巨人③
紅神とエリュオンの両者の間には凄まじい殺気が吹き荒れている。あまりにも強烈な殺気は現実世界に影響を与えるようで、ピリピリとした雰囲気を通り越して大気が揺れている。
紅神は凄まじい殺気を放ちながらエリュオンに斬りかかる。人智を遥かに超えた速度でエリュオンの間合いに踏み込むと斬撃を放った。
キィィィィン!!
紅神の先手によって始まった両者の剣戟は一気に激しさを増した。
紅神とエリュオンの剣が打ち合わされる度に金属音を打ち付けた音と火花が散った。火花が消えるよりも早く次の火花が発生し、両者の間に舞う火花は無くなるどころか逆に増えていくという有様である。
(く……これだけの速さで斬撃を繰り出し、しかも俺とほぼ同等の重さの斬撃……)
エリュオンは紅神の力量の高さに内心舌を巻いている。エリュオンから見て紅神の表情は余裕があるように見えており、それがエリュオンには腹立たしい。
この腹立たしさはエリュオンに余裕がない事の現れであるのだが、エリュオンはそれを認めるわけにはいかない。
(大体こんなものか……)
紅神はエリュオンと剣戟を展開しながらエリュオンを観察している。
(さて、いくか)
紅神はそう決断すると今までの斬撃よりも速く、重いものへと変わっていく。
キキキキキキキィィィン!!
紅神とエリュオンの間の火花はさらに数を増やすが先程までとは明らかに意味が違っていた。
先程までは紅神とエリュオンは互角の剣戟であり、紅神とエリュオンは互いに斬撃を放っていたのだが、今は紅神の斬撃が圧倒的に多く、割合で言えば九対一といったところだ。
(くそ!! こんな小さな奴如きに!!)
巨人であるエリュオンにとって巨人よりもはるかに小さい体躯の紅神に押され始めているという事は耐えがたい屈辱である。
(焦り始めたな……巨人の悪いくせだ)
紅神はエリュオンが防戦一方になり始めた事を察し、心の中でため息を漏らす。紅神が巨人と戦うのはこれが初めてというわけでは無い。悠久の時を生きてきた紅神にとって、巨人との戦闘経験はそれこそ数え切れないほどあった。
その経験から巨人は他種族を見下す傾向が非常に強いことを知っているのだ。紅神とエリュオンの間には戦闘力だけでなく、その戦闘経験においても隔絶した差があるのだ。
紅神はエリュオンの焦りを見ながら少しずつエリュオンをコントロールし始めた。コントロールと言っても魔術によって縛るとかではなく、斬撃を放って自分の意図する方向へ移動させるとかそういう事だ。
紅神は右半身への斬撃を多用し初めることで左半身への意識を向けないようにし始めた。
(そろそろだな……)
紅神は右半身から左半身へと斬撃を変更する。急激な変更であり、右半身への攻撃に慣れたエリュオンにとって対応するのは難しいはずであった。
だが、エリュオンはその斬撃を何とか躱す事に成功する。紅神は斬撃を空を斬られたことによって体勢が崩れてしまう。それはあり得ないレベルの失態であった。
(バカが死ね!!)
エリュオンは致命的なミスを犯した紅神に対して心の中で勝利の雄叫びを上げた。“トゥールゼルス”の魔力を解放しつつ紅神に斬撃を放った。
エリュオンは紅神との剣戟において“トゥールゼルス”の能力を一切使用していない。トゥールゼルスは雷の魔剣だ。含まれている魔力を解放すれば優に数億ボルトの電撃を放つ事のできるというアージュ族の秘宝である。
その必殺の斬撃が紅神に迫る。しかし、紅神はその斬撃を回転しつつ躱すとエリュオンの右肘の部分を斬り飛ばした。紅神によって斬り飛ばされたエリュオンの右腕はそのまま宙を舞い落ちていく。
呆然とした表情を浮かべたエリュオンは、次の瞬間に紅神が新たな斬撃を放ったのを視界に捉えるがそれが意味するところを認識していなかった。
紅神の斬撃は左脇腹から入り、そのまま右肩まで抜ける。直接触れていないはずなのにエリュオンの体は傷口に従ってズレ始めるとそのまま斬り話されエリュオンは落ちていった。
「マヌケだな……こんな手に引っかかるなんて」
紅神は呆れたように呟くと落下していくエリュオンにもはや一瞥もくれなかった。
紅神が右半身に斬撃を集中させることで左半身への意識を逸らす事で有効な斬撃を放とうとしたのは狙い通りであったのだが、それで終わりでは無かったのだ。
紅神はエリュオンの実力から考えれば左半身への斬撃を読んで、そこにカウンターを加える可能性も当然考慮していた。
ここまで考えればそのカウンターにカウンターを合わせる事を紅神は流れの中に組み込むのは当然の事であった。
「これで終わりだな」
紅神はそう言うと転移魔術を起動し、天瑞宮に戻った。
* * *
「蓮夜、お疲れ様♪」
天瑞宮に戻った紅神を出迎えた織音がニコニコと微笑みながら労いの言葉を発した。華耶は織音の後ろに付き従うように立っている。
「ああ、今戻ったよ」
「流石は蓮夜ね。格好良かったわよ」
織音の言葉に紅神はエリュオン達との戦いを織音が見ていた事を察した。
「なんだ、見ていたのか」
「うん、蓮夜って本当に強いわよね」
紅神の言葉に織音は一層ニコニコと顔を綻ばせた。
「ねぇ、まさかと思うけどこれで終わりにするつもり?」
そこに華耶が紅神に尋ねてきた。これで終わりとは、エリュオン達を送り込んだアージュ族への報復措置の事であろう。
「とりあえず、襲ってきた者は全滅させたからな。これで終わりと言う事でも構わんと思う」
紅神の言葉に華耶は少し首を傾げる。いつもの紅神ならば即座にアージュ族の元に出向き報いを与えるというところなのだ。
「あんたにしちゃ随分と寛大ね?」
「まぁな、巨人は確かに戦闘力は強いが逆に言えばそれだけだ。一度ぐらい生き残りの機会を与えても良いんじゃないかと思ってな」
「ふ~ん、まぁいいわ」
紅神の言葉に華耶は一応納得したようであった。
「さ、難しい話はここまでね。さ、蓮夜も華耶も私の部屋に来てちょうだい。とっておきのお茶を用意してるから」
織音が微笑みながら言うと紅神と華耶は顔を綻ばせると織音に従って歩き出した。
(アージュ族……だったな。見逃すのは一度だけだ。身の程を弁えずもう一度侵入すれば皆殺しにしてやる)
紅神は小さく心の中で苛烈な決意表明を行った。