4.リンドベルド公爵様の訪問1
目の前に座るは、恐ろしく顔の整った男前。
圧倒される空気に、わたしの隣に座っている父も継母もそして、サイドのソファに座っている異母姉も沈黙している。
しかし、異母姉は沈黙してるだけでなく、うっとりとしたような顔で相手を見ていた。
それを横目で確認しつつ、両親に挟まれているわたしはその正面に座っている男性を見すぎない程度に観察する。
すると、その視線に気づいたのか、ゆっくり茶をすすっていたその口元からカップを外し、音一つ立てないような仕草で受け皿に戻す。
本当に優雅だ。
さすがはこの国でも三つしかない公爵家の現当主クロード・リンドベルド。
さすがに、社交界に疎いわたしでも知っている、超大物。
間近で見るどころか遠目にだって見たことのないお方がこんな至近距離にいるとは本当に信じがたい。
「なかなか、いいお茶ですね」
そりゃそうだ。
我が家で一番高い茶葉。
ちなみに、茶葉の味が分かるような教育を受けているのはたぶんわたしだけだと思うけど。
でも、それが社交辞令であることも理解していた。
我が家で最高級茶葉であっても、こちらの御仁にとってはそうではない。
「ええ、ええ! リンドベルド公爵様をもてなすのにはこれくらいでなければいけません。 ほほほ、我が家にはお茶に詳しい子がいまして。その子が言うには、これは本当に希少価値の高い品物で、なかなか手に入らないんですのよ」
後妻の継母がちらちらと、異母姉を見ている。
この子はお茶の味がしっかりわかる、優雅で上品な貴族らしい才女なのだと必死でアピール。
察しの悪くないであろう、こちらのお方はたぶん全部分かっていて、全ての継母の発言を無視。当然異母姉も無視。
そして、わたしは非常に気まずい。
最高級のおもてなしをしていますとか言ってる継母に言ってやりたい。
墓穴を掘っていますよと。
実はお茶の味も茶葉の価値も何一つ知りませんって相手に言っているという事を。
「それはまた……。こちらは、ローブリーの茶葉ですね。私でもなかなか口にすることはありません。そのような希少価値のあるものをありがとうございます」
「ほほほ、それくらい我が伯爵家にかかればどうってことありませんわ」
何にも分からない鈍感って、こういう時うらやましい。
色々気が回るように育ってしまった私は背に汗が流れた。
ちなみに、今公爵の言ったローブリーの茶葉は、一般的に簡単に手に入る部類の高級茶葉。
きっとリンドベルド公爵にとっては安物なのに、しっかり味が分かっているとか、さすがだ。
しかし、わたしが背に汗を流しているのは、お茶の件ではない。
継母の発言のせいだ。
「そうですね、公爵家程度ではこのようなお茶を出すことは難しいでしょう。さすがは歴史ある伯爵家、恐れ入ります」
ピキーンと流石に父親は固まった。
自分の愛人だった平民女が目の前の国でも有数の権力者で在らせられる公爵様に何を言ったのか理解したようだ。
うん、公爵家ではこんな安物置いてないって事も同時に言ってるけど、伝わった人は、わたし以外でいるのかな。
いなさそうだ。
「も、申し訳ありません! け、決して貶めたわけではなく……」
「ええ、分かっています。ご夫人は平民出身の元娼婦。教育がなっていないのは致し方ありません。もちろん、そのご夫人の産んだ子供も礼儀を弁えていないのは、母方の血筋の問題でしょうから、伯爵のせいではありません」
その婉曲ですらない侮辱の言葉に、瞬時に二人の顔が赤くなる。
しかし、さすがにそこで爆発するほど愚かではなかったようで、なぜかわたしを思い切り睨んだ。
わたしは何もしていないのに、なぜ睨まれなくちゃいけないのか謎。
清々しいほど相手を煽って、馬鹿にしているリンドベルド公爵様は、間違いなく二人の事が嫌いなご様子。
口元に弧を描いているのに、目が笑っていない。
怖すぎる。
伯爵家に来た時からこんな調子なのに、なぜ媚びを売ろうとしているのか分からない。
この空気の読めなさが、逆に尊敬できる。
「さて、ベルディゴ伯爵。実は本日は折り入って頼みがあり参りました。先ぶれは届いていると思いますので、用件は分かっていると思いますが……」
「そ、それに付きましては、なぜなのかと驚きと困惑がありまして――……」
実は、わたしも驚きと困惑がある。
そもそも、何度も言うがわたしはリンドベルド公爵様とは会ったことがない。
すれ違う事もしていないと断言できる。
それなのに、突然の先ぶれと申し入れ。
先ぶれが届いたときの継母と異母姉の形相はすごかった。
未だかつてないくらいに、どうしてお前がとか、名前を間違っているんだとか言われた。
でもわたしでもそう思った。
しかし、実際のところは何も間違っていなかったのだけど。
「なぜ困惑するのか分かりません。ベルディゴ伯爵家と言えば建国以前からあの領地を守ってきた家柄。遡れば皇室にも通じる古き血筋です。私の家と姻戚関係になってもおかしくはないでしょう?」
さらりと口にするその用件。
――そう、このリンドベルド公爵様はなんとわたしに求婚しにきたそうだ。
それは、本当に謎に包まれた行動だった。
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