幕間:兆し
ものすごく間が空いてしまった。
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魔王フェンベルが姿を見せなくなってすでに四ヶ月が過ぎ、死亡説が囁かれそれが事実であると知られるとこの世界を戦乱が覆っていた。
フェンベルの後継者候補は三人、長子の子でありフェンベルの孫であるクルート、次子のカーグム、末娘の子であるエジナである。フェンベルの後継者を自認する彼らは暗闘をくり返し宮廷において血が流れぬ日は無かった。
そのように上層部が暗闘をくり返せば当然国は乱れる。またフェルベルという強力な君主がいたため、魔族の支配を受けていた他の様々な種族達はこの混乱に乗じて離反すると魔族との支配を決別する宣言が各地で発せられると一気に戦乱が世界中に広がったのだ。
戦乱が始まって最初の一ヶ月で様々な種族達は互いに殺し合い、多くの血が流れた。同じ種族であっても陣営が異なれば敵である。人が人を襲撃し、魔族が魔族を殺し、ドワーフはドワーフで殺し会い、エルフ、獣人もそうである。もはや誰が味方で誰が敵か誰もわからない。地獄というものがあればそれは間違いなくこの世界の事であろう。
* * *
「酷いな……これは」
「そうね……流石にこれは……」
ジークの言葉にアルマも言葉を濁らせた。二人の眼前に広がっている光景は、死屍累々という表現が生やさしすぎるほどの死体が広がっていたのだ。
転がっている死体はどれ一つとして原型をとどめていない。肉片が周囲に散乱し、周囲に焼け焦げた死体が強烈な臭いを発している。
「ジーク、アルマ」
二人は声をした方を見るとアーノスとシェリーが空から飛んでくるのが見えた。ジークとアルマはその事に対して何ら驚きの表情を浮かべることはない。
「お帰り、どうだった?」
ジークは地上に降り立ったアーノスに尋ねるとアーノスは静かに首を横に振った。
「酷いもんさ……老若男女関係なく死体が転がってる」
「そうか」
「こんな荒れた状態じゃ任務を果たすことは出来ないかも知れないわ」
シェリーが残念そうに言う。
「ああ、呪神様のご期待を裏切る事になるのは申し訳ないな」
ジークの声も若干暗くなっている。
元勇者であるジークとその仲間達のアルマ、アーノス、シェリーは、現在華耶の元で働いていた。華耶は知識を得る度に魔力が強化される能力を有しており、部下達を織音の創造した世界に送り込み、その世界独自の知識を得てそれを華耶に伝えるようにしていたのだ。
華耶の部下になった事で四人は千年の寿命と不老を与えられ、さらに紅神から戦闘訓練を施されるとメキメキと実力をつけ、元居た世界の下級神程度ならば斃す事も可能なほどの実力を持つに至ったのだ。
「呪神様のお言葉も理解できるし、尤もだとも思う。だが、現実に自分達の目の前でこの光景が広がっていれば何とかしなくては」
ジークは悔しそうな表情を浮かべる。直属の上司である呪神から基本的に過度な干渉は慎むように言われていたのだ。
呪神は別に冷たさからそうジーク達に告げたのではない。呪神は基本的にその世界の揉め事はその世界が責任を持って解決するべきであると考えていたのだ。
その事をジーク達は呪神から言われて理解したつもりであったが、知識と実際の経験には大きな隔たりがあるのだ。
「ジーク……気持ちは分かるが止めろ」
ジークに対してアーノスが制止する。
「俺達はこの世界で異物だ。その異物である俺達がよかれと思って行動しても結果的に悪い影響だけを残すことになる」
「う……」
「呪神様はそう言われただろう」
「ああ……」
アーノスの言葉にジークは小さく頷いた。だが、ジークの表情には納得しきれないものが浮かんでいた。
* * *
「あの四人の初仕事だったな」
天瑞宮にある織音の私室で開かれている茶会の席で紅神が華耶に言う。
「ええ、実力もそれなりについた事だしね」
華耶はそう言うとプリンアラモードをスプーンで掬って口に運んだ。その瞬間に華耶の頬は大いに緩んだ。こちらのプリンアラモードは織音の自信作であり、織音に憧れる華耶とすればその美味しさと“織音の手作り”という相乗効果のために天上の美味ともいうべきものであったのだ。
「ねぇあの四人って誰の事?」
織音が少しばかりむくれたように二人に尋ねる。ジーク達四人が天瑞宮に来たのは織音が新しい世界を生み出したために眠りに入っていた間の事のために面識はないのだ。
「お姉様がお休みの間にエルスとかいう神にそそのかされて天瑞宮にやって来たある世界の勇者達です」
「へぇ~そんな方々がいたのね。まったく知らなかったわ」
織音はうんうんと頷きながら言う。ちなみにエルスではなくエネスだったのだが、紅神も華耶にとってどうでも良い相手であったために
「織音がおきてからずっと訓練施設で訓練していたからな」
紅神の言葉に織音は興味ありげな視線を紅神と華耶に向ける。
「会ってみたいか?」
「うん♪」
紅神の提案に織音は二つ返事で返答する。
「華耶、どうだ?」
「もちろん大丈夫に決まってるじゃない。戻ってきたらすぐにお姉様の前に連れてきますね」
「ありがとう華耶♪」
華耶の言葉に織音は大輪の花が咲いたような笑顔を華耶に向ける。極上の笑顔を向けられた華耶はそれはもう蕩けきった顔になっていた。
「ぐへへ~お姉様の笑顔が私に向けられている。幸せだわ~ぐへへ」
華耶はもう幸せを独り占めしたかのような表情を浮かべていた。
しかし、この時三人は華耶が派遣した四人が引き起こした出来事に巻き込まれることになるのであった。