閑話3.秘書官の嘆き
最近のクロード様はリーシャ様の関心を買おうとがんばっている。いや、本当は信用を得ようとしているんだろうけど。
ちなみに、どう頑張っているかというと、食に対して貪欲なリーシャ様のために、さりげなくリーシャ様の好物を把握してそれを食事で出す頻度を上げたり、お茶の時のお菓子のグレードを上げたりしているけど、たぶんリーシャ様は気づいていない。
時にはお茶の時間に交ざったりして――仕事しろ! って思うけど、まあ夫婦の時間を持つのはいい事だ。
夫婦円満の家庭は、家の中も空気も雰囲気もいいしね。
少なくとも、前に比べて格段に良くなったのは間違いない。
仕事に追われて、ちょっと沸点が低い旦那様の嫌がらせに付き合う頻度が減って結構なことだ。
ただし、無くならないあたりが、旦那様の旦那様であるが所以かも知れない。
つまり、人をイジメるのが大好きだって事。
絶対、好きだ。
断言できる!
世間ではサディストに分類されると思っている!
きゃーきゃー言われる顔してますけど、仕事中の鬼畜っぷりを見てほしい。いや、ここは割と本気で。
そんなクロード様だけど、最近はますます政務に励んでおります。
というのも、最近のリーシャ様はあまりクロード様に構ってくれない様子。
今までなら、嫌そうにしながらもなんだかんだで相手をしていたのに、今やクロード様の存在が薄い……気がする。
まあ、分からなくはないけど。
現在のリーシャ様はある動物に夢中だ。
一応クロード様が許可を出しはしてんだけど……いやあまさか、あんなにべったりだとは思わないでしょ?
とりあえず、他が目に入らないくらいには、溺愛? してる。
確かに可愛いとは思う。
少なくとも小さい方は。
大きい方は……可愛くはあるけど、ちょっと怖い。
なにせ、伏せているだけなのに威圧感がある。そして、その大きい子は、なぜかここに居る。
「あれ? なんか部屋の中寒くない?」
ノックをしながら同時に扉を開けたのは、ミシェル君。
一応リーシャ様の騎士として常に行動を共にするようになっているんだけど、リーシャ様が邸宅内にいるときは、その限りでもないらしい。
時々、こうしてクロード様に報告のような世間話をしに来る。
「何の用だ」
「クロード様機嫌悪そうだね?」
僕の方に近寄ってボソッと聞いてくる。
よくぞ聞いてくれました! 機嫌は悪いですよ!
「そこの子のせいですよ」
僕もこそっとミシェル君に伝える。
そこの子と言うのは、リーシャ様が夢中になっている毛皮を持つ大型獣の事だ。
僕は全く知らなかったんだけど、ヴァンクーリという獣で、隣国に生息している獣らしい。
その毛がすっごい高級品でクロード様の持っているコートなんて金貨五百枚するとか。それを聞いた瞬間、リーシャ様と絶句したのはつい最近の事。
そんな、ヴァンクーリだけど、現在色々な事情で――というか、どういう経緯か良く分からないけど、このリンドベルド公爵家の皇都邸に子供のヴァンクーリと成獣のヴァンクーリがいる。
そして、これまた謎なのだけど、リーシャ様の言葉には絶対服従みたいに、言う事を聞くのだ。
小さい子はまだ良く分かっていないのか、噛んじゃ駄目、吠えちゃ駄目、唸っちゃ駄目ぐらいしか聞かないみたいだけど、成獣の方は違う。
こうして、ああしてと言ったらその通りに動くのだ。
で、今その実験中ともいう。
クロード様が仕事を放棄して執務室から出ようとしたら、止めるようにと。
完全に監視犬のようだ。
「ああ、なるほどね?」
ミシェル君はそれだけで納得。
空気を読まない男は察しはいい。
「一体、何しに来た? 遊びに来たのなら、出ていけ」
「まさか! 機嫌の悪いクロード様に会いに来るなんて、遊びでなんてできませんよ」
嘘でしょ。
ミシェル君、絶対揶揄うくらい余裕でしょ!?
クロード様に機嫌が悪いって言えるんだから!
「レーツェルは、いかがですか? 見た感じ、ちゃんという事聞いてるみたいですけど。本当にリーシャ様のいう事は聞くんですねぇ」
レーツェルとはリーシャ様が名付けた、成獣のヴァンクーリの事。
飼うとは決まっていないのに、すでに飼う気満々のリーシャ様。実際は帰る気配が全く見えない場合、飼うのだけど、そのために領地にまで行かれるとの事。
名前がないと不便って事でつけたらしいけど、すでにその名前で定着しているのか、レーツェル自身もそれが自分の事だと理解している様だ。ちなみに子狼のような小さなヴァンクーリはリヒトという名前だ。
「いい加減にするようにリーシャに言ってくれないか? 私で試すなと」
「でも、もしも何かあっても対処できるのクロード様だけですし。騎士を犠牲にするのはちょっとまずいでしょ?」
いやいや、ご当主様を実験台に使う方が不味いでしょ!
「この部屋で何かあった場合、真っ先に犠牲になりそうな男はそこにいるな」
「ちょっと! 僕は無理ですよ!」
「あれ? ディエゴさんも一応実技学んでいませんでしたっけ?」
「そこは最低評価だな、惚れ惚れするぐらいの低評価っぷりだった」
そこ! 僕の成績暴露しないでください!
いいんですよ、頭で勝負しているんですから!!
「とにかく、私が立ち上がるたびに引きとめようとするのは、やめさせてくれ」
そうなのだ。
ここ数日ずっとこの調子。
忠犬と言えばそうだけど、その主はリーシャ様だから、クロード様のいう事はあまり聞かない。
特に、仕事を放りだそうとしたら引きとめるように言われている。
まあ、仕事を放りだすと言うのはどういうことか分かっていないようだけど、とりあえず立ったら引きとめればいいか、くらいに思っているようだった。
つまり、旦那様はリーシャ様に自分から会いに行けないのだ。
まあ、その分食事の時間とかにはリーシャ様の方から来てくれるので、それはそれでいいらしいけど。
「でも、これでとりあえずリーシャ様の命令は聞くことが分かったので、問題はなさそうですね」
「そうだな」
皇都に入れることの出来る大型獣はそれなりの申請が必要だ。
その申請の中に、人を害さないかと人のいう事を聞くかと言うものがある。
一応、このまま飼う事になった場合、この申請が必要なので、今はそのテスト中……なんだけど、威圧的なものを感じて僕はできるだけ早くなんとかしてほしかった。
「で、リーシャ様に会いに来れないクロード様にご報告です。最近のリーシャ様はヴァンクーリの毛を整えるのに夢中ですので、ぜひいいブラシでも買ってあげてください」
クロード様は無反応だけど、下で伏せているレーツェルが尻尾を振る。
嬉しそうだ。
「なぜ私がこいつらを喜ばせることをしなければならない」
「嫉妬ですか? 心が狭いですねぇ。もっと広い心で受け入れないと! だってこの子たちは可愛いけど、クロード様は可愛くないじゃないですか?」
クロード様の指がピクリと動く。
やめて、ミシェル君!
何度も言ってるけど、煽らないで!
「大丈夫、どれがいいのかレーツェルに協力してもらえばいいんですから! レーツェルが気に入ったものをプレゼントすれば、リーシャ様は大喜びですよ!」
「……考えておく」
情報収集は多方面から。
ラグナートさんからもミシェル君からもリーシャ様の情報を仕入れても、結局リーシャ様が気付かないと意味ないんですよ、クロード様。
それから、構ってもらえないからって、僕をイジメるのはやめて下さい。
もう一つ、席に座ったままだからと言って、仕事放棄してミシェル君が渡すリーシャ様の報告書をじっくり読むのやめて下さい。
仕事してください!
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