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第二話・酒場メリーアン

 凪の街の中央に位置する、巨大な噴水塔。

 その広場から東通りに出て、ヒュー山脈を望みながら歩くこと数分。

 昼間の活気とはうって変わって薄暗い東通りの中に、煌々と灯りをともす店が一軒あった。

 凪の街の名物酒場“メリーアン”である。

 その日もメリーアンは、一日の疲れを癒す開拓者たちで賑わいを見せていた。


「お待たせしました!」


 ごった返す酒場の中で、一際目を引く少女。

 メリーアンの看板娘・ハンナである。

 酔っぱらった開拓者たちの間を慣れたように通り抜け、麦酒をテーブルまで届けていた。

 一つくくりにまとめた亜麻色の髪からは、花を思わせる香りが漂っている。

 歳は十七で、まさにこれから花開く年頃といえた。

 酒の匂いとは違った、年頃の娘らしい香りに、開拓者たちは夢見心地である。

 彼女目当てに店に通っている者もいることは、言うまでもない。


「ハンナちゃん、こっちも麦酒よろしく!」


「はい、喜んで!」


 ざわついた店内でも、彼女がオーダーを聞き逃すことはない。

 店の中に目と耳が付いているかのようだった。

 早くして母を亡くした彼女は、物心ついた頃から父の切り盛りする、このメリーアンを手伝っている。

 店のどこに何があって、どの客がどのタイミングでオーダーを出すか、彼女には自然と、手に取るように分かるのであった。


「や、ハンナ。今晩も繁盛してるね」


 ベルの音と共にメリーアンの扉が開かれ、涼しげな顔立ちの少年が顔を出した。

 白銀の髪に、深緑の瞳が印象的である。


「ホーク! こんばんは!」


 ハンナの顔がぱっと輝いた。

 まるで、彼の来店を待ち望んでいたかのようである。

 当のハンナ自身、それが何故かはまだ気付いていないようであったが。


「今日は根を詰めてさ、もうお腹が空いてふらふらだよ」


 少年――ホークは慣れた様子でカウンターの席に着くと、ハンナに料理のオーダーを出した。

 好物のマッシュポテトは、一日の締めに欠かせないものとなっている。

 一番端の席は、ホークの指定席のようなものだった。

 暖かみのある木目のカウンターテーブルは、クラリアの木を使った特注品だ。


「お疲れさま。今日も解読作業?」


「まぁね。でも今日でようやく、半分くらいまでは解読が済んだよ」


「凄い! また夢に一歩近づいたのね」


 自分の事のように喜ぶハンナに、ホークは照れ臭そうに頬を掻いた。

 ホーク・ハイラックス。

 十六歳。

 銃鍛冶、兼、考古学者志望。

 凪の街で亡き祖父から引き継いだ銃鍛冶屋“ケイプロック”で銃鍛冶をしながら、遺跡の研究をしている。

 ハンナとは幼馴染であった。

 

「あれ、ヨースさんは?」


 キッチンにいるはずのハンナの父・ヨースの姿が見えず、ホークは首を傾げた。


「お父さんは今、自警団の寄り合いに顔を出してるの。すぐに戻ってくるわ。自警団の人たちを引き連れてね」


 ハンナはくすりと笑うと、料理を作り始めた。


「じゃあ、今はハンナが一人で店を回しているのかい? 大変だな、それは。何か手伝うよ」


「いーの、ホークは座ってて。最近は私一人でもなんとかなってるんだから」


 自慢げにハンナは胸を張った。

 よく育った乳房が強調され、ホークは思わず目を逸らした。

 まったく、この幼馴染は少し警戒心というものを持った方がいい。

 そんな二人のやり取りを、常連客は微笑ましいような、腹立たしいような目で見ていた。

 そうして、ちょうど客足のピークを迎えようとする頃だった。


「けっ、シケた店だな」


 荒々しくメリーアンの扉が開かれ、見慣れない男たちが闖入してきた。

 船旅特有の日焼けが目立つことから、海を越えて本国から来た余所者と見えた。

 リーダー格のあばた面の男に、恰幅の良い寡黙な男と、甲高い声の小柄な男。

 荒くれ者、といった呼称が相応しい三人組である。


「おい、どけよ。ここは俺らが使わせて貰うぜ」


 三人組は気持ちよさそうに酒を飲んでいた常連客を無理矢理どかせると、奥のテーブルについた。

 賑わいを見せていた店内が静まり返る。

 男たちは招かれざる客だった。


「おい、姉ちゃん酒だ。なんせ長旅で疲れてるからよ」


 我が物顔で店内を見回し、あばた面の男がハンナを呼びつけた。


「お断りします」


 だが、ハンナの態度は毅然としたものだった。

 店内がにわかにざわつきを見せる。

 ハンナを心配してのものだ。


「なに? 俺たちは客だぜ? 金を落としてやるって言ってるんだよ」


 あばた面の男が、不機嫌そうに吐き捨てる。

 しかし、ハンナは一歩踏み出すとはっきりと告げた。


「ここは楽しくお酒を飲んでいただくお店です。貴方たちみたいな人に飲ませるお酒はありません」


「んだとこのアマ! 俺たちを誰だと思っていやがる」


「知りません。お引き取りください」


 甲高い声の男が声を荒げたが、ハンナの態度は変わらない。

 ハンナにとって、このメリーアンは誇りだった。

 母を亡くした自分を育てる為に、父が汗水垂らして働く場所だった。

 寂しい時も、いつだってこの場所は笑顔に溢れていた。

 その誇りを踏みにじるような行為を、ハンナは許せないのだ。


「いい度胸だな。おい」


 あばた面の男が、寡黙な男に指示を出す。


「きゃっ!」


 寡黙な男は、ハンナの腕を掴むと力任せにねじり上げた。


「シケた店の娘にしては、中々の器量だな」


 値踏みするような、あばた面の男の下卑た視線がハンナを舐め回す。


「てめえら、よさねぇか!」


 常連客が立ち上がる。

 しかし、同時に銃声が一つ鳴った。


「ぎゃあぁっ!!」


 あばた面の男は、魔銃を引き抜いていた。

 発生式の魔銃である。

 その銃口からは一筋の白煙が立ち昇っている。

 それは、目にも留まらぬ早撃ちであった。

 立ち上がった常連客は、無残にも貫通魔弾で右腿を撃ち抜かれていた。


「こうなりたくなかったら、大人しくしとけや」


「やめて! お客さんに手を出さないで!!」


 ハンナの悲痛な叫びが響き渡る。


「お? お? このアマ震えてやがるぜ」


 甲高い声の男が、馬鹿にするように言った。

 事実、ハンナは身を震わせていた。

 実のところ彼女は、精一杯の虚勢を張って男たちに立ち向かっていたのだった。


「おいおい、可愛いなぁ、おい。そんなにブルって、俺たちに生意気な口をきいてたのかい」


 ハンナの目に涙が滲む。

 恐怖ではなく、屈辱だった。

 悔しくて堪らなかった。

 大切な店を、自分は守ることも出来ないのか――そんな無力感に対する涙だった。


「やめろ! ハンナから手を離せ」


 誰もが目を伏せる中、立ち上がったのはホークである。


「お、カッコいいねぇ。なんだ兄ちゃん、こいつの男か?」


「なんだっていい。その手を離せと言っているんだ」


 ホークは優男という風貌だったが、強い意志で男たちの前に躍り出た。


「離さなかったら、どうだって言うんだ? お前もさっきの奴みたいに撃たれたいのか?」


 威圧するように、あばた面の男が前に出る。


「おいおい、ひょろっちいな。それでよくカッコつけたもんだぜ」


 男はホークを見下し、小馬鹿にした。


「汚い面だな。威張ることしか出来ない屑には、お似合いだ」


「へぇ……気に入ったぜ。ぶっ殺してやる」


 売り言葉に、買い言葉。

 先に手を出したのは、あばた面の男だった。

 重い拳が、ホークの腹にめり込む。


「うぐぁっ……!」


 膝をつくホーク。

 見た目通り、彼は荒事には向かない男だった。


「カッコつけた割に弱っちいな」


 あばた面の男は、先ほど常連客の腿を撃ち抜いた魔銃を、跪くホークの頭に押し当てた。

予定を早めて2話投稿です。

次回は明日18日投稿の予定です。

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