魔帝⑥
紅神とルガートの決闘が決まってから織音は闘技場を創作した。と言っても織音が“こんな感じかな”と想像するだけのことである。世界を生み出す力を持つ織音にしてみれば闘技場を作るなど雑作もないことであった。
織音が想像しただけで闘技場がポンと現れた事に対してルガートもアリアスも口をあんぐりと開けていたのは仕方の無い事であろう。
設置場所は外縁のリングの横である。その闘技場には特別な結界が張られ、どのような攻撃であっても外に影響が出ることはないようにしている。最も紅神が破壊しようと思えば出来るのだが、余波で破壊する事は相当難しい。
「こんな感じでどう?」
「流石ですお姉様♪」
織音が華耶に尋ねると華耶は楽しそうに頷いた。その様子をルガートとアリアスは呆然とした表情を浮かべていた。
「おい、お前はあんな事の出来る方々と戦うつもりか?」
「いや、俺はあの方々と戦うわけじゃないから大丈夫だ」
「お前現実を直視しろよ。あのお三方はどう考えても同格だぞ」
「わかってるさ。それでもやるんだよ」
「そっか……よしわかった俺も参加する」
「は?」
アリアスの言葉にルガートは呆けた声を出す。今回の紅神との決闘は完全にルガートの我が儘でありアリアスは確実に付添人に過ぎないのだ。
「何を考えてるんだ?」
ルガートのやや困惑した声にアリアスはため息をつきながら答えた。
「お前考えても見ろ。普通に考えてお前一人であんな事を片手間にやってのける方々と戦えると思うのか?」
「う……」
「ここまで来て一瞬でやられてみろ。逆に申し訳なくなるだろ」
アリアスは出来上がった闘技場を指差しながら言う。
「確かに……ここまでのものを作っていただいたのに一瞬でやられたら申し訳ないな」
「だろ? あの方々達から見れば俺達の力なんて取るに足らないものだ。だからこそ俺達は全力を尽くす必要があると思わないか?」
アリアスの言葉にルガートは頷かざるを得ない。圧倒的強者と呼ぶのも憚れるような絶対者、超越者達に挑むのに全力を尽くさないなど逆に失礼である。格下が強者に挑むのには最低限度の礼儀というものがあるのだ。
「そうだな。俺とお前なら潮目をこちらに向かせる可能性がわずかでも向上するはずだ」
ルガートの言葉にアリアスも頷く。心を決めたルガートは織音に声をかけた。
「創世神様、お願いがございます」
ルガートの声に織音はにっこりと笑顔を浮かべた。織音にとって紅神と華耶に好意的な者に対しては極自然に好感を持つにたる存在であるのだ。
「はい、どうしました?」
「実は紅神様への挑戦なのですがアリアスも同時に挑ませていただきたいのです。立会人である創世神様に許可を頂きたいと思いまして」
「私は構いませんよ」
「ありがとうございます。それでは紅神様に許可を頂いて参ります」
「はい。ちょっと待ってね。 蓮夜、すぐに来て」
ルガートの言葉を受けて織音がそう言うと次の瞬間には紅神が姿を現した。
「お~もう出来たのか。さすが織音だな」
「えへへ」
紅神が織音を褒めると織音は嬉しそうに微笑んだ。織音にとって紅神に褒められるというのは精神衛生上、ものすごく良いのである。
「それでどうした?」
「うん、ルガードさんが蓮夜との勝負でアリアスさんとの共闘を認めて欲しいという申し出があったのよ。それで蓮夜の気持ちを聞きたいと思ったというわけよ」
「ほう……」
紅神は織音の言葉を受けてルガートとアリアスに視線を移した。その視線を受けてルガートとアリアスは瞬間的に身を固くする。ルガートは紅神に軽蔑されたのではないかという恐れからアリアスは紅神が怒り出すのでは無いかという恐怖からである。
「ルガート、理由を聞いても良いか?」
紅神の声には抑揚がなく、ルガートとアリアスには紅神が怒ってるのか楽しんでいるのかまったくその心を推し量る事は出来なかった。
「は、はい。私は創世神様がこの闘技場をつくる現場を見ました。お三方との力の差を痛感した次第でございます」
「ふむ……」
「しかしながらその事を理解しておきながら何の対処もせずに紅神様に挑むのは逆に失礼にあたると思った次第でございます」
ルガートの言葉を受けて紅神はニヤリと嗤う。その嗤みには妙な迫力があったが敵意などの負の感情はほとんど含まれていない。
「いいだろう。お前達の提案を受け入れよう」
「「ありがとうございます!!」」
紅神の了承にルガートとアリアスはほぼ同時に頭を下げた。
「お前達がどのような奥の手を持っているかを楽しみにしているぞ」
紅神はそう言うとふっと姿を消した。
「随分と気に入られたみたいね」
織音が微笑みながらルガートとアリアスに言うと二人は呆けたような表情を浮かべた。
「華耶もそう思うわよね?」
「はい。妙に嬉しそうでしたもんね」
「そうなのですか?」
「うん、それは間違いないわ」
織音はコロコロと笑いながら二人に言うとウインクを一つ二人に向けて言う。
「私達も期待してるわよ。あなた達が試合の日までにどんな準備をして蓮夜に挑むのかをね♪」
織音の言葉にルガート達は恐縮してしまう。織音達にここまで言われてはルガート達にしてみれば期待を裏切る事は絶対に出来ないと考えるに至ったのだ。
「それじゃあ、華耶。ここらで私達は退散しましょう」
「はい」
「あなた達はこの闘技場をじっくりと見ても良いからね」
織音はルガート達にそう告げると織音と華耶はふっと煙の様に消えた。
「余裕だな」
「ああ、だが何となくだが創世神様は紅神様にも闘技場を見る事をすすめると思わないか?」
ルガートの言葉にアリアスは頷く。二人は織音が闘技場を見る事をすすめた意図を完全に理解していたのだ。
「紅神様も確認に来ると言う事は生半可な事は出来ないな」
「ああ」
「それでもやれるだけの事はやろう」
「だな」
二人はそう言葉を交わすと闘技場の中に入っていくのであった。




