三食昼寝付きの生活は、遠い事実
色々あった隣国から戻ってきたときは、ほっとした。
そして、侍女たちに心行くまでお世話され、部屋のソファーでぐでーと伸びているときだった。
旦那様もさっぱりと軽装で、わたしの部屋にやってきた。
そして、席を進めるティーポットからカップにお茶を注ぐと同時に、ある提案をする。
「式を挙げよう」
突然の宣言に、わたしは旦那様にお茶を渡そうとしていた手が一瞬止まる。
「もうしてますけど?」
「そうだが、今回は急ごしらえではなく、時間をかけて。本当に結婚したのかどうか、疑っている貴族はそれなりにいるからな」
そうはいっても、すでに結婚して式まで挙げているのに、もう一度やる方が何か疑惑を持たれそうだ。
「むしろ、溺愛していると思われるかもな?」
「どうしてそうなるんですか?」
「結婚式と言うのは金も時間もかかる。好きでもない相手と何度もやろうって気は起きない」
「……クロード様って、結局わたしの事どう思ってるんですか?」
いつも揶揄われているようでもあり、好きな相手をイジメて楽しいと思っている子供の様にも感じる。
わたしの疑問に対し、呆れたようにため息をついた。
「私はきちんと意思表示してきたと思ったが? 好きだとも伝えたはずだ」
「え、えーと……?」
目が泳ぎそうになった。
あ、あの時!
結婚まもなくの社交の時に、確かに言われた気がする。
ただし、好きではなく好ましいだった気もするが、他に言われたことあったけ? いや、ない! たぶんない!
あったら誰か教えてほしい!!
ミシェル当たりなら、きっとこっそり聞いてそうだし!
「そもそも、リーシャは私をどう思っているんだ。まさか、いまだに進展なしとは思いたくないが」
「うっ……」
今聞くことかな?
いや、今聞くことか……。
でも、もう少し雰囲気を考えて、わたしが言いやすい感じにしてほしい。
これでは一方的な追及で、余計に言いづらかった。
しかし、旦那様は追及を緩める気はないようだ。
「好きも嫌いも、はっきりと聞いたことはないな。素直になれないのなら、無理矢理素直にさせる手法もあるがどうする?」
恐ろしい提案を、恐ろしい顔つきで言ってくる旦那様に、わたしは全力で叫んだ。
「――好きです! 好きか嫌いかなら確実に好きです!!」
怖いんですよ、無理矢理素直にさせるとか、拷問? 拷問ですか、旦那様!?
「好きか嫌いか……ならか?」
「いえ、好きです。おそらく!」
これまた不満そうだけど、わたしにとってはこれが精一杯の努力だ。
「まあ、及第点……としておこう。ようやく素直になったか。最近、リーシャは私を避けているし、素直になれないのはまだ子供だからと我慢していたが、そろそろ限界だった」
旦那様が立ち上がりわたしの横に座る。
そして、肩を抱き寄せて軽く抱きしめてきた。
旦那様のいつも使っている香水の匂いが微かに香る。
胸にあてた手と耳から旦那様の少し早い鼓動が聞こえてくる。
なんとなく、いつも変りなく穏やかなイメージがあったので、旦那様でも緊張することがあるのだと、驚く。
いや、そもそもわたしの方こそ早鐘のように心臓がうるさいんだけど。
しかも顔が熱いし、赤くなっている自覚あるし!
「このまま寝室に連れて行ってもいいか?」
「ダメに決まってます!!」
危うい言葉に、即座に反対する。
「仕方ない、そこはもうしばらく我慢しよう。その代わり、多少の触れ合いは構わないな?」
「……過度なものはお断りです」
「これくらいは?」
旦那様が、抱きしめていたわたしの身体を少し放し、次の瞬間軽く頬に口づけた。
その次に額に。
「こ、これくらいなら……」
今までだって、これくらいは少しやられていたし、いいだろうと判断すると、今度はさっと唇に触れた。
「これは?」
旦那様との口づけは初めてじゃない。
というか、初めての時はあまりにも怒りがわいていた。
旦那様にとって見たら、大したことのないふれあいでも、わたしにとっては違うのに。
嫌がらせ――、の一環だと思っていたが、そうではないのだと知ったのはそれからしばらくたってから。
では、今は?
「いやだったか……?」
旦那様が慎重に聞いてくる。
初めて会ったときは、横暴な暴君かと思ったけど、今はそうは思っていない。
「いや、ではありません……」
わたしはおそらく今までで一番、素直に言葉にした。
嫌ではなかった。
恥ずかしくて、死にそうだけど。
「それは良かった」
旦那様はそれ以上の事はしなかった。
ただ、そっと抱きしめてきた。
「あの、結婚式の話ですけど……」
「ん? 希望でもあるのか?」
「本当にやるのか確認したくて……」
「やる。今回、結婚の形態を疑われた結果、横恋慕のような横やりが入ったせいで、こんな面倒くさいことに巻き込まれたんだ。リーシャが誰のものかはっきりさせておかないと」
誰のものか。
別に誰のものでもない! と憎まれ口をたたく気にはなれず、わたしが頷く。
「あと、一つ確認ですけど、依然取り交わした契約ってどうなりますか?」
「できれば廃止したいが、また考え直しだな。貴族の結婚に絶対はないが、契約は絶対に遵守すべきものだから」
万が一の事も考えて、契約書は交わした方がいいと旦那様が言う。
わたしの方も、その方がありがたかった。
なにせ、最近ちっともその契約通りに進んでいないので、もしもの時に旦那様につくつける権利が欲しい。
主に夫婦喧嘩したときに!
「顔に書いてあるぞ」
ハッとして何事もないように装ったわたしに、旦那様が苦笑した。
「一応聞いておくが、契約では何をお望みだ?」
聞かなくても分かってる、といった旦那様の顔に、わたしはふふんと笑って見せた。
「もちろん、三食昼寝付きの公爵夫人待遇です!」
その答えに、旦那様が驚いたように目を見開いた。
しかし、次の瞬間嬉しそうに口元が緩む。
「それは、公爵夫人としてふるまってくれるということか?」
「そもそも、わたしは最近では公爵夫人として公的にふるまっておりますが?」
きっと、聞きたいのはそういうことじゃない。
でも、わたしは素直じゃないのは旦那様が良く知っているので、相手はそれ以上何も追及してこなかった。
そして、なぜかいい雰囲気だった旦那様が急ににやりと笑っているような笑みに塗り替えられていく。
「では、今後は苦手な社交を頑張っていただこう。先ほどいった結婚式の件だが、もともとは花婿側が手配するが、披露宴は花嫁側の采配になるのは知ってるか? 前回は披露宴をしなかったが、今回はぜひ頑張ってもらおう」
「……普通、言い出した方がやりません?」
「公爵夫人としての一番初めの大仕事だな。楽しみだ」
それって、この先しばらく超大忙しってことになりませんか、ねぇ、旦那様!?
だって、結婚式の準備だって花嫁側が少しはやりますよね?
それで披露宴?
リンドベルド公爵家の家格を考えれば生半可な準備はできないんですけど!?
わたしは、先ほどの言葉をすべて破棄した気持ちでいっぱいだった。
「わたし、三食昼寝付き生活を約束してくださいって、言ったのに!!」
しばらくは、堕落生活どころかお昼寝生活ができなくなりそうで、わたしは叫んだ。
~完~
お読みいただき、ありがとうございます!
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今までご愛読ありがとうございました。
エタリそうになりながらもなんとか完結にこぎつけました。
色々風呂敷を広げすぎて、回収不足なものがたくさんありますが、これが今の自分の実力です。
本当に申し訳ありません。
今後、小説を書いていくにあたり、次はもっとうまく話をまとめられたらと思います。
稚拙な文章でしたが、一人でも多く自分の小説で楽しんでいただけたのなら幸いです。
今月は、他にも小説を書いていました。
『家族から冷遇されていた過去を持つ家政ギルドの令嬢は、旦那様に人のぬくもりを教えたい~自分に自信のない旦那様は、とても素敵な男性でした~』
こちらはざまぁがほとんどないような恋愛小説になります。
正直、三食昼寝付きより恋愛してると思いますので、よろしければお読みください。
完結済みなので、エタる事を心配せず読めます(笑)





