9.油断とは……
時は少し遡る。
わたしが旦那様の言った鐘の音が響いたのを確認してミシェル嬢の案内の元、旦那様の皇宮内の執務室に向かう途中のことだった。
まあ、皇宮はとっても広い。
しかも慣れた人じゃないと迷路のようで、噂に聞くところによると皇宮で働く新人は、必ず一度は迷子になって、同部署内の先輩によって救出されるのが新人配属時の風物詩になっているんだとか。
ミシェル嬢は、成人してからこの皇宮に来ることが多いらしく、かなり道には詳しいとの事。
実際、すいすい迷いなく進んでいるのだからそうなのだと思う。
「わたくし、道を覚えるのは得意なんです」
「そうなんですね。わたくしは少し苦手かもしれません」
道とか覚えるの苦手だなぁって言うのは自覚している。
でも、普通は使用人が覚えていて、その使用人に道案内させたりするので覚える必要性はない。
この皇宮だって、きちんと使用人がいるので覚える必要性はないけど、ミシェル嬢は何度も来ていて、自然と覚えていったらしい。
しかも、暇な時間はよく案内用に騎士を一人連れ皇宮内を散策し、道を把握していったんだとか。
なんでそんなに頻繁に皇宮に来ているのか疑問に思ったけど、アンドレット侯爵の仕事の関係だとしか教えてもらえなかった。
「あら?」
突然ミシェル嬢の足が止まる。
その先には近衛騎士が二人待機していた。
なんだろうと思って見ていると、騎士の一人がわたしたちに近づいてきた。
「この先は、関係者以外の立ち入りが禁じられております」
「こちらの方はリンドベルド公爵夫人です。この先の執務室に向かう途中ですので、関係者ですわ」
ミシェル嬢が素早く事情を話す。
ミシェル嬢の話では、旦那様の執務室は皇族の方々の執務室に近いらしい。
そのため、この先は厳重な警備状況なんだなとわたしは納得した。しかし、ミシェル嬢は納得できなかったようだ。
騎士に説明を求めていた。
「おかしいですわ。いつもはここに騎士が警備していることなどありません。あなた方は本当に近衛の方ですか?」
「令嬢、我々を侮辱するのは皇族を侮辱するのと同じ。今のは聞かなかったことにしましょう――しかし、ご令嬢は納得していただけないご様子なので少しご説明申し上げると、本日は大規模なお茶会が開催されていますので、迷った客がこの先に行かないように警備を務めることになりました」
なるほどね。
皇宮は広く、迷いやすい。
そして、この先に皇族の執務室があると知らないで迷い込んだら、それこそ大事だ。
「そうですか。でしたら、公爵様に確認してきていただけないでしょうか? 公爵様がわたくしたちをお呼びになったんです」
ミシェル嬢の言葉に騎士たちが二人で軽くやり取りして、一人がその場を離れていく。
確認しに行ってくれたようだ。
普通は使用人のやるような事をミシェル嬢が代わりにやってくれている。
楽だけど、申し訳ない。
確認に言った騎士はすぐに戻ってきてくれて、旦那様が待っているとそこまで案内してくれる事になった。
「近衛騎士に案内されるなんて、少し特別感がしますわね」
と、どこか楽し気なミシェル令嬢。
近衛騎士は皇族を警護するのが主な仕事だ。言われれば確かにその通りだと思う。
しばらく歩くと、騎士が扉を開いてくれた。
いきなり開けて驚いたけど、中には誰もいない。
あれ? って思っていると、扉を開けている騎士がどこか申し訳なさそうに言った。
「申し訳ありませんが、こちらでお待ちください」
近衛騎士がわたしとミシェル嬢を促す。
さすがに、なんとなく様子がおかしいことくらい分かる。中に入るのを戸惑い、ミシェル嬢の様子を伺うと、彼女は騎士の顔をじっと見ていた。
というか、ミシェル嬢は始終にこにこと愉快そうに騎士を見ていた。
見惚れているのでしょうか? まあ、イケメンだしね。
近衛騎士は令嬢たちの憧れだし。
近衛騎士は基本的に貴族の出身、もしくは貴族家からの推薦と容姿で選ばれるとは聞いている。
もちろん、騎士としての腕もそれなりに必要だけど、公式行事の時に待機している騎士が容姿端麗の方が見栄えが良いという理由があるらしい。
理屈は分かるけど、それでいいのか、皇族よ。
まあ、近衛騎士の前にほかの騎士がいるから、よっぽどの事は起きないんだけどさ。
でも、最終防壁になりうる近衛騎士を容姿重視で選ぶって、どうなの?
しかも、皇女殿下はそれが顕著らしいし。
乱れてますな。
「公爵閣下がこちらでお待ちいただくようにと」
「それは無いんじゃないかしら? だってこちらはイブリード卿が好んで使っているお部屋ですもの」
えっと?
イブリード卿とは?
ミシェル嬢の話が良く分かっていないわたしは、首を捻る。
「勘違いではございませんか?」
「間違えるわけないわ。だって、わたくしここにだけは近寄るなって、お父様から言われているんだもの」
にこにこ微笑みながら、ミシェル嬢が近衛騎士に言う。
その瞬間、騎士が豹変したかのように舌打ちしたかと思ったら、突然わたしに手を伸ばしてきた。
急な展開過ぎて、混乱しているわたしに、ミシェル嬢が騎士の手を扇で思い切り打ち据える。
「無礼でしてよ、たかが皇女殿下の犬の分際で分を弁えなさいな」
「お前たちの方こそ、分を弁えろ!」
ちょっとちょっと!
二人して分かり合っていないでほしいんですけど!?
って、えーと、ミシェル嬢……もしかしてはじめからこの騎士の正体知ってました?
騎士が武力を示す様に武器に手をかけようとする。
いや、待って!
ここ皇宮!
不用意な抜剣は禁止されているでしょ!
それに、こっちは丸腰です! まあ、武器があってもわたしは扱えませんけどね!?
ミシェル嬢は、ちらりと騎士の武器を見て、肩を軽くすくめた。
「仕方ありませんわね……」
ふうと面倒そうに、ミシェル令嬢が言うと、すたすたと部屋の中に入って行く。
え、ちょっと、まって?
入ったらやばいのではないのですか?
「リーシャ様、ほら何していらっしゃるの? 行きましょう」
「ええ?」
「そうだ、大人しくしていたら、いい思いさせてやる」
「ほら、こちらの悪役――いえ、近衛騎士もこう言っていますし。ゆっくりお待ちしましょう」
グイッと引っ張られて、わたしは部屋の中に入り込む。
そして後ろを振り返る暇もない速さで、扉を閉められる。その上、外鍵までも。
なんともおかしな状況に、わたしは何も言えない。
「あの――……どうしましょう?」
「ええ、本当に。かなり面白いてん……いえ、かなり困った展開ですね」
ミシェル嬢、今面白い展開とか言いかけました?
言いかけましたよね?
どうしてあなた方はみんなちょっとおかしな感性をお持ちなんでしょうか……
「ふふふ、まさか公爵様に釘をさされたのに、公爵様が皇宮内にいる状況で仕掛けてくるようなお馬鹿さんだとは思いませんでした。油断しました」
油断?
油断っていいました?
おかしい。
だって、ものすごい笑顔でわたしを付き合わせていますけど?
「さて、何をされると思います? わたくしはなんだかわかってきましたけど」
その前にミシェル嬢、色々説明していただけないでしょうか?
というか、初対面の時から考えると性格変わりすぎではないでしょうか?
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