12.真実の姿
良く寝た気がする。
もぞりと身体を動かして起き上がると、そっと天幕をかき分けた。
若干頭が重い気がしないでもないけど、ベッドの側にそろえて置いてある室内履きを履いて立ち上がる。
窓にもカーテンが閉められていて、道理で暗いはずだと思いながら、そっとカーテンを開けてぎょっとする。
えっ!?
外、真っ暗なんですけど!?
少し寝たつもりで、すっかり寝入っていたようだった。
あー、寝すぎで頭が重いのかと思い、ベッドサイドにいつも置いてあるベルを探す。
それが見当たらず、そういえばここは邸宅じゃなかったんだったと、わたしはこの部屋と執務室を繋いでいる扉を開く。
明るい光が暗い部屋の中に差し込んできて、暗い部屋に慣れていたせいで目がくらんだ。
「起きたのか? 昼寝というには寝すぎだな」
嫌味か。
「今どれほどですか?」
言い返す気にはなれず、こちらも執務室で一人きりだった旦那様に時間を聞く。
「もう、夕飯の時間もとっくに過ぎているような時間だ」
「……それは失礼しました」
なんとなく居心地の悪い感じで、部屋の中に入ると、旦那様にソファに座るように促される。
うぅ、気まずい。
これが家ならすぐさま自分の部屋に逃げ込むんだけど!
「腹は?」
夕飯の時間もとっくに過ぎていると言っていたが、そこまでお腹は空いていなかった。
わたしが大丈夫ですと言うと、そうかと短く返された。
その時あっ、とわたしは旦那様に言った。
「あの、別に三食食べていませんけど、契約不履行だとは思っていませんからね」
むしろ途中で起こされて食べろと言われた方が、嫌だ。
まあ、時間を考えれば起こされてもしょうがないんだけど。
旦那様は一つ頷いてわたしの言葉を受け入れた。
「ところで、いつ帰宅するのですか?」
「今日はこのままここに泊まることになった。君が寝こけている間に色々あって、その処理でここまで遅くなった。起きれば、帰そうかとも思ったが……今から帰るとかなり遅くなる。夜はやはり少し危険だ」
「えーと……でしたらわたしはどこか客間をお借りできるのでしょうか?」
「夫婦なのに、そんな事を頼んだら不仲を疑われるだろうが」
「では、わたしはソファで……」
「一緒のベッドを使えばいいだろう。別に何もしない」
わたしはふっと口元を吊り上げる。
あのですね、散々わたしに色々やってくださいました人の言葉は、鵜呑みにできないんですよ?
ご自分の信用度がどれほどか理解していますか、旦那様。
「君は、もしかしてミシェルのようなタイプが好みなのか?」
「はあ?」
突然の話題展開にわたしは訝し気に旦那様を見た。
「結婚するなら、ああいう方が好みなのか?」
「あの言っている意味が……」
大体、もう結婚しているのでたらればは意味がない気が……。
でも、旦那様が至極真面目な顔で聞いてくるので、わたしも真面目に答えた。
「真面目に答えるならば、わたしは一応恋愛対象が男性なので、たとえ告白されてもミシェル嬢の思いには答えられないと思います」
その答えに、今度は旦那様が何を言っているとでも言わんばかりに眉を寄せた。
「君は――もしや知らないのか? いや、気付いていないのか?」
えっ? 何が?
「ミシェルは男だぞ?」
「…………えっ」
「確かに、戸籍上は女になっているが、性別は男だ。れっきとしたな」
し、知る訳ないし!
なにそれ!? え、それ常識なの? 旦那様、知っていて当然って顔で話してるけど、社交界ではそれ暗黙の了解的に知ってるの!?
「言わんとしていることが丸わかりだな。一応、アンドレット侯爵家の恥にもつながる部分だから知っているのはごく僅かだろうな。私も、本人から言われるまで知らなかった」
「それならわたしが知っている訳ないじゃないですか!」
「……男と知って好意を持っているから協力しているのかと思ってた」
「違いますよ! なんでそうなるんですか!」
そんなにふしだらな女じゃございませんとも!
「いやに素直に、皇室主催のお茶会に参加したからな」
「そ、それは……、だってお友達になってもらえそうだったし……ちょっとは罪悪感もあったし」
「上手く乗せられたという事か」
う、うるさいですよ!
語った全てが嘘ではない。
少なくとも派閥の問題は、真実だけど、弱い立場――というわけではない事は今日はっきりと分かった。
「せっかく、皇室の茶会に出るんだからと一応釘をさしたが……結局馬鹿女には無駄だったな」
「というか、未だにすごく不思議なんですけど、旦那様はどうして今回はわたしを庇うようなことしたんですか?」
「君はいつも私が何か企んでいるとでも言いたそうだな」
「この際はっきり言いますけど、その通りです。今日のあれも、絶対旦那様の仕込みだと思ってましたし。人の言葉曲解しまくるし、ラグナートもですけど!」
いつもは言えないことをわたしは隠しもせず言った。
普段は茶化されて終わってしまうけど、今日は旦那様も真面目にわたしの話を聞いている。
「結婚後、初めての大規模社交だ。昼間とは言え、皇室主催ならば夫である私が少しは守る義務があるだろう。それに、社交嫌いの人間がとりあえずやる気を出したのに、何も後援しなかったら、次はないだろう」
「それだけですか?」
なんとなくそれだけじゃない気がした。
皇妃陛下や皇女殿下に釘をさしたのは、わたしにちょっかいかけさせたくないからだ。
それはなぜか。
「ますます社交嫌いになられても困る……まあ、結局今日はなんとも言えない形で終わったが、それなりに親しい人間ができただけでも良かったんじゃないのか?」
どこか柔らかく口元が緩む旦那様。
わたしはそんな相手を見ながら旦那様の言葉に目をぱちぱちと瞬かせた。
その時、なぜかわたしは旦那様がどうしてこんなにわたしに社交をさせたがっているのか分かった気がした。
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