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閑話2.秘書官の苦悩

「やあ、やあ、ディエゴさん、久しぶりです! 今日からクロード様に雇われた雇われ人として仲良くしましょうね! よろしくお願いします、先輩!」


 入ってきた瞬間から、爆発的陽気人間の姿に、僕はぽかんとその人物を見上げた。

 そんな僕の反応がない事に対して、僕の主にして、非情な仕事人間のクロード・リンドベルド公爵閣下が連れてきた人は、容赦ない力で思い切り手を握ってきた。


「ひどいなぁ! もしかして僕の事忘れちゃった? あれだけ一緒にお話ししたのに!」


 えっ? えぇと?


「ディエゴ、無視していい」

「ええ! クロード様、これは僕の人権の問題ですよ? 忘れられちゃってるんですよ? かわいそうじゃないですか、ちょっとは同情してくれてもいいのに、この仕打ち! これはやはりリーシャ様に言いつけないと」

「いつからリーシャの名前を呼んでいいと言った」

「もちろん、それはご本人様からですよ。戸惑いながらも、リーシャと呼んでって言った時、すごく可愛らしかった――って、冗談ですよ、冗談!」


 ちょ、ちょっと! こっちまで背筋が凍りそうだから、止めて!

 一瞬にして、この執務室が凍ったから!

 

 だけど、こんな事で一々凍ってたら、目の前の公爵閣下の秘書官はやっていられない。

 ただ、できるなら平穏無事に一日を終えたいと思うのは、誰だって同じ。

 混沌をもたらしそうな人間は、早々に立ち去ってほしいと思っているのに、そういう人に限って空気を読まない。

 いや、目の前の彼は空気をわざと読まないのかな?


「同じ雇われ人同士仲良くしてくれるとうれしいなぁ! こんな風に男友達できたことないから、ぜひお願いします!」


 いや、お友達になった覚えはないんですけど……


 すごいぐいぐい来る人だ。

 なんというかクロード様の対極をいっている。


「え、何か?」


 ジーっと見られて、僕は戸惑う。

 なんというか、男なんだけどすごく綺麗だから、実は男装した女性と言われても不思議じゃない。

 男だと分かっていても、ちょっとドキッとしてしまう。


「うん、なんかモテなさそうだね、君」


 はい、前言撤回!

 クロード様の対極をいっていると思ったけど、類友でした!

 初対面でいきなり、モテなさそうは無いんじゃないの!?


 おかしいでしょ!


「女難の相が出てるよ、僕女の子の事には詳しいから間違いない。近づいてくる女の子には気を付けた方が良いよ。絶対裏があるから」

「言ったところで、手遅れだ」

「ああ、そうなんですね。騙されやすそうですから……、まあ口は堅そうだけど」


 ちょっと、二人とも本人の目の前で何言っちゃってくれてるんですかね?

 そろそろ僕は怒ってもいいところなんじゃ……


「ところで、ディエゴさん。そこ、間違ってるよ」


 さらっと指摘してくる彼に僕は慌てて書類を見直した。

 確かに、計算間違ってる!

 え、というかこの一瞬で計算したの?


 マジで?


「まだまだだな」

「まあまあ、結構優秀な秘書官殿でいいと思いますよ。僕ほどじゃないけど」


 とっても自信過剰ですね。

 別にいいですけど……ところで――……


「あの、クロード様。彼は一体どなたですか?」


 二人の視線が僕に向く。

 実は、少し既視感があった。どこかで見たことがない事もない。

 会った事があるような……


 でも、こんな顔の調った少年に会った事があったら忘れる筈がない。


「そういえば、自己紹介してなかった。ディエゴさん、僕はミシェル・ルーと言います。一応、クロード様に雇われた臨時秘書官で、友人で、リーシャ様のお友達兼護衛です。あ、一番の役どころはリーシャ様の一番親しい友、親友ってところなんですよ!」

「ミシェル……?」

「はい! ディエゴさん。それとも――――……、こちらの方がお分かりになります?」


 ぐいっと顔を近づけて来たかと思ったら、急に声音が変わった。

 そして、表情も、その雰囲気も。

 僕は唖然として、ぽつりと言った。


「ミシェル・アンドレット侯爵令嬢――……」


 彼はまるで正解と言うようににこりと笑う。


「やっと気づいてくれたんですか、先輩! まあ、今はもうアンドレット家とは絶縁しましたけど。しがない雇われ人になりました」

「友人でもなければ、親友でもない下っ端の使用人だ」

「一番はクロード様にしておきますから機嫌直してください」


 すご……。

 輝かしい笑みがまぶしいです。

 それに対するクロード様の冷え切った空気が冷たいです。

 過去、クロード様にこんな態度している人を見たことない。


 一応ご学友もいるみたいだけど、みんなどこか遠慮がちだ。


 というか、すごい速さでアンドレット侯爵令嬢が男だった事実が流されていくんだけど……。

 口を挟むことも出来ない勢いに、僕は圧倒されていた。


「さてと、冗談はさておき。お仕事ですね」


 今までのふざけた態度が一変し、真面目な態度でクロード様に書類を渡す。

 背筋をピンと伸ばした姿勢の正しさは、貴族として教育を受けて来たと感じさせるものだ。

 僕もそれなりの教育を受けて来たけど、やはり生まれはこういう何気ないところに出てくるのだと実感する。


「これ、調べてきたやつです。この間の件に関わった人全員。特にあの時の騎士とイブリード卿については詳しく調べておきましたよ」


 あの件とは、僕も詳しく聞いてないけど皇女殿下がリーシャ様に手を出した件の事。

 まあ、箝口令が敷かれて表には出ていないけど、さすがに現場をクロード様が見てしまっているので、皇室も無視できないようだ。

 皇女殿下に甘い両陛下だけど、リンドベルド公爵家を敵に回すようなことはしたくない。リンドベルド公爵家は皇室派筆頭だけど、何かあったら首を挿げ替えることくらいはできる権力くらいは持っている。

 すでに優秀な皇太子殿下がいるので、さくっと次代交代とかありえそうだ。

 その後の両陛下がどんな生活を送ることになるか……。


 結局現在のところ、皇女殿下は謹慎を言い渡されているけど、そのうちリンドベルド公爵家が納得する形でどこかに追い払われそうだ。


「あ、それと。これはちょっとしたおまけというか、お詫びです」


 ついでと言わんばかりに、ミシェル君がもう一枚書類を渡す。


「僕も、やっぱり少し反省してます。一番効果的だって言ってもリーシャ様を危険な目に遭わせたし。クロード様にも多少なりとも心痛を味わわせてしまいましたし」


 心痛……クロード様でもそんな事味わう事あるんですね。

 驚きですよ。


「だから、リーシャ様の好きな物調べておきました! あ、ラグナートさんとか、侍女の面々に聞けばいいとか思ったら間違いですよ! これは超極秘情報で聞き出したんですから!」


 え、なにそれ?

 すごい気になる。


 クロード様は半信半疑ながらも、それに目を通し、小さく折りたたんで胸ポケットに入れた。


「あ、気に入ってくれました? 僕、人を見るのが大好きだから、結構分かっちゃうんですよねぇ」

「参考程度にしておく」

「またまた~、うれしいくせに。それとも、ご自分で喜ばせたい? わぁ! 純愛ですねぇ」


 真面目な態度はどこ行った。

 からかう口調に慣れているのか、クロード様は適当にあしらっているけど、この調子で僕に来られたら、堪ったものじゃない。

 僕は静かに仕事したい派なんだ!


「じゃあ、クロード様。早速お仕事に取り掛かりますので、失礼しますね! あー、あんな美女と年中一緒にいられるって最高のご褒美ですよねぇ! あ、クロード様は今は信用構築中ですっけ? 旦那様なのに、一緒にいられずに可哀そうですので、これ以上は言わないでおきます!」

「ミシェル、忘れていると思うが雇っているのは私だ」

「もちろん、覚えていますよ! でも、僕って正直ものだから!」


 もう十分ですよ……。

 それ以上は言わないで! 被害がこっちに飛んでくるから!!


 クロード様は忍耐力があるほうだけど、リーシャ様の事に関しては最近ちょっと狭量気味だから!!


「じゃあ、ディエゴさん! またね!」


 散々煽るだけ煽って、さらっと執務室を出て行く。

 沈黙が支配する執務室で、カタリとクロード様が席を立つ。


「これは追加だ。やっておけ」

「…………はい」

 

 立場の弱い雇われ人は、非情で容赦のない主人に文句をいう事は出来ないんです。

 例え、その主人が仕事を押し付けて自分は細君の元へご機嫌窺いに行くであろうと分かっていても。


 僕はまた、寝られない夜を過ごすことになりそうで、机に撃沈した。




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