魔帝⑤
「申し訳ありません。本当にこいつは礼儀知らずでして」
ルガートは紅神達が引くほど低姿勢であった。もしルガートの世界のものが今の姿を見れば自分の頬を抓るだけではなく自ら殴打して現実かどうか確かめるレベルである。
「おい、お前一体どうしたんだ。この紅神という……方とお前は一体どんな関係なんだ?」
アリアスが尋ねるとルガートは憐れむような視線をアリアスに向けた。アリアスにして見れば限りなく鬱陶しい視線なのだがここで反論しても話が進まないとぐっと我慢する。
「この方はな俺の命の恩人であり、目指すべき偉大な人物だ!!」
「……はぁ」
妙に力のこもったルガートの言葉にアリアスの反応は乏しい。
「ねぇ、あんた。色々と端折りすぎよ。それじゃあまったくわからないじゃない」
そこに華耶が口をついはさんだ。
「あ、そうですね。私が紅神様と出会ったのはもう……993年と10ヶ月と3日前になります」
「……続けて」
ややストーカーじみた発言を行ったルガートに対して華耶は内心引いていたのだが話の続きを促す方を選択したようである。
「はい!! 私は見ての通りダークエルフなんですが生まれた時からダークエルフと言うわけではなかったんです」
ルガートの言葉に全員が頷いた。エルフが何らかの原因でダークエルフに変化するというのは紅神達も共通の認識であった。より正確に言えば“そのような例もあるよな”という感じである。
万を越える世界が織音によって生み出され、その一つ一つを紅神は把握しているわけではない。そのため、いつしか紅神、華耶、いや織音ですら“そういうことあるよね”で済ませるようになってしまったのである。
「かつて私達の世界では各種族同士が互いに争っていました。その戦いの中で私の両親は命を落とし、私は孤児となったのです。引き取られた先はある貴族で、その貴族はある実験をしていたのです」
「実験?」
「はい、簡単に言えばあらゆる種族の長所を掛け合わせて最強の存在をつくろうという実験です」
「あなたはその実験によって最強の存在に?」
華耶の言葉にルガートは首を横に振る。
「いいえ、その貴族は紅神様により成敗されました」
ルガートの言葉に紅神は思い出したかのような表情を浮かべた。
「ああ!! 思い出した。なんだお前あの時のエルフの坊主か!!」
紅神が思い出したのだろう。思いっきり叫ぶ。紅神の言葉にルガートは嬉しそうな表情を浮かべた。
「はい!!」
「あ、確かに俺、お前を助けたわ。そして『いつか強くなって会いに来い』と言ったな」
「はい!! あれから世界中を探し回りましたが紅神様を見つける事が出来ませんでした」
「ん? それじゃあなんでここに来たんだ?」
紅神は首を傾げながらルガートに言う。ルガートの言葉通りならここに紅神がいることをルガートは知らなかったはずなのだ。
「実は創世神様にお目にかかって紅神様に合わせていただければとお願いするつもりでした。もし紅神様が寿命によって亡くなられていたとしても蘇生していただければと思っておりました」
「そこに探している本人がいたというわけか」
「はい」
ルガートが言うと紅神だけでなく全員が納得の表情を浮かべた。
「なるほどね。良くわかったけど蓮夜はあなたにいきなり“強くなって会いに来い”なんて言ったの?」
そこに織音がルガートに尋ねる。
「あの……蓮夜とは紅神様の事ですか?」
ルガートはおずおずと織音に尋ねる。ルガートは織音も華耶も凄まじいばかりの実力者である事を察していたのだ。
「あ、ごめんなさいね。蓮夜というのは紅神の本名よ。もちろん蓮夜と呼んで良いのは私と華耶だけよ」
「も、もちろんです。紅神様を本名で呼ぶなどそんな恐れ多いことはいたしません」
「うん♪ それでさっきの質問の答えは?」
「あ、ああもちろん違います。紅神様は貴族を成敗し実験台になっている者達を解放しました。ですが私はすでにながく実験生物として扱われていたためにすっかり精神が変質していたのです」
「変質……」
ルガートの言葉に織音が呟く。
「はい、一種の洗脳であり私は生物兵器でなければ無価値であると思い込まされていたのです」
「非道い話ね」
「はい、しかし紅神様は私におっしゃいました。『お前に価値があるかどうかを決めるのはお前自身だ。無価値のままで良いと言うのであればそのままそこで朽ちるが良い』と……」
ルガートの言葉に華耶が紅神を突っつく。
「あんた、非道いわね」
「今にして思えば相当に非道いな」
華耶の言葉に紅神は少々ばつが悪そうな表情を浮かべて言った。さすがに被害者に対して言う言葉ではないと思ったのだ。だがルガートは慌てて首を横に振る。
「とんでもない!! 紅神様のお言葉のおかげで私は自分の心を取り戻すきっかけを掴む事が出来ました。紅神様のお言葉は私の感情を揺さぶったのです。そして紅神様は私に生きる目的を与えてくださいました」
「それが蓮夜の言った『いつか強くなって会いに来い』という言葉に繋がるのね」
「はい!!」
「そうわかったわ。蓮夜」
織音がルガートの話を聞いて紅神に視線を移すと力強く言う。いつものホワホワとした感じではなく凜とした威厳ある声である。
「はい」
織音の言葉を受けて紅神の声もやや畏まったものになる。
「紅神、ここまであなたを追いかけてきた者の思いを無下にすることは私は許しません」
「承知しております」
「では紅神、あなたはこのルガート=フォルトス=バーレンガムの挑戦を受けなさい」
「御意」
織音の言葉は創世神としての言葉であった。紅神とすれば断るつもりはなかったしここまでやってきたルガートの挑戦をのらりくらりと躱すなどという無礼な態度を取るつもりは無かったのである。
「それではあなた方の勝負はこの創世神である織音が立会人を務めさせてもらいます。戦いの日はきょうより七日後とします。双方よろしいですか?」
織音の言葉に紅神は当然の如く頷き、ルガートもまた一呼吸おいて頷いた。ルガートの反応がやや遅れたのは織音が創世神である事をこの段階で知ったからである。
「ルガート、試合の日までこの天瑞宮への滞在を許可します。そちらのアリアスも同様です」
「「ありがとうございます」」
こうして紅神と魔帝ルガートの決闘が決まったのであった。