1.結婚相手は金持ち公爵
白いシミ一つない手袋を身につけた手に導かれ豪奢な馬車から、降り立った目の前には、目が眩むほどの豪邸――むしろ城がそびえたち、その正面玄関では執事を筆頭にこの城の使用人が列をなして頭を下げている。
そんな待遇を受けているわたしは、若干引いた。
というか、普通引く。
怖くて引く。
大貴族様にとってはこれは当たり前の出迎えの儀式かも知れないが、そして今日がすごく特別な日だからの可能性もあるけど、わたしはもっとひっそりと出迎えてほしかった。
そう、今日は特別な日。
結婚式だった。
結婚したのは国でも有数の権力者。
しかし、その権力者様は地味好きだったので、結婚式は親族だけ。
披露宴もなし。
そんな結婚式だった。
わたしをエスコートしているシミ一つない白い手袋を身につけた男性は、この出迎えに平然としているが、わたしはむしろ遠い目だ。
彼は、女性にしては背の高いわたしがヒールを履いてちょうどいいバランスくらいの長身で、女性陣なら誰もが狙うような美丈夫で、しかもお金持ち。
真っ赤な深紅の髪と同じ色の瞳は公爵家門の色で、一見すると情熱的に見えるが、彼はそれに反してかなり冷淡だ。
でも、そこがまたいい! と大勢のご令嬢の目を釘付けにしていた。
権力も金もある独身男だったこの男性。
誰がその妻の座を射止めるのか、というのはここ近年もっとも注視されていた事柄だ。
年齢も二十七と男盛りで働き盛り。
実際、かなりの仕事中毒。
しかし、だからと言って、不健康という訳でもなく、エスコートされるために身を寄せている状態でも分かるほど、鍛え抜かれた身体。
服を着ていると分からないけど、かなり美しい身体をしていそうだ。
痴女じゃないけど、想像すると鼻血ものかも知れない。
想像してキャーキャー言ってたご令嬢の気持ちも少しは分かる。
聞いた話によると、なんでも職業軍人よりも強いとか。
その理由を聞いたときはなるほどなぁと納得してしまったのは少し前。
そんな、結婚なにそれ、超めんどいという態度を隠しもしなかった男だったけど、さすがに親族叔母様連中の結婚しろしろ攻撃がうざかったのか、適当な相手を見繕ってついに年貢を納めにかかった。
選ばれた相手は、見た人間全員がおい、そいつでいいのかよ!? と突っ込みたくなるような女性だった。
つまり自分でも驚くけど、わたしの事だ。
常に隈を何重にも携えて、髪も肌もボロボロで、ドレスだけはまあそれなりだけど、身なりがそれに見合っていない、社交界では嘲笑される女。
それがわたしであり、卑屈でもなんでもない事実。
確かに、わたしはそれなりに歴史のある家の娘で、まあ、結婚相手としては妥当ともいえる。
血筋は遡れば、皇室にも連なるし、なんならこの皇室が始まる前から今の領地を守ってきたという恐ろしく古い家柄。
正直言えば、ここまで古い家柄はわたしの家を含めてもそうはない。
つまり、古臭い血筋が取り柄だけど、それだけだ。
ぶっちゃけ金だってこの公爵家に見合うだけの持参金は出せていない。
と言うか、これだけ繁栄している金持ち公爵家の統領様に釣り合う女なんて、皇室の皇女様しかいない。
そして、実はこの皇女様も今年十九になる超結婚適齢期。
噂ではこちらの公爵様を虎視眈々と狙っていたとか。
皇女様の身分だと政略結婚も当たり前と考える輩は多くいるけど、我が国はこの大陸の列強諸国の中でも抜きんでて国力も軍事力もある。
つまり、皇女様は自由に選べるお立場だった。
そして、その辺の有象無象の国に比べたら、こちらの若き当主である公爵様以上のお方はいないらしい。
なにせ、国でも有数の権力者でありお金持ち。
皇室の予算はきちんと報告義務もあるけれど、公爵様は自由自在にお金を扱えるという面で見ても、はっきり言えば皇室以上の金を簡単に動かせる。
そこに理由付けは必要ない。
さらに言えば、その辺の国に比べたら、この公爵家の方が一国並みに影響力を持つと思えば、どこの国にだって嫁ぎたくないのはよく分かる。
もう、公爵様一択なのも。
権力、金を省いても、有り余る魅力溢れる超絶美形だしね!
もちろん独身という事で、打診だってあったはず。
それを華麗に躱しつつ、いままで過ごしていた彼だったけど、わたしの想像するに、この皇女様と結婚したくなかったんだろうなぁと言うのは簡単に想像つく。
仕事中毒の隣の男にとって、自分の私生活に口を出されるほど苦痛なモノはないと思う。
普通の貴族令嬢ならば、公爵様自身の方が身分も立場も上だから黙殺できるようなことでも、皇女殿下となるとそうはいかない。
皇室では四人のお子様がいらっしゃる中で末っ子長女の皇女様だ。
周りから大層可愛がられて、大事に育てられたのは言うまでもない。
そんな箱入りが嫁いで来るくらいなら、さっさと身を固めた方がましと言う事だ。
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