21.悪だくみは権力を行使して
あの日、旦那様からどうしたいか聞かれた時、わたしは正直どうでもいいかなって思った。
だって、噂だとしても結局ほとんどの領民がわたしを信じてはくれなかったのだ。
それなのに、両隣の領主からの嘆願で助けるのは、どうしようもなく嫌だった。領民だって被害者だと思えなくはないけど、裏切られた気持ちはわたしにだってある。
しかも、頼んできたのが旦那様に対してというところも気に食わない。
結局、わたしには助ける能力がないと言われている様だ。
実際、女のわたしに頼むよりは、同じ男で領主でもあり、国一番の資産家である旦那様に頼む方が現実的だと言う判断は、間違ってはいない。
だけどね。
あの領地はわたしの生まれた領地で、誰よりも一番知っている。
どうすれば助けられるのか、お金だけでは解決できない様々な問題は、わたしの方が知っている。
つまりだ――。
「いじけるな。別にお前に能力がないわけじゃない」
「いじけてないですけど? 旦那様じゃなくて、わたしに手紙くれても良かったんじゃないかって思っているだけですけど?」
分かっていますとも! わたしよりも旦那様の方が頼りになるくらい! だけど、あそこはわたしの領地だったし、わたしの方が詳しいし! 赤の他人に近い旦那様より、一応ベルディゴ伯爵家出身のわたしに現状を知らせてくれても良かったんじゃない!?
「読んでももらえないと思ったんじゃないのか? ベルディゴ伯爵家でリーシャがどんなふうに扱われていたのか、それくらいは近しい領地なら知っていたのかもしれない。それなのに、助けもしなかったのなら、リーシャに恨まれていると考えてもおかしくない」
「他領の人間が継承問題に関わると碌なことにならない事は常識です。別に助けを求めたわけでもないですし、恨むとか恨まないとかそんな感情は芽生えるわけありません」
「人の考えなんて、結局本人しか分からないことだ。それに、この手紙が私に来たのは、おそらくリーシャのためだろうな」
「わたしのため?」
「ベルディゴ伯爵家で冷遇されていた君が、今はリンドベルド公爵夫人になってそれなりに幸せに暮らしている。そこに、ベルディゴ伯爵家の陳情をすれば、また悩ませることになるとでも思っているんだろうな。苦労したのだから、ベルディゴ伯爵家の事はもう関わらせず、実家の事に思い悩ませたくないという配慮だ」
人の気持ちや考えは、本人にしか分からない。
旦那様が言うように、もしかしたら両領主にはそういう考えもあったのかもしれないし、わたしの考え通りに、わたしより旦那様を頼った方がいいと思ったのかもしれない。
その真意は、わたしにも旦那様にも分からないのだ。
「まあ、どちらにしても現状この両領主が悩んでいるのは事実だろうがな」
「結局、それだけは事実なんですよね……」
わたしは、はあとため息を吐いた。
「それで、どうする?」
「……面倒事はごめんです。わたしは三食昼寝付きのだらだら生活をするために結婚したのに、どうしてどんどん厄介事が舞い込むのか非常に悩んでいます」
キッと目じりを吊り上げて、主な原因はそっちだぞと睨むが、旦那様には全く効かない。
「でも、もしベルディゴ伯爵領が完全にわたしの財産になるのなら、わたしにも利があるからいいかなと思います」
「それはどういう意味か分かってるか?」
「覚悟を決めました。逃げるのではなく、今度はわたしが徹底的にすべてを奪い取ります。正確に言えば、返していただきますですけど」
わたしの答えに満足そうに――とは程遠い、呆れた顔つきの旦那様。
「……あの、何か?」
「いや? まあ、そのうち気付くかと思っているが、このまま気付かなかった場合どうしようかと考えているところだが――、覚悟を決めたのなら別に協力はしよう。私にも利がありそうだしな」
今度は少し乗り気な感じで、旦那様が口角をあげて笑う。
とりあえず、わたしの目的のためには旦那様の協力は絶対に必要になるので、乗り気なのは何よりだ。
なにせ、爵位も奪うとなると、どうしても旦那様に爵位を継承してもらう事になるのだから。
「問題は、どうやって爵位を父から継承するかなんですけど……」
「それは私の方に考えがある。まあ、爵位の一つや二つ、その気になればどうにでもなる」
普通は、どうにもなりませんけどね。旦那様が言うと、とっても簡単そうに聞こえますよ。
「ちなみに、どうやるんですか?」
「爵位の承認は皇帝陛下が行う。つまり、その皇帝陛下をこちらの味方に付ければ、ほとんどの事が滞りなく進む」
「……普通、そう簡単に皇帝陛下を動かす事はできませんよ?」
「向こうには私たちに対して、借りがあるからな。返していただこう」
権力はこうやって使うのだと邪悪に笑う旦那様。
旦那様の頭の中ではすでに爵位剥奪までの過程が出来上がっていそうだ。
「その辺りの事は私が手配する」
どんな手を使うのか、聞いた方がいいのか聞かない方がいいのか……。
「ベルディゴ伯爵は精神疾患を患っている――そのせいで善悪を正常に判断できなくなっている、と私は思う。判断能力が欠如している者に爵位を任せてはおけないと思わないか?」
「……診断書とか必要ではありませんか?」
「偶然にも、ベルディゴ伯爵は最近よく医師に悩み事を打ち明けているそうだ。きっと、心神喪失状態という診断を下している事だろう。きっと姉君も苦労の末に、疲れ切って正常な判断ができなくなっているに違いない。この間の私への態度は、それで説明できるな」
もう、深くは聞かない事にしようかな……。
「あの……申し訳ないのですが、一つお願いが」
わたしが話を変える様に恐る恐る言うと、旦那様がなんだ? と聞き返してくる。
「借金返済のために、お金を貸してほしいんですけど……」
「ベルディゴ伯爵家の借金は、別にリーシャの借金というわけじゃないだろう? むしろ私が爵位を継承すれば、一応私の責任問題として付随してくる。リーシャだけが背負うべき問題ではないが」
「気持ち的な問題といいますか……、一気に返すのは難しいですけど、少しずつ領地収入で返せればと思います」
結局のところ、借金の問題は、リンドベルド公爵家の資産をベルディゴ伯爵領のために使わせるのは申し訳ないと言うわたしの気持ちの問題だ。
爵位を継承すれば、旦那様が一応ベルディゴ伯爵領の主となり、伯爵位を得るが、それは一時的なものだ。
爵位は二つ以上同時に継承はできないが、中継ぎとしてならば爵位を同時保有できる。
今回の場合、私はすでに結婚して他家に嫁いでいるものの、ベルディゴ伯爵家の跡継ぎがいなくなるので、私の産む男児が正式に爵位を受け継ぐことができる。そのため、一時的に旦那様が預かる形になるのだ。
ただし、産まれなかった場合は皇帝陛下に返上することになるのだけど。
ちなみに、分家の人間も継ぐことは可能だけど、ベルディゴ伯爵家には分家の血筋が少なく、わたしと父の家系以外では傍系も傍系というくらい遠い親戚になる。それでも、爵位が欲しい人は少なからずいるだろうけど、借金持ちの領地を継ぎたい人はそうはいない。
旦那様はわたしの気持ちを理解してくれたように、頷く。
「借金の額については調べてある。それに、債権は全てこちらに回してもらうように手配しよう。我がリンドベルド公爵家にとってみれば、ささやかな金額だな」
さすが、国一番のお金持ち。
言う事が違いますね。
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