魔帝⑨
ルガートとアリアスの展開した魔法陣が光ったとき五つの柱が空中に現れるとそのまま地面に突き刺さった。
(これは……)
紅神は柱の落ちた場所を見るとそこは先程からルガート達が転移して現れた場所である事を確認する。
(なるほど、これを仕掛けていたか……)
紅神とすれば何かしら意図があってルガート達が転移をくり返していたというのは理解していたが何を仕掛けていたかまでは分からなかったのだ。
(あの気配の無さでこれほどの魔術を仕掛けるか)
紅神はルガート達の技量に心の中で称賛を送った。紅神がルガート達を見た時にはすでに二人は転移して魔法陣の中から出ていたのだ。
ルガート達が出た瞬間に五本の柱同士を結ぶ壁が発生した。
(……そういう事か)
紅神はこれから何が起こるか瞬時に理解した。そして紅神の予想通り閉じ込められた紅神の周囲から極大の炎が発生する。
「やったか?」
「いや、無理だろうな。だが一矢は報いることが出来たかも知れないな」
アリアスの問いかけをルガートは即座に否定する。紅神の斬撃を何とか受け止めた時にルガートは紅神との力の差を思い知らされた。いや、力の差と呼ぶのも憚れるほどの圧倒的な差である。
ルガートの実力も間違いなく超一流と称しても良いだろう。そのルガートをして紅神の実力の底はまったく見えた気がしなかった。あまりにも巨大すぎてその形を認識できないように紅神の力をルガートでは知ることは出来なかったのだ。
その時、ピシッと何かがひび割れる音がルガート達の耳に入った。
「だろ?」
「ああ、嫌になるぜ。俺達二人がかりでやっと作り上げた【五行天極炉】がまったく効果無しなんてな」
「アリアス、希望を捨てるな。紅神様であっても擦り傷ぐらいは負わせることができたんじゃないか?」
「俺達二人の魔力のほとんどを投入して擦り傷……を期待するなんて」
アリアスの言葉にはもはや笑うしかないというような感情が込められているのは仕方が無いだろう。炎の中であるにも関わらず紅神の放つ気配は一切の衰えを感じさせないのだ。
ドガァァァァァ!!
すると五本の柱によって作られた結界は内側から消しとんだ。周囲にばらまかれる炎のために一気に闘技場は火の海となった。
「少し下げるか」
紅神がそう言うと一気に闘技場の温度が下がり炎が鎮火していった。
「な、何を……やったんです?」
あまりの展開にルガートは紅神に問いかけた。紅神はルガートの質問に顔を綻ばせながら言う。
「いや、凄い炎が発生したから防御陣を形成して耐えただけだ」
「いえ、そこじゃないです」
「?」
「炎が鎮火したじゃないですか」
「ああ、そっちか」
紅神が苦笑する。自分の勘違いが少々恥ずかしかったようである。
「分子の運動を押さえたのさ」
「は?」
「世の中には分子というものがあってな。それが激しく動き回ることで熱を発生させているんだ。俺はその分子の動きを押さえることで発生する熱を押さえ込んだというわけだ」
紅神の言葉にルガートとアリアスはポカンとした表情を浮かべた。紅神はルガート達に理解できるとは思っていなかったのでかなり端折った言い方になってしまった。だが、これは紅神がルガート達を見下したからではない。前提となる科学知識が世界ごとに異なる以上仕方の無い事なのだ。
「まぁ簡単に言えば俺は熱を操る事が出来ると言うことだ」
「熱を……」
「しかも、ただ一声で……」
ルガートとアリアスは呆然とした表情を浮かべつつ紅神を見た。
「さて、切り札は切ったようだが俺には通用しなかった。 続けるか?」
紅神の言葉にルガート達は一瞬考える。切り札が通じなかった以上これ以上の戦闘は無意味である。だが、ルガートは不思議とその選択肢をとりたいとは思わなかった。
「いえ、もはや一矢報いることすら出来ませんがそれでも最後まで足掻きたいと思います」
「そうか」
ルガートの返答に紅神は笑った。好意的な笑みを浮かべつつアリアスへと視線を移した。
「君はどうする?」
紅神の問いかけにアリアスはため息を一つつくと口を開いた。
「正直な話、止めたいんですがこいつが止めないというのなら最後まで付き合いますよ」
アリアスの返答に紅神はまたも笑う。
「そうか。君達は本当に良い相棒だな」
紅神はそう言うと斬鬼紅神の鋒を二人に向けた。
「さぁ、やろうか」
「はい!!」
「おう!!」
紅神の言葉にルガート達は気合いのこもった声で返答するとそのまま紅神に襲いかかった。
結果は一瞬後に現れる。ルガートとアリアスは次の瞬間には地面に倒れ伏したのであった。
 




