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12.二人の脳は人なのか?

 次々と書類を横に流していく、ラグナート。

 相変わらずのスピードでわたしなんかいらないんじゃないかと思うほど。

 実は、本気で子供の頃は思っていた。


 ラグナート一人ですべてを回していたあの頃、わたしだって子供だったし、まだ遊びたかった。

 それでなくとも、言いつけられた勉強は膨大で、さらに領地の事まで考えなくてはいけなくて、本気で泣いた。

 でもラグナートはそれを許さず、ここを守るのはわたしだと諭して導いてくれた。


 根っからのベルディゴ伯爵家に仕える執事だったのだと思う。

 たとえ、乗っ取れそうでもそれをやらずに次代まで守る。

 ロックデルとは根本的に違うのだ。


 そんなラグナートも、あの家に見切りをつけた。

 優秀な執事は自ら主人を選ぶ。そして、選ぶ権利がある。

 今、ベルディゴ伯爵家がどういう状況か気になるところだけど、もうわたしには関係ない事だと、再び書類と格闘する。


「ところで、人事権については現在どなたがお持ちなのでしょう?」


 書類を捌きながら、ラグナートが旦那様に問う。


「一応ミリアム夫人だが、実際はロックデルだろう。何かあるのか?」

「さすがに彼の手先になっている侍女や従僕、ほかにも下女下男など大量に解雇すると仕事が回らなくなるかと思いまして……誰か雇い入れる伝手などはございますか?」

「いくつか養成校に寄付している。そこから優先的に紹介してもらう事は可能だが……」

「時期的に難しいでしょうし、一気に大量に雇い入れようとすれば、何かあったと勘ぐられます。噂は時として利用できます――……そこで一つ考えがあります」


 そう言って、ラグナートはわたしを見て微笑む。


「新しい女主人が、昔の使用人を嫌がって解雇する事例は過去にたくさんあります……ですので、それを利用しましょう。偶然にも、女主人としての格を見せつける催し(・・)が開かれる予定ですからね。そこで華々しく登場していただきましょう」


 いやだわ。

 なんでわたしの仕事が増えようとしているのかしら?


 旦那様。

 何もしなくていいって言いましたよね?

 わたし、とりあえず現状で満足していたんですよ。

 あなたが余計なことをしなければ、これからも平和に過ごせていたはずなんですけど?


「その為には女主人として、まずは視覚から訴えることにしましょう」

「偶然にも、私も考えていた事だ。今、手配中だ」

「さすが旦那様。行動が早くて助かります」


 二人で分かり合わないで。

 わたしはいやな予感しかしない。

 泣きそうだ。


「ところで、奥様は――……」

「ラグナート、奥様は止めて。今まで通りリーシャって呼んでほしいんだけど」


 背中がムズムズしますので。

 使用人が名前を呼ぶのは公的な場では問題になるけど、私的な場なら特別重要視されていない。

 実際、重要な立場の人は分家や親族の人間が多いので、名前で呼び合うのも結構普通。


 わたしも子供の頃からリーシャ様と呼ばれていたし、そもそも奥様の自覚が全くないので奥様と呼ばれるたびに変な気持ちになった。


「では僭越ながらリーシャ様と呼ばせていただきます。早速ですが、リーシャ様には現在侍女はお付きでしょうか?」

「一応。でも手先よ」

「そうですか。まずはそこから整えなくてはいけませんね」


 この別邸にも侍女はいるけど、専属というわけではない。

 彼女たちは最小限しかいないので、わたしの世話も日によって違った。

 むしろ、これが普通の扱いなんだよなぁってしみじみと思っている。

 まあ、洗濯場で下女のお姉様方とのおしゃべりはそれはそれで楽しいけど。

 

 そういえば、元気かなぁ。

 あの日、旦那様にここに連れてこられてから一度も向こうに戻っていないので、心配させているかもしれない。

 それとも、楽しんでいるか。

 なにせ、わたしの髪の色は下女の中ではわたしだけ。

 髪の色は見られているから、エリーゼは必死に探しているだろうし、三人はすぐにわかったはずだ。


「旦那様は、御心当たりがありますか? 出来れば経験があるような方が望ましいのですが」

「心当たりはある。本邸の人間も全員敵というわけではない」


 それはそうでしょうね。

 敵だらけだったら、それこそ心機一転全解雇しそうだし。

 上級使用人はともかく、下級使用人はみんないい人だ。


「こちらに呼ぶことも出来るが、どうする?」

「ぜひお願いします。どのような人物か会いたいですからね」


 ひぇぇと心の中で悲鳴を上げた。

 優し気に微笑みながら、ラグナートはどちらかと言えば本質は全く真逆だと思う。

 ラグナートは仕事が出来る人が好きだけど、それ以上に仕える対象にどれほど忠実に仕えられるかを重要視している。そしてそれを見抜く才能があって、それによって多くの人間がふるい落とされてきた。

 長年総括執事として働いてきたためなのか、そこはかなり厳しい査定が入るが、近年は父や継母の影響で人事に口を出すことがほとんど出来なかった。

 むしろしなかったと言ってもいいのかも知れない。

 下手に目を付けられると、雇った人物の将来をつぶされる可能性があるからだ。


「お心当たりがないようでしたら、私の方で探すことも可能でしたが、大丈夫そうですね」

「ほお? 私を試したのか?」

「試すほどのことでもありません、旦那様。リンドベルド公爵家の若き当主の事は私のようなものでも耳にしております。優秀な当主にお仕えできることは至高の喜びです」


 ラグナートは、旦那様の言葉をさらりと躱す。

 本心ではどこまで本気か分からないけど、少なくとも旦那様の事は気に入ったようだ。


「しかし、大量に解雇することになりそうだから、少しは探しておいてもらえるとありがたい。さすがにそこまでは手が回らん。養成校の学生を受け入れるにしても経験者がいた方がいいのもまた事実だからな」

「かしこまりました。少し打診してみます。ところで、条件は今までの雇用条件で問題ないでしょうか?」

「それでいい。もし問題がおきれば調整する」

「かしこまりました」


 うーん、この人たち本当に人かな?

 しゃべりながらも高速で書類捌いてるんだけど。

 

 ちらりと視線を傾ければ、秘書官のディエゴがラグナートを口をあんぐりと開けながら見ていた。

 うんうん、分かるよ。

 おかしい人たちだよね、頭の中身どうなっているの知りたいよね。


「リーシャ様」

「はい!」

「手が止まっておりますよ? それに秘書官殿も」


 鋭い指摘に二人そろって即座に書類と向き合う。

 微笑みの陰に隠れた、恐ろしい何かを開放させてはいけない。その恐ろしさは十分に知っている。

 逆らってはいけない、それはきっとディエゴにも伝わった。


 


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