16.嘆願の手紙
とにかく、ベルディゴ伯爵家の現状というのは想像通りとでも言おうか。
領地を返せば、借金はなくなるけど社交界で生きてはいけないし、そもそも生活だって慎ましいものになる。
贅沢に慣れきった実家の面々にしてみれば、我慢できるはずない。
それが分かっているから、今必死なんだろうけど。その必死さを少しは領地へ向けてほしいなと思っていると、珍しくディエゴが質問してきた。
「そういえば、領地が売れないのに、領地を担保に借金する人がいますけど、あれってどういう仕組みなんですか?」
その問いに答えたのはミシェルだった。
「正確には領地を担保というよりも、領地の税収を担保に借金してるんですよ。前年度はこれだけの収益がありました。だから、これだけは保証して返せますってね。収益は一概に前の年とイコールで結べませんけど参考にはなりますね」
「きちんとしているところなら、前年だけでなくここ数年の動向も把握してるな。正確な税収は分からないだろうが、おおよそは見当がついているだろう。おそらく、長年の蓄積した資料はきっと持っている」
「わたしが思うに、あまり信用できるところからお金を借りていると思えませんけど……」
「私もリーシャ様と同意見ですね。見る人が見れば分かる事です。誰が領地を守って来たのかという事は」
「それもそうだな。そういえば、こんなものが届いたが見たいか?」
旦那様が引き出しから出したのは数通の手紙。
封蝋は破られているが、その家門の印はわたしが良く知っているものだった。
「ベルディゴ伯爵家の両隣の領主一族からですか?」
「そうだ。言わなくても、分かるかも知れないが、一応言っておくと嘆願書のようなものだ」
「また、面倒な案件ですね」
「そう言ってやるな。この両隣の領地がどういう所か知っているだろう? いわゆる下級貴族、隣の領民が勝手に居ついているのなら困るのは目に見えている」
下級貴族は、お金を持っている新興貴族と、お金を持っていない昔から国に仕える貴族の二つに分けられる。
ちなみに、現在領地を持っているのはそのほとんどが国に昔から仕えている貴族。
つまり、お金持ちの新興貴族派は領地を持っていないことが多かったりする。商売で成り上がり経済を潤した功績――というか影響力が無視できなくなり、一定の力を持った商人を国の味方につけるために貴族の位を与え出した。
商人は打算的生き物だから、爵位を与えて忠誠を誓わせた方がいいと当時の皇帝陛下は考えたらしい。
そのため、新興貴族とよばれる下級貴族はとにかくお金だけは持っているし、市場での権力や物流に関しても影響力がある。
しかし、領地持ちの下級貴族は税収があっても意外とお金を持っていないことが多い。そして、わたしの実家であるベルディゴ伯爵家の両隣は下級貴族でしかも家計は、赤字ではないものの、ものすごく贅沢できるほどでもないといったところ。
領民を守っていくだけでも大変なのに、借金地獄のために重税を重ねた結果逃げ出している隣の領地の領民がいることで、被害を被っているのだと思う。
その事に対して、ベルディゴ伯爵家に言ったところで、だったら送り返せと返されるのがオチだろうし、人道的に見てできないと判断した結果、姻戚関係になったリンドベルド公爵家に助けを求めてきた、という事らしい。
「無視するってできないんですか? そもそも、これって中央に言えば喜んで調査してくれる案件では?」
「貴族嫌いのお方がいっぱいいる部署ですよね?」
たしか、一歩間違えたらこの間の公爵領でのできごとも調査対象になるところだった。
「知ってるか? やつらは相当性格が悪いって事を」
旦那様が嘲るように笑い、机をとんとんと叩く。
「いわゆる金を持っているところには嬉々として調査に入るが、借金だらけの所にはおざなりな調査しか入らない」
「ああ……そういえばそうでしたね」
納得顔のミシェルに、いまいちわたしは分かっていなかった。
「金銭取引でもみ消せるって言うのは聞いたことありますけど、借金するような領地にそんな事できませんよね?」
「むしろ、旨味がないから何もしないんだ」
なんでも、その部門はお金になるから部署として立ち上がったんだとか。
領民に重税を強いて、たっぷりお金をため込み、脱税しているようなところに踏み込めば、国として罰を下し、罰金を科せられる。その一部は彼らの手柄としてお金が流れるらしい。
まあ、実際手柄である事は間違いないし、給料以上の働きをするのなら上乗せ報酬は当然。
しかし、では借金のある領地では? となる。
あきらかな重税と判断されない限りは見送られるし、それがどんなに苦境な立場であっても、領主の手腕の問題だからと相手にされなかったりするらしい。
「なんですか、その現金主義は!」
正義の味方とか言われていませんでしたっけ!?
「貴族嫌いというよりも、お金を持ってる貴族が嫌いって事でしょうね。ただの妬みですよ。こんなのがまかり通るってすごいですよね」
「ミシェルの言ってる事も分かるが、はじめは国の調査機関として立ち上がったのは間違いない。しかし、そのうち金持ちどもを妬む奴らが集まり出して、現在の組織になっている」
「それって存在価値ないじゃないですか! 本当に助けてほしい人は助けを求められないって事ですよね?」
「リーシャ、君も分かっていると思うが、この世界は綺麗ごとだけじゃないんだ」
そんな事は分かっている。今、まさに理不尽なことが起きても、結局この国――いやどこの国だって権力者が強いのだ。
持つ者が、持たざる者を虐げる。それが現実だ。
「この二人の領主は善人だからこそ、こうしてこちらに訴えかけてきているんだな」
「少し関わりがありますが、良い領主だと思います」
ラグナートはわたしよりも領地に関しては詳しい。それは両隣の領地に関しても。
わたしがベルディゴ伯爵領に手いっぱいで他の事を考える余裕がなかったため、いわゆる外交的な立ち位置にラグナートがいた。
他領の事に関してはほとんどラグナートが捌いてくれた。
その関係で、ラグナートはベルディゴ伯爵領に近い領主とは少なからず関わりがある。
「領民が逃げ出しているというのは聞いていましたが、こうして嘆願が来るほどとは思ってもいませんでした」
「狙ったかのように同時に届いたのは何か作為を感じるな」
「さすがに下級貴族が、リンドベルド公爵家に一人で嘆願する勇気はでないでしょうね」
おそらく、お互いの領主が話し合って同時に嘆願を出した。そうでなければ、同時に届くはずがない。
本当は両隣の領主だってこんな事したくなかったはずだ。なにせ姻戚関係とは言っても他家の事。助けを求めるのはお門違いなのだから。
「祖父の代では親しく付き合っていたと聞きます、あまり無碍にはしたくありません」
母とわたしの代では少し距離を置かれていたけど、悪い付き合いではなかった。
「他領のもめごとに関与するのは後々他から何か言われそうだが、正式に関与することを望まれている事だし……あとはリーシャ次第だな」
結局、決定権はわたしにあると旦那様が言う。
リンドベルド公爵夫人として、どうしたいのか。どうするべきかの正解は分からないけど、ただ一つ言えること。
「わたしは――……」
素直に旦那様に今の思いや気持ちを伝えると、旦那様は静かに分かった、とだけ答えた。
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