10.本当の敵は奴
本当のところ、旦那様がわたしに自発的に動いてほしくて、あんな嫌がらせをしていたのは分かっていた。
そう、わたしははじめから分かっていた。
おそらく、旦那様は一週間くらいで音を上げて動き出して、一か月くらいたてば邸宅が何か変わっていると思って、わざわざ来たんだと思う。
エリーゼの誘いを建前にして。
しかし、やってきたら全く何も変わっていなかった。
相変わらずミリアム夫人は自由に好き勝手に自分の都合がいいように采配しているし、エリーゼはエリーゼで大きな顔して社交場で遊びまわっている。リンドベルド公爵家の威を借りて。
だからこそ、今日は徹底的に逃げられないようにわざわざ見せつけるべくあんなことをしてきた。
わたしの純情を返せ! あんな事されてもうお嫁には行けません! ……もう結婚してますけど……
ここまで巻き込まれたら、さすがに命守るためにやるしかない。
そこで、一応旦那様に確認。
最終目標は一体どこに設定すればいいのやら。
「あの……一応聞いておきますけど、追い出してほしいのはあの女性お二方でいいんですか?」
「むしろ、他にいるか?」
本気で言っているのか、こちらを試しているのか。
まあ、後者だろうな。
わたしはため息を吐いて、言った。
「辞めさせたい侍女や従僕は多数いますけど、それはまあ小物なんでどうにでもなります。総括執事のロックデル、彼をどうしたいかによるんですけど?」
それを言った瞬間、旦那様はそれはそれは愉快そうに笑い、わたしたちの会話を聞いていた秘書官殿は目を大きく見開いた。
「適当な人物がいれば、早急に排除してくれていい」
ですよねー。
だと、思ってました。
調べた限りこのロックデル、実はとんだ曲者だった。
分家の執事の一族とはいっても、かなりの野心家。
個人的には野心家結構。それで必死でのし上がる為に仕事するなら、評価する。
でも、野心だけ抱いて使えない人間はただの役立たず。むしろ、周りを妬みまくって害悪にしかならない。
その点ロックデルは前者の人間。野心を抱き、仕事はできる。
実はこのロックデル、前公爵であるお義父様と同年代で領地での遊び仲間だったらしい。
まあ、年の近い分家筋。領地で遊び相手になるには、適当な人選。
そして、将来主人格として仕える人間と子供の頃から信頼関係を築いておくというのは、間違ってはいない。
ただし、悪い方向へ行かなければの話だけど。
何か悪い方向へ主人が進み無そうな場合には、止めに入るのが忠臣というものだけど、この執事は違う。
仕事はできる。
それは確か。
それを誇るのは当然だし、それに見合う給金を出すのも当然。
しかし、彼は大それた夢を見始めた。
いつか本家筋を乗っ取るというような壮大な夢を見て、そのため、駄目主人を諫めることもしないで放置。
そして、ほとんどの事はロックデルが采配し結果として権力を持った。
家政の事も、領地の事も。
で、だ。自分の壮大な夢に利用しようとしたのが、ミリアム夫人とエリーゼだったわけだ。
あの二人、頭が軽そうだし、ロックデルにしたら操るのに程よく便利なんだろうね。
まずミリアム夫人、彼女はかなりの美女だった。
正妻がお亡くなりになり、夜のお供にミリアム夫人を送り込んだ。
上手くいけばそのままだし、失敗すれば違う女を宛がうだけ。
上手く、子供でも孕んで産んでくれれば、その子の後見について、旦那様を廃嫡させようともくろんでいた。
だって、総括執事様がミリアム夫人の事を許容している時点で怪しいとは思ってたし。ロックデルがはたして、旦那様派なのかミリアム夫人派なのかは分からなかったけど、これで解決した。
つまり、正確には旦那様対総括執事って構図だ。
でも、そんなに上手くいくかぁ? とは思ったけど、半分以上は上手くいっていたようだ。
なにせ、前公爵様は女好きで、仕事はそこそこできるけど、近年の中では駄目主人に分類される。
言ってしまえば仕事嫌いの快楽主義者。これが旦那様のお父様。
人間一度堕落すると、どこまでも楽をしたくなる。
旦那様のお父様も例にもれず、やってもらえるなら自分はやらなくてもいいじゃんってお人。
そのため、いい様に利用されていた。
楽させてくれる執事は重宝するよね。
しかも自分が遊んでいても何も言わない相手ならなおさら。
よくこんな父親から旦那様のような人間が出来上がったなぁとは思う。
でも、旦那様の教育はほとんどお母様が担当していたらしい。
それに、父方の祖父であるおじい様も。
自分の息子が駄目人間すぎて見切りをつけて孫に期待したってところなんだろうけど、それ正解。
立派すぎる仕事人間になりました。
仕事が出来るところに仕事って集まるもので、旦那様は爵位を継いでから本当にお忙しい模様。
この邸宅やリンドベルド公爵家の家政をどうにかする余裕がないくらいには。
それに、何度も言うがロックデルは仕事はできる。
ただし、今までは自分の好きなように決済出来ていたことが一々旦那様の裁可が必要になり、ロックデルは旦那様をどうにかしたかった。
でもそれは旦那様も同様で。
ただ単に適当な人物がいなかっただけだった。
執事家の一族分家から選ぶのはロックデルの件があって、慎重になった。
しかも、ロックデルは自分で権限を握っていたかったのか、執事を人を育てることもしていなかった。
旦那様がこれはと思っている人をロックデルにつぶされるのは分かっている。
そのため、ロックデルの地位に就けるような人物がいないらしい。
現時点では。
優秀な執事というのは、簡単に手に入るものではない。
目障りだからと、今ロックデルを辞めさせると非常に困る。
忙しい旦那様が本当に過労死するだろうなぁって思うくらいには仕事が集中するだろうし。
「やはり、君を選んで正解だった。伯爵領を十歳から切り盛りし、死にかけた領地をあそこまでにした腕を信じてよかった」
あ、知っておりましたか旦那様。
でも、それを期待してこんな泥沼な世界に放り込まないでほしかったです。
言ったはずなんですけど、旦那様。
わたしは堕落生活がしたいのだと。
どうしてその生活のために、まずはわたしが骨を折らなくちゃいけなかったんですかねぇ。
何を言っても無駄であろう旦那様に、わたしは全てを諦めて言った。
「一人、思い当たる人がいますので、聞いてみます」
せめて味方は一人はほしいです。
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