8.敵(旦那様)の敵(エリーゼ)は味方ではない
「クロード様!」
親し気に旦那様の名前を呼ぶ人物が、数人の侍女を伴って現れた。
さっきまで外にいたと思ったのに、なんて速さだ。
病弱設定はどこいった。
「なかなかいらっしゃらないからお迎えに上がりましたわ」
媚びるような声音だけど、その腸は煮えくり返っているに違いない。
「ああ、悪いがまた今度寄ろう。重要な用件が出来たからな」
なんだかこれ見よがしにわたしを利用するのはやめて下さい。
「あら、クロード様……そのような下女をお気に召しましたの? 大した学もない女などに一時の享楽を求めてはいけませんわ。クロード様はこのリンドベルド公爵家のご当主様なのだから」
「エリーゼ」
「はい、なんでしょう?」
名前を呼ばれて、彼女は嬉しそうに反応する。
こっそり、旦那様を見ると不機嫌そうだった。
「どうやら随分と思いあがっている様だ。」
「クロード様?」
「前から言っているが、名前では呼ぶな。周囲に誤解を与える。特に私はすでに結婚しているんだ。名前は妻や家族、親しい友人にしか呼ばせたくない。分かったのなら、以後は敬称で呼べ」
先ほど、下女姿のわたしを学のない女と蔑んだのだから、学のあるお前は何を言われたか理解しただろうなとエリーゼに言っていた。
分からないバカ女ではないだろうとも。
なんだ、ちゃんと嫌なことは嫌って言えるじゃないですか。
はじめからわたしに押し付けずに解決してくださいよ。
「それから、私が誰と一緒にいて、誰と過ごすか、なぜお前の意見を聞かなければならない。エリーゼ、お前はただの居候でしかない。ミリアム夫人が使用人であるのなら、お前も使用人の子供として扱われるべき人間だ。病弱だからと好き勝手にしているのは、違うと思わないか?」
冷淡な声音に、わたしが言われている訳じゃないのに、背中がゾクゾクした。
「な、なぜ突然のそのような事をおっしゃるの? わたくしの事可愛がってくれていたではありませんか! それに、わたくしはクロード様のお父様に娘同然に可愛がっていただいておりますのよ?」
「父上は単に後ろめたかっただけだろう。私だって子供の頃は不憫だとは思ったさ。母親が娼婦の様に父上と関係があったのだからな。子供には関係のない事だと言っても、さぞ肩身が狭いだろうと……まあ、全くの見当違いだったが」
言いますね、旦那様。
はじめからはっきりとこれくらい身を弁えろって言っておいてほしかった。
そうすれば、わたしももっとマシな生活を送れていただろうに。
「……そこの女ですか? その女がクロード様を惑わしているんですか?」
可愛らしい声を出していたのに、突然声質が変わった。
旦那様はゆっくりとわたしの頭に見せつけるように口づけして、まるでそれが本当に愛おしいとでも言うような態度だ。
全身に鳥肌立ちそう。
背中に感じる強烈な視線に。
「そうだな、私も知らなかった。こんなに愛しい存在ができるなんて……お前が自惚れて、勝手に夢を見るのは構わないが、そろそろ現実を見て結婚した方がいいんじゃないか?」
それ言っちゃうんですか……一般的に行き遅れと言われている年齢のご令嬢に。
十分美人だけど、年齢考えると、釣り合いの取れるような男性はほとんどいないだろう相手に。
「クロード様! その下賤な女がクロード様に何を言ったかは分かりませんが、リンドベルド公爵家のご当主様が耳を傾ける必要はございません。そのような女に手を付けてわたくしを困らせるなんて子供の様なことはおやめください。これからもずっとわたくしがお側でお慰めいたしますから」
えっ……
思わず声が出そうになった。
何それ?
あれぇ?
旦那様、初日に彼女には手を付けてないって言ってたけど、本当はちょっと味見くらいはしたのかな?
まあ、なにせ美人だし。
ちらっと見た感じだと、ちょっとやせ型だけど、身体のラインは綺麗そうだった。
離れに住まわせて、特別待遇にも近いのだから、考えればちょっと疑いそうだ。
でも、もしそうなら趣味悪!
完全に上から目線の話し方だけど、旦那様はそれを許容していると思うと、思いあがっても仕方ないんじゃないのかな?
「それに、結婚しろと冷たい事おっしゃってもわたくしはきちんと分かっております。子供の頃からずっとクロード様のお側にいたんですから。本当は、ずっとわたくしを側に置いておきたいのでしょう? でも、お互い子供ではないから、わたくしのためにそうおっしゃってくださっている。ご自分を傷つけてまでわたくしの幸せを願ってくださっているのですね?」
えっと……
実はわたしが知らない二人だけの暗号とかがあったりするのでしょうか。
確かにわたしは旦那様の事をよく知らないけど、少し話しただけでも分かる現実主義者で利益重視の人間だ。
自分の利になるのなら、どんな事をしても手に入れる、そんな人だけど、感情で動くことが果たしてあるのか不思議に思う。
「でも、安心なさって下さい。わたくしはお側をずっと離れませんわ。ご結婚相手も皇女殿下を避けるための政略結婚だと分かっております。実質的にはわたくしがこの公爵家を守りますわ。今度のお茶会もその為ですの。奥様がしっかりなさらないから、わたくしが代わりに公爵家を盛り上げるためにやっていますのよ?」
えーと……ありがとうございます?
確かに、やりたい人がやればいいとは思っていたけど、これはわたしでもちょっと余計なお世話だなぁと思ってしまう。
でも、旦那様が認めているのなら別にいいかぁとも思う。
わたしの願いはあくまでも堕落生活。
今ちょっと違うけど、充実しているのでそれまたよし。
社交とかやってくれるのなら有難いけど、リンドベルド公爵家とは全く関係ない人間が、その名前を使ってお茶会開くのはどうなんだろうとは思わなくはない。
頭上から旦那様のため息が聞こえてきた。
あ、よかった。
わたしがおかしい感覚を持っているんじゃなくて、彼女がおかしいだけなんですね。
「ですから、クロード様に相応しくない女を処分するのもわたくしの仕事ですわ。このリンドベルド公爵家に害悪となる存在を見過ごせません。もちろん、ご理解いただけるかと思います、クロード様」
敵の敵は味方――誰が言ったそんな事。
むしろ敵と手を組んだほうがよっぽどいいことをわたしは知った。
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