第三話・怒りの銃士
酒場メリーアンは、水を打ったように静かだった。
招かれざる客――本国からの流れ者の、三人組のせいである。
「今度は、お前の頭に風穴開けてやるよ」
あばた面の男は、本国で精製された魔弾をちらつかせた。
魔術師が今も勢力を誇る本国では、日進月歩で新しい魔弾が開発されているという。
魔術師によってひとつひとつ魔術を刻まれた魔弾は、凪の街でも高値で取引きされていた。
「こいつが当たったらどうなるか、さっき見たよなぁ?」
見せつけるように、あばた面の男は、魔銃の撃鉄を起こす。
ホークは胃の中身が逆流しそうな苦しみの中、命の危機を感じ取っていた。
常連客の右腿を撃ち抜いた貫通魔弾。
男の言う通り、人の頭くらいなら軽く穴を開けてしまうような代物である。
「ブルって声も出ねえか? 土下座して靴を舐めたら許してやるよ」
きっと、大人しく命乞いをするのが賢い人間のすることだろう。
このご時世、命あっての物種である。
どれだけ正義を主張しようと、死ねばそこまでなのだ。
「……断る」
だが、ここで従うホークではなかった。
「……あぁ? 聞き間違えか?」
ホークは魔銃を単なる人殺しの道具に使う連中が、何よりも嫌いだった。
魔銃は武器である以上に、貴重なオーパーツなのだ。
正しく研究すれば、凪の街のように、人々の生活の基盤となる技術を再現出来る。
にもかかわらず、この男たちのように暴力の手段として使う者がいる。
それは一人の銃鍛冶として、そして考古学者を志す者として到底許せないことだったのだ。
「僕は、お前のような奴には屈しない……ハンナを離すんだ……!」
ホークは伏していた顔を上げ、あばた面の男を見据えた。
あばた面の男は、思わずその気迫に気圧される。
だがすぐに取り繕うと、引き金に指を掛けた。
「じゃあ、望み通りぶっ殺してやるよ」
「待って、ホークに酷いことしないで!」
ハンナがホークに駆け寄ろうとするが、寡黙な男によりきつく腕を捩じられる。
「……あっ、そうだ。目の前でやっちまうってのはどうよ?」
「えっ……」
甲高い声の男が、思いついたように言った。
ホークに銃を押し当てていたあばた面の男が、心底嫌らしく顔を崩す。
ハンナの顔が、恐怖に染まった。
「いーいアイディアだ。そういうのは大歓迎だぜ」
「い、いや……」
怯えるハンナに、あばた面の男が近づく。
「や、やめろ……!」
ホークはあばた面の男の足にしがみつき、悪夢のような企みを防ごうとする。
「カッコいい兄ちゃんは、黙ってな!」
そんなホークを振り払い、あばた面の男は、彼を思い切り踏みつけた。
「俺たちに逆らったら奴がどうなるか、たっぷり教えてやるぜ!」
甲高い声の男はそう言うと、ハンナの服に手を掛けようとした。
その時だった。
「お兄さん方、おいたが過ぎるわね」
良く響く声が、荒くれ者たちの動きを制した。
女の声だ。
ホークの姉――ライザ・ハイラックス。
彼女はいつの間にか、音もなく、メリーアンの入り口に佇んでいた。
「なんだと? おい、今のはお前か?」
甲高い声の男が、声の主であるライザを睨み付ける。
「だったら、どうだっていうの?」
ライザは鬱陶しげに、首の後ろで銀髪を一つまとめにした髪留めを外した。
挑発的な仕草だ。
冷徹な蒼の瞳が、荒くれ者たちを捉える。
「よくもまあ、人の弟を可愛がってくれたこと。覚悟は出来ているんでしょうね」
ライザは荒くれ者たちに言い放つ。
その語気は凪いでいた。
動揺も、恐怖も、微塵も感じ取れない。
しかし、ただ静かな、無音の怒りだけがそこにあった。
「ラ、ライザ姉さん……」
ホークが苦し気に呻く。
「ほお、このカッコいい兄ちゃんの姉貴かい。なるほど、無謀なところがそっくりだぜ」
あばた面の男が嘲るが、ライザはそれを黙殺した。
「あんたがそこまで必死になるところなんて、久しぶりに見たわ。意外と根性あるわね」
慈しむような目で、ライザはホークを褒める。
「無視はいけねぇだろうが、姉ちゃんよ」
「汚いものと話すと、こっちの口まで汚れるのよね」
あばた面の男は、薄笑いを消して眉間にしわを寄せた。
その目にあからさまな殺気が籠る。
男は手に持った魔銃を、見せびらかすようにライザに向けた。
「生意気な女だ。俺が一番嫌いなタイプの女だぜ」
「でもよ、これまた上玉じゃんよ。こっちのアマと一緒にやっちまおうぜ?」
あばた面の男とは対照的に、甲高い声の男が好色じみた笑みを見せた。
だがあばた面の男も、甲高い声の男も、もちろん寡黙な男も、ライザの放つ雰囲気に気付いていなかった。
三人組は、事前に危険を察知するという、開拓者に必要とされる決定的な能力を欠いていた。
「だ、ダメです、ライザさん!」
声を上げたのは、意外にもハンナだった。
それは、ライザの身を案じてだろうか。
否――そうではないことを、その場に居る誰もが思い知ることになる。
「ハンナ、じっとしてて。すぐに終わらせるからさ」
ライザは、見る者が思わずほっとするような笑みを浮かべて、ハンナに言い聞かせた。
「女の美しい友情物語か? 順番決めくらいならさせてやるよ。どっちから相手してくれるんだ?」
甲高い声の男が、二人のやり取りを茶化した。
男の股間は、すでにはち切れそうなほど膨張していた。
「相手、ね。いいわ、してあげる」
色気すら感じる、しなやかな動きでライザは手招きをした。
まるで狩りをする山猫のような、野性味に満ちた艶やかさだ。
荒くれ者たちの劣情に火が点く。
「だったらまず、その足を吹っ飛ばしてやる。それから滅茶苦茶にしてやるよ!」
そうしてあばた面の男が、魔銃の引き金に指を掛けたその時であった。
乾いた銃声が、メリーアンに鳴り響いた。
「ぐっ……ぐぎゃああああ!!?」
あばた面の男は、右手と左膝を撃ち抜かれて倒れ伏していた。
取り落とした魔銃が、からからと床を滑っていく。
炸裂魔弾によって、皮一枚で繋がっているような状態まで破壊された左膝は、枝のように逆に折れ曲がっていた。
ライザの右手には、魔銃が静かに紫煙を上げている。
「お兄さん、余所者なら余所者らしい態度を取るんだったわね」
「て、てめぇっ!?」
甲高い声の男が、腰のホルスターに手を当てる。
しかし、その時には勝負は終わっていた。
「欠伸が出るわ」
瞬間、男の利き手の人差し指と親指が、ライザの撃った弾によって吹き飛ばされていた。
悲鳴と共に、血しぶきと二本の指が宙を舞う。
おまけとばかりに、みっともなくおっ起てた股間にも銃弾がお見舞いされていた。
「っはぁああぁ!!?」
この世のものとは思えない苦痛の声を上げて、甲高い声の男は股間を押さえて息も絶え絶えになっていた。
「っ……!」
残る寡黙な男は、咄嗟にハンナを盾にしようとした。
だがライザは、それを許さない。
「女を盾にしようだなんて、救いようのない下衆ね」
寡黙な男の、ハンナを掴んでいた腕が炸裂する。
ライザは、それだけでは済まさなかった。
同時に、寡黙な男の右膝をも撃ち抜いていた。
銃声は一度しか聞こえていない。
「す……すげェ」
店内の、誰とも分からぬが呟いた。
三人の荒くれ者を相手に、ライザは圧倒的だった。
きっちり、装弾数ぴったりの六発。
それで三人の、少なくとも腕に自信があると見える男たちを撃ち倒した。
これこそが西部を生きる銃士の、本物の早撃ちであった。
次回更新は本日中か7月19日(金)の予定です。