藍染二反
とにかく締切前の突貫工事、でも今でなきゃ書けないテーマを書きました。郷土の偉人、渋沢栄一が令和の日本で何をしでかすか、荒削りな文章との酷評は上等、今投稿しなきゃ意味ないんです。
アタシの親友のお嬢様、鳴滝千栄莉のお父さんがCEOを務めるホークサーバントホールディングス。その傘下のドラッグストアチェーンで、格安のPCR検査をすると発表されてからしばらく経った。その後も検査希望者は後を絶たず、うちの近所でもやってほしいという要望に応えて、実施店舗も一都三県に広げられた。
陽性反応が出た人は、希望すればホークサーバントホールディングスの傘下にあるビジネスホテルチェーンで即受け入れ。外出禁止により収入が途絶える人もいるので宿泊は原則無料。個室にはいつ病状が急変してもいいようにヘルスチェックモニター完備で、何か異常があれば近隣にあるホークサーバントホールディングスが出資する医療法人の医師がすぐ駆け付けるし、子育て中などの理由で働きたくても働けない看護師を託児所付きの条件で常駐時間の時給をすべて保証した上で雇用したので、さらに急を要する容態変化でもすぐ対応できる。部屋にはテレビとWi-Fi完備、三度のご飯は一日あたり二千円という認定療養施設と同等の予算を目一杯使って作った、冷めてもおいしいお弁当を配達。飲食店の時短が影響して売れ残った食材を適正価格で仕入れ、栄養バランスを考えた上で美味しさも追求している。これもホークサーバントホールディングス傘下のレストランや、社食・病院食の運営を受託している会社が腕を奮っているおかげ。
「しかし、なんとも長ったらしい名前ですねえ。昔のように鳴滝商会のままで良かったと思うのですが。マユさんもそう思いませんか?」
と、アタシの心に直接語りかけてくるこの方。何を隠そう、近代日本資本主義の父渋沢栄一翁。千栄莉のご先祖様はこの渋沢栄一さんの考えに共鳴して公家の位を捨て、平民として商売を始めたのだとか。そしてそれまで名乗っていた苗字の代わりに、京都の地名である鳴滝を名乗り始めた。
「それなのに、一度捨てた苗字を英語にもじって持株会社の名にするとは、あまり感心はしませんね」
「ちょ、ちよっと、わたくしのお父様をあまりひどく仰らないでいただきますこと? 一応わたくしの親ですし、今はあのように心を改めて世の中のためにと尽くしているのですから」
栄一さんに割り込むようにアタシの心に乱入して来たのが話にのぼっているアタシの親友、千栄莉。
「それにわたくしの身体を使ってマユさんに語りかける事に慣れて来たからって、濫用はやめていただきたいですわ。わたくしの方はまだまだ未熟ですのに」
渋沢栄一という人物は昭和の初めに亡くなった。日本がファシズムへの街を歩み始めた、キナ臭い時代だった。まだこの世でやり残した事があるという無念の思いを抱きながらあの世へと旅立った栄一さんだが、それから九十年の年月を経た令和の日本に戻ってきた。かつて栄一さんの思想に賛同した鳴滝さんの子孫である千栄莉の身体に憑依するという形で。
「とは言え、使える能力は使いたいというのが人情です。それに、慣れていないと言いつつ、千栄莉さんの身体的負担もだいぶ軽くなって来たようですし」
千栄莉に憑依した栄一さんは特殊能力を使える。千栄莉の身体を借りて話したり、千栄莉の周囲にいる人の心に話しかけたり、時には人の意識と身体を乗っ取り、栄一さんの思う言動を取らせたり出来る。千栄莉のお父さんはホーク、いやもういいやこんな長ったらしい名前で呼ぶのやめた。改めて、千栄莉のお父さんは鳴滝商会のCEOなんだけど、このPCR検査大サービス構想も、栄一さんがお父さんの身体を乗っ取って発表した。ただし他人の身体を乗っ取る能力だけは憑依している千栄莉の体力を激しく奪う。でも他人の心に直接語りかける能力のほうは体力の消耗を抑えるコツがだんだん分かってくるものなんだってさ。
「だからといって、その、今は授業中です。先生のお話をちゃんと聞かなければいけませんわ。わたくしの勉学の邪魔をしないで下さります?」
「おっと、勉学にいそしむ若者を邪魔してはいけません、失礼致しました」
栄一さんは礼儀正しいというか、簡単に言えば超偉い人なのに、アタシたち高校生相手でも丁寧な言葉で話してくれる。本当に紳士だって感じがする。するんだけど、
「しかし千栄莉さん、そう仰っている割には、さっきから食べ物の事ばかり考えているようですが」
栄一さんは憑依している千栄莉の心が読める。そしてそれを元にこうやって千栄莉をからかったりもする、お茶目な面もある。
「……」
千栄莉は反論できず、うつむいて歯噛みする。
「でも千栄莉も大変だね。栄一さんと同居してるようなものでしょ?」
「その通りですわ。でもマユさんは他人事みたいに仰りますけど、栄一さまのやりたい世直しとやらに、マユさんも協力するのでしょう?」
昼休み。すなわちお弁当タイム@学園の花壇。千栄莉とアタシは東京のど真ん中にある超お嬢様学校に通っているのだけど、アタシん家は進学も危うい母子家庭。それなのにこの学校の高等部から入学出来たのは、栄一さんの意志を継いで創設された奨学金のおかげ。その奨学金にこの学園も賛同しているので、アタシは実質学費免除で通っている。
でもそんな事情もあって、お嬢様同級生にはなかなかなじめなかった。そこに声を掛けてくれたのが千栄莉。もちろん千栄莉は校内のカーストでも上位にいるんだけど、取り巻きにチヤホヤされての学園生活にうんざりしていたところに入って来たアタシみたいな異分子に興味を持ったみたい。最初はアタシへの同情とか物珍しさとかもあったかもしれないけど、いつのまにか本当にお互いをさらけ出してもいい仲になっていた。だからアタシは、自信を持って言う。
「協力するよ。親友があの世からやってきた栄一さんに憑依されてるのを知って、無視するわけにはいかないでしょ。それに、栄一さんのいう通りで今の日本っていろいろと変だと思う。それをどうにかできるならしたいし、そのお手伝いが出来るっていうんならアタシ、喜んで協力するよ」
「有難う御座います。マユさんがそう仰ってくれるなら、私も心強い思いです。一緒に頑張りましょう」
「はいっ」
栄一さんの言葉に、アタシは元気良く答えた。そして、
「マユさんがそう言うのなら仕方ありませんわね。わたくしも改めて、協力すると表明いたしますわ。べつにに、栄一様のためではありませんのよ。世の中のため、それに、マユさんのためですから」
「何が、マユさんのためなのですか? 千栄莉さん」
うわ、出た。千栄莉の取り巻き軍団。
「ごきげんよう、千栄莉さん。今日は外でランチでいらっしゃるのですか? ご病気にさわらなければよいのですけど」
「ごきげんよう、皆様。大丈夫ですわ。気候もよくなりましたし、すっかり初夏ですわね」
彼女たちはアタシと千栄莉がいるところにすぐ湧い出るお邪魔虫たち。アタシは割って入られても気にしないけど、千栄莉は他人が会話に入ってくるのをあまり好まない、というか、この子たちのことをあまり良く思っていない。
アタシがこの学校に通い始めて最初に親しくなったのが千栄莉。まさに入学式直後のホームルームだった。その後アタシ達は急速に仲を深め、車で校門まで送り迎えしてもらっていた千栄莉は駅前で降りてアタシと待ち合わせて登校するようになった。休み時間やお昼休みはご学友と呼ばれるコ達が集まってくるけど、千栄莉は自然にその輪の中にアタシを入れてくれていた。
「と、いうわけですの。マユさん、どう思います?」
という風に、うまいことアタシを友達の輪に入れてくれてた。次第にご学友の子たちとも会話をするようになった。
ところが、千栄莉が新型感染症のために学校を休むようになって事情は一変。表向き、ご学友たちはアタシと友達付き合いをしてた。でもそこが女子のズル賢いところ。先生の知らない、裏に回るとアタシに対していろいろ嫌がらせをしてきた。実習授業では親しげに話しかけて協力し合ってた子たちが、休み時間になって先生がいなくなると、アタシが何を話しかけてもシカトなんてのは序の口。登校すると上履きにゴミが入れられたり、体育の時、体操着を隠されたりもした。
でも所詮はお嬢様のやること、詰めが甘い。他の学校は知らないけど、ここの場合、千栄莉を頂点としたスクールカーストみたいのがちゃんとしてるから、それに従ってればいがみ合う必要も無いって感じ。そこにアタシというよそ者が入って来たから和が乱れたんだけど、彼女たちはどうやればアタシにギャフンと言わせられるかが分からないらしい。
だからアタシはすぐさまそれをはねのけた。どうやって、かと一言でいえば、力技かな。公立校出身者なめんなよ。結局は拳がもの言う世界を知ってんだよ、こちとら。
「いいんですか? 千栄莉さんは助けを求めているようですが」
「わざとほっといてんですよ。千栄莉も少しは打たれ強くなった方がいいんです」
取り巻き連中ときたら、こないだのパーティーに来てた大人たちをそのまま低年齢にしたみたいな子ばっかり。話すことの全てが、自分ちがセレブですよアピール。千栄莉はそんなのにうんざりしてて、だからガチで庶民のアタシに興味を持った。でも庶民の暮らしは楽じゃない。誰もかれもが自慢合戦してるのはウザイかもしんないけど、アタシたち庶民の子は力技でコミュニケーションするんだから、それに比べりゃ大したことない。
だいいち、アタシたちはこれから色んな人の口を借りて、栄一さんの世直しに協力しなきゃなんないんだから、色んな困難は来るだろうし、それにはお嬢様気分では耐えられないと思う。
それにしても、千栄莉はどうしてアタシと仲良くなろうと思ったんだろう。入学して二ヶ月くらいになるけど、その途中に千栄莉は入院したりしてたし、急速に仲良くなった感じ。
お嬢様の集まりの中にぽつりといた一般庶民への憐れみ?では無いと思う。千栄莉のお母さんはこの学園の理事長だから、推薦制度のことも知っているし、アタシを孤立させないためにわざと千栄莉と同じクラスにして、手助けさせたのはあると思う。でも千栄莉を見ていると、アタシといる時は本当に安らいだ顔をするのに今みたくご学友に取り巻かれると本当にしんどそうな顔をする。だから千栄莉はアタシの事を親友だと思ってくれているのは間違いない。
だからといって、アタシは千栄莉を甘やかすつもりはない。親友だからこそ、面倒な女子同士のゴタゴタを自分で解決できるようになってほしいと思っている。でも今日は、千栄莉が頑張るまでもなかった。
「お知らせします。生徒会役員および観戦実行委員の皆さんは、会議室に集合して下さい」
千栄莉は理事長の娘であるからして、生徒会にも一年生でありながら関わっている。そして、観戦実行委員会という、臨時で作られた集まりも生徒会が束ねている。だから千栄莉が召集に応じるのは当然のことだが、
「どうしてアタシまで巻き込まれるんだか」
この実行委員会を作るとなって、各クラスから一人委員を募る事になったけど立候補はゼロ。うちのクラスに限らず、ここのお嬢様たちは学級委員とか生徒会代議員とかいう立派な名前の付いた委員には進んで名乗りを上げるくせに、臨時の委員だからか誰も立候補しない。当然のように推薦を募るってことになったんだけど、そしたら、
「持田マユさんを推薦します。彼女は生徒会役員の千栄莉さんとも仲がよろしいですから、適役だと思います」
と、思ってもいない事をしれっと言いやがってアタシに委員を押し付けたのは、千栄莉の取り巻き軍団のリーダー格。こんな時だけアタシと千栄莉を友達扱いしやがって!でもそれを聞いた先生が、
「それは良いことですね。持田さんはまだこの学園に不慣れですし、これを機会に馴染めて良いと思います」
とか何とか言っちゃったもんだから、引き受けざるを得なくなっちゃった。
ま、アタシもやられっぱなしじゃいられないし、そいつ様の仰る通り、アタシと千栄莉が仲の良いところをなお一層見せつけてやってるけど。
で、観戦委員会って、何を観戦するの?って言うと、
「はい、それでは委員会を始めます。四年に一度のスポーツの祭典、一年遅れにはなりましたが、こうやって観戦することになりました。本日の議題ですが……」
そう、観戦するのは、オリンピック。
都内を始めとする小中学校を中心に、観戦チケットが配布されたのは何年も前のこと。でも感染症の流行で大会は一年延期。改めて今年挙行される事になったものの、感染拡大を恐れて辞退する学校が相次いだ。我らが鳴滝学園にも初等部や中等部にチケットが配布されたが、ウイルスの感染拡大状況を踏まえ、中止となった。でも。
なぜか、そのチケットは高等部に回ってきた。
「えー、初等部や中等部の児童と生徒につきましては、密を避けるという観点から観戦を見合わせることと相成り、自己判断でマスクなどの適切な使用が出来る私達高等部の手にチケットが託されました。私達は残念ながら感動を分かち合うことの出来なかった初等部や中等部の後輩たちの想いを無駄にせず、しっかり日本チームを応援する義務があります。つきましては、私達の手で選手の皆さんを応援する方法を考えましょう。何か、ご意見のある方はいらっしゃいますか?」
司会の実行委員長は、生徒会の役員でもある。そして、家はオリンピック協賛企業の大株主でもある。千栄莉の家が実質的に所有する鳴滝商会はスポンサーや協賛こそしていないが、それらの企業とは出資や融資・業務提携などで縁が深い。
要するに。利権とかいうものがオリンピックにあるとすれば、この学園の母体である鳴滝商会や学園の生徒の家庭も関わってくる、ってこと。そんなわけで、声を出しての応援が出来ない以上は横断幕やプラカードを作るのがいいのではないか、とかいう応援のアイデアも沢山出てくるのは当然のこと。アタシが知ってる公立の小中学校で、この手の会議や集会で積極的に意見を出す子なんてそうそういないし、この学園だって普段は似たようなもの。でも事が事だけに、みんな必死で自分たちの意見を発表する。
色んな応援のスタイル、アタシに言わせりゃ余計な作業がわらわらと決まり、会議は終わった。千栄莉はまだ生徒会役員として今日の会議の詰めを行うために、放課後も残るそうだ。ひとまず教室に戻る途中、アタシは栄一さんに話しかけた。
「栄一さん、アタシ、なんというかこの、モヤモヤするんですけど」
「ええ、私もです。多分似たようなことを思われているのだと思います。ですが、それを話すにはちょっと時間が」
「足りないですよね」
アタシと栄一さんは、改めて夜にでもやり取りをすることにした。