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時計

作者: しおん

毎夜、12時になると、腕時計のアラームが鳴る。それは虫の息のように、ひっそりとだ。

貴子は決してメカ・オンチではないが、詳しくもない。

まだ新品だが、取説に書いてある通りに、操作をした。アラーム機能は変更されなかった。

老眼になり始めた目をしばたたかせながら、取説を腕時計の入ってる箱にしまった。

こんな時、理系出身の元主人がいてくれたら、と、ふと思ってしまった。

憎しみを募らせ、離婚をしたものの、いつしか時間は憎しみの心を癒していた。

憎しみも、癒された心も、両方をしまいこむように、腕時計の箱の蓋を閉じた。

今夜は9時過ぎから、マンションの真上の部屋がうるさい。

何をしてるのか見当もつかないが、時折、ドーン!ドン!と天井を響かせる。

余程、苦情を言いに行こうかと思ったが、時間的に女性一人での訪問は、躊躇うものがあった。

管理人不在のマンションでもあり、管理会社も当然しまっている時間だ。

明日、管理会社を通して苦情を言えば良いと、結論を下した。

今夜は我慢だ。

貴子はベッドに潜ると、すぐに眠りに落ちた。

深夜12時になると、腕時計のアラーム音で目が覚めた。

貴子は耳が良いのだ。虫の息のようなアラーム音でも、それは夢の世界から引き戻すのにじゅうぶんだった。

またか、、、。

半ば、うんざりしながら、1分程のアラーム音を聞き終えると、すぐ再び眠りに落ちた。

翌朝、目覚し時計の音で目を覚ました。7時ちょうどだ。

カーテンの隙間からは、6月の日差しが感じられた。

体を起こし、洗面を済ませると、いつものごとく、玄関のドアポストから新聞を引き抜いた。

スルッと、白い封筒が出てきた。

広告の一種だろうと思ったが、封筒は、新聞に挟まれていたわけではなかった。

貴子は何か気になり、封筒を開けた。手紙が入っていた。

『403号室の者です。毎晩、深夜の時計らしきアラーム音に悩まされています。耳栓もしています。どうにかしてもらえないでしょうか。』

貴子は思わず目を見張った。

アラーム音は、本当に小さな音で、耳栓までされるような音ではない。

むしろ、昨夜の騒音のほうが、余程ではないか。

貴子は便箋を取り出し、急いでペンを走らせた。

『303号室の者です。アラーム音は確かに鳴っていますが、ごくごく小さな音です。が、念のため、時計屋に持って行ってみます。また、昨夜、403号室から、夜の9時過ぎに、ドーン!ドン!という騒音が鳴り響いていました。お互い、気持ち良く暮らせるよう、ご配慮いただければと存じます。悪しからず。』

出勤時間が迫っている。今朝は朝食を抜き、急いでメイクを済ませ、着替えた。

手紙は403号室のドアポストに投函した。

耳栓をするほどのアラーム音など、別の部屋ではないかとも思った。

腑に落ちない一日が始まった。

仕事は順調に片付き、少々、残業をした程度で、帰宅できた。商店街の時計屋は閉まっている時間だった。

帰宅し、ルームウェアに着替えると、モニターホンが鳴った。

見ず知らずのサラリーマン風の、若い男性がこちらを見ていた。

こんな時間に営業かと思いながら、対応をすると、403号室の住人であった。

相手が男性であることも気になり、モニターホン越しにやり取りをしようと思った。

「今日、お手紙をいただいたようなんですが、おかしいんですよ?」

「はい、、、?」

「僕、今日まで1週間、出張で××県へ行っていたのです。夕方、帰宅しました。騒音てなんですか?別の部屋ではありませんか?」

「えっ、、、?」

貴子は今朝の手紙のことを話した。

「ちょっと、その手紙を見せていただけませんか?」

男性に言われ、貴子は躊躇った。玄関を開けることが怖い。頭を捻り、

「、、、警察を呼びませんか?」

と、提案した。

男性は、どうのこうの言うこともなく、

「そうですね。悪質な嫌がらせかもしれませんしね。僕が110番しましょうか?」

と、言った。

「いえいえ、私がします。」

そう言って、貴子は110番をし、不可解な手紙が届いて困っていることを話した。

警察官はすぐに来た。男女2名だ。

モニターホン越しに警察官を確かめると、貴子は玄関を開けた。

男性と貴子は、それぞれ、事情を聞かれた。

手紙と腕時計は警察署で預かることとなり、近隣の悪質な犯行かもしれないから、戸締まりなど用心するように、また、明日、管理会社にも伝えるようにだけ言って、立ち去った。

男性も恐らく出張疲れも出たであろう、疲労を滲ませた表情で、自室へ戻った。

貴子も疲れ切った。

悪い事をしていないのに、警察官にわかってもらえるよう話すのが、こんなに大変だとは考えたこともなかった。

クタクタになった体を引きずるように、夕食と入浴を済ませ、ベッドに入った。

ピ、ピ、ピ、ピ、、、

無い筈の腕時計のアラームが聞こえる。

おもわず、ガバッと布団を跳ねのけた。

ベッドサイドのテーブルの目覚し時計は、静かに時を刻んでいる。

あちこち辺りを見回したが、音の出所がわからない。

音は1分で止んだ。

静寂に包まれた室内にいて、上の部屋はどうなのだろう?と思った。

訪ねて聞きに行くには、非常識すぎる上に恐怖がつきまとう。

これから毎晩、こんなことが起こるのだろうか、、、。

不安にかられ、貴子は、なんでも話せる妹に電話をした。

妹は独身貴族を謳歌してる。

「はい、、、」

さすがに寝ていましたと言わんばかりの声で、妹は電話に出た。

「ごめん、聞いて、、、」

貴子は起こったことを、時系列で話した。

妹は、

「その腕時計、お払いしたほうが良くない?」

と、言ったが、腕時計は証拠品として持って行かれてしまった。

「その部屋に、何かがあるのでしょうね。実は事故物件だったとか」

入居時、そんな説明は聞いていない。

「でも事故物件なら、とっくの昔に何かがあっても良さそうだよ?」

貴子の声が震えてきた。

「そうだよね、、、。やっぱり腕時計だわ。どこで買ったの?」

「○○電機の通販。定価よりだいぶやすく買えたわ」

「通販かぁ。しかも○○電機なら、健全そうだね」

「流通のどこかで何かが?」

「そうだろうね。腕時計、お払いに持って行きます、と言って、取り返せないの?」

「明日、聞いてみる」

そして、電話を切った。

上の階の男性も気になる。無事に過ごしているのだろうか?

まんじりともせず、夜を過ごした。

アラーム音以外は、何も起こらなかった。

新聞がポストに投函された。

ああもうこんな時間かと思った。

一睡もしないまま仕事に行く不安もあったが、それ以上に腕時計の存在が心に重くのしかかっていた。

気分転換に新聞を広げると、有名デザイナーのコラムが載っていた。

「安い物作りは、途中で誰かが泣いている」

という、経済にちょっとしたメスを入れる内容だった。

最後まで読み終えると、睡魔が襲ってきた。

目覚し時計のアラームをセットし、ほんの少しだけ眠ることにした。

目を覚ましたあとは、どんより重たい頭を抱えながら、いつも通りの支度をした。

やがて、外の騒々しさに気付いた。パトカーのサイレンも聞こえた。

緊迫した騒々しさだ。

「○○警察署です!」

一軒、一軒、回ってる声が聞こえる。

ドン!ドン!ドン!

モニターホンではなく、玄関のドアを力強く叩かれた。

恐る恐る玄関を開けると、警察官が立っていた。

なんと、403号室の男性は、室内で死んでいたとの事だった。発見者は、連絡が1週間取れないことを不審に思った父親だった。

貴子は正直に男性とのことを語った。

すると、

「署で話を聞きたい」

と、パトカーに乗せられてしまった。

いつもの貴子なら、弁護士を、と言うところだが、朦朧とした頭で、判断がぼやけていた。

やがて、遺書が見つかった連絡が警察署に入った。また、男性のパソコンからは、大量の自殺サイトの閲覧履歴が見られたそうだ。

志望推定時刻は、アラーム音の鳴った12時だった。

どういうことなんだ、、、?

が、やがて、真相は警察から語られた。

男性は時計職人だった。スイスでの学生時代、△△△の時計をあるノミの市で購入した。

どうせ精巧に作られた偽者だろうと思ったが、時計職人として日々働くほど、△△△の時計は本物に思えてきた。

△△△はフランス革命時代に活躍した技師だ。

だが、晩年はアルコールに溺れ、自殺をしている。

男性が購入した時計は、晩年近くに、ノイローゼやアルコールとまだ闘いかけてる時に作られたものと見てとれた。

男性は正直、△△△に興味は無かった。興味あるのはやはりブレゲなどであった。

男性は、△△△の時計を分解し、流行りの腕時計に細工し部品を組み込ませ、こっそり流通させた。

なぜそのようなことをしたかは、わからない。

強いて言えば、その時から、△△△の呪いに憑かれていたのかもしれない、とあった。

世の中には人を狂わせるダイヤがあるように、人を狂わせる時計も存在しているのだ。

そういった主旨の遺書だったそうだ。

遺書の内容が気持ち悪く思われたのか、腕時計はすぐに貴子のもとへ帰ってきた。

貴子はお払いで有名な神社に持って行くと、丁重にお払いを腕時計と共に受けた。

それからは何事も無い日々を送っている。

そんなある日、定期見廻りで警察官が訪ねてきた。

ふと目をやると、腕時計は、あの腕時計のメンズ版だった。

貴子が最近の出来事を言い当てていくと、警察官は狼狽の顔を隠さなかった。

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