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第一話・風の凪ぐ街

 凪が、夜の訪れを告げる。

 この街は朝と晩の二回、風が凪ぐ。

 “凪の街”――それが、この街の名前だった。


「あーあ、金欠だわ」


 彼方まで広がる荒涼とした大陸西部において、豊富な地下水源の恩恵を受けた凪の街は、荒野のオアシスとしても知られる。

 その街の入り口にあたる、南通りの繁華街を、ライザ・ハイラックスはぼやきながら歩いていた。

 尻尾のように束ねた長い銀髪が、歩調に合わせて左右に揺れている。


「そもそもの報酬がしょっぱいのよね、足元ばっかり見てさ。これじゃ全額回収しても、弾代とトントンってところじゃない」


 カウボーイハットに入れた銀貨を、指折り数えながら、ライザは口を尖らせた。

 賞金稼ぎを生業とする彼女は、ちょうど一仕事終えたばかりである。

 しかし依頼主がとんずらし、結局収入は前金で貰った分のみとなってしまったのだった。


「この様じゃ、今夜も粗食か……もう一丁くらい“魔銃”を質に入れようかしら?」

 

 ぐぅ……と、みっともなく腹が鳴る。

 場所は空腹にはおあつらえ向きの繁華街だが、呑気に店で食事を取れるような懐具合ではなかった。

 そもそもライザは、この日の仕事を晩飯代の当てにしていたのである。


「凪の街、私の財布にも、凪……なんてね」


 古代遺跡の都市機能を復活させたモデルシティとしても有名な凪の街は、ライザのような賞金稼ぎや、西部開拓者たちの拠点でもあった。

 大陸の東部から、また海を隔てた本国から、夢と浪漫を求めて様々な人間が、この街には集まっている。

 時は後に大開拓時代と呼ばれる、熱狂の時代の最中であった。


「このクソ野郎、ぶっ殺してやる!!」


「や、やめてください!!」


 その時、繁華街に穏やかではない怒声が響いた。

 街の入り口に面するためか、南通りには他所からの流れ者も多い。

 必然的に、揉め事をよく見かける場所でもあった。


「この店では客に酒を浴びせるのか? あぁ!?」


 酒場の扉が荒々しく蹴り破られ、気の弱そうな店主が地面に叩き付けられる。

 奥から現れた、流れ者と思しきひげ面の銃士は、腰に差した“魔銃”に手を伸ばして怒りをあらわにしていた。


「おろしたてのコートに酒を引っ掛けやがって」


「そ、それはあんたが袖を引っ張ったから……」


「俺が悪いだと!? よく言ったじゃねぇか」


 容赦なく、店主の腹につま先が蹴り込まれる。


「うぐぅっ!!」


「どうやらまだ、自分の立場ってもんが分からねえらしいな」


 ひげ面の銃士は“魔銃”を店主に差し向けた。

 黒く光る銃身のそれは、海の向こうの本国で主流となっている発生式魔銃だった。

 装填する魔弾に応じた魔術効果を発揮する型式で、魔弾のコストが高いことを除けば品質も安定している、銃士定番の武装である。


「こいつが分かるか田舎者、風の魔弾だぜ」


 ひげ面の銃士は、ガンベルトに光る緑の弾丸をちらつかせた。

 風の魔弾は、その手軽さに比べて殺傷能力が高く、特に本国出身の銃士の間では好んで使われるという。

 着弾すればその地点を中心に小さな“かまいたち”を起こし、人間の身体をずたずたに引き裂くのである。


「か、勘弁してください!!」


「へっ、言葉より分かりやすいもんがあるだろ?」


 下卑た笑みを浮かべるひげ面の銃士。

 顎をしゃくって、店内を指した。

 店内では店主の妻が、心配そうに顔を覗かせている。

 すでにそうと分かるほど、お腹が大きい。

 夫婦二人で切り盛りする酒場だが、この日は出産を控えた妻のお祝いを、常連客としていたのだ。


「わ、わかりました……いくらお渡しすれば……」


「有り金全部出しな。それに、綺麗な嫁さんじゃねえか。それで勘弁してやる」


 店主の顔が絶望に染まる。


「妊婦は初めてだがな、安心しろ。子供はやらねえように気を付けるからよ」


 ひげ面の銃士は、残忍に噛み煙草で黄色くなった歯を見せた。


「そ、それだけは……」


「じゃあここで死ぬか!? 家族揃ってよ!?」


 どちらにしても地獄の選択肢に、店主は項垂れる。

 しかしそんな様子を見ても、街の人間は無感情に通り過ぎるだけだった。

 ここは大陸西部なのである。

 頼れるものは自分だけ、つまらない喧嘩で命を失うことだって、日常茶飯事。

 街の人間に言わせれば、用心棒の一人も雇っていない店が悪いのだ。


「店主さん、今日の売り上げ半分でゴミ掃除はいかが?」


 乾いた空気に、よく通る声が響いた。


「なんだァ?」


 声の主は、他でもないライザである。

 首の後ろで一つに束ねた銀髪に、つばの広いカウボーイハット。

 細い腰に巻かれた武骨なガンベルトには、一丁の魔銃が見えた。


「ライザさん!!」


 店主が救いの女神とばかりに叫んだ。

 ライザは蒼い瞳を挑発的に光らせると、口の端をにやりと持ち上げた。


「おう嬢ちゃんよ、銃士と見えるが……俺を誰だか知らねえのか?」


 ひげ面の銃士は相手が女だと分かると、見下したように吐き捨てる。


「本国でもちったぁ知られた賞金稼ぎ、ベルトマン様だぜ」


「あら、本国の猿は喋るのね。そりゃ有名にもなるわけだ」


 手を広げておどけるライザに、ひげ面の銃士――ベルトマンは、額に青筋を立てて目を剥いた。


「よっぽど死にてぇみたいだな……!!」


「この街には死に急ぎはいるけど、死にたがりはいないわ」


 ――余所者を除いてね。

 ライザはそう付け加える。


「ほう、つまりこの俺が死にたがりだと?」


「馬鹿は死ななきゃ治らないって、知ってる? 店主さん、報酬用意しといてよね!」


「この、舐めやがって……!!」


 ベルトマンは魔銃をライザに向け、引き金に指を掛けた。

 甲高い銃声が、凪の街に響く。


「ぐわぁああぁっ!!」


 苦悶の声と共に崩れ落ちたのは、ベルトマンであった。

 魔銃を取り落とし、右手と左肩から血を吹き出している。

 ライザの右手には、いつ抜いたのか白銀の魔銃が、その銃口から紫煙を燻らせていた。


「デカい顔するんじゃないわよ、余所者が」


 ライザは底冷えするような声で呟くと、くるくると魔銃を回してホルスターに収めた。

 それは流通の少ない、変換式の魔銃であった。

 銃身に刻まれた魔術によって、魔力を込めただけの白弾を魔弾に変換する。

 ライザの持つ魔銃には、炸裂魔術が刻まれていた。

 着弾点で火をともなって炸裂する、シンプルだが威力の高い魔術である。


「銃声が……一度しか……ぐっ」


 息も絶え絶えに、ベルトマンは恐怖におびえてライザを見上げた。

 一度しか銃声が聞こえなかったにも拘わらず、右手と左肩を撃ち抜かれているのだ。

 恐ろしいまでの早撃ちであった。


「どうする? 有り金“全部”寄越せば、腕の良い闇医者を紹介するけど」


 ベルトマンの額に銃口を押し当て、ライザは月のように冷たい目で告げる。

 それは一切の慈悲を感じさせない、本物の銃士の目であった。


「ひっ……!! わ、渡します!! 渡しますから!!」


「その魔銃もね、置いていきな」


 ライザ・ハイラックス。

 十八歳。

 賞金稼ぎ。

 凪の街では知らぬ者のいない、凄腕の女銃士である。


「あ、あの……ありがとうございました」


 這う這うの体で逃げ去っていくベルトマンを横目に、助けられた店主はライザに声を掛けた。

 その手には約束通り、売り上げの半分が入った袋がある。


「ああ……それじゃ、これだけ貰っていくわね」


 ライザはその中から、白弾二発分の銀貨を抜き取ると、残りを店主に押し返した。


「え、あの、そういう訳には……」


「良いのよ、あいつ結構持ってたし。本国で名の通った銃士ってのは、本当だったのかもね」


 ライザはベルトマンから巻き上げた金貨を見せると、悪戯っぽく笑った。


「今度子供生まれるんでしょ? それは持っときなさい」


 店主はほとんど泣き顔になって、ライザの姿が見えなくなるまで何度も頭を下げていた。


「風が吹いてきたわね」


 凪の街を、風が吹き抜けた。

 ライザは口笛を吹くと、軽い足取りで賑やかな通りを歩く。


「っと、この魔銃は隠しておかなきゃ」


 厳しい“弟”の顔が脳裏に浮かび、ライザはベルトマンから奪った魔銃をハットの中に隠した。

 たった一人の家族である弟は、こと銃士が魔銃でドンパチやることを快く思わないのだ。


「さて、どうせ今の時間、あそこでしょ」


 空腹を訴える腹の音をなだめながら、ライザはいつもの店を目指す。


「臨時収入もあるし、今夜はちょっとくらい豪勢にいってもいいわね!」


 ぱーっとやるぞ! と、ライザは拳を突き上げた。

お読みいただきありがとうございます。

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次回更新は明日18日を予定。

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