魔帝⑩
「あれ?」
「俺達は?」
ルガートとアリアスが目を覚ますとそこには紅神、織音、華耶の三人の顔があった。
「気がついたか」
紅神の言葉にルガートは跳び起きる。紅神の前でいつまでも転がっておくなどそのような無様な姿をさらすわけにはいかないという思いからである。
ルガートが飛び上がりしばらくしてアリアスも体を起こした。こちらのほうはきょとんとしている表情を浮かべている。
「もう、蓮夜ったらやりすぎよ。二人とも大丈夫?」
織音がルガートとアリアスに向け気遣わしげな声をかけた。
「はい!! 自分は大丈夫です!!」
ルガートはそのまま直立不動の構えをとり織音に返答する。その様はとても自分の世界で魔帝として恐れられる男の姿ではない。
「そう、良かったわ」
「すまんな。つい熱くなってしまった」
紅神の言葉にルガートの心は歓喜の感情がわき上がった。紅神のような超越者の心をわずかでも動かす事が出来るなどルガートにしてみれば望外の喜びでしかない。
「いえ、とんでもありません!! ご教授ありがとうございました!!」
ルガートは感動の心をまったく隠すことなく紅神に対して一礼する。
「それにしても中々の術だったわね」
そこに華耶が口をはさむ。華耶の言う中々の術というのは五行天極炉のことである。
「あいにく紅神が熱を操る事が出来たから効かなかったけどそうでなければそれなりのダメージを負わせることが出来たかもね」
「そ、そうでしょうか?」
華耶の言葉にルガートは首を傾げながら言う。ちらりとアリアスに目をやるとありますもルガートと同意見のようである。
とても相性とかそういう問題の話ではなく次元が違うとしか思えなかったのである。
「そうね……例えば」
華耶は手をかざすと闘技場に魔法陣が浮かび上がった。それからすぐに五本の柱が現れ柱同士を壁でつなげると爆発する。
ドゴォォォォォォォ!!
凄まじい爆風が巻き起こるが華耶は当然の如く結界を張っておりその影響は皆無であった。ちなみに織音に対しては独自にもう一つ結界を張っていた。
(……おい、俺達のほとんどの魔力を注ぎ込んだ五行天極炉よりも威力が凄いんだが)
(考えるな……この方達は完全に超越者だ。この方達と比べようなどと愚かな事だ)
(だな)
ルガートとアリアスがそう念話を交わすと華耶が声をかけた。
「どう? 少し術式をいじれば焼き尽くすというものではなく爆発させることも出来るわよ」
華耶の言葉にアリアスは“はっ”という表情を浮かべた。
「その顔は気づいたみたいね。この術……五行天極炉だっけ?はまだ完成してないわよ」
「確かに……」
華耶の言葉に感動の表情を浮かべたのはアリアスである。それからアリアスは華耶の足元に跪いた。
「え、え?」
「華耶様!! どうぞ私を弟子にしてください!!」
「はぁ?」
「お願いします!! 私は元の世界では魔術において並び立つものはありませんでした。そのため一人で研鑽を積んでおりましたがそれも限界に来ております。どうぞ私にその偉大なる叡智の一端を!!」
アリアスの目には華耶に対する憧憬の念しかない。それはルガートが紅神に向ける視線と同じものである。
「えっとね。非常に言いづらいのだけど私って他の者にものを教えるようなタイプじゃないのよ」
「構いません!! 華耶様の魔術を見せていただけるだけで構いません。あとは自分で咀嚼して呑み込みますので!!」
「良いんじゃないかしら」
アリアスの懇願に織音が賛同する。織音は優しく微笑みつつ続けた。
「良いじゃない。その見返りとしてルガート君達の世界の事を聞けばあなたの知識も増えるじゃない」
「確かにそうですね♪」
華耶はあっさりとアリアスの弟子入りを認める。華耶にとって織音の言う事は絶対である以上ある意味当然の流れである。
「アリアス、あんたを弟子にするわ。といっても私は教えるのは苦手だから勝手に盗みなさい。それで良いなら良いわよ」
「は、はい!! ありがとうございます!!」
アリアスの言葉に歓喜の感情が満ちている。
「紅神様!! お願いします!! 私も弟子にしていただけませんか!!」
そこにルガートも同様に紅神に跪いた。親友の行動に触発されたのは間違いないだろう。
「蓮夜もいいじゃない。この際面倒見てあげなさいよ」
織音の言葉に紅神は困った様な表情を浮かべる。その表情を見てルガートの表情が曇った。なにやら子犬が捨てられそうな表情を浮かべているような姿に紅神には思われた。
「しかしな。ルガートも元の世界では相当な地位になるのだろう? その責任を果たさなくて良いのか?」
紅神の言葉にルガートはきっぱりと言い放った。
「まったく問題ありません!! 私は元の世界では魔帝と呼ばれておりました。部下達も私がおらぬのならおらぬで勝手にやるでしょう。最終的には落ち着くところに落ち着くと思います」
「良いのか?」
「はい、私は親鳥ではありません。ピーチクパーチク囀るだけの者達にエサを運ぶようなそんな面倒な事はもうやめです」
ルガートの言葉に紅神は苦笑を浮かべる。アリアスにちらりと視線を移すとアリアスもうんうんと頷いている。
「そうか。でもそれなりのケジメは必要だろう。一度元の世界に帰りお前の国の事をきちんと後処理してきなさい。そうすれば弟子に認めるよ」
「あ、ありがとうございます!!」
ルガートはそう言うと嬉しそうに一礼する。
「よし、いくぞアリアス」
「は?」
「は?じゃないだろう。お前も行くんだよ」
「なんで?」
「お前一人先にこの方達の指導を受けようなんてそんな事許されるわけないだろう」
「ちょ、離せって!!」
ルガートはアリアスの首をガシッと掴むと紅神達に晴れ晴れとした笑顔を向ける。
「それでは行ってきます」
「離せぇぇぇ!!」
「あ、そうそう。これ」
ルガート達が転移しようとしたときに華耶が空間に手を突っ込むと一つの宝珠を取り出し、ルガートに放った。
「これは?」
「それを割れば天瑞宮へ転移できるわよ」
華耶はそう言うとニッコリと笑う。
「あ、ありがとうございます!!」
ルガートの嬉しそうな言葉で礼を言う。
「ちょ、ちょっと待て。これは凄いぞ。こんなものを割るなんて……」
「ええい、やかましい!! それでは皆様方しばし失礼します」
ルガートはそういうと姿がかき消える。天瑞宮は外からの侵入は膨大な魔力が必要であるが中からはそうではないのだ。その事をルガート達は滞在している間に紅神達から聞かされていたのだ。
「なんか調子の狂う連中だったな」
紅神の言葉に全員が頷く。この天瑞宮にやって来る連中は基本、織音の力を奪おうとする者ばかりでありその気質は紅神達とは決して相容れないものだ。だが、今回の襲撃者はそれとはまったく違ったものである。
そのため紅神達はルガート達に好感を持ったのである。
それから二ヶ月後……
すべての後始末を行ってきたというルガートとアリアスが天瑞宮にやって来たのであった。




