へし折られた鼻
僕は、過去に二度敗北を味わったことがある。
初めは父への敗北だった。世界規模の超有名な写真コンテストで見事プロフェッショナル部門を受賞したとき、テレビの画面越しに父さんを見たときだ。あ、僕はこの人には敵わないんだ、そう思って僕は抵抗する間も無くあっさりと敗北宣言をしてしまった。
そして二度目は中学3年生の秋に突然やってきた。中学時代の僕は、夏明けの絵画コンクールに毎年作品を出していた。その年は落選し、賞を獲ることはできなかったわけだけど、別にそれが二度目の敗北なんかじゃない。賞は取れる時は取れるし取れない時は取れないんだ。
「は?」
ネットで受賞結果を見て、たっぷり10秒は固まった。すぐさま戻るボタンの連打、そしてまた結果ページを開くの繰り返し。何度やったってそこにあるのは同じ事実だった。
「北村、楓?」
最優秀賞の横に書かれた名前は全く知らない人物。でもそのまた横に書かれた中学校の名前は、僕の通う中学の名前だった。今まで一度もこのコンクールはおろか学校でさえ見たことも聞いたこともない名前。すぐさま僕は現物を見に、展示されているギャラリーまで足を運んだ。
そして、僕は決定的に敗北した。キタムラの作品は、展示されたどの受賞作よりも群を抜いて才能を感じさせ、人々は彼女の作品に、その才能に吸い寄せられていた。その日、僕はなけなしの自尊心を彗星の如く現れたどこぞの馬の骨にへし折られてしまった。
その後、学校の全校集会で表彰されるキタムラカエデは本当にどこにでもいる、普通の中学生の女の子だった。そしてやっぱりこの時が僕にとって初めてキタムラを見た瞬間だった。もしかしたら学校ですれ違ったことくらいはあったかもしれないけど、そんなことだって忘れてしまいそうなくらい平凡なやつ。
(絶対勝ってやる)
芸術に勝ち負けってなんだよって感じだけど、当時の僕は突然現れた天才にメラメラと嫉妬心を燃やしまくっていた。高校生になったら一般のプロアマ混合のコンクールで勝負してやろうじゃないか、なんて思っていたんだ。
けれど、中学三年生のコンクールからキタムラは一度もコンクールにその名を連ねることはなかった。それは一見、僕の勝利のように見えるがその実、僕はずっと彼女に敗北したままだ。
たぶん、いや絶対キタムラはコンクールに出ていない。あれから3年間ずっと。