだかんだと今まで行く機会もなく、ずるずる先延ばしにしていたのだけど、今回、ある事情のために領地まで行く事になった。
「旦那様も、とても懐かれましたね」
「これを懐かれていると言うのなら、全ての獣に懐かれてるな」
微笑ましく言うと、苦々しく答えが返ってきた。
さて、領地に行くことになった要因さん、そろそろ旦那様に懐くのはおやめなさいな。
わたしは旦那様の足元で転げまわって足で遊んでいるリヒトを抱き上げた。
当然のことながら、領地に向かうまでの間馬車は旦那様と同じ。
誰か一緒にと思っていたけど、当主夫妻の乗り物に、他の人が乗ってくるはずもなく、結局二人きりのところにリヒトを引き入れた。
だって二人きりとか辛いんですよ、いろんな意味で!
リヒトは遊び盛りなのか、もっと遊びたいようで抱き上げると暴れそうだったけど、わたしが大人しくするように言うと、わたしの膝の上に頭を乗せて椅子の上で伏せた。
頭をわたしの膝の上においている姿を見ると、どっちが主だか分からなくなる。
ちらりと同乗者の旦那様を見ると、こんな時でもお仕事だ。
「こんな時までお仕事とは大変ですね」
目の前に座って書類を読んでいる旦那様を同情した目で見ていると、ふんっと鼻で笑いながらすっと差し出された。
「行く前に読んでおいた方がいいぞ? 最新の情報を集めてくれたものをラグナートがさっき渡してくれた」
「えっ……」
早く受け取れと促され、しぶしぶ受け取る。
ラグナート、総括執事だからと言って、今はまだ家臣連中に信用ないでしょ! なのにどうして他家の情報をそんなに集められるの!?
旦那様だっておかしいと思っていますよね!?
もう色々おかしい二人に突っ込むだけ無駄だと途中であきらめて、わたしは仕方なく書類を受け取る。
分厚いですねぇ!
これ領地に着くまでに読めるか謎ですけど?
リンドベルド公爵家の領地は皇都からしたらそんなに距離は無いので朝に出れば昼過ぎには到着する、そんな距離だ。
ただ、その広さは小国並。
東部の国境のほとんどに接しているリンドベルド公爵家は、東部地方の守備も任されている一族だ。
そもそもこの国自体が、西と北は海に面し、大陸続きなのが東の大部分というお国。
つまり、最も重要な拠点ともいえるのが東の領地で、そこをリンドベルド公爵家が守っている。
北から南にかけて東の国境を守る存在。
その領軍も相当な手練れが多いらしい。
そして、それを率いる旦那様は当然子供の頃から軍のトップとしても学んできているし、いざというときのために戦う術も学んできている。
歴代でも強さは桁外れだとみんな言っているので、おそらく真実。
平気で人一人抱えて飛び下りる位には身体能力が高い事は分かっていますよ。
そんな領地の次席決定権を持つのが公爵夫人。
旦那様が独身時代の時は、総括執事が持っていた権限だ。
まあ、ロックデルがお気に召さなかった旦那様からしたら、何がなんでも優秀なお嫁さんを娶りたいよねぇ。
わたしの能力を認めてもらえたことはうれしいけど、まさか、それ以上の感情もあったなんて気づかなかったわ……。
でも……そういえば一体いつからなんだろう。
その辺聞いたことなかった。
だって聞きづらいし。
じーっと書類の影から見ていると、さすがにバレた。
さすが訓練されているお方。視線には敏感だ。
「なんだ?」
「いえ、あの、この鉱山についてですけど」
「ああ、それか……炭坑だな。もともと産出量がよくないし、利益に見合わない。そのため、祖父の代に廃坑になったんだが……」
「最近になって炭坑夫が騒ぎ出しているようなんですけど?」
旦那様が馬車の窓枠に肘をおいて頬杖をついた。
「補償はそれなりにやったんだが、その日暮らしの人間には不十分だったらしい。斡旋した仕事にも定着できずに金をすり減らしていく事になった。それが今になって表沙汰になった、というよりも、廃坑になった炭坑で細々と採掘していたらしい。それを管理していたのがロックデルだ」
うわぁ……
すっごい嫌な予感!
「楽しい楽しい、騒動の予感だな。リーシャ」
口の端を上げて微笑む旦那様に、わたしは反対に口元を引きつらせた。
ただでさえ、領地で向き合う敵は多そうなので、そっちはぜひとも旦那様が解決してください!
わたしを巻き込むのは厳禁です!
「すごい顔しているが、一応今相談しようと思っていた。どうするかを」
もの凄く胡散臭いですよ、旦那様。
というか、ロックデルが関わっている時点で、絶対知っていそうなんですけど、どうして今まで放置していたのかそこ気になるんですけど?
「ラグナートに相談しても良かったんだが、ラグナートからリーシャと相談することを勧められた。個人的にはさっさと炭坑を潰して、これ以上の面倒はみられないと最終通告するつもりだ」
ですよねぇ。
先々代の公爵様が補償をしてくれて、それを無下にした形になるんだし。
というか、ロックデルはそこで何をしたかったんだろう?
やっぱり、お金という旨味か。
旦那様もそれを考えていそうだった。
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