13.話を聞かない相手には強制退場が有効的
さて、本来なら旦那様には立ち去る口実がある。
馬車が待っていて、もう帰宅するっていうのは誰もが見て分かるし、忙しいとか予定があるとか言い訳して逃げ出すことはいくらでも可能だった。
それができないのは、ひとえにわたしが旦那様の背に隠れているから。
動けば姉にばれてしまう。
そのせいで、旦那様は望まない会話を延々と聞かされ、相手をせざるを得なくなっていた。
途中ロザリモンド嬢が、帰ってはいかが? と口を挟んだけど、全く相手には理解してもらえていない。
そんな相手にはどうやって対応するのが一番なのか、それを教えてくれたのはミシェルだった。
ようやく待ち人来たるで、ミシェルが戻ってくると、彼は背に隠れるわたしと苛立たしそうにしている旦那様、それにロザリモンド嬢を順番に見た後で、姉に視線を向けて眉を寄せた。
「あの、これは一体どういう事でしょうか?」
困惑しながらも、その目はきらりと輝き、何か良からぬことでも考えていそうだ。
しばらくその状況を眺め、自分なりに納得したのかにっこりと微笑み、顔の横でぽんと両手を叩き、首をかしげながら姉の前に進み出る。
「あら、もしかしてリーシャ様のお姉様ではございませんか? わたくしアンドレット家のミシェルと申します」
「アンドレット侯爵家の?」
「リーシャ様とは日頃から仲良くしていただいていまして――」
いっそ馴れ馴れしいくらいに、親しい知り合いかのような仕草で姉の腕に自分の腕を絡め、自然と旦那様から引き離していく。
「ちょ、ちょっと! わたくしはまだ――」
「あら、もう馬車が来ているではありませんか? もう少しお話してみたかったんですが、残念です。また後日ぜひお会いしましょう」
細く見えてもミシェルは男で、騎士としてそこそこ鍛えている。姉が抵抗してみせても、無理矢理馬車に乗せて見送った。
わたしはミシェルの手腕に思わず拍手したい気持ちだった。
乱暴ではないけど、かなり強引な力技で姉を旦那様から引きはがす手腕は、なぜかとっても慣れていた。
「いやー、噂で聞いてはいましたけど、結構すごいですね。あれがリーシャ様の姉君かぁ……。遠目でしか見たことなかったですけど、すぐに誰だかわかりましたよ。ある意味目を引きますから、あの輝きには」
振り返るミシェルが感心したように笑う。
姉の指には宝石の指輪、首元のネックレスや耳飾りも同様に煌びやかなもので、太陽の光を浴びてキラキラどころかギラギラ輝いていた。
ミシェルはアンドレット侯爵家にいた頃、よく社交で姉を見かけていたらしく、その頃から知っているようだった。
とにかく、宝石の輝きがすごすぎてよく目に入って来たんだとか。
もちろん、悪意ある嘲笑の的でもあったんだろうけど。
わたしはようやく旦那様の背から出てきて、ほっと息をついた。
「ミシェルって、いろんな意味ですごいって感心した」
「まあ、ああいう話聞かない系の扱いは得意かも知れませんね。皇女殿下も似たようなタイプだし。クロード様は苦手そうですね」
「苦手というか、嫌いなタイプだな」
「空気読めって感じですか? 分からなくはないけど、下手に相手する方が大変なので強引にでも話を終わらせた方がいいですよ。さっきのはやむにやまれぬ事情がおありでしたんでしょうけど」
その輝かしい笑みは止めてほしいなと口元がひくついていると、ミシェルが近づいてきて耳元で囁いた。
「で? クロード様に庇われていたリーシャ様は、もしかしてドキドキしたりしたんですか? 頬がちょっと赤いですけど?」
「ミシェル、そこはそっとしておく方が正しいでしょう!」
こちらはこっそり睨みつけながら返すも、ミシェルには全く効いていない。
ミシェルはすぐに、逃げ出すようにするりと身体を離した。
「クロード様、そんなに睨まないでくださいよ」
「睨んでいない。少し距離が近いと思っただけだ」
「嫉妬は見苦しくてよ、クロード様」
ロザリモンド嬢もミシェルの肩を持つように微笑む。
旦那様はそんな二人が面倒くさくなったのか、無言で顔を背けた。
「さっさと帰るぞ。そもそも、お前を待っていたからこんな事になったんだ」
「えー、そんなことまで責任持てませんよ。それに、僕はクロード様の命令に従っただけだし。あと、一応この場を収めたでしょう?」
収めたというか強制退場させたというか……。
どっちでもいいけど、一応ミシェルのおかげで助かったのは事実だ。
「一体何があったのかは、想像しかできませんので、続きは馬車の中でロザリモンド様から聞きますよ」
「ええ、一部始終見聞きしていたわたくしがきっちり説明して差し上げますわ」
いや、そこは簡潔にしておいてください。
特に旦那様の言った言葉に関してはぜひミシェルには話さないで!
「大丈夫か?」
馬車の中で二人きりになり、旦那様が尋ねてきた。
姉と直接的には対峙していないけど、声を聞いて、その要求を知ると疲れがどっと押し寄せた。
「旦那様のおかげで、今回はそこまで被害を受けませんでしたが、もし二人で話し合いになった場合、きっとさっさと離婚しろとか、金銭の援助の話にはなってたと思いますよ。実際、そんな事言ってましたしね」
「結婚前の態度もそうだが、今なおリーシャを下に見ているんだな」
「姉にとってわたしは搾取すべき相手ですからね。そんな相手がこの国でも最上位クラスの旦那様と結婚するなんてきっと彼女のプライドが許さないでしょう」
「あそこまで言えば、さすがに直接リーシャに要求することはないと思うが、ミシェルを側から放すなよ」
心配されてるなと少しうれしくなる。こんな風に心配してくれる相手は、今までラグナートしかいなかったので新鮮な気分だ。
旦那様は背を座席にもたれさせ、深く座り腕を組む。
「君の様子から会わせない方がいいと思ったが、どうやら正解だったらしいな」
「ええ、まあ……。別に姉が怖いわけではないんですが、なんというか条件反射と言いますか、言い返す事ができないんですよね」
「別に、会いたくないのなら逃げ回ってもいいさ。私も父に会いたくないから逃げているようなものだしな」
意外な真実に、わたしを励ましてくれているのかと思ったけど、その顔を見るとなんとなく本当の事なんだと思った。
「逃げているんですか?」
「責任取って戻ってこいと言わない時点で、逃げているようなものだと思っている。顔すら合わせたくないから、好き勝手に遊びまわっている事に対し何も言わないしな。金の催促に関しても、好きなだけ渡している。向こうも、私と会えば何か言われると分かっているのか、結婚したと知っても何も言ってこない」
それは、また……。
どうやら、金だけ渡すから帰って来るな、そう言う事らしい。
「そのうち遊び飽きたら帰って来るだろう」
金があるから好き勝手できている義父様と、お金がないのに豪遊する我が家。
貴族がお金を使って経済回すというのは理解できるけど、お金がない人がする事じゃないと思う。
旦那様は、逃げてもいいと言ったけど、きっとこれで終わらないんだろうなという事はすぐに思い至る。
なにせ、姉の結婚がかかっているらしいので。
きっと姉のお眼鏡に叶わない、下級貴族とか商人とかが借金の形に結婚を迫っているんだろうなって、どうでもいい事を考え、絶対にミシェルを側に置いておこうと決めた。
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