2.似ていない父子
「やあ、初めましてだね。アンドレ・リンドベルドだ。そっちの総括執事も初めましてだね。ロックデルの事は残念だけど、ぜひ今後もクロードをよろしく頼むよ!」
初めて会う旦那様のお父様――アンドレ・リンドベルドさまは、深紅の髪に旦那様より少し明るい赤い瞳を持つ、なんというか……陽気な人だった。
そして、やはり親子。
旦那様にそっくり、いや違うか。旦那様がお父様に似てるのか。
顔の形は似てるのに、印象が全然違うのは、アンドレ様が常に人好きしそうな笑みを浮かべているからだ。
「はじめまして、リーシャと申します」
第一印象は大事に。
あいさつもなく結婚した負い目のあるわたしは、しっかりと頭を下げてあいさつする。
すごく見られている、そう感じた。
「いやー、君がクロードの結婚相手か! 噂を信じちゃだめだなぁ」
「は、はぁ……」
手をグッと握りしめられ、そのまま身体を寄せられ、おもわずのけ反った。
なんとも距離感の近い人だ。
というか、旦那様と性格違いすぎない?
「そんなに緊張しないでね。私は別に息子の結婚を反対しに来たわけじゃないんだから。少しだけ、式に呼んでくれてもよくない? とは思ったけど」
笑顔全開で言われると嫌味なのか本心なのか判断がつきにくい。
こっちの貼り付けたような笑みがはがれそうだ。
口元が引きつっていない事を祈ってます。
「その、申し訳ございません」
「謝らなくてもいいよ。どうせクロードの発案だろうし。私は心底息子に嫌われているからねぇ。来てもきっと能面を貼りつかせて冷たい目であしらわれるのが落ちさ」
なんだか少し分かる気がする。
冷たく鋭い言葉で淡々と罵倒しそうだ。
「でも本当に美人だね。君は御母上似だ。よかったね、御父上に似なくて」
「両親をご存じで?」
「知っているとも、当時はなんで二人が結婚したのかすごく謎だったから。本当に美女と野獣とでも言うのかなぁ? 私がもう少し若ければ、もしかしたら私が君のお父様になっていたかもね!」
いや、その場合わたしは生まれていない気が……突っ込むのはそこじゃないか。
「あ、でももうお父様か。義理だけど。私は娘も欲しかったんだけど、妻が難産でね。一人息子が生まれたから、これ以上は無理しない方がいいかと思ってあきらめたんだ。あ、言っておくよ? 私は確かに女好きだけど、妻がいるうちは手を出していないからね!」
女好きだけど、奥様が生前中は浮気はしていないと。
その辺は分別あるようでなにより。
いや、自分で女好きとか言っちゃうほうが問題かも?
いやいや、でもほらこの人今一応独身だし……。
いやいやいや、でもエリーゼ問題もあったし……。
目の前の人物をどう判断していいのか迷う。非常に。
「でも、クロードは本当に面食いだったんだね。そこは私に似たのかな? 皇女殿下も美人だけど、なんというか意地の悪さが顔つきにも出て、ちょっと娘にしたくないなとは思ったんだけど……。こんなに美人で可愛い子が娘になったんだから、よくやった! って言いたいよ」
「あ、ありがとうございます……」
勢いと圧がミシェルと同類だ。むしろおしゃべりだった。
陽気なおしゃべりは好きだ。友人として付き合うのはいいけど、義理の父親として付き合うのは少しやりにくい。
「ところで、クロードはどう?」
「どうとは?」
「淡白そうな顔してるけど、結構激しかったりする?」
いや、これなんて答えたらいいんだろうね?
場が静まり返っていますよ……。
「ほら、特定の女性とかいなかったし、そもそも興味なさそうだったし。父親としてはちょっと男として機能してるのかなって心配になるんだよ。跡継ぎの問題もあるし」
普通、こういうデリケートな問題を聞くのは女性だ。特に嫁ぎ先のお義母様。
男性側が立ち入ったことを聞くことはない。
もしかして、旦那様のお義母様がいないからその役割をと思って聞いてるのなら、むしろ聞かないでそっとしておいてほしい。
一体、わたしになんと答えてほしいのか。
「美人だし、身体つきだって悪くない。毎晩楽しんでいるのかなぁってさ」
え、これっていじめの一種かな? 完全に性的虐待じゃないの?
跡継ぎ問題を心配している気持ちは本当だろうけど、女性に尋ねることじゃない。
「小父様、それは完全に問題発言です。クロード様に知れたら、お小遣いが無くなりますよ」
割って入ってくれたのは、このなかで唯一のご親族ロザリモンド嬢。
素敵!
「え、これくらいの嫁との会話、普通じゃない?」
「わたくしは、嫁ぎ先の舅と閨について語り合いたいとは思いません」
きっぱりと拒絶するロザリモンド嬢に、アンドレ様が感心したようにわたしの耳元で囁いた。
「すごいね、ロザリモンドを飼いならすなんて」
わたしは猛獣使いか何かでしょうか……。
アンドレ様がにこりと微笑みようやく手を離した。
「自制心は大事だけど、怒りたいくらい嫌な発言には腹を立ててもいいんだよ? リンドベルド公爵夫人はそれをやっても問題にならないんだから」
一瞬、旦那様と重なって見えた。
わたしを試していたのだ。どこまでの発言で怒りをみせるのか、どれほど自制心があるのか。
この家門、どうして何も言わずに人を試すんでしょうね?
公爵家は敵が多い。隙を見せないように笑顔で武装するのは当然だけど、限界まで我慢する必要はない、それがアンドレ様からの言葉だった。
なるほど……。我慢するだけのいい子じゃだめってことですか。
「ところで、ちょっと出かける準備してね」
「はい?」
「いやー、これからちょっと隣国のお祭りに一緒に行こうってお誘いさ! バッシュール王国の羊毛祭はなかなか楽しいよ」
バッシュール王国の羊毛祭とは、皇女殿下の代わりに公務で訪れることになっていた国だけど、ヴァンクーリが現在なぜかこっちの国に――というよりも旦那様の領地にやってきているので中止になるのではないかと思われていた祭りだ。
実は、この国ではヴァンクーリの毛が最も有名だけど、元は羊毛で産業が成り立っている、羊毛の生産国とも言えた。そのため、二年に一度のヴァンクーリの毛刈り時期に合わせて羊毛祭というものが開催される。
実は先日、結局開催されることになったと聞かされ、なくなったと思った公務が復活したのでちょっとげんなりした。
「あの、夫の許可なく勝手なことはできないんですけど……」
「ああ、大丈夫大丈夫! 私のせいにしていいから。聞いたんだけど、公務で行くんでしょう? 国賓として招かれて正式に入国したら、外で遊べないからね。一足先に行って、ちょっと観光しても罰は当たらないよ!」
罰が当たるとか当たらないとかそれ以前の問題なんですけど!
ちょっと! 誰かこの人止めて!
「突然の事で、準備が――」
「もう手配してるから問題ないよ。足りないものがあれば買えばいいし。お義父様が買ってあげよう!」
ええー?
何から何まで仕込み済みって……。
「あ、クロードは皇太子殿下のお相手があるからしばらく帰ってこれないと思うよ。お義父様とデートしようね?」
にこにこ笑うアンドレ様は、さぁ行こう! とわたしの肩をがっしりと掴んで強引に身体を押し出した。
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