9.リーシャの血族
ローデシー侯爵に指摘され、ロザリモンド嬢はようやく気付いた。
「アイリーン様ですね」
「そうだよ。稀代の悪女なんて呼ばれているけど、母の身分で国王陛下を拒絶できるわけないんだよ」
ローデシー侯爵の母君である、愛妾アイリーン様はわたしも少しだけ知っている。
この度公務でこの国にやってくることになっていたので、ラグナートの教えの下勉強してきた。
アイリーン様は、元男爵令嬢でその美貌で国王陛下を誑し込んだって言われている。しかし、ローデシー侯爵の言い分では国王陛下から望まれたのに断る方が不敬。
そのため王宮に上がったとの事だ。
アイリーン様はどう考えているのか分からないけど、今社交界を牛耳っているところを見るとそれなりに野心もあったし、手腕もあったように思える。
「王太子殿下は、確かお亡くなりになられた王妃様のお子ですよね?」
「そうだよ、でも私も今は継承権をもらっているから、この先どうなるかわからないけどね」
にこりと笑うローデシー侯爵は、まるで王太子の座を狙っているかのような言い方だ。
「まあ、普通に考えれば順当に現王太子殿下が継ぐことになると思うけど」
不穏な気配を隠し、ローデシー侯爵がわたしから一歩離れた。
「アンドレが睨んでるね。彼、そっちの国じゃあ評判良くないけど、そこまで無能でもないよ。いらいないのなら、私がほしいくらいだ」
先々代、そして当代リンドベルド公爵が、すごく優秀すぎるくらいの完璧人間のような人なので、その間に挟まれたアンドレ様の評価はあまり高くないが、一人の人として見れば能力は高い、とローデシー侯爵は言う。
本当に無能なら、すでにこの世にはいないとも。
「怖いよね、骨肉の争いって。私も人の事言えないけど」
現在の王太子は王妃一族やその派閥が支援者だ。
一大派閥であることは間違いない。
それを覆そうとするならば、決定的な功績が必要だ。
嫌な事聞きそうだから話変えておこう……。
「ところで、部屋はどちらでしょうか?」
わたしが聞くと、ローデシー侯爵がわたしの手を取ろうとしたが、その前にミシェルが割り込んだ。
「この城の侍女に案内していただければそれで十分ですよ」
「女装姿は美人なのに、男の格好しているときちんと騎士に見えるから驚きだ」
ローデシー侯爵はミシェルを上から下まで眺める。
「部屋に行く前に、一つ面白いものを見せてあげよう。アンドレも来るだろう? ただし、申し訳ないがそちらの二人には部屋で休んでいただこう」
「申し訳ありませんが、それは許可できません」
ミシェルが庇う様に立ったまま言った。
得体のしれない相手とよく知らない義父と三人でどこか行くなんて、わたしだっていやだ。拒否したい。
「私は一応王族で、君たちに拒否権はないんだよ? 無理矢理連れて行ってもいいけど、さすがにそれは国際問題になるだろう? アンドレだって許さないだろうし」
「そもそも、私はリーシャと会わせるだけだったんだよ。君がしつこいくらい聞いてきたから。強引な手に出るのなら、私も許さないよ。せっかくできた娘に嫌われたくはないからね」
他国において、アンドレ様に何ができるのか分からないけど、どうやら一応こちらの味方らしい。
本当に味方かどうかは怪しいところだけど。
アンドレ様がわたしの味方に付いてくれたおかげか、ローデシー侯爵が肩をすくめた。
そして、仕方なく説明した。
「リーシャに見せたいものは、この国の秘密にも関わる事だから、できれば必要最低人数が良かったんだ」
ものすごく、見たくない。
他国の秘密に関わるなんて、絶対にいい事ない。
それに、王族なのに他国の人間にそんなもの見せていいのかな?
いや、絶対にまずいでしょう!
考えなくても分かる。
何を考えているのか分からない顔だ。
常に笑みを張り付かせているのに、まるで獲物を狙うかのようで。
「他言無用だよ? 言ったら困るのは私ではなく君だから」
「わたくし?」
「そうだよ」
ではなおさらやめていただきたい。
他国の面倒くさい問題に巻き込まれたくないので。
とは思っても、結局わたしに拒否権はない。
なにせ、ここは他国の王宮。
道すら全く分からないのに、ここで一人取り残されたら、絶対に迷子になって抜け出せない自信がある。
「こっちだよ」
連れて来られたのは、歴代国王陛下の肖像画が飾ってある部屋だった。
アンドレ様も珍しそうに見ているということは、ここに来たことはないようだ。
肖像の間と呼ばれるこの場所は、特別国の秘密に関わるところではない。
しかし、その奥にカーテンで仕切られた部屋があった。
隠し部屋というわけでもなく、ただなんとなく分けているだけのような部屋。
「こっちは歴代の王妃の肖像画なんだよ」
カーテンで仕切られているせいか、薄暗い。
そのままカーテンを開けておけばいいのに、ローデシー侯爵はカーテンを閉めて、燭台に明かりを灯す。
薄暗い中で、その光だけが頼りだ。
「どうして分けてるんだい?」
わが国では皇帝陛下と皇妃陛下の肖像画は、並んでいるからこその質問だ。
「今から説明するから」
ローデシー侯爵の案内の元奥に進んでいくと、そこにはひときわ大きな肖像画が覆いに隠されていた。
「この肖像画を表に出せないからこそ、分けられているんだよ」
ローデシー侯爵がその覆いを一気に外す。
そこには、一人の女性。
金髪に碧眼の――。
全員が唖然として、そしてわたしの方に顔を向けた。
いくつもの双眸を受けたが、わたしだって意味が分からない。
「彼女の名前は、リシェル。我が国初代国王陛下の王妃さ」
そこにいたのは、紛れもなくわたしそっくりな人物。
しかも、その肖像画はそれだけじゃない。
彼女の側にはヴァンクーリまで描かれている。
ほかの王妃の肖像画にはいないのに。
まるで特別だとでも言う様に。
「驚いた? 僕も驚いたよ。この国の王族の歴史を学んだのはつい最近でね。ヴァンクーリと王族の関係を知ったのもつい先日の事」
ローデシー侯爵が肖像画のヴァンクーリを撫でた。
「ヴァンクーリがなぜわが国にいて、そして今いなくなりつつあるのか……。君が関わっているんだよ、リーシャ。おそらく、クロードも知らない我が国の秘密。君は、この初代国王陛下と結婚されたリシェルの血族――しかも直系筋の人間なんだよ」
説明されているのに、頭に入ってこない。
意味が分からな過ぎて。
「ヴァンクーリは彼女の血族にしか仕えない。そのため、ずっとこの国にとどまってくれていたんだけど、段々と血が薄れて近年は、なかなか思う通りに行かないことも増えた。そんな時、急にヴァンクーリが移動を始めて、どういうことだと気になるだろう?」
王族としてはその原因を調べないわけにはいかない。
このヴァンクーリの毛は国の主要産業なのだから。
「リーシャ、君はヴァンクーリの長と契約したでしょう?」
確信を持って言われた言葉に、わたしは否定する言葉も出てこなかった。
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