魔帝④
結界の砕けた音共に二つの強大なエネルギーが天瑞宮の遥か下に現れた。
「なんか……嫌な気を放ってないな」
「そうね。何かいつもの連中とは違うわね」
紅神の言葉に華耶も頷く。放たれるエネルギーは中々のものであるがそこに敵意、殺意などは一切含まれていないのだ。
この天瑞宮にやって来る者の多くは織音の力を奪おうとするゲスな性格をしている者が多く紅神や華耶にしてみれば不愉快極まりないのだが、今回の来訪者にはそんな感じが一切しないのである。
「この相手なら大丈夫だと思うんだけど」
織音が結界の中から二人に問いかけると華耶は逆にもう一つ結界を張った。
「お姉様、油断は禁物です。安全が確認出来るまでは結界から出ないでください」
「う~わかったわよ」
華耶の言葉に織音は素直に従う。織音の実力ならば華耶の結界であっても破壊するのは問題無く出来るのだが華耶が自分のためを思って張ってくれた結界を破壊するのはやはり憚れるのだ。
「華耶の言う通りだ。織音は黙って俺達に守られてくれ」
「うん。わかった」
紅神の言葉に織音は小さく頷いた。頬にやや赤みが差しているのは嬉しさ故である。
「華耶、織音を頼むぞ」
「了解」
紅神の言葉に華耶が即座に返答した所で侵入者が移動を開始したのを紅神達は察した。
(二つともそれなりの手練れだな)
紅神がそう判断したところで侵入者達が外縁のリングに到達し紅神達の前に現れた。ダークエルフと魔族のコンビという珍しい組み合わせに紅神達はやや意外な感想を持った。
「あ、あんたは……」
ダークエルフは呆然とした声を発した。ダークエルフの視線は紅神からまったく動いていない。
「知り合い?」
華耶がダークエルフの反応を見て紅神の知己である可能性を持ったのも仕方が無いだろう。問われた紅神は首を傾げた。ここまで呑気な反応を二人がしているのはダークエルフと魔族から殺意どころか敵意、害意の類を一切感じないからである。
「あんたの名前を教えてくれないか?」
ダークエルフがやや興奮した様子で紅神に尋ねる。
「俺か?」
「ああ、そうだ!! い、いやそうです!!」
ダークエルフは丁寧な表現に自ら変えた事は紅神達への敵意がないことの証左であるように紅神達には思われた。
「俺の名は紅神、創世神様の守護者だ」
「紅神……様」
紅神が名乗るとダークエルフは感動したように言う。
「ねぇ、あんた本当に初対面なの? いくらなんでもこの反応は初対面の者にする態度じゃないわよ」
華耶の言葉に紅神はやはり首を傾げた。華耶の言葉を聞くまでも無く紅神もダークエルフの反応をおかしいと思っていたのだが記憶をたぐってもこのダークエルフとの面識はなかったのだ。
パリィィィン
華耶の張った結界を織音が破壊すると同時に紅神に尋ねる。もはやこの段階で危険性はないと判断したのである。
「ん~その辺りの事は直接聞いた方が早いんじゃない?」
「お姉様の言う通りよ。その二人にあんた聞いてみなさいよ」
織音と華耶の言葉に紅神は頷く。ここまで来たらその方が手っ取り早いと思ったのだ。
「失礼いたしました。私の名はルガート=フォルトス=バーレンガムと申します」
ダークエルフは跪くと紅神に名乗る。
「俺、いや私はアリアス=フィルガウトです」
ルガートが名乗るとアリアスも名乗った。丁寧な表現に変えたのはルガートが凄い目で睨んだからだ。
「あ、はぁ……」
丁寧な物言いと跪いた事で紅神は完全に毒気を抜かれている。
「それでお二方は何のためにここに?」
紅神の言葉にルガートは頬を上気させて少年のような視線を紅神に向けた。憧れの人物に向ける眼差しに紅神の困惑はさらに深まった。
「は、私の目的は紅神様と一勝負することです!!」
ルガートの言葉に全員は“はぁ?”という表情を浮かべた。
「ちょっと待て、お前はこの紅神とやらと勝負するためにわざわざここまで来たと言うのか?」
ルガートの言葉にアリアスが驚きを隠すことなく反応するとルガートは立ち上がるとアリアスの頭をポカリと叩いた。
「何しやがる!!」
アリアスの反応はある意味当然すぎるものだったろう。だがルガートはアリアスに妙に据わった目を向けつつ言い放った。
「こんの無礼者が!! 敬語を使わんか!! 敬語を!!」
ルガートはアリアスの頭を掴むとそのまま一緒に紅神に頭を下げる。ありあまる敬意を向けられた紅神の困惑は深まるばかりであった。
今回の話は少し毛色が違うと思うかも知れませんが、こういうのもありかなと思っております。




