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佐鮴居詰命

「書き換えた……だと?」


 佐鮴居詰命の声には意味がわからないという戸惑いと紅神への恐れの混在した感情が含まれている。紅神は佐鮴居詰命の恐怖を察するとニヤリと嗤う。


「そうだ」

「何の事だ?」

「それぐらい察してくれよ」


 紅神はため息をつきたくなるのを必死にこらえつつ、冷たい視線を佐鮴居詰命へと向けた。


「さっきまでの流れで俺が何をしたのかぐらい察せれんのか?」

「く……」

「まぁいい。お前のような阿呆に理解させることができるか難しいだろうが、やってみるか」


 紅神の様子はため息をつくのを必死にこらえているようであり、それが佐鮴居詰命にとってさらに屈辱を増すことになる。


「お前の絶神陣は空間をつくりその中で万能になれるというものだ。当然それなりに複雑な術式をくみ上げているな」

「……」

「だが、術式の中にお前の名前を見つけてな」

「俺の名だと……?」

「ああ、お前の名があることをお前自身は意識していないようだな。俺もそこまで詳しくないがこの程度の術式なら十分に解読可能だ」

「解読……?」

「華耶の作り出す術式に比べればかなり簡略化されたものだからな。それほど難しくはなかったぞ」

「な……」


 紅神の言葉に佐鮴居詰命は呆然とした表情を浮かべた。術式の中に自分の名が入っているなど意識してなかったこともあったが、自分の絶神陣は決して簡単なものではない。それを紅神は簡略化されたものであると言い放ったことに驚きを隠すことは出来ないのだ。


「まぁ要するにお前の名前を俺の名に書き換えたわけだ。するとそれだけでお前の絶神陣を乗っ取ることが出来たわけだから随分とお粗末な陣だな」

「そ、そんな馬鹿な……」

「お、どうやら伝わったようだな。俺の説明でもお前のような低能にも理解させることができて嬉しいよ」


 紅神はそういうとニヤリと嗤う。佐鮴居詰命にとってあり得ないレベルの侮辱をされているのであるが彼の心にあるのは怒りではなく、無であった。あまりにも紅神の言う言葉が現実味がないことで思考が止まってしまったのだ。


「さて、種明かしも終わったと言うことで始末するとしようか」

「ひ……」

天津御神(あまつみかみ)であるお前が俺のような元地津神(ちづのかみ)に斬られて死ぬのは耐えがたいだろうが些細なことだよな? 力あるものが無き者を虐げるのは当然、無力な者が悪いというのがお前達の信条だったものな」

「あ……あ……」

「俺たちは売られた喧嘩は買う主義だ。神帝が売った喧嘩はきちんと買ってやる……」

「ま、待ってくれ!!」

天津御神(あまつみかみ)が命乞いか……」


 紅神の視線と声には佐鮴居詰命への暖かさなど一切感じられない。それだけ紅神にとって佐鮴居詰命という存在は不快な存在であるのだ。


 パチン!!


 紅神が指を鳴らすと空間にヒビが入りガラガラと砕けていく。空間が砕けた先に天瑞宮が見える。それは絶神陣が砕けた事を佐鮴居詰命に知らしめた。


「お前のお遊びにつきあってあげたがもういいだろ?」

「ひっ!!」


 佐鮴居詰命は脱兎のごとくという表現そのままに一目散に逃げ出した。それを見た紅神は皮肉気に嗤うと斬鬼紅神を一振りする。放たれた斬撃は佐鮴居詰命が逃げる速度を遙かに上回っている。

 紅神の放った斬撃は二秒もかからずに佐鮴居詰命の背中に到達し、そのまま切り裂いた。


「が……!!」


 背中を切り裂かれた佐鮴居詰命の口から苦痛を訴える声が発せられた瞬間にがしりと頭部を掴まれる感覚を佐鮴居詰命は感じた。


「おいおい、逃げられると思ってるのか? 俺も随分と舐められたものだな」

「た、たす……」

「お前の死はきちんと神帝に伝えてやるからな」

「ま、まっ、ギャアアアアアアア!!」


 佐鮴居詰命の口から絶叫がほとばしった。紅神が容赦なく背中に斬鬼紅神を突き刺し、佐鮴居詰命を貫いたのだ。


 シュパァァァ!!


 紅神はそのまま刀を横に振ると佐鮴居詰命の体が切り裂かれた。


「神であるからなかなか死ねなくて残念だな」


 紅神の声には一分子も佐鮴居詰命の不運を嘆く響きはない。佐鮴居詰命は苦痛にうめきながら自分の眼前に魔方陣が顕現したのに気づく。


「じゃあな」


 紅神の冷たい声が佐鮴居詰命の耳に聞こえるのと自分がその魔方陣に投げられたのはほぼ同時だった。


 ビシィィィィィィ!!


「がぁぁぁぁっぁぁぁっぁぁぁあ!!」


 佐鮴居詰命の絶叫が響くがそれはわずかな時間であった。絶叫が消えた時に佐鮴居詰命の姿は消えていた。


「さて……神帝よ。この戯れは高くつくぞ」


 紅神はそう言うと天瑞宮へと向かって飛翔した。

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