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短編作品

アネモネは枯れる

作者: 伊勢


「はあぁ~…バカみたい」


夜道を車で走り抜けながら、深い溜息がこぼれた。


…独りよがり過ぎて笑えない。


胸が苦しくて泣きたい気持ちになる…それなのに、不思議と涙がこぼれることはなくて、泣きたくても泣けない自分はなんなのだろうと思う。



…好きな人に、子供ができていた。


中学校の頃からの片思い相手。

彼とは中学の卒業以来連絡もとっていなかった。

家は近かったけれど、会うことも無く高校を終えた。

高校を出たあとは地元を離れて北海道の専門学校に入学して、卒業まであと半年という時に…彼から連絡が来た。


長らく連絡もとっていなかった相手から、それも未だ忘れられず心の中にいた好きな人からの連絡。

嬉しくないはずがない。

しかも、ご飯に行かないか?と誘いを受けたのだ。

だが残念ながら場所が遠すぎて会うことは叶わなかった。


それからというもの、彼とは連絡を取りあっている。

他愛のない話をするだけだったが…とても楽しかった。


就職は地元近くにしようと決めていたから、その時に会えるといいなと思っていた。

彼も私が就職した後で、隣の市で就職したというし、もしかしたら彼と付き合えるかもしれないと…期待した。


ずっと好きだった。


でも、学生の頃にこの気持ちを告げることは出来なかった。

伝えてしまったら…この関係が終わると思って怖かったから。伝えてしまったら…断られてしまったら…


だから、その先に進むことも出来ずに今になってもズルズルと引き摺っている。


だから、今度こそ。

今度こそ、この気持ちを伝えようと…


結局、彼と再会したのは連絡を取りあってから2年もたった後の事だった。その間お互いに仕事が忙しく、休みも合わなくてなかなか会えなかった。


ようやく、ようやく会える!

ジワジワと嬉しさと緊張で体が震える。


丁度、バレンタインも近い事だし…チョコを用意して会いに行った。


そしたら…彼の腕に白い塊が抱かれていた。

モゾモゾと動くそれは…小さな赤ん坊だ。


ピシリと心のどこかが罅割れる音が聞こえた気がした。


「お!久しぶりー」


「あ、うん…え、と。子供いたんだ」


呆然と彼に抱かれたその子供に視線を向けた。

まだ小さなその子はパッチリとした可愛らしい目を私に向けるとフニャリと笑った。


「おぅ!まだ7ヶ月なんだ~可愛いだろ」


「うん…結婚してるなんて知らなかったなぁ、びっくりした」


「あぁ、まぁな。家族以外誰にも言ってないしな」


「あ、そうなんだ」


なら、なんで私には見せたの…?

なんで、今教えるの…?


もっと、早く教えてくれたら…


「2人とも式挙げるの面倒くさくて籍だけ入れた感じだしな

ほら、パパの友達だぞ~?」


「…こんちにわ」


ぷくぷくとした頬を指で軽くつつけば楽しそうにその子は笑った。小さな手を私に伸びしてくるその様子は思わず頬が緩む。


「抱っこしていい?」


「勿論!気を付けてな」


「ん」


腕にかかる重みに、柔らかく暖かなその感触に感動した。


「女の子?凄い、可愛い。あ、目が似てるね」


「そそ…それよく言われるんだけど、そんな似てるかなぁ」


「うん、凄い似てる」


だって、私は貴方の目に私は恋をしたのだから。


照れながら話す彼が、凄く幸せそうで…少し泣きたくなった。


「いいなぁ…」


思わず零れ落ちたその言葉は何に対してなのか、自分でもよく分からない。


彼が羨ましいと思った。

同時に、幸せそうで良かったとも。


ふと、頬に暖かい感触が触れた。

視線を下げれば今は私の腕の中にいる彼の子が楽しそうに笑いながら私の頬に触れていた。

彼女の頬を触り返して、2人で笑う。

見れば、彼も笑っていた。


「…ありがとう」


「ん?おぅ!」


「明日も仕事だから…そろそろ行くね。あ、これチョコなんだけど…良かったら食べて」


「いいのか?ありがとう!じゃぁ、またな」


「うん…さよなら」


彼の後ろ姿を見送って、私はゆっくりとその場を後にした。



◇◆



彼と別れた後、宛もなく夜の街を走り抜ける。


方向音痴の私ではナビ無しでは何処を走っているのか既に分からない。ただ車の流れに沿ってさ迷った。


「はあぁ…馬鹿みたい、いや…違うか。馬鹿だ」


勝手に期待して、

勝手に舞い上がって、

勝手に落ち込んで。


自分の気持ちに勝手に振り回されて…阿呆かと思う。


「…ばか」


あの時…あの、中学の頃。

気持ちを伝えてたら…何か変わったのかな?

…いや、それはないか。


私は何も行動できない臆病者だから。


胸が苦しい。

悔しい。

哀しい、辛い。


でも…良かったと思う。


好きな人の幸せそうな姿が見れたから。

出来ればその相手は私が良かったけど、それは唯の我儘だ。


彼が幸せなら…いいか。


「初恋は実らないって本当だなぁ…でも、まぁ幸せそうで良かったかなぁ。ちょっと悔しいけど…仕方ない、か」


結局、彼には伝えられなかったこの気持ちは私の大切なものだった。

私の宝物だった。


でも…もう、この気持ちには蓋をしよう。



ーさよなら。


ーーありがとう。


恋を教えてくれた、貴方がいつまでも幸せでありますように…



ポロり…頬を流れ落ちたそれは、何だったのか。

私は知らない。



◇◆◇

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