8.食べる物はなんですか?
「ところで、この子って何食べるんですか?」
普通の犬なら何でも食べるんだろうけど、そもそも犬――というか狼? なのかも良く分からない謎に包まれたヴァンクーリが何を食べて生きているのかと聞くと、旦那様は肩をすくめた。
「さあ? そもそも標高の高い山で暮らしていて、肉食――とは考えにくいんだが……」
ですよね。
そんな高い山々で暮らしている動物なんてたかが知れている。
旦那様も言ったけど、弱肉強食の自然界に置いて、ヴァンクーリは結構強者の部類にはいるらしい。
そんな子たちが、平地で暮らしていないのは、その高い場所に何かあるからだ。
具体的には彼らの食事の元となる何か。
「高地原産品――と考えると、数は多くなさそうだな」
「むしろ、その辺に生えている草とか食べているんじゃないですか?」
ディエゴ、それ言っちゃダメでしょう。
旦那様がすっごい冷たい目で見てますよ? 完全に馬鹿にしてますよ?
「ディエゴさん、それならさっきも言ったけど、高地で暮らす必要ないでしょ。真っ先に農地に来ますって」
ミシェルが意見すると、ディエゴが口を噤んだ。
自分でも馬鹿なことを言ったと自覚があるらしい。
言う前にもう少し考えようね、ディエゴ。
「一応店の人に聞いたけど、赤ちゃん用の食事は一切口にしなかったらしいよ。ミルクは飲んでたって」
「まだ、ほんの赤ん坊って事?」
「いや、それはない。これだけ立派な牙ならば、もうそれなりの物は食べられるはずだ」
「というか、肉食じゃないのに、こんな牙必要? 草とかならもっと歯が平坦でしょ?」
確かに。
犬歯がこれだけ発達しているのに、肉食じゃないと考える方が難しい。
「……一つ、思いあたることがございます」
そう話出すのは、ラグナート。
「標高が高い場所、というよりも寒い場所でも実るものがございます。それはかなり堅い殻に覆われていて、それこそ岩のようでもあります。しかし、その中身はかなり栄養価の高い穀物のような種――……」
その瞬間、ディエゴ以外の全員がその存在に気づき、若干眉をひそめた。
「なるほど、アレか」
「……アレね」
「しばらく口にしたくもないと思っていたアレね……」
「え? え?」
ディエゴ君、一人で分かっていないようだけど、みんなすぐに分かったよ。
まあ、知らなかったら分からないか……。
「ディエゴさんは、数字ばっかりに特化してないで、もっと知見を広めるべきじゃない?」
「これでも、かなりの知識人だ。無駄な知識ばかりかも知れんがな」
旦那様、ディエゴがすっごく傷ついているから! ディエゴ……強く……強く生きて!
この三人が異常なだけだから! 大丈夫、あなたも相当すごいから!
へこんでいるディエゴに心で語りかけながら、応援しておく。
いつか伝わるといいなと思いながら。
「分かっていないディエゴさんに説明すると、家畜用の穀物の中で、めちゃくちゃ栄養の高いものあるでしょ? 一応人でも食べられるけど、そのまずさは半端じゃないってやつ」
思い出すだけで吐き出しそうだわ。
それを一週間我慢したわたしは超すごい気がする。いや、気がするんじゃなくて、舌死んでたな、絶対。
ちらりと旦那様の視線がこちらを向くので、睨み返してやりました。
今度絶対食べさせてやるわ、この男に。
「えーと……確かヴァクイでしたっけ?」
そうそう、それ!
名前すら聞きたくない、それですよ。ディエゴ君。
「それね、今でこそ生産できてるけど、昔は一部の寒い領地でしか取れなかったんだよ。それが、すんごい堅くて食べ物だとは思われていなかったんだけど……どこにでもいるんだよね。それを食べる人間がさ」
本当に真剣に、その初めの人を尊敬します。
良く食べる気になったなと。
「で、それを食べたら一日中お腹もすかずに動き回れたっていう眉唾の話が付属していてね。で、何を思ったのか、食べやすいようにいろんな植物を交配してできたのが、アレなんだよ」
「付け加えるのでしたら、ヴァクイは穀物ではなく一応種です。ただ、見た目が穀物にしか見えないので、一般的には家畜飼料用の穀物として扱われていますが」
「ふと思ったけど、もしかしてヴァクイってヴァンクーリが食べるからそういう名前が付いたのかな?」
「ありえそうですね」
ヴァンクーリが食べるからヴァクイ……なんか安直すぎない?
というか、もっとマシな名前なかったのかな?
「とりあえず、食べさせてみれば分かるだろう」
ついでにこの子洗いたいんだよね。
少し薄汚れているし……あ、でもそういうのはまずいのかな?
「水に濡れるのは大丈夫でしょ。高地だって雨も雪も降るだろうし」
それもそうか。
「でも、リーシャ様、ご自分でやってはダメですよ? 手を怪我しているんですから」
結局、全員で移動してこの子の様子を観察した。
一応大型動物? らしいので、周りの人間に危害を加えないことを確認しなければならない。
旦那様が言うには、本気を出せばこの体格でも相当危険らしいので。
そう見えないけど。
侍女たちに洗われている姿はしゅんとして可愛かった。
いやそうだったけど、わたしが動かないでねって言ったら大人しくなすがままだ。
汚れが落ちると、真っ白な毛が姿を現した。
本来の毛の色は灰色らしく、この色は珍しい毛の色との事だ。
そのせいで、ヴァンクーリと判断されなかった可能性もあると。
ちなみに、ご飯はあの家畜飼料をがつがつ食べておりました。
隣にミルクも置いておいたけど、そっちのけで。
おそらく、本当にこれが主食なのだろう。
檻の中に入ったままで、栄養価の高い食べ物をもらえていなくて、少し飢えていたようだ。
もっともっとと強請られて、体格に見合った量以上を食べている姿を見て、大丈夫かと逆に心配になった。
とりあえず、わたしの言う事は素直に聞くという事が分かっているので、一緒の部屋でもいいと許可をもらえた。
ただし、念のため首輪と鎖をつけておくようにと。
仕方ないかと、無機質な首輪をつける。はじめは取ろうとしていたみたいだけど、そのうち慣れて、ヴァンクーリの子供は、丸まってベッドの下で寝ていた。
その平和そうな寝顔を見ていると、自然と眠くなって、わたしはベッドの中に入る。
昼間に出かけるのは久しぶりだったので、いつもよりお昼寝の眠りは深かった。
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