5.リンドベルド公爵様の訪問2
それを聞いたときには何かの冗談か、夢かと思うのはしょうがない。
何か薬でもキメたとか、罰ゲームなのかとも考えたけど、恐れ多くも雲の上の人物の真意など誰にも分からなかった。
「それは光栄なことなんですが、なぜ相手が――……その、リーシャなのかという事なんですが……」
その問いに関して、目の前の美丈夫はふっと馬鹿にしたように口元を歪ませた……ような気がした。
「ではベルディゴ伯爵はどなたなら納得したのでしょうか?」
一応年下である公爵様の言葉遣いは目上に対するものだけど、話の理解力のない父に面倒臭そうに足を組んで質問する姿は、明らかに尊大で、それが当然の権利でもあるかのような振る舞いだ。
たぶん、口を開けばこれだから無能は困るとか言いそう。
「それは、もちろん私の長女でこの伯爵家の後継者になったアグネストです! なにせアグネストは社交界きっての美貌で、婚約の打診も多く困ってしまうほどです。それに比べ、次女のリーシャは見ての通りです。とてもリンドベルド公爵に見合う容姿ではありません!」
確かに、異母姉のアグネストは客観的に見て美人だと思う。
なにせ、父を落とした若い頃の継母にそっくりなのだから。
だからこそ、少し思うところもありそうだけど。公爵の視線が、ちらりと義母に向かうのをわたしは見逃さない。
「母君に似ているのは分かります。きっと若い頃はさぞかし男性の視線を集めた事でしょうね」
強烈な嫌味だ。
実は後妻に入った継母は、堕落した生活を満喫した結果、現在かなりふくよかだ。
継母と瓜二つの容姿を持つ姉の将来の姿はこうである! と目の前にいるのに、果たして容姿で選ぶのなら、この公爵が選ぶかどうか。
少なくとも、まともな男性なら少し考えそうだ。
正直、昔の美貌はどこ行った? ってわたしが思うくらいなのだから。
「ところで、私は言ったはずですよ。伯爵。私は古き血筋だからこそ婚姻に不思議はないと。貴族の――しかも高位貴族はそれなりに血筋を優先するものです。それならば、より優れた血筋を迎え入れたいと思うのは当然ではありませんか? どこの馬の骨ともわからない血筋が交ざるのはごめんですよ」
そう言い切ったリンドベルド公爵は、察しの悪い父親にただただうんざりしていた。
そして、はっきりと血筋が悪くて結婚相手に考えたこともないと言われた異母姉は、目を潤ませてリンドベルド公爵様を見つめた。
「な、なんてひどい事をおっしゃるのですか!? わたくしは貴族としてしっかり学んできたんです。まさかリンドベルド公爵様がそんな血統しか見ないような方だったなんて……せめてわたくしの能力をしっかり見極めてからにしてください! わたくしはしっかりと夫を支える能力はあるのです!」
今さっき、弁えろって言われなかったっけと考え込む。
少なくとも、当主同士の話し合いに、ただの小娘が口を挟むのは大変無礼な事だ。
リンドベルド公爵様はハッキリと気分を害していた。
泣けば自分の味方になるような男性しか知らない異母姉は、涙を見せればころりとリンドベルド公爵様も落とせると思っているに違いない。
しかし、かの公爵様はそんな女性の常套手段で落とせるような人物ではなかった。
「伯爵、さっさとその礼儀知らずを追い出していただいてもよろしいですか? 少々甘やかしすぎなのでは?」
「も、申し訳ありません!」
「それから、ぜひリーシャ嬢と二人きりで話がしたいのですがよろしいですか? もちろん未婚の男女が二人きりになるのは良くありませんので、執事殿を残していただければと思います」
希望の様に述べているけど、それは実質的な命令だった。
どうやら、この一家に話をしたところで話が進まないと思ったようだ。
察しの悪い父、空気の読めない継母、礼儀知らずな異母姉。
きっとリンドベルド公爵様の関わるような人物に、ここまでひどい相手はいないのではなかろうか。
大体の人が察し良くリンドベルド公爵様の空気と雰囲気を読んで立ち回るので、ここまで苛々することは無いと思う。
なんだかわたしが申し訳ない気がしてくる。
父も継母も異母姉も、納得してなさそうだけど、しぶしぶ部屋から出て行き、残ったのはこの伯爵家の執事だけ。
三人だけになるとリンドベルド公爵様は、その苛立ちを隠しもせず、言いたいことをぶちまけ出した。
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